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22.値切り交渉も対人関係を築くために大切

 

 真っ青な空が雲に隠れて灰色掛かり今日は薄暗い。事件のせいなのか町もいつもより人は疎らで活気がない露店の前でクラージュは一人立っていた。


「もうあの人を買い出しをさせないほうがいいと思います…」


 額に手を当てて面倒くさそうに頭を振った。この街についた途端、あんなに騒いでいた使用人とはぐれてしまった。多分いつも通りあの二人も一緒にいることもないだろう。


「どうしていつもこう皆さん自由なんでしょうねぇ……」


 とりあえずナタリアだけでも見つけなければ。今日は人が少ないからすぐ見つかるだろうと歩き出そうとした時、露店のほうから声掛かる。


「そこの坊っちゃん」


 坊っちゃんという発言に怪訝そうに振り返ればそこには商品を広げニコニコと人当たりの良さそうに見えるであろう笑みを浮かべた男が一人立っていた。手には商品だろうか、液体の入った細長いガラス管を持っていた。


「悩んでいないかい?これを飲めば悩みなんてすぐ解決するよ」


「……」


 胡散臭……。


 クラージュは真っ先に思った。


 胡散臭さを煮詰めて塊にしたような男だ。大方なにか怪しいものでも買わせるつもりなのだろう。僕はどうしてこう変な人に舐められるんだろうか。


 適当に返してさっさとこの場を後にしようと思ったがその露店をよく観察すればあることに気がついた。クラージュは少し思案してその露店へと近づいていく。

 男に負けず劣らないほどのわざとらしい笑みを浮かべて。


「へぇ!その薬すごいんですね!一体どんな効果があるんですか?」


 クラージュが興味を持ったフリをすれば笑みを深める男。そのわかり易さに笑ってしまいそうだった。


「これは強化薬だよ。魔法の力を格段にアップさせるとても特殊な代物なんだよ。なんでも魔法の使えない人間も一時的に使えるようになるとか。魔法が使えなさそうな坊っちゃんにピッタリだと思ってね」


 一言余計だ。


「えぇ、確かに私は属性持ち特有の特徴がない人間でその見た目通りの魔力しかありませんよ。だからそんな夢のようなものがあったら苦労しませんねぇ!そんなの本当に存在するんですか?見たことも聞いたこともありませんよ」


 首を傾げれば男は辺りを見渡しクラージュは手招きする。クラージュは嫌なので近づかなかったが男は構わず内緒話をするように小声で話し始めた。


「この薬、隣の国からの物なんだ。大きな声じゃあ言えないが本来輸入は禁止されていている特別なものでね、目には見えないが精霊の一部が入ってるんだ」


「精霊の一部が?」


 どういうことかと詳しくを話を聞こうとした。その時、


「クラージュくん!」


 聞き慣れた声に振り返ればナタリアが走ってくるのが見えた。クラージュを見つけたのが嬉しいのか笑顔で手を振っている。


「またミラともクラージュくんともはぐれたんだけどお父様に言ってミラを買い物禁止にしたほうがいいと思う」


「それをもっと早く気づいて欲しかったですねぇ…」


 今頃気づいたのかとクラージュは疲れたようにため息を吐いた。

 そんな二人のやり取りを見ていた男は内心でホッと息を吐いた。大人が迎えに来たと思えばまた子供でしかも今度は世間を知らなそうなお嬢様が来たと男は笑みを深め、すぐに声を掛ける。


「おや、可愛らしいお嬢ちゃんが一緒なのかい?いいねぇ!」


 そんなお世辞にもすぐに顔を輝かせ嬉しそうにはしゃぐナタリア。


「きゃー!おじさんわかってる!私もそう思う!」


「そうかいそうかい。そんな可愛らしいお嬢さんにはサービスしないとね」


「やったー!」


 単純過ぎやしませんかねぇ?


 煽てられ今にも商品を買いそうな彼女の腕をクラージュは取り後ろに追いやった。腕を組んで男の前に立つ。


 本当はもっと話を聞きたかったですが……。


「そういえば……最近は事件が多くてこの辺りをこまめに騎士が巡回してるんですよねぇ…」


「えっ!?」


 クラージュが何気なく口にした言葉に男は大袈裟に肩を跳ねさせる。その反応を見たクラージュはとても楽しげだ。


「大丈夫ですか?ここで商売するには領主に許可を得た上で渡された許可証を店に見えるところに提示しなければいけません。それがなければ速攻騎士の尋問です。最近は今の状態のように見知らぬ危険な商品を売りつける輩は増えていますから」


「……まさかそれを知っててわざと……!」


「いいえ、まさか!でも無断で輸入禁止の違法の薬物を何も知らない子供に売りつけるなんて良くないと思いません?」


 そう言ってにっこりと男に笑いかけるクラージュ。タチが悪いなぁと思いながら汗をダラダラと流す男に詩音は追撃するように告げる。


「おじさん根性あるね。最近この辺犯罪者を狙う切り裂き事件とかあるのに違法の薬物売るなんて……私を狙ってくださいって言ってるみたいなもんじゃん」


「えぇ!?」


 それはどうやら初耳だったらしい。これでもかというくらい動揺しており、全身が震えている。

 クラージュは思った通り馬鹿な男だと思いながらそんな男に救いの手を差し伸べる。


「そんな貴方の為に私が手を打ちましょう。その商品、私が購入させて頂きたいと思います。違法物を貴方が持ったまま騎士に見つかると危険です。子供の僕なら知らなかったでまだお咎めも免れると思います。おいくらですかね?」


「そうか!それなら五本で十万クレトがなんと格安の五万クレト!!」


「残念です」


 片手を上げてくるりと方向転換するクラージュを店主は慌てて止める。


「待って!?一万はどう!?」


「……すぅ……騎士の…」


「わかった!!五千でどうだ!」


「残念ながら私、子供でしてそんなお金は……。あぁ、お可哀想に。きっとすぐにここを離れても騎士様に見つかると思いますよ。どうしてか私にはわかります。」


 あっ、この人騎士にチクる気だ。詩音は思ったが何も言わなかった。無断で商売したおじさんが悪い。


「わかった!わかった!二千五百だ!!」


「それで。まぁ、それでも高いと思いますがね」


「うるせー!!持ってけドロボー!!!」


 ちくしょーなんでこんなことに!と泣き言を言いながらすぐさま荷物をまとめて男は逃げ去って行く。

 残った二人は買った薬を眺めた。

 薄いピンク色の液体だ。本当に妖精の一部なんて入っているのだろうか。


「クラージュくんこれが欲しかったの?」


「いいえ別に。あの人が無断で商売していたのは直ぐに気づいたので少し話してみれば僕にもしかしたらメリットがあると思いまして」


「おじさんほんとに運がなかったね……」

 

 踏んだり蹴ったりな逃げ出した男の顔を思い出し静かに合掌する。


「まぁ、あの人、単純そうでしたしこの商品も偽物だと思いますがね」


「十万クレトでただのピンクの液体を買ったのにクラージュくんに二千五百クレトで売るおじさん……可哀想…!」


「それじゃあ僕が悪いみたいじゃないですか。とんだ言われようですねぇ。あの人の自業自得ですよ」


「でもねー……」


 突如街中に響き渡るほどの悲鳴が上がった。

 二人は驚いてその方向へ振り返る。その方向から人々が我先にと逃げるように街の外へと走り出していた。


「一体何が────」


「切り裂き魔だ!!」


 恐怖でパニックになった騒ぎの中から誰かがそう叫んだ。


「切り裂き魔!?こんな街中に!?」


「ナタリア様!僕達も逃げましょう!」


「でもミラを探さないと!」


 逃げ惑う人の中からミラを探そうとするが子供の身体的に厳しい。クラージュと共に人の波に流される。悲鳴が上がった方を見れば一人の男が倒れていた。詩音にはその男に見覚えがあった。


「ぐっ……」


「さっきのおじさん!」


 そこにはつい先程の商売をしていた男だ。背中から血を流して硬く瞼を閉じていた。詩音はクラージュに振り返る。


「クラージュくん!」


「ダメです。絶対にダメです。見捨てましょう。あの人はもう駄目です」


「一切迷いがない!?」


 言うことなどわかっていたと詩音の言葉を制するクラージュ。詩音は迷ったようにクラージュを見て、動かない男を見て、


「ッ~~~~ごめん!!」


「ナタリア様!?」


 クラージュが伸ばした手をすり抜け詩音は男の元へ走った。


 彼女が怪我をした人間を見捨てることに耐えられる訳がなかった。そんなのは分かっていた。だけど僕は利益のないことに巻き込まれるなんてごめんだ。


 男の怪我を確認するためにしゃがみこむ詩音をクラージュは置いて逃げることも近寄ることも出来ずただその場で見ていることしか出来なかった。

 自身と明確に違う彼女から目を逸らすように下を見る。


 パリンと何かが割れる音がした。


「クラージュくん!?上!!」


 驚愕したナタリアの声に俯いていたクラージュも自然と上を向く。


 クラージュの頭上、そこにはいつの間にか自身を何重にも囲むように鋭い刃が佇んでいた。

 それは間違いなく自分を狙っていたのだ。


「………え?」


 タイミングを見計らったかのように刃は重量に従い落ちていく。


「クラージュくん!!!」


「ッ────!?」


 目を離すことも逃げることも許されず立ち尽くしていたクラージュはその叫びとともに突き飛ばされた。

 そうなればその場に残ったのは、


「ナタリア様!!!」

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