29.囚われた場所は
《……てオキ……》
「ナタリア……ナタリア……!」
「う……うん……?夢………?」
体を揺さぶられてナタリアは瞼を開く。目の前にいたのは目に涙を浮かべるクロエだった。目を覚ましたことに気づくとパッと表情を輝かせ飛び込む。
「ナタリア!!」
「おぶっ!?」
「あれからなかなか目を覚まさなくて……!私本当に心配したんだからぁ!」
「クロエ様……」
その言葉に胸いっぱいになっているとクロエが引き剝がされる。その後ろにいたのはクラージュだった。
「離れてください。頭打ってる人に飛び掛かるなんて……これだから貴方って人は……」
「クラージュくん……」
「だって!」
「ちょっと下がってもらえますかねぇ。……詳しいことはクロエ様に聞きました。また無理をしたんですね」
そう言ったクラージュの口調は怒りの色を強く帯びていて思わず詩音はひぇっと声を上げ縮こまる。
「そんな風に言わないでよ!ナタリアは私を助けようとしたのよ!」
「わざわざ自分が行かずとも人を呼んだらよかったのです。自分の力を過信した結果がこれです。ナタリア様の行動が正しかったと僕は思いません」
「でも!」
「クロエ様、クラージュくんが正しいよ。しかも私、お兄様に人を呼ぶよう頼まれてたし……」
眉を下げながらクロエに笑いかける。
「でもクロエ様に怪我がなくてよかった」
「ナタリア……」
「でもちょっと泣いてもいい?」
「全部あんたのせいよ!!」
クロエは正論パンチに涙を浮かべる詩音をひしっと抱きしめながらクラージュにぎゃんぎゃんと吠えるがクラージュはそれを全て無視した。
「あー、お取込み中ごめんね」
そんな三人に申し訳なさげにしながら一人声を掛けてきた。
「目が覚めたならアルゴルに声を掛けたらいいと思うよ。治療くらいはしてくれるさ」
「貴方は?」
「僕…?うーん、キミたちと同じ境遇の人間って言ったら早いのかなぁ?」
日に焼けた肌に汚れて分かりにくいが金茶色のふわふわとした髪を揺らし山吹色の瞳を柔らかく細めたが詩音が泣いていることに気づくと何故かクロエにハンカチを差し出す。
「えっと……?ありがとう?」
呆けるクロエに男はにっこり微笑む。
「キミのような美しい人は生きていて初めて見たかもしれない。これって一目惚れかな…?」
「えぇ!?!?」
クロエはその言葉にボッと顔を赤くする。
「く、クロエ様……」
「狭い世界しか見てこなかった目なんですね。お可哀想に」
「クラージュくん!」
すると部屋に一人誰かが入ってきた。それはクラージュを攫ったあの男だった。
「あらぁ、目が覚めたのね」
「アルゴル」
この男が……!?
詩音はクロエとクラージュの前に立ち、いつでも反撃が出来るように身構える。男はその様子を見るときょとんとしたがやがて笑い出す。
「あんたなにやってんのよぉ!この中で一番怪我してたの誰だと思ってんのぉ!」
「うっ」
「そんなことしてたら……ほら、振り返ってごらんなさいな。彼、面白い顔してるわよ?」
彼とは十中八九……
「ナタリア様……。誰がそんなことしろって頼んだんですか……?」
な、なんだか後ろからやけに圧のある声が聞こえる気がする……!振り向けない……!
「はいはい、喧嘩しないで!可愛い子ちゃんは隣の部屋で怪我の手当てしましょうね!」
手を叩いたかと思うと扉を開けて着いてくるよう促す。もちろん警戒しない訳がない。
「い、いやぁこれくらい…」
「だめよぉ!!」
「!?」
「そんなこと言って傷が残ったらどうするのぉ!女の子に傷がつくなんて!」
「それは……良くないですね?」
「そうでしょ。さぁ、お姉さんがじっくりしっかり治療してあげるから脱いで──」
「ナタリア様この人は駄目です」
「冗談よ!!目が本気じゃない!怖っ!」
「貴方達何をやっているの……。ナタリアの背中は私が見るわ」
治療している間にアルゴルは自身の名を名乗り、怪我をしている詩音にクロエがどうすれば良いか等治療の方法も丁寧に教えてくれた。
「貴方、なかなか筋があるわよ。治療師としても才能あるんじゃない?」
「この私だもの!当然じゃない!」
「……」
そんな風に盛り上がる二人を見て詩音は微妙な顔をする。
「あら、どうしたのぉ?」
「どうしてここまでするんですか?貴方たち誘拐犯なんですよね…?」
そんな風に思えないくらいに彼には思いやりがあった。だからこそ詩音は今、困惑している。
「そうね……貴方のことは傷つけるつもりも連れてくるつもりもなかったわ。だからこそ一等丁寧なのよ」
「二人はどうしてここに……」
「……治療は済んだわね。隣の部屋に行きましょう」
話を逸らされた。そう簡単に言うとは思わなかったけど……。
廊下に出ると最初にいた部屋とは逆隣の扉を開ける。中にいたのは遊んでいる子供たちだった。
「この部屋は?」
「ここは子供のための場所。捨てられた子供や虐げられた子供たちを保護する施設よ。要するに孤児院ね」
「孤児院……?」
誘拐犯が孤児院で子供を保護してるの……?
ますます意味が分からないと詩音は首を傾げる。
「外には出してあげられないけど比較的自由に過ごしていいわ」
「あの人狼は……?」
気絶してからあの大きな姿を一度も姿を見ていない。
「あぁ、彼なら今眠ってるわ。眠らせるのに随分苦労したのよぉ。ずっと興奮気味だったから……。本来今日も大人しくしているはずだったのに……どういう風の吹き回しかしら?」
「あの姿は一体何なの?」
「あれが彼の祝福よ」
祝福ってなんでもありな気がしてきた……。
「……今ではそう呼べるのか怪しいものだけれどね」
「え……?」
その呟きの意味を問おうとする前にアルゴルは部屋に入り注目を集めるように手を叩いた。
「さぁ、みんなー!新しい子が来たわよー!」
その言葉に子供達は表情を明るくする。
「わぁーい!!あそぼー!!」
「わっ!?」
どたどたと走りながら部屋にいた子供達は詩音に突っ込んできた。そのまま楽しげに部屋へ手を引っ張る。一緒にいたクロエはスカートを引っ張られていた。
「な、何よあんたたち!」
「このおねーちゃん怖い~!」
「なんですって!?」
部屋に入ってすぐにクロエは子供達に翻弄されていた。既にクラージュもいたが何故か子供と距離を取られていて本を一人読んでいた。
「クラージュくんは……子供に嫌われてる……?」
「彼は子供達の誘いに対して嫌、無理と一蹴してたよ」
クラージュと一緒にいたのであろう先程の男の子は親切に教えてくれた。
「いや……クラージュくんああ見えて悪い子じゃなんで……。なんやかんや遊んでくれると思うの……たぶん」
「へぇ」
あ、信用されてないな。
「本当だよ!?本当なんだから!見てて!」
「クラージュくん!」
本を読むクラージュの名を呼べばクラージュは顔を上げてぱちりと目を瞬かせる。
「なんですか?」
「クラージュくんも子供と一緒に遊んであげないのかなぁって?」
次の瞬間顔を歪める。
あ、子供も苦手なんだなぁ…。
「……僕は子供は苦手なんです。その手のことは貴女の方が得意なんじゃないですか?それより先程の話をしたいんですが──」
「みんなー!!このお兄ちゃんが遊んでくれるってぇ!」
「は?」
その呼びかけに子供は目を輝かせてクラージュに駆け寄る。
「わーい!!」
「いったぁ!?今誰か蹴ったでしょう!」
揉みくちゃにされるクラージュからじわじわと離れながら男の子の隣に何食わぬ顔で戻った。
私は今、クラージュくんとの話し合いに逃げました……。あとが怖いなぁ……。
「本当だったんだね」
子供に群がられるクラージュを男の子は呑気に眺めていた。
そういえば……、
「この中で貴方が一番歳上なの?」
「そうみたいだね。僕より大きいのは大人しかいないよ」
「……そういえばきみの名前は……」
その問いに男の子は黙り込み困ったように笑った。
「僕は……赤ん坊の時にこの孤児院に捨てられたから名前はないんだ。みんなみたいに好きなように呼んでくれたらいいよ」
「……、……じゃあフードルくんで」
クロエ様に一目惚れらしいしね。あ、今の言葉はお父様がお母様に言ってたんだよね。クーくんでもよかったけどクラージュくん、クロエ様での三重苦になってしまうんだよね。嫌な予感しかしない。
「……」
詩音に名を与えられ男の子基フードルは目を丸くする。
「嫌だった?」
「いや、素敵な名前だと思って」
本当か?なんとなくこの子クラージュくんと同じ雰囲気するんだよね……。
「それより名前がないということにあまり反応がなかったから驚いただけ。……今まで同情されたりしてきたから」
「それは……」
くいっとスカートの裾を引っ張られる。振り返れば一人の子供がいた。
「おねーちゃんもいっしょにあそぼ!」
「うん、いいよー!」
詩音はその子供に目線に合わせてしゃがむとにっこり笑い手を取って他の子供達の方へと向かう。
フードルはその背中をじっと見つめる。
「……今までで一番呑気な貴族だよねぇ……だけどその方が都合がいい」
そう言って詩音を見つめるその目は厳しくどこまでも冷たかった。
◇
ここに来てわかったこと、
「ナタリアのおねーちゃんすごーい!あんなたかいたかいはじめて~」
「天井タッチしちゃった~!」
「よかったねって言いたいところだけど二度とやらないって約束してもらっていいかな?」
「子供を飛ばす必要なかったでしょ!馬鹿なの!?ハラハラするこっちの身になってちょうだい!」
「ごめんね。喜んでもらってちょっと調子にのりすぎちゃった……」
皆、とても楽しげで揃って笑顔だということ。
「まぁまぁ、ちょっと元気が良過ぎるけど可愛い子ちゃんが子供達と一緒に遊んでくれるから私とても助かっちゃうわー!」
そうフォローしながらニコニコと嬉しそうに詩音の肩に手を置くアルゴル。
誘拐犯のアジトなのにアルゴルだけでなく皆子供に手厚いこと。
そんなどこか歪な空間が思考を鈍らせるのだろうか。この場所を少し心地いいと詩音は感じていた。
「ここにいる子は親がいなかったり親に愛されない子供たちばかりなの」
手を置いていたアルゴルはそっと耳元で優しげに囁く。距離が近いせいからか仄かに甘い匂いがする気がする。
「貴方達が一番お兄さんお姉さんなの。だからどうか優しい貴方達が傍にいてあげて」
その言葉はなぜかやけに頭に残っていた。
────日が落ちてきた。未だに助けは来ないしきっとお兄様達が今血眼で探してくれているだろう。私も出来ることをしないと……。クラージュくんやクロエ様と相談して……、
「外に?子供達を置いて行くなんてできないわ!」
クロエはいつの間にか子供達と絆をかなり深めていたようだ。口が悪いだけでなんだかんだ言いながら世話を焼いてくれるから当然ではあるだろう。
「クロエは心優しいんだね」
「……貴方はその心優しいことを当然のようにやってたんじゃない。何?見た目の割に優しいってこと?あまり軽率に調子の良い事言わないでちょうだい」
「手厳しいな……」
そっぽを向くクロエに苦笑いするフードル。比較的丸くなったと思っていたクロエがなぜかフードルにだけツンケンとしていたので詩音は声を潜めて聞いた。
「……クロエ様、フードルくんと何かあった?ちょっと冷たくない?」
一目惚れしたって言われた時テンション上がってたと思ってたのに。
「いいえ。……でも顔が良い男と調子の良い事を言ってる男は無条件で信じないって決めたから」
私とクラージュくんのせいだった……。
「外ですか?構いませんよ。……構わないはずなんですが……なんだかここを出難い気持ちになるんです。もう少し後でもいいですか?」
クラージュがそう言ったことに本気で詩音は驚いた。だってここにはクラージュが好みそうな本や興味を引く技術があったわけではなかった。なら出ない理由なんて一つくらいしかない。
「クラージュくん……!子供達もクラージュくんのこと気に入ってたし仲良くなってくれて嬉しいよ…!」
「そういうんじゃないです」
「どうしてそんなこと言うの……?」
やっぱり無理矢理子供と遊ばせたのは良くなかったか……。
あれ……?じゃあなんで出たくないんだ?
「おかしい」
二人とも外に出たくないなんて。クラージュくんもクロエ様もそんなに情が厚い人間じゃないから尚更。
それに二人だけじゃない。子供達もだ。
「みんなはお外には遊びに行かないの?」
「おにーちゃんがおそとにはでるなって!」
「おおかみがさらいにくるって!」
おにーちゃんことフードルはこの中で一番歳上で尚且つここにいるのも一番長いので子供達からの信頼も厚いようだ。彼に言われたことを素直に守っている。子供達を説得するならフードルの力を借りるのが一番だろうと詩音は声を掛けてみるが、
「クロエは可愛らしいだけじゃなくて健気で甲斐甲斐しいんだね」
「この四年で初めて会った人にそんな風に言ってもらえるなんて……!成長したんだねクロエ様……!」
何故かクロエの良さを説かれていた。詩音は詩音でわかると言わんばかりに話に深く頷く。
嬉しい。本気で嬉しい…。だって四年前は初対面の人間の顔に砂を塗した子がこんな風に好感をもたれているなんて……。
「キミ達三人は不思議だね。歳は同じだろうけど性格もバラバラだし身分も違うだろう?一体どういう関係なんだい?」
「私とクラージュくんが婚約してるの。クロエ様とは……まぁ、いろいろあって……」
キャッツファイトをしたこととかは黙っとこ。
「へぇ……。親が決めた婚約なんて大変だね。……嫌だろう。家の事柄に縛られるのは」
「確かに最初は大変だったけど……今はとっても仲良しだよ!」
詩音がそう言って無邪気に笑えば、フードルは目を細める。
「……羨ましいなぁ」
「フードルくんはクロエ様のどこに一目惚れしたの?気になるなぁ」
「うーん、やっぱり第一はあの目を引く赤い目と赤い髪かなぁ。気の強そうな顔つきだけど意外と優しいところもいいよね」
「うんうん!」
「暗かったみんなも明るくなった気がするよ。なんだか僕には当たりが強いと思うけどそれも良いなぁ」
「フードルくんは冷たくされるのが好きってこと?」
通りで何言われてもダメージがないと思った。
「違うかな!その分自分の手に落ちてきた時の達成感は大きいだろう?」
「うーん…そうなんだね…」
「……まぁ、これから時間を掛けていくつもりだよ」
時間を掛けるって……
「フードルくんは外に出たいと思わないの?」
その言葉にフードルは少し驚いたような表情をした後、少し考えて困ったように笑う。
「無理だろう。子供達を置いてはいけないしアルゴル達がいるんだから。……ナタリアは外へ出たいのかい?」
「え?当然だよ!お兄様達も今探してるだろうし……」
「そうなんだね。……でも今は大人しくしたほうがいい。キミ達じゃあかなわない相手だ」
「だけど……みんなで力を合わせれば……」
「無理だ!」
突然強く否定するフードルに詩音は肩を揺らす。フードルも自身の声にハッとすると笑顔を取り繕う。
「大声を出してごめんね。でも前にそうやってここから出ようとした子供もいる。その子達はその後どこへ行ったのかわからないんだ。だからこそナタリアにそんなことしてほしくない」
「フードルくん」
「ここは何もなければきっと穏やかで平和で何者にも脅かされたりしない。だから……」
「……フードルくんが言いたいことはわかった」
「そう…それはよかったよ」
安心したように微笑むフードルに詩音は一つ頷いた。
フードルくんが言いたいことだけはちゃんとわかったよ。
誰も外に出なくてもいいと言う。この空間が幸せなのだと。私はそれでも……。
「クラージュくん」
「おや、どうしましたナタリア様」
「私、ここを出ようと思う」
率直に告げた詩音のそのクラージュは言葉にクラージュは驚いてからその表情を曇らせ
「僕は……反対です……」
そう一言告げた。そんなクラージュを真っすぐ見つめ詩音は穏やかな声色で問いかける。
「……どうしてか聞いていい?それともまだなぜだかわからないかな?」
そんな詩音の視線から逃れるようにクラージュは俯く。少し間を開けて、
「……僕は子供もクロエ様もどうでもいいんです」
「それはちょっと薄情過ぎるかな……」
「でもここなら………貴女が…」
「私……?」
「……いえ…」
そう言ってクラージュは先を続けることはなかった。
私がまたクラージュくんの気に障ることをしてしまったのだろうか…。
だけど……。
「クラージュくんが私に何を思っているかわからないけど……それでも……私はここを出たいよ」
「……」
「私は私がしたいことの為にクラージュくんを利用する。クラージュくんはクラージュくんがしたいことの為に私の家を利用する。そう出会ったときに言ったでしょ。……ここじゃあきっと私達がやりたいこと叶えられない。……ごめんねクラージュくん。いつも我が儘ばかりで」
クラージュは詩音の言葉に複雑そうに顔を歪めた。
今の詩音は自身のやらなければいけないことが薄れていていた。
でもそれはきっとそれはとても大切なことで諦めちゃいけないことだと知っている。
だからこそこのままここで与えられるものを享受するわけにはいかなかった。
「……私はもう少しここを調べてみるね」
困ったように笑って踵を返す詩音に手を伸ばし……力無く下ろすとクラージュはその背中をただ見つめていた。
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