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サブキャラで悪役な貴方の笑顔が見たくて  作者: 茶ノ前 嘉
貴方と出会う八歳 (幼少編)
3/60

3.婚約者との対面

 

「あ、の、お、お母様、お父様本当に大丈夫なの?」


  ここに来て何度目かの問いにナタリアの両親である二人は笑顔で返してくる。鏡を持った使用人も笑顔だ。


「心配しないでもとーっても可愛いわ」


  娘の姿を見て本当に嬉しそうに笑う姿に詩音はむしろナタリアのお母さんのほうが可愛いのでは……?と密かに思った。


「ほんと、ほんと。あー、ほんとよかった」


  隣にいる父親であるテオフィルスは娘に同意しているように見せ掛けて本音しか出ていない。よっぽど婚約者の所へ連れて行けることにほっとしているのだろう。しかし詩音のテオフィルスに対する好感度は下がった。


  詩音たちは今、婚約者の家にお邪魔している。基本的には身分が低い方が挨拶に向かうと思うが、今回はナタリアが原因で顔合わせを延期させていたこともあり、詩音たちが婚約者の家へ足を運ぶことになった。

 着いてきたのはテオフィルス、マリア、お付きの使用人が何人かだ。ナタリア専属の使用人もいるようでここに来る前に名前も教えて貰った。鏡を持っていた使用人がナタリア専属でミラというらしい。

  ナタリアの兄、リアムは今日は家で留守番している。本当は着いてくるつもりだったが家庭教師の宿題をサボったようで今日は勉強漬けらしい。頼れるのは九歳の彼だけだった詩音はかなり落胆した。

 昨日の間に基本的な情報と礼儀作法は父親と使用人に叩き込まれた。自分一人だけだとしても今日の初対面で婚約は穏便に取り下げにしたいところである。


両頬を軽く叩いて気合いを入れ直す。



「ははっ、ようやくお会いできましたね」


  部屋に迎えてくれたのは穏やかそうな男性一人だった。男はテオフィルスと握手した後、詩音の方を見ると嬉しそうに笑みを浮かべてそちらへ歩み寄った。


「初めまして。僕はジェームズ・アビスだよ」


「は、初めまして。私は…、……ナタリア…ナタリア・ミストラルです」


  ナタリアの上擦った挨拶にも男は微笑む。


「ナタリア様。聞いていた通り可愛らしい方だ。風邪から流行病、交通事故、骨折、そして持病の悪化など、お嬢様も大変でしたね」


「え」


「いや~本当ですよ~。顔合わせができるまでに回復してよかったです」

 

  詩音はこの身体の主であるナタリアの新たな情報に思考を巡らせる。

  男とテオフィルスの話を聞く限りだいぶ前から婚約の顔合わせの話があったのではないのだろうか。もしかしたら昨日の騒動は昨日だけじゃなく毎回毎回あったということだろうか?一体いつから……


「ざっと一年でしょうか?お家まで伺うことは何度かありましたが、ナタリア様はいつもお部屋で療養されていましたからね、こうして顔を合わせるのは初めてですね」

 

  詩音は心の中で悲鳴をあげ、今はいないナタリアを責めた。

 

  一年も顔合わせの約束破ってたんかい!もしかして私が部屋から出るまでずっと部屋に引きこもってたんじゃないでしょうね!?

 しかもこれじゃあ記憶喪失で穏便に婚約を取りやめる作戦がなんだ……次は記憶喪失か……。みたいな感じになるだけに終わっちゃうじゃない!ちくしょう!婚約者のところもあいついつも顔合わせ延期してるじゃねーかチクショウコノヤロウ婚約なんてこちらから願い下げだ!ぐらい言ってくれればいいのに!!


  逃げ場のない状況に大声でキレて逃亡しようとする衝動をぐっと耐えた。今のナタリアは詩音なのである。


「それにしてもテオフィルス様の言う通りの娘さんだ」


  男の言葉に詩音は首を傾げる。


「お母様に似てとても美人でいらっしゃる。全てを包み込む空を想像させる青の瞳、そのシルバーブロンドには宝石すら見劣りしてしまうでしょう。お父様の自慢もわかります。将来がとても楽しみですね」


  歯がむず痒くなるような男の褒め言葉になんと言っていいのかと苦笑いを浮かべる詩音。しかしテオフィルスはその言葉を聞いて目を輝かせると詩音の前へ出てくると男の両肩を掴んでうきうきとした様子で、


「そうでしょう、そうでしょう!!海のような青い瞳はまさに彼女の心の広さの象徴!全てを包み込むようなあの優しい眼差しを見れば誰もが目を離すことは出来なくなるでしょう!彼女が笑えば美しい瞳は隠れてしまいますがその代わりに雪原のような真っ白な頬が仄かに赤く染まりその色は薔薇すら見劣りするほどにとても愛らしい。美しいさと可愛らし差を兼ね備えたこの地に舞い降りた女神のような存在で」


「はい、ありがとうございます。もういいです」


「うぐっ!ナタリア……!」

 

 止まる様子のないテオフィルスに詩音は作り笑いを浮かべながらその横腹をド突いた。

 この男、娘の話をしているようで自分の嫁の話をしているだけである。昨日、マリアに熱烈な愛の言葉を投げかけるテオフィルスとそれを笑顔で受け止めるマリアを思い浮かべた。渋々下がるテオフィルスに男は慣れているのか笑みを絶えなかった。


「こんな可愛らしいお嬢様とうちの子に縁ができるなんて曽祖父の行いに感謝しなければいけませんね」


  男は膝を折り屈むと詩音と目を合わせて今日一番優しく微笑む。


「うちの子は少し人見知りで素直では無いかもしれないけれど、どうか仲良くしてあげてね。……入ってきなさい」


 男が扉に目を向けそう言うと一人の少年が入ってきた。

 色素の薄い茶髪に目尻の下がった青みがかった紫色の瞳。何を考えているのか分からない表情がまず男を見て詩音と目を合わせる。途端、三白眼を細めてにこりと人畜無害そうな笑みを浮かべ、手を差し伸べる。


「初めまして。クラージュ・アビスです」


 その笑顔に詩音は差し出す手を見つめ、少年を見つめ……、


「せいっ!」


  気付けば詩音は自分自身に渾身の目潰しをしていた。


「痛っーーーー!!!」


「え!?」


「ナタリアーーーー!?」


「あら、息子さんのお髪がキラキラ輝いていてナタリアには眩しかったのかしら?」


  周りが混乱で騒がしくなる一方で詩音は詩音で床に跪き、頭を項垂れた。

  詩音は人を偏見を持った目で見たことはなかった。しかし少年を見た瞬間、

  ──なんか胡散臭いな。そう思ってしまった。

  話もしていないのにそんな悪印象を抱くなんて、こんなところ見た目で判姉が見れば後頭部をポカリと殴られてしまう。

  周囲が医者を呼び出しそうになるのを止めながら、瞼を抑えて痛みが静まるまでの間、自分を心の中で叱った。

 それにしてもこの子どこかで見たことがあるような…。



 ◇



「大丈夫ですか?」


「大丈夫です……ちょっと持病が再発して……」


  なんだ目を潰す持病って?と言いたげな顔を見ない振りをして詩音はここに来る前に何度か練習をしたお辞儀をする。


「挨拶遅れてしまって申し訳ありません。初めまして、ナタリア・ミストラルです」


 ぎこちなく笑う詩音に少年は先程の事などなかったかのように同じ笑みを浮かべてくれた。ナタリアと同じくらいの年齢だろうか。子供らしさのない大人しい笑顔に少しばかり歳上の印象を受ける。


「えっと、それで…これまでほんとにご迷惑をお掛けしまして……」


「いえいえ、風邪からの流行病、交通事故、骨折、そして持病の悪化、まるで知る限りの嘘を重ねているのかと思いましたので……こうしてお会い出来ただけ嬉しいです」


 嘘という言葉に肩が跳ね上がるのを抑え込みながら笑って誤魔化す。


「いや~、もうびっくりするくらい貧弱なもので。今度から走り込みしようかなって」


「は、走り込みですか……?無理をするとお体に触りますよ。それにご令嬢が肌や髪を日光で焼くようなこと良くないですねぇ。今までのようにご自宅でゆっくり療養しておくべきなのでは?」


「う、う~~ん」


「折角、お母様に似てお美しい髪を持っているのですから」


「そうですかね……?」


「えぇ、……濁りのないシルバーブロンド。本当に羨ましい限りです」

 

 それ以上何かを言うわけでもなく、しかしじっとナタリアの腰の長さまである銀色のような髪を見つめていた。詩音はその賛辞にどう反応したらいいのかわからず居心地が悪そうに身動ぎする。

 本来の詩音の髪色は輝かしい銀とは真逆の黒に近い焦げ茶色だったからだ。自分とはまるでかけ離れた誉め言葉に着ぐるみ姿を褒められているような気分だった。

 このまま一方的に見られているのも居心地が悪い…。この状況を少しでも変えるため詩音はあえて少年の目を見つめ返し、


「……私は貴方のその…紫色の瞳、綺麗だと思います。とても」


 そう言ってにこりと笑った。彼を一目見た時からそう思ってはいたがテオフィルスのような鳥肌ものの言葉なんて思いつかなかった。あまりにも月並みな言葉だったから流されてしまうかもしれない。いや、でもこんな美少女に微笑んで褒められれば悪い気はしないはず……。少年の反応を伺えば、


「────」


  今まで笑顔だった少年の口元が思いっきり引き攣っていた。


  ……もしや私は何か地雷を踏んでしまった……?


 詩音は自分のやらかした失態に頭を抱えたくなった。


「……ありがとうございます。…僕たち仲良くできそうですね」


「…ええ、そうですね」


「はは……」


「ふふ……」


  互いの空笑いに耐えられなくなった詩音は咄嗟にテオフィルスに視線を送る。

 

«無理。早めに切り上げ、作戦会議»


 予め決めていたハンドサインを使い、一度撤退を提案する。テオフィルスは詩音の手の動きを一通り見たあと、考えるように顎に指を当て、ひとつ頷くとウインクを返してきた。決めたハンドサインはどうした。とは思ったがどうやら意図を読んでくれたみたいだ。これで一度家に帰れると詩音はひと息つく。


「仲良くやれようじゃないか!じゃあ、あとは若い子たちに任せェエイタァアア!!」


  例えその骨が折れようともはこの手を離しはしない。むしろ一回折れろ。詩音はテオフィルスの手を力強く、力のある限り握った。

 婚約を続けたいテオフィルスが撤退など許すわけがなかった。


「あら、それはいいわね!」


  マリアはそんなテフィルスの思考なんて全く気付かずにこにこしている。


  気づいて欲しい。私の切実な願いに。


「確かに私たちがいると子供たちは静かですからね」


「そうね。大人がいると話せないことたくさんあるものね!私達一度席を離しましょう!」


 阻止しなければ。こういう時、大人だけになると子供が知らないところで話を進めてしまうものだ。もう羞恥を殴り捨て床に寝そべり駄々をこねるしか方法がない……。


 両腕を下げ、膝を床に着くすれすれまで曲げる。既に詩音は項垂れるポーズの準備は出来ている。


「待って!お母様!私たちの婚約は!!」


「ナタリア、頑張ってね!お母さん二人が仲良くなってくれたらとても嬉しい!」


「はい、お母様」


 可愛らしいマリアにチョロくなってしまうと言う事実に詩音はまだ気づいていない。

 男の後に続いて二人も部屋から出ていく。マリアは二人に朗らかに緩やかに手を振り、テオフィルスは「あ、さっきの話の続きしてもいい?彼女の魅力はあれだけじゃなくてね……」既に惚気話を始めようとしている。使用人のミラは「ガッツです!お嬢様!狙いは左胸です!あ、鏡を持たせているので身嗜みはこまめに整えてくださいね!」と余計なことを言いながら出ていった。とにかく残ったのは詩音と婚約者の少年だけだ。


「……」


「……」


  お母様帰ってきて……。




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