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21.ムキムキにはなりません

 

 クラージュは憂鬱だった。

 それは数週間前、ミストラル家に出入りするようになったマルスランとちょっとした言い争いになっていた時である。この男までここに来るようになったのがクラージュには気に食わなかった。

  それを見かけたリアムが喧嘩を止めるためかいきなりマルスランを正面から抱き上げたと思えば振り回し始めた。


 別の日、またその技を掛けられていたマルスランをたまたま見かけた詩音が「ジャイアントスイング!?」と驚きながらリアムを急いで止めたことをクラージュは知らない。


 情けない悲鳴をあげるマルスランを指を差して笑っていたがクラージュはまさか自分も同じことをされるとは思わなかった。マルスランを地面にそっと置いたリアムがクラージュの方を向いた時は本気で逃げ出した。が、あえなく捕まり同じように振り回された。

 そのまま死んだように倒れて動けなくなっていたクラージュを見たマルスランは腹を抱えて笑う。


「はーっははは!ざまぁねぇなぁ!!早く部屋に逃げ帰ってあの女にでも泣きついてな!」


「………」


「……おい……まさかこの程度でへばったのか?」


「………」


 数分経っても荒く息を吐いて未だに立ち上がらないクラージュをさすがに哀れみを込めた目で見つめる。


「ここまで体力ないとか……」


「うる、さ……いです……よ」


「あ、生きてる。一応俺はクラージュには手加減したつもりなんだぜ?」


「どこがですか!?貴方ほんとに無駄に怪力ですよね!」


「そんな……照れるなー!」


「褒めてません」


「あいつが馬鹿力なのは最もだがお前も大概だろ」


 マルスランの一言に信じられないものを見る目をするクラージュ。


「いや、貴方の感覚が鈍ってきているだけでは?大丈夫です?リアム様のように脳まで筋肉が仕上がってきているのでは?」


「口だけは元気だな!お前このままだとあの女より弱いぞ」


「それはマルスもじゃん?」


「うっっっせぇぇよ!!だから今鍛えてんだろうが!!あの女は泣かす!」


「は?」


「リアム!ものの例えだから!頭を掴むな!!」


 ギリギリと頭を掴んで力を込めるリアムの腕を止めるようにマルスランは叩く。クラージュはそのまま握り潰せばいいのにと心中思っていたがあっさりとその手は離れた。頭の形が無事なことを確かめるとマルスランはクラージュの方に向き直り意外な一言を放った。


「……癪に障るがあの女が調子に乗らない為にもお前も一緒に鍛えておけ」


「死んでも嫌です」


 即答だった。マルス兄さんの提案なんてとても乗り気なれません。と笑顔で付け足すクラージュにマルスランは青筋を立て拳を握る。


「じゃああの女の前で恥かいてくたばれ」


「まぁまぁ、落ち着けよ二人とももう一回ずつぶん回すぞ」


 リアムの仲裁、否、脅しに顔を青くして大人しくなる二人。

 リアムは二人の顔を見て悩ましげに腕を組んでいたが、まぁ、俺に任せろと言うようにマルスランの肩を叩いた。座り込んでいるクラージュの元にしゃがみ目を合わせる。


「クラージュ。俺はお前に強くなって欲しい」


「必要性を感じません。僕はリアム様やマルス兄さんのように力で物事を解決したいと思わないです」


 あまりに正直なクラージュにリアムは苦笑する。


「まぁ、お前は頭良いもんな~。でも自分に出来ることが多いに越したことはないだろ。ナタリアの評価にも繋がるだろうしな」


「む……」


 この数年でクラージュはナタリアが人の成長の過程を見届けるのが好きな人間であることを理解していた。ナタリアは頑張る人が好きなのである。変わった人だとは思うがだからこそ努力している姿を見せれば好感度が上がるだろう。婚約者の好感度を上げておいて損はないはずだ。


「きゃー!クラージュくんかっこいー!!って言われたいだろ?」


「それは別に全く」


「なんでだよ!……ったく素直じゃないなー」


 そんなこと言ってお前絶対言われたいじゃん。絶対好きじゃん……等とよく分からないことをぶつぶつと呟いているリアムを怪訝そうにクラージュが見ればその整った顔立ちをいつになく真剣な表情に変えた。


「……俺は魔法なしで強くなった。それって普通のことじゃない。俺がそれなりに努力していようと気に食わないやつだっている。それなりの地位を築いてる父上の粗を探そうとして一番に目につくのは俺だ」


「それは……」


「最近じゃクロエの護衛候補?をぶっ飛ばして色んな家から目ぇ付けられたし」


「何してんですか!?それは魔法使える使えないの問題ではなく貴方自身に問題があるんですよ!」


 周りの人間の嫉妬云々ではなくリアム自身の言動に問題があり過ぎる。魔法を使えない人間を馬鹿にするような人間がこの国には多いがリアムの行動は目に余る。火に油を注いでいるようなものだった。ナタリアが最近頭を痛めていたがそういうわけだったのかと思いクラージュも頭が痛くなった。

 マルスランも初耳だったのかドン引きしていた。


「俺は何人夜道を狙われようと構わない。むしろ燃える」


「大人しくしてろ」


「何爽やかに笑ってるんですか?怖いんですけど」


 何言ってるんだこいつはと正直クラージュは思った。


「でも卑怯なやつは俺じゃなくてナタリアを狙うかもしれない」


「!」


 クラージュの脳裏に呑気に微笑むあの少女の顔が浮かんだ。


「俺が傍にいる限り絶対に守る。でも……もしあいつの傍にいない時、あいつを守れるやつを守ってくれるやつがいたら俺は嬉しい」


「……」


「あいつも自衛は出来るけどさ。ほら、あいつ一人で突っ切ろうとすると思うし……駄目か?」


 破天荒な兄なりに妹を大切にしているのだろう。自身が大人してしていれば穏便に済むことなのだがそのつもりはないらしい。

 しかし困ったように眉を顰め微笑むその顔が兄妹といえどあまりにもそっくりなものだから……


「ぐっ………わかり………ました……」


 クラージュはつい頷いてしまった。しかしリアムはその返事に満足するはずがなかった。


「やっぱり嫌々なら……父上に相談して他の奴にナタリアをお願いするしか…」


「いえいえ、そんな嫌々だなんて。ナタリア様の向こう見ずなところは既によーく知っていますので可能な限りを尽くしますよ。私が!婚約者ですからねぇ」


「やりぃ!」


「意外とちょろいなお前」


 しおらしい姿が一変しその場でガッツポーズをするリアムにやられたとクラージュは思った。全てはリアムの手の平の上で転がされていたのだ。


「あ、やっぱりなしとかはなしだから!そんなことしたら………泣く!!」


「子供ですか。……わかりましたから」


「やったー!!」


 両腕を上げて喜ぶリアムを憎らしく思う。

 しかしクラージュもただでは転ぶつもりはない。


「でもその代わり!」

 

 呑気にバンザイをするリアムにクラージュは自身の指を立てて突きつける。


「え?」


「これからリアム様はテオフィルス様が組んだ授業に絶対に遅刻しない、逃げない、サボらない!よろしいですね」


「えっえっえっ」


「返事は」


「えーー!!いや、あれだろ?それとこれとは……」


「返事」


 引く気は全くないようだ。リアムはマルスランに助けを求めるよう視線を向けるがマルスランはすぐに首を振る。


「諦めろ。というかあんまり親に迷惑かけんなよ」


「ぐっ………うぐっ………………はい……」


 かなり渋っていたがクラージュはなんとか言質を摂ることが出来た。


「はい、私もマルス兄さんも聞きましたからね。今の事を踏まえてとテオフィルス様と話し合って来ますから。それじゃ」


「ちょっと!?」


 リアムが止めるよりも早くクラージュは素早くミストラル家に戻って行った。


「ちょっと行動が早過ぎない!?」


「今までのお前の振る舞いだろ」


「ちょっと逃げてただけなのに……」


「そのせいだよ。あーあ、これからもっと面倒になるな」


 頭を掻くマルスランをじっと見つめるリアム。その目は何故か温かい。そのリアムの視線に気づいたマルスランは不気味なものを見るような顔をする。


「なんだよ。その生温かい目は」


「いや、お前も一応兄ちゃんなんだなぁって。嫌よ嫌よも好きのうちか?」


「ちげぇよ!言っただろ!あいつも嫌いだがあの女は調子乗っててもっと嫌いだからだ」


「俺の妹がなんだって……?」


「あーー!!嘘だから頭掴むのはやめろ!!」


 勘違いしないで欲しいがこれをきっかけにクラージュはマルスランと仲良くなろうとは微塵も思わない。多分互いに何かの際に誤って事故ってくたばればいいとすら考えている。

 話に乗ったのもリアムが二度と先生から逃げないようにする約束を取り付けるのにも都合が良く、ついでにナタリアの好感度を上がれば幸いだと思ったからだ。

 決してナタリアを守りたいからとかそんなのではない。あの人ならその必要など皆無だと思っている。等と誰も聞いてはいない言い訳を心の中で並べて少し前なら二度とやらなかったであろう地獄の訓練に足を踏み出したのだ。



 しかしながらこのクラージュ。数週間鍛えてみたはいいものの成長は見られなかった。


「クラージュくんはすごいよ。授業の時間も先生と調節しながらお兄様の地獄特訓ちゃんと続けてるんでしょ?」


 励ましているつもりなんですかねぇ?


 ナタリアの一言に悪気は無いのだとわかっているクラージュは苦々しい顔をするしかなかった。

 あの二人に全く追い付けない、体にも変化がなかった。それは元々それほどなかったクラージュのやる気を削ぐには十分でこのまま続けていける気がしなかった。


 身体能力に関しても平均以下だとわかっていたがまさかここまで酷いとは思わなかった。今回のことで勉強と違ってあれは生まれ持った体格やセンスがものをいうのは痛いほど理解した。自身にはどちらも秀でたものはないのだ。魔法と違ってこのまま続けても…


「このまま続けても無駄!なんて考えてるでしょ!」


 そんな考えはお見通しだと言わんばかりに詩音はクラージュに顔を近づけ目で圧をかける。

 その目から逃げるようにクラージュは一歩下がる。きらきらとなんでも見透かしたようなその目がいつも少し苦手だった。あと身長がほぼ同じだから距離が近い。


「クラージュくん!それは甘えよ!わかってるでしょ!魔法を思ったように扱えるようにはなったみたいだけど基本魔法には一に体力、二に体力。三四がなくて五に体力だと思う!技術ももちろんいるけど!正直な話クラージュくんはただでさえ人より体力が少ない!」


「ぐっ」


 ばっさりと突きつけられる事実にクラージュは無意識に胸元を抑えた。


「そんなんで魔法を上手く扱うだなんて夢のまた夢!それに一度決めたことをすぐ曲げるのは良くない!負け癖、逃げ癖、サボり癖がついたら終わりなんだから」


「でもナタリア様はリアム様をマルス兄さんに押し付けて逃げたのでしょう?」


「あいたたた!」


 痛いところを思いっ切り突かれた詩音もクラージュと同じように胸元を抑えた。ぐぅの音も出ないようだ。

 眉を下げて唸っていたが自分の言ったことに反省しているのかクラージュの様子を伺うようにして問いかける。


「まぁ、そうなんだよね……。私もマルスランさんに押し付けて特訓やめた身だし…それに体壊したら元も子もないもんね。お兄様には私から言おうか?」


「それは……」


 そうしてもらおうと思ったクラージュは言葉を止める。

 ここでナタリアに甘えてしまえばすぐ手のひらを返す男と疑われてナタリアにこの婚約を続けていいものか考え直されてしまうのではないか?それにリアムが授業をサボる体良い名目をつくってしまう。極めつけにクラージュの脳内にマルスランがこちらを指差し「お前またあの女に庇われてやんの!かっこ悪!」と憎たらしい顔で笑う様子が浮かんで、消える。


 クラージュはにっこりと笑顔を取り繕った。


「ナタリア様の手を煩わせる訳にはいきません。僕は大丈夫ですよ」


「え、でも」


「大丈夫です」


「無理は」


「してないです」


「いや……」


「やめてください」


「どうして急にそんなに頑ななの!?」


 急に曲げない意志を見せるクラージュに詩音は不服そうにしていたが黙秘を貫いた。



 そんなクラージュにバレないように詩音は彼の体つきを眺める。

 十二歳で身長百五十前後、少し細いかなども思うが平均的な体躯だ。クラージュはあの二人のようにならないから落ち込んでいるようだが二人はもう十四歳だ。


 私のところでは確か……中学二年生くらいだったはず。


 その頃の男子はすくすく身長も伸び、体格も良かった気がする。だからクラージュも十四になれば……


「……ムキムキのクラージュくんかぁ……なんか違和感だなぁ……」


「いや、流石にそこまではしませんが……」


 でもなんとなく今の体の線の細さから筋肉は付きにくいんだろうなぁと詩音は思い、優しい眼差しでクラージュの肩に手を置いた。


「今のクラージュくんも十分好きだよ」


「はぁ……ありがとうございます」


 この人は何を言っているんだと言う表情をされた。解せない!

 それにしても加護まで与えられたクラージュくんがここまで伸びしろがないのはおかしいんだよな。あの子のことやっぱりちゃんと探して……、

 ……あの子……?


「あのーお嬢様?準備は出来たんですが……本気で行くつもりですか?」


 おずおずと二人の会話に入ってきたのはミラだった。その表情はとても不安げだがナタリアは気にせず立ち上がる。


「あ、ミラ!うん、大丈夫!クラージュくんちょっとミラと街に出るから」


「貴方は正気ですか?」


 巷では色々と事件で騒がれているのに進んで街に、しかも使用人の為に着いていくなんて気は確かなのかと言いたげだ。


「貴方伯爵令嬢なんですよ?貴方に何かあったらこの人の首飛びますよ」


「だってミラ一人で買い物とか危ないよ」


 当たり前のように言えばクラージュは額を抑える。


「いやしかしですねぇ……というか買い物の護衛ならリアム様を連れていけばいいのでは?」


 その指摘にびくりと体を震わせたと思えばミラは死んだような目をして頭を抱えた。


「リアム様かぁ……脱走……翻弄された十時間…。先生と旦那様に頭を下げ………ヴッ、頭が……」


「ミラでもお兄様には手を焼いてるのね……」


 詩音はミラに珍しく同情した。


「……クラージュ様も行きましょう」


「は?」


 そんなミラは顔を勢いよく上げると詩音の肩を掴んでクラージュに見せつけるように前に突き出す。


「お願いします!!無茶は承知なのですがお嬢様の歯止め役として着いてきて欲しいんです!」


「ミラ?」


「正直やです!一人で買い物に行くのは。ミストラル家は使用人の為に護衛をつけるほど余裕のある家柄ではありません。だからお嬢様が着いてきてくれるのは助かります。並大抵の人よりは強いですから」


「なら」


「でもすぐ問題に突っ込んでいくので困ります!」


「それはほんとにごめんね!」


 それでもまだリアム様よりはマシです!と言うミラにリアムは一体何をやったのか…。


「だからクラージュ様のお力が必要なんです!この鏡!見てください!そこに映るのは魔力もそんなになくてそんなに顔が良いわけでもないクラージュ様!これならきっと大丈夫で──」


 詩音は迷いなくミラの脛を蹴った。痛みで悶絶するミラの頭を掴み深々と下げる。


「ごめんね…」


「別に、本当のことなのでぇ。ええほんとに。この人なんで解職にされていないんです?」


「働きは優秀らしい……」


 一応ナタリア付きの使用人のはずなのにその優秀なところお父様は知ってて私は見たことないのはおかしいよね?


 そんな心情を知らずミラはまた起き上がり熱心にクラージュの説得していた。


「お嬢様を見捨てるんですか!?なんのためにリアム様とあの特訓してるんですか!?もしあいつの傍にいない時、あいつを守れるやつを守ってくれるやつがいたら俺は嬉しい……。になんて答えたのか忘れたんですか!?」


「なんなんですかこの人!?」


 しかもどこで聞いていたのか。

 ミラはわざとらしい動きで演技を続ける。


「愛しのナタリア様の向こう見ずなところは既に僕が命ある限りを尽くし──」


「誇張も酷い」


 詩音はとりあえず勢いの止まらないミラを止めるために脇腹を小突いたのだった。


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