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33.分断

 

 突っ込んできた人狼をなんとか躱した二人は揃って山道を外れて木々が生い茂る方へと走り出した。

 迷わず追いかける人狼。一歩踏み込めば足元で何かが引っ掛かった感覚、と同時に頭上から木の幹が落下してきた。人狼はそれを片手でやすやすと破壊したが木の幹に取り付けられていた袋を鋭い爪で引き裂きその中に入っていた砂が人狼の視界を塞いだ。

 目を抑えて蹲る人狼を見て上手くいったと詩音は拳を握る。


「よし!」


「人狼自体には考える力が残っていなくて助かりました。これで少し時間を稼ぎましょう。人狼の様子はどうです?」


「初めに会った時より力が強くなってる……それに……」


「シリウス!」


 周りを顧みず音を立てながら破壊を続ける人狼に制止をかけるがどうやらその声は届いていないようだ。


「アルゴルさんの声も届いていないみたい。……思ったよりも状況はやばいのかも」


 自分達がますます危険になるという意味合いとはまた少し違うけれど……。


「そうですね。このままいけば──うわっ!」


 二人の真上を通り抜け行く手を塞ぐように地面に突き刺さった木の幹を見て二人は振り向く。人狼は目を塞がれたまま足音だけを頼りに投げたようだった。二人は足を止めることも相談することもなく同じ方向に曲がる。

 人狼もそれだけで終わることなくまた次々と木の幹を投げ飛ばしたり木々を薙ぎ倒す。


「森林破壊をやめなさーい!」


「そんなこと言っても無駄………あの男は?」


「アルゴルさん?……あっ、いない!」


 それに気づいた瞬間、クラージュの右腕に鞭のボディが絡みついた。


「ッ──」


「逃がさないわよ」


「クラージュくん!」


 人狼に翻弄されているうちに違う方向から来たらしい。アルゴルは茂みから現れ、グリップを握り力強く引っ張る。クラージュはバランスを崩すが詩音がしがみつき倒れることは阻止する。

 しかしがっしりと巻かれた鞭のボディに二人の動きは止まり、稼いだ距離は着実に埋まっていく。


「追いつかれちゃう!」


「貴方たちいい加減、大人しく────」


 すると、人狼が今までで一番苦しげに吠える。何かを振り払うように暴れ始めた。自身に爪を立て、木に頭を打ち付ける姿に思わず皆その行動を凝視する。


「シリウス!?」


 アルゴルはすぐに狼の元へ駆け寄り、祝福(ギフト)を使おうとその手を伸ばす。

 それが良くなかったのかもしれない。その手を一体なんと認識したのだろう。人狼は血走った目でアルゴルを睨むと腕を振り上げ迷いなく殴り飛ばした。


「え……?」


「危ない!」


 詩音を庇うように突き飛ばしたクラージュに殴り飛ばされたアルゴルがぶつかりそのまま二人で急な下り坂を転がり落ちていく。


「クラージュくん!」


 やっぱり敵と味方の見境がつかなくなってた……!


 詩音は急いで転がった二人を追いかけようとする。

 しかしそれを妨げるように声が聞こえた。


 《ダメダメ。あのジンロウこっちをミているよ》


 そんな囁く声に思わず振り返る。確かに人狼は大木を持ってこちらを向いている。詩音はすぐさま違う方向に走り出す。

 人狼は苦しんでいてもなお何故か詩音に執着しているようだ。それなら人狼は詩音が引きつけるしかない。

 しかしその間鍵を持ったアルゴルのことはクラージュ一人で任せないといけない。

 不安も心配もある。でもそれ以上に詩音はクラージュの今までを見てきてクラージュなら何かしてくれるという期待があった。

 だからこそクラージュに届くように声を限りに叫んだ。


「クラージュくん!そっちはお願いね!」




 クラージュはズキズキと痛む後頭部を抑えながら起き上がった。


「まぁ、ないわけではありませんでしたね……」


 以前テオフィルスが言ったことを思い出す。

 負の感情が積み重なれば魂が穢れていく。魂が穢れれば人間としての理性を失い、自身の欲求の為に行動すると。

 あの人狼はもう手が付けられないほど魂が穢れてしまっている。仲間だったものを認識出来なくなってもおかしくはない。


「……」


 魂が穢れきれば深淵へと堕ち人間界には二度と戻れない。

 彼女もそれは一緒に聞いていたはず。だからこそクラージュはいま離れてしまった彼女に一つだけ懸念があった。


 彼女がそれを黙って見過ごしたりするだろうか?ドがつくほどのお人好しの彼女のことだ。もしかしたら……、


「……早く戻らないといけませんね」


 嫌な予感がしてクラージュは立ち上がった。少し視線を下げればアルゴルはまだ気絶している。

 クラージュはアルゴルをそのままその腰にぶらさがっている鍵を静かに手に取った。これで彼女の制御装置は外せるだろう。


 その瞬間、足首が掴まれた。


「げっ」


「………私……どうして……?」


 顔を上げまだ状況が把握出来ていないアルゴル。何をしらばっくれているのだろうかとクラージュは面倒くさそうに眉を顰めた。


「人の足首を掴んでおいて聞かないで下さい。わかっているんでしょう」


「……」


 本当に理解できないのか。理解したくないのか……。


 呆れたようにため息をいた。


「貴方はあの人狼に殴られて僕とここまで転がり落ちました。……思ったより彼の症状は深刻です。もう敵味方の区別すらつかなくなっています。あの人狼のことは諦めて──」


 甘い匂いがする。クラージュは思わず右腕で鼻と口を抑えた。


 諦めないですよね。わかってました!


 本当に面倒臭い人だ。手痛くやられたのにも関わらずまだ続けるらしい。

 アルゴルは先程の人狼の攻撃に受け身も取ることが出来なかった。自分よりもダメージを負っているはずなのに足首を握る手が離れない。

 甘い匂いのせいでどんどん鈍る頭。そんなクラージュを惑わせるようにアルゴルは問いかける。


「貴方、戻ってどうするの?あの子があの場所から出る。そう言ったからそれに着いていくだけじゃない?」


「……」


「惚れたあの子に従順なのは良いけれど、何か貴方勘違いしてるわ。貴方は自分が思ったよりも凡庸な人間よ。あの子の後に続いたって後悔するだけだわ」


 その言葉にクラージュは黙った。その反応を見てアルゴルはほくそ笑む。


「でも私達なら貴方に才能を与えることだって出来る。貴方に居場所だって見つけて────!!」


 クラージュは強く手を握って振り下ろし、足首を握る手に鋭い氷を突き立てた。


「ッ!!」


 アルゴルは痛みでクラージュから手を離す。距離を取ったクラージュはとても不快そうな顔をしていた。


「実に迷惑ですねぇ。自分たちの居場所でさえ満足に守れないのにそんなこと無理に決まってるでしょう」


「……貴方にはそんなことが出来ないと思ってたわ」


 アルゴルも痛みには慣れている人間だ。しかしそれでも手を離してしまったのはクラージュの行動がそれだけ予想外だったのだろう。

 捕まった時、アルゴルは気絶したクラージュの手荷物を見ていたはずだ。しかしナイフがあったのにも関わらずそれは取られてはいなかった。クラージュがそれを初めから使わなかったから、人を傷つけることが出来ないと思っていたのだろう。


「……別にそういう訳ではないとわかったでしょう。ならそのまま這いつくばっていてほしいんですけど」


 アルゴルはクラージュのその態度に途端に笑い出す。クラージュは本当になんなんだと既にげんなりしていた。


「貴方たちを見ていると昔の私たちを思い出すわ。私達も自分達に酷いことをした大人をどうにかしてやろうと奮闘したの。これで上手くいったと思ったのだけどね……」


 何かを懐かしむように目元を抑えていたが立ち上がってクラージュに向き直る。


「……だからこそ貴方達のやることなすことが目障りでどうしようもないんだって知らしめてやりたいの」


「性格が悪い…」


「あら、言い方が悪かったわね。じゃあ綺麗なものしか見ていない貴族に現実を教えてたいの」


「………ははっ」


 その言葉に今度はクラージュが思わずといった様子で笑い出す。


「汚れるにもかかわらずこんな泥地をずけずけと踏み込んで来るようなお方が綺麗?目を医者に見てもらうことをおすすめしますねぇ。そろそろ自分語りには満足致しましたか?僕には時間がないんです」


「話を聞いた上でその鍵を持ったまま逃がすとでも?」


 アルゴルがクラージュを睨みつける。


「えぇ、逃げさせてもらいます。期待には応えなくてはなりませんから」


 たとえどんな手を使おうとも。


 クラージュは懐に手を添えた。


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