23.曇っていく
「ナタリア様!!」
迫りくる刃の雨に詩音は目を離さない。
刃が当たる間近、詩音はグッと両手に力を込めて魔法で誰も近寄れないほどの強風を纏う。そのおかげで刃はそのまま彼女を避けて地面に突き刺さった。
しかしナタリアはそれで気を緩めることはせず上を睨みつけて刃の第二波に備える。
………。
「……何も来ない……?」
ナタリアは辺りを見回す。
自分達以外誰いない。切り裂き魔は人並みに乗じて逃げたのだろうか。
警戒しながらその場に留まってみるが次の刃が飛んでくることはなかった。それがわかると安心してその場に膝を着く。
「ん?これは…… 」
落ちている刃に何か気づき、注意しながらその一つを手に取る。キラリと輝くその刃はただの刃には見えなかった。
「ナタリア様!!」
クラージュが急いで駆け寄るのを見て、それを無意識にポケットに収める。大丈夫だと手を振ればクラージュは近くで立ち止まる。
「ちょっと頑張り過ぎたみたい……眠い……」
「どうしてあんな無茶を……」
戸惑いながら問うクラージュになぜそんな質問をするのだろうと不思議そうに見つめ、なんでもないように告げた。
「体が勝手に動いちゃって……。だけどクラージュくんが無事でよかった」
と安心したように笑いかけるがクラージュはそれを眉を顰める。
「…………」
「クラージュくん……?」
不安げに名前を呼ぶが返事はない。
クラージュは胸元のポケットからハンカチを取り出し、詩音の頬に当てた。
「痛っ」
無事に防ぎきったと思ったがどうやら勘違いだったようだ。
傷をつけてはいけないと思っていたのに。これでは家に帰ったらまたお父様に怒られてしまう。
そんなことを考えていたがふと視線を上げればクラージュがあまりにも苦々しい顔をしていたから詩音は狼狽える。一体何があったのだろうか。クラージュはハンカチを自身で抑えるよう手渡すと無表情で告げた。
「助けていただいたことは感謝しています。……ですが、貴方に何かあればアビス家の評価が下がります。貴方はもう少し自身がどうすべきか立ち回りを考えて下さい」
「あ……。ごめんね………」
確かに軽率に行動し過ぎたかも……。
自身に何かあれば噂されるのはもしかしたら身分が下なアビス家の可能性もある。そのアビス家で責められるのはナタリアではなくクラージュだ。そんなことがあれば目的である家族を見返すこともままならなくなってしまうだろう。
協力すると言ってこんなに彼を振り回してしまえば怒られて当然だと落ち込む詩音にクラージュはハッとするが、口ごもってバツが悪そうにナタリアから視線を逸らした。
しばらくして騎士が駆けつけ、怪我をした男は保護された。血は流れていたがそれほど重傷ではなかったようだ。
はぐれていたミラは二人を見つけると急いで駆け寄り、ナタリアを見るとこれまでにないくらい顔を青くした。
怪我の手当ての為と急いで呼んでいた馬車へ入り、帰路へと着く。
その間、二人の間に会話はなかった。
◇
「はいはい、またナタリアが突っ込んで行ったんでしょ。懲りないよねぇ。止められなかったミラくんもクラージュくんもほとんど非は無いよ。ナタリアはあんまりマリアに迷惑掛けるんじゃあないよ」
ナタリアをちらりと見て仕事を再開するテオフィルスはそう告げた。
もっと責められるんだろうと思っていたクラージュとミラは拍子抜けしていたが詩音はまぁ、そうだろうなと思った。
お父様基本的にお母様のことしか深刻に捉えないからなぁ……。
「でもさぁ、いったい何があったかは気になるよね。そんなもの持ってさ」
テオフィルスはナタリアに問いかけるようにクラージュの持っている五本のガラス管を指差す。詩音は目を丸くした。
「お父様これが何かわかるの?」
「ん?まぁね。霊薬、精霊の一部が含まれた薬だよ」
テオフィルスは仕事手を止めて三人を視界に入れる。いつもと変わらない口調で説明を始めた。
「この国に生まれた人間は聖龍のおかげで精霊に魔力を渡せば魔法を使えるけど実は国外ではそうじゃないんだよね。だからこの国では魔法の源である精霊は大切にされているけど外では違う。魔法を使うためにそんなふうに薬に変える為に傷つけたりするんだ」
「そんな……」
悲痛に顔を歪めるナタリアにテオフィルスは構わず続ける。
「それでも精霊を傷つける行為は穢れて深淵へ堕ちることになるのは全ての国に共通だから作られることはかなり少ない。それはかなり希少価値の高いものだよ」
「穢れて深淵に落ちる……?」
聞き慣れない単語の中で更に気になる言葉に復唱すればテオフィルスが珍しく優しげに微笑んだ。
「あぁ、記憶喪失でその事も忘れたんだね。大丈夫、教えてあげるよ。人間、負の感情が積み重なれば魂が穢れていく。魂が穢れれば人間としての理性を失い、自身の欲求の為に行動する。そして更に魂が穢れる。もし魂が穢れきれば深淵へと堕ち人間界には二度と戻れないと言われているんだ」
「欲求ってどんなことなの?」
その問いに興味なさげに首を振った。
「さぁ?それは人によって様々だ。聞いたことある例だと友を殺された騎士が敵討ちをしているうちに限りのない復讐に魂が囚われ穢れていきそのうち味方までも殺し始めたと……そういう感じかな。今の切り裂き魔や子供攫いも穢れてんじゃないの。だってやってること正気じゃあないじゃない。他に質問は?」
「うーん…深淵って何?」
「一説だと魔物しかいない真っ暗な世界らしいよ」
「……テオフィルス様はお詳しいんですね」
「そう?家を継ぐ前はちょっとした研究が趣味だったからね。で、どうやってこんなの手に入れたの?」
「クラージュくんが二千五百クラトで買った」
「嘘でしょ!?」
まぁ、持ってるだけならなんにも問題ないしいいんじゃない?商人も見る目がないねーとからから笑うテオフィルスに部屋から見送られ、ガラス管を見て二人は顔を合わせた。
「使うの?」
「まさか。そんなもの使っても意味が無いと思うでしょう」
「まぁ、うん……。それもあるけど……」
未だ気まずいのか詩音は次の言葉を上手く紡げない。
だって危なそうだからやめてほしいなんて私が言えた台詞じゃないし……。
「ナタリアーーー!!!」
「うきわぁあ!?!?」
心構えが出来てなかったナタリアはそのまま勢い良く突撃され悲鳴を上げた。
「大丈夫だったかナタリア!どこ怪我したんだ!?こんなとこ怪我して!これは許されねぇなぁ!!その切り裂き魔見つけて絞めてやらぁ!!」
怪我の確認の為なのか抱き上げたり振り回すリアムに目を回す。
そんな二人を見てクラージュはこの間リアムに言われたことを思い出し気まずそうに視線を逸らした。
「クラージュ!」
身体が振り回され酔って倒れているナタリアをお構い無しに今度はクラージュに早足で歩み寄るリアムにクラージュは畏まる。
「あの……」
「お前は大丈夫か?怪我したのか!?くわぁあ!!やっぱり俺も着いて行けばよかったー!!」
肩を掴み身体の状態を確かめるリアムに戸惑う。
「いえ、僕は何も……。いや、怒ってないんですか?」
「え?なんで?」
「いやだってナタリア様に……」
その続きを妨げるようにリアムは首を振った。
「お前が無事でよかったよ」
その一言にクラージュは言葉が詰まる。
「あいつのことを守って欲しいっていうのは外部からの攻撃から体を張れって意味だけじゃないさ。傍にいてくれるだけでいいし、」
ナタリアを視界にちらりと入れ、
「無茶を叱るのも良い事だ。お前の言葉がナタリアに一番効くだろうからな」
「僕は……」
「ありがとうな」
気遣うように肩を叩かれてクラージュは複雑な顔をして黙り込んだ。
そんな風に純粋に感謝されるような資格はないのだ。
倒れている人を見捨てようとして、彼女を止めることも出来ず庇われて、彼女にあんな顔させて……。
自身が出来る範囲で一番正しい行動をしたはずなのだ。なのに……釈然としないこの気持ちはなんなのだろう。自身は一体どうしたらよかったんだろうか……。
自身と二人の心根の違いを圧倒的に痛感し、どうしようもない感覚にクラージュは拳を握りしめた。
「お嬢様~!!」
詩音が部屋に戻れば待っていたミラに抱き締められ苦しそうに呻く。
「ほんとに無茶して!言ったでしょう!問題に突っ込まれたら嫌だって!」
ぷんぷんと怒るミラに詩音は素直に頭を下げる。
「ごめんね……」
「反省するのならもう少し大人しくしてください!」
「でもそうしないといけないと思ったの」
揺るぎないその目にミラは困惑する。
「それは……、……困ります。傷つくのは困るんです」
本当に困っているのかいつもの軽い雰囲気はなく、膝を床について真っ直ぐに目を見つめる。
「ナタリアお嬢様に仕える私はそれを容認できません。どうしてそこまでなさるのですか?私には理解できません。どうか部屋に留まってくれませんか?」
詩音は困ったように笑う。
「ごめん。それはできない」
「……他人ですよ?」
「それでも体が勝手に動くから。無理なの」
「それなら貴方が体が動くより先に、助けを求めるもの全て消してしまえばいいですか?」
詩音は目を丸くする。青い瞳は揺れることはなく詩音を映して返事を待っている。
「ミラ」
優しく呼びかければミラは目を一瞬伏せたが呆れたように腰に手を当てる。
「冗談です。……そんな後先顧みないったい誰に似たんですかほんとに!」
誰に似たかなんてそんなの決まってる。私はあの人のように……。
………?
「────誰だっけ?」
「え?」
零れた言葉に詩音は驚いて自身の口を抑えた。ミラは不思議そうにこちらを見る。
しかし詩音はそれどころではなかった。あの人とは一体誰だったのか、自身の記憶を奥の底まで探り出す。
あの人はそんな簡単に忘れていいような人ではなかったはずなのに……
「嘘……」
どうして今まで気づかなかったのだろう。
「私の記憶が薄れてる……」
恐ろしい事実に詩音は震える手で自身を抱き締めた。




