41.貫く(物理的にも)
「うっ………」
霊薬の副作用なのか心臓を掴まれるような感覚に詩音は口を抑えて体を丸めた。
『────!……───?』
姿は見えないのに何かの声が耳元で騒がしい。あの時の精霊だろうか?けど何を言っているかまではもう分からない。
「ちょっと!ここで吐かないでよ!?」
こんな時に精霊にも魔物にも惑わされるのはごめんだ。
「舐めないでよアルゴルさん!こんなところで女の子としての尊厳を失うわけ……うっぷ……」
「はぁ……本当に大丈夫なのかしら……?」
青い顔をして口元を抑えたその背中を摩りながらアルゴルは不安げに呟く。詩音はその呟きに顔を上げて力強く頷いた。
「絶対になんとかするから」
ちゃんとした私の記憶が戻ったことで思い出したこと。それはこの世界の知識だ。
実はゲーム内でも人が魔物になる描写があった。心身が弱り果てた人達が魔物になりその後、討伐されるか力尽きるまで魔力搾り取られ深淵に送られる。唯一の解決方法は身体を奪う魔物を浄化すること。聖女であるエレノアや聖女に加護を与えられた人間はそれが出来た。
幸運な事に私は加護を与えられた人間だ。だからこそあの時も無意識の中でシリウスさんを元に戻せたんだと思う。だから絶対に元通りにして見せる。ミラには山ほど聞きたいことがあるんだから。
「いたぞ!」
「!」
シリウスの声に詩音が顔を上げればそこには人影が二つ。一人は怪物になった彼女でもう一人は男だった。どうやら恰好的に騎士のようだ。
「ミラ……!」
宙を泳ぐ怪物は名を呼ばれても詩音に気づく様子はなく自身の目の前にいる男に忌々しそうな視線を向け、咆哮をあげる。すると怪物の体の大きさ程の鏡が一枚現れ、そこに光が集まったかと思うと男に向かって一直線に放たれた。
ビーム!?もう何でもありじゃん!!
「危ない!」
詩音の声は聞こえていないのだろう。その攻撃を見ても男はその場から動かず敵を見据えていた。そして片手で持っていた剣を構え、
真正面から光線を受け止めた。
嘘!?真正面から防ぐの!?
呆気にとられている詩音を余所に男はぶれることなく攻撃を受け止めていた。そして鏡から光線が出なくなった瞬間、洗練された動きで剣を振る。
「────!」
一振。
距離があるはずの怪物の片腕は見事に斬り落とされていた。辺りに響き渡るほどの絶叫をあげ、怪物はバランスを崩して地面へと落ちていく。
「ッ、シリウスさ……うわ!?」
詩音が声を掛けるよりも早くシリウスは一直線に駆け出していた。怪物の真下で立ち止まると背中に乗っているアルゴルが怪物の体を受け止める。
「よし!走って!」
その言葉に怪物と戦っていた男を置きざりに走る。
「ミラ、しっかりして!ミラ!」
痛みに身を悶えさせながら荒い呼吸を吐く怪物に詩音はすぐさま応急処置をしようと来ている服の袖を引きちぎる。
「あ、あれ……?」
しかしそれを怪我に当てるよりも先に怪物の腕は傷口から黒い靄が湧きながら再生し始めていた。
「傷が治っていく!魔物の影響でミラの体自体が変わってる……?」
それなら一刻も早く浄化魔法を掛けないと……けど初めて使う魔法だ。何が起こるかわからない。霊薬を服用しているなら猶更。
「少しだけ離れてて。何かあった時はアルゴルさんの魔法に頼るかも」
「……わかったわ」
詩音はアルゴルが少しだけ距離を取ったのを確認すると怪物の左手を取り目を閉じて呪文を唱える。
魔物を浄化する魔法は……、
「月の導きあれ────ッ゛!?」
熱い!!!!
呪文を唱えた途端、全身に焼けるような痛みが走り詩音は思わず怪物の手を離す。それと同時に大人しかった怪物も急に暴れ出した。
「ゔっ!!」
「お転婆娘!?」
怪物にぶつかられバランスを崩した詩音は怪物と共にシリウスの背中から地面へと転がり落ちてしまう。
「痛ッ!!」
様々な痛みに耐えながら詩音は起き上がる喉の奥から何がせり上る感覚に咳き込む。
「おい!どうした!?」
痛みは引くどころが増すばかりで、どうやら出血もしているらしい。地面に落ちた雫は赤かった。
「なんで……?」
ただ浄化の呪文を唱えただけのはず。呪文が違った?それとも私は聖女の加護が与えられていなかった?いや、だとしてもこんなことにはならないと思う。
霊薬の副作用?だとしたらミラまでこんなに苦しむことはないはず。
そこまで考えて聞こえてきた叫び声にハッとする。
視線を移せば怪物が苦しみから逃れるように周りを破壊していた。
「ミラ!落ち着いて!」
詩音の腕では暴れる怪物を抑え込むことは出来ずせめて他に被害がいかないようにと詩音は必死にしがみ付く。
怪物が腕を振るうたびに詩音の体に傷が出来る。しかしその傷はすぐに修復されるものだから詩音は更に困惑した。
一体どうして……?
「ミラ、私の声を聞いて!」
「……………オ……嬢サ……?」
途切れ途切れのその言葉に詩音は大きく目を見開いて怪物を凝視する。怪物は虚ろな瞳で詩音を見ている……気がした。
よく見ればその体からは黒い靄のようなものが噴き出してはキラキラと消えていく。
「ミラ!」
「オ嬢様……ウ゛ぅ!!」
ミラは痛みを耐えるように、何かに抗うかのように名を呼ぶ詩音の手を強く握る。
浄化魔法は成功している!このままこの魔法を使っていればミラの中にいる魔物はいなくなる。
それなら詩音が迷うことなど一つもなかった。詩音もその手を握り返す。
「月の────ぐぅッ!!」
鋭い痛みが走り呪文が途中で止まってしまう。目元を拭い詩音は歯を食いしばる。
大丈夫。もう一度。次さえ成功すれば……!
呪文を唱えようと目を閉じた。
「やめろ」
繋いだ手の上に大きな獣の足が乗っていた。
「え……?」
「馬鹿かお前。いや、馬鹿だったなずっと」
呆れたようにため息を吐くとシリウスは怪物の襟首を咥えて放り投げる。それを先ほどのように背に乗っていたアルゴルが受け止めた。
「なんで!?何をしてるの!?」
「お前から引き離す為だよ」
「むぐ!」
どうして邪魔をされるのか理解が出来ないと必死に怪物へと手を伸ばす詩音の顔にもふっとした脚が置かれる。力加減をしながらもふもふと毛並みを押し付ける動作はどうやら血を拭っているらしかった。
「その方法は無理だ」
「無理じゃないよ!!見て!ミラの体から────え、赤っ!?」
シリウスは手の平を詩音へ向ける。肉球を見せつけられるのかと詩音は思ったがその血の量に顔を歪めた。
「お前は今、脳が煮えたぎってるから目先のことしか考えられていないんだ。どう考えてもリスクの方がでか過ぎる。くたばったお前を見て元に戻ったあいつに責められるのはごめんだな」
「で、でも!」
それでも納得できないと声を上げる詩音にシリウスは悲痛な面持ちで問いかける。
「お前はここに来ることを誰に告げた?大事な誰に黙って一人ここまで来た?」
「それは……」
詩音はクラージュやクロエ、リアムのことを思い浮かべてしまい言葉を詰まらせてしまった。
「お前のを待つ奴がいる。まずそいつらことを考えてくれ……何も言わずに戻って来なくなることほど酷いものはないんだ」
だからってシリウスさんは諦めようとしているの?家族だったのに……?
シリウスの人柄の良さは彼の過去やその言葉の端々から伝わっていた。しかしまさか自身の恩人とはいえまさか自分の事を案じる発言をすると詩音は思わなかった。と同時に理解できなかった。
だって私は諦めきれなかった。
「シリウスさん。私は────」
「貴様ら何をしている」
その声と共に三人は騎士達に囲まれる。
「迷子です!!」
「流石に無理がある」
自身が血まみれなことを忘れてそう反射で答えた詩音にシリウスはすぐに首を振った。
「ならば早々に避難するといい」
月明かりに照らされながら一人の男が三人の前に進み出る。
揺るぎのない切れ長のグリーンアイに風で揺れる銀髪。血に汚れた剣を片手にシミ一つない白い軍服の姿は暗闇の中で異様に目立っていた。
詩音にはその男が誰かひと目見てわかった。
メインキャラのうちの一人……!
「但しそれは置いていけ」
そう言って怪物を指差す。ただならぬ威圧感を放つ男にアルゴルは怪物を抱き上げている腕の力を強めた。それを無表情に眺めながら男は淡々と告げる。
「罪人の手当てに逃走の手助け、ましてや罪人の明け渡しに拒否の姿勢を示すのなら貴様らがやっていることは公務の妨げだ。それは立派な罪に問われる。それなりの覚悟があるのだろうな」
「国の犬共か。誰がお前達の言うことなど聞くものか」
「そうか」
唸り声を上げる大きな狼に男は全く臆することなく剣を構える。今にも戦いだしそうな二人の様子に慌てて詩音は両手を広げ男の前に立った。
「ま、待って!!」
「子供……?」
目の前に立ち塞がったのが小さな少女であることに僅かながらでも驚いたのか男は呟く。それを詩音はチャンスだと思った。
「この人達は私の使用人なの!私の我が儘聞いてもらってるだけ!だから傷つけないで!」
「使用人?」
男は狼の姿をしたシリウスを見上げる。
これはかなり無茶な言いようだろう。それはいい。詩音はとにかく自分が使用人がいるような身分であることを示しておきたかった。そうすれば彼は下手に手を出してこないだろうと思ったからだ。
「そう!ねぇ騎士様!遅くに申し訳ないんだけど聖女を呼んでくれない?彼女を元に戻したいの!」
「聖女だと……?」
この人は王とも接点があるからエレノアのことも知ってるはず……!
そんなことを考えていた詩音だったが男から口から出たのは予想外の返答だった。
「レディ、夢を壊すようで心苦しいがそんなものは物語上にしか存在しない」
「え……?」
嘘を言っているのかと思ったが男の顔を見る限りそうではないようだ。
「エレノア・ラピーヌは王都にいないの?」
エレノアは男爵に引き取られこの街を出ていった後に王都にてその才能を見抜かれ聖女候補になるはずなのに。
「そのような名の者は俺の把握している範囲では存在しない」
「ピンク色の混じった金髪に金色の目をした女の子なんだけど……?」
「そのような希少な容姿なら尚のこと気づかないはずがない」
王都にもいないってこと?じゃあ彼女は今はどこに……?
混乱する詩音に考える余裕を与えず男は告げる。
「残念ながら魔物に蝕まれた身体を元に戻すことは不可能だ。これ以上は時間の無駄でしかない」
聖女を夢物語言ってる時点で多分加護持ちもいない!魔物をどうにかできるのは今この場で自分しかいないんだ。
「それなら自分で何とかするから!」
男はすぐに首を振った。
「君のその軽率な判断は自身や周囲に危険を及ぼす。君の胸中は理解しよう。しかしそれは自身の魂を悪魔に売り、人に仇なすことを選んだ大罪人だ」
「ちょっとだけ!」
「無理だ」
融通が全く効かない!まぁ、気持ちはわかるけど!
「………魔物になった人達を手に掛けることに抵抗はないの……?」
情に訴えかける少しずるい言い方だと詩音は自身思った。
しかし男は一切の迷いなく詩音に問いに答えた。
「あれは魂を売った時点でもう人では無い。すぐにでも処理しなければ罪の無い民が傷つくことになる」
「……」
揺るぎそうもない意思に交渉の余地はないと詩音は悟る。
「説得は……出来そうもないかな……」
「説得も何も必要ないわよ!」
怒りと苛立ちの含んだ声が後ろから聞こえたかと思えば三人を囲っていた騎士達がバタバタと倒れていく。詩音が驚いて振り返ればアルゴルが怪物を眠らせる為に放っていた煙を怒りで周囲にも振り撒いているようだった。
「!?」
この人騎士も眠らせちゃったよ!?いいの!?
男は風属性らしく詩音と同じく眠ることはない。しかしアルゴルはそんなことはどうでもいいのか怪物を抱えたまま、ずかずかと詩音に近寄って胸ぐらを掴む。
「アル!」
「シリウスはこいつを甘やかさないでちょうだい!なにをタラタラしてんのよ!もしかしてシリウスの言葉に揺らいでんじゃないでしょうね!?そんな半端な覚悟で私達に声掛けたりしてんじゃないわよ!」
「揺らいでない揺らいでない!」
青筋を立てながら恐ろしい気迫で詰め寄るアルゴルに詩音はぶんぶんと勢いよく首を振る。しかしその返答も気に食わないアルゴルは目を吊り上げた。
「じゃあなに!?まさか顔も知らない百人のことを考えてるわけ!?そいつらのことを考えるのはあいつらの仕事!あんたは自分の大切な一人のことだけ優先しなさい!この浮気性!」
「浮気性……!?」
ショックを受ける詩音から手を放しアルゴルはシリウスの背に飛び乗る。
「あんたみたいなやつがなんでシリウスを助けられたかわっかんないわ!ほんとにあんたみたいなやつが!」
「ひ、酷い」
「それでもあんただけがあいつのことも助けられるのよ!だったら脳煮立たせてもさっさとしなさいよ!」
「……」
迷っているつもりはなかった。けれど傍から見ればきっと足踏みしているように見えたのだろう。周りを気にするのは私の悪い癖だ。もっとお姉ちゃんみたいに堂々としなくちゃ。
魔物を浄化する聖女はいない。私の身勝手で下手したら被害がもっと増えてしまうかもしれない。
それでも……
詩音は男に振り返る。男はアルゴルが寝かせた部下達を蹴り起こしている最中だった。
「ごめんなさい。やっぱりミラは渡せない」
そう答えることを分かっていたようで男は何の感情もない表情で頷く。職業柄似たような相手と接することが多いのかもしれない。決められた動作のように剣を引き抜いた。
「わかった。なら、こちらも強硬手段を取らせてもらおう」
そう言った男の頭上を大きな岩が迫る。彼の魔法が間髪入れず岩を砕くがその隙を見逃さずその時には三人は男から目の前から逃げ出した。
「で?どうするんだ?」
「もう一度浄化魔法を掛ける!出来ることはなんでもしないと!」
その時、ぞわりとした感覚に詩音は振り返って右腕を突き出し風魔法を放った。
ぶつかり合う音と砕けるような音、同時にやってきた痛みに詩音は右腕を引く。
右腕折れたかも!
間違いなく男の魔法だろう。そう簡単には見逃してはくれないようだ。
「お前、その腕……!」
「まだだよ!」
詩音自身が知っているあの男の情報といえば無表情、仕事熱心それから、
相手の魔力を追尾型の風魔法!
左右上下から逃げ場をなくすように風の刃が三人を襲う。
「あの男〜!!淡白そうな見た目な割にしつこいわね!」
詩音とシリウスは自身の魔法を駆使し、アルゴルは鞭を身代わりに風の刃から逃れる。
下手に魔法で身を守っていてもそれごと叩っ斬られるだろうそれなら……
「建物の中に!」
扉が開いたままになっている家を指差す。そこに一番近かったシリウスがまず入りその後をアルゴルが続く。
その寸前、アルゴルの視界の端から風の刃が迫っていた。彼の片腕には怪物が抱き抱えられている。
「ッ」
自身の体を盾にするアルゴルの判断よりも詩音の動きののほうが早かった。手を伸ばして二人を突き飛ばす。
「い゛っ!」
右手に尋常ではない痛みが走り詩音は顔を歪める。だが更に追い打ちを掛けるように頭上から風の刃が降ってくるので詩音もすぐに二人と同じ方向へと飛び込んだ。
破壊音がした方角を男は見つめていたがやがて視線を外した。
「………避け切ったか」
「おーお!隊長のあの攻撃を耐え切ったみたいっすねぇ!どうしますか?追いましょうか?」
「必要ない。我々は市民の救出へ向かう」
「いいんすか?魔物を放っておいて。あの三人危ないっすよ?」
「既に忠告はした。これ以上俺たちが何かする必要が?」
男の部下は首を竦めて先を歩く隊長の後に続いた。
攻撃が止んだ。やはり人の家を壊すのは抵抗があったのだろう。国と市民を守る組織ってどこも大変だなと詩音は思った。
「いたた………」
体を動かせば右半身が何故かうまく動かない。あれだけ折れたり切れたりすれば当然だ。
しかしどうやら違ったらしい。
「お、おい…‥‥お前それ……」
シリウスは信じられないものを見る目でアルゴルはこれでもかというくらい青ざめながら詩音を凝視していた。
「なに……?」
体を起こせば詩音はどうやら怪物を下敷きにしてしまっていたらしい。すぐにどこうとした時、詩音もようやくその異変に気づいた。
「何やってんのあんたぁあ!?!?」
詩音の片腕が怪物の胸に深々と刺さっていたのだ。




