20.ナタリア・ミストラル十二歳
詩音がこの体になって気づけば四年という年月が経っていた。ナタリアは十二歳。しかし依然としてどうしてこの体になったのか、ナタリアはどこへ消えたのか思い出せずにいた。
自分と同じ境遇であるヒロインになった少女にまた会う為、たびたび街へと出かけていたが詩音は彼女を見つけることが出来なかった。人伝に聞いた話では亡くなった彼女の祖母に代わりとある男爵が彼女を引き取ったらしい。もしかしたら街にはもういないのかもしれない。
少し寂しい気がするが彼女は第二王子のファンだったしマジスピの舞台であるあの学園でまた会えるはずだ。ひとまず彼女を探すのを止めた。
「昨日殿下達が力を合わせて街で不届き者を退治したようよ。見てこの新聞」
「へぇ!クロエ様の婚約者様すごいんだね」
クラージュ、クロエとは今も仲が良く。親交を深めている。二人とも顔を合わせれば皮肉を言い合ってはいるが以前よりはだいぶ態度が軟化されてきたので詩音は安心した。
しかしながら問題が一つ減れば二つくらい増えるもので最近の詩音は別のことで少し困ったことがあった。
詩音は差し出された新聞の記事を見て素直に感心すればクロエは何故か眉間の皺を更に寄せる。
「……ところでナタリア。つい昨日リアム様が私を付け回す不届き者を成敗してくれたでしょう」
「え?そうだね。あ、この記事その場所と一緒だね」
その何気ない一言にクロエは苛立たしげに机を扇子で叩き、詩音は驚いて肩を揺らした。
クロエ様はこの国の王子と婚約しているのでその座を狙う人たちに命を狙われることが度々あるらしい。そんなことをマノンさんから言われた時はとても驚いた。
私と出会った当初のクロエ様は悪い噂が流れておりその噂に違わない残虐さの持ち主だった。なので周囲の人たちにはこのまま王子の婚約者候補から外されると思われていて命を狙われることなど滅多になかった。しかし私とクラージュくんと出会いクロエ様は我慢を覚えたようでそれを見た両者のご両親がこれならこの先も大丈夫だろうと婚約を継続させたらしい。そのせいでよからぬことを考える人たちに改めて命を狙われるようになったのだが…。
一つ目の困ったことはそんな状況にも関わらずクロエ様が意地を張り自身の父親が用意した護衛を拒否していること。命を狙われているクロエ様を何度もお兄様が助けており、気づけばお兄様、クラージュくん、私、三人でまとめてクロエ様の護衛という扱いになっていたということ。これはクロエ様には内緒の話なのだが私とクラージュくんの家それぞれ護衛として報酬金が届いたことがある。そんなつもりでクロエ様と一緒にいるわけではないのですぐに持って帰ってもらった。クラージュくんは受け取っていたけど…。
正直、私達には時期王妃の護衛は荷が重すぎるし、そんな力もないからクロエ様を説得して護衛を連れてもらおうと思ったのだが……。お兄様が一度クロエの家に行き、護衛候補達と力比べをして全勝したと言う話を聞いてからもう考えるのをやめた。クロエ様の護衛はチートなお兄様です。
二つ目の困ったことと言えば…
「……実は二週間前、ナタリアが捕まえた不審者のことも記事になってるの」
「そうなの!?」
「なぜか記事に登場するのが貴方ではなく殿下だけど…」
「あら…それはつまり……」
「そういうことよぉ!!」
クロエは持っている新聞を両手で思いっきり引き裂いた。
「あの男こっちの手柄を横取りしてんのよぉ!そんなこと許される!?風魔法で圧倒的力差を…貴方は私と同じ火属性でしょうがっ!!」
クロエの周りに現れる暗殺者をリアム達が尽くボコボコにしていくがそれがクロエの婚約者の手柄になっているらしい。それが何故かクロエは大層気に食わないようで怒り心頭の様子だ。
「気に食わないわ!なんで!こんな奴らがこんな大々的になってるのよ!!」
「間違いなく人徳の違いでしょうに」
「クラージュくんしっ!」
「あんな上から目線で我儘な男のどこがいいって言うの!?」
「なんですか?自己紹介ですか?」
「クラージュくん!」
「お前は黙ってリアム様に言われたトレーニングをこなしてなさい!」
「今終わりましたよ」
腹ただしげに指差すクロエにそう言ってクラージュは起き上がり詩音の横に立つ。
「クラージュくんお疲れ様!大変だったね!」
「それにしてはナタリア様は余裕にこなしていたように見えましたけどね」
同じトレーニングをしていたはずなのに一足早く終えていた詩音を何かもの言いたげに見つめるクラージュに詩音はにこりと笑った。
これが地獄の訓練を先に受けていた者の余裕の笑みである。
「二人とも私の話を聞きなさい!貴方たち悔しくはないの?手柄を横取りされているのよ?」
今にも悔しそうに地団駄しそうなクロエと対照的に詩音はなんともなさそうだ。そんな様子のクロエにクラージュは呆れたように言った。
「殿下は次期国王になるお方ですから、国民の支持もそういうところから根回ししていかないと。かくいう貴方は公爵令嬢ですよ?不審者を吹き飛ばしてたなんてそんなことしてたとバレたら表歩けませんよ」
「まぁ、クロエ様は特になにもやってないけど…」
クロエ様が人を吹き飛ばすなんてそんな…。暗殺者全員に丁寧に扇子で叩くくらいしかしたことないよ。
「記事なんて人の匙加減ですからねぇ。ここの新聞とか結構自分たちの都合の良いように書いてたりしますよ」
破られた新聞を拾い上げて内容を目で追いかけながら話すクラージュの言葉に口を結んで俯くクロエ。その表情は心苦しげで納得がいかないと言いたげだ。
「リアム様やナタリアの功績なのに…」
クロエの言葉に詩音とクラージュは互いに顔を見合わせた。四年前に比べ随分成長したクロエに詩音は嬉しそうに微笑む。クラージュはそんな様子の詩音を見て仕方なくクロエにフォローをいれる。
「態々そんな目立たなくともちゃんと知るべき人が知っていれば問題はありませんよ。例えば何処かの誰かさんのお父様とか」
「……わかってるわよ。お父様には逐一ちゃんと伝えているわ。私のと…とも……下僕がどれだけすごいのかってことをね!」
友達と素直に言えないクロエに詩音は優しい眼差しを向け、クラージュはどうでも良さそうな顔をした。
「でも王家の人か~。少し会ってみたい気もするね!」
「え?」
ヒロインとは会ったが攻略キャラクターとまだは一度も出会ったことがない。
攻略キャラクターを実際に間近に見るのはプレイヤーとしては一度は夢見ることだろう。それは詩音も同じであの美しいご尊顔を間近で見てみたい気持ちはあった。
まぁ、人の活躍を横取りするあたり性格があれなのかもしれないけど……。
「それは……あれですか?よくも手柄を横取りしたなと牽制を込めて会いたいという…?」
「違うよ!?王家の人かっこいい人が多いんでしょ?目の保養として会ってみたいなーって!」
「……」
「あら。それなら私が今度お茶会を開いて……」
「おや、クロエ様もうこんな時間。そろそろお迎えじゃあありませんか?その話はまた今度にしましょう。早く帰ってください」
詩音の零れた一言に提案しようとするクロエの言葉を妨げ、扉の部屋を開けて帰宅を促すクラージュにクロエは鼻で笑う。
「あーら。心の狭い男は流石に好かれないわよ」
「なんのことですかねぇ?」
「まぁ、いいわ。私もあんな奴らに会わせても碌なことにはならないと思っているもの。じゃあね、ナタリア」
微笑んで部屋を出るクロエと二人に一礼てクロエに続くマノンを詩音は手を振りながら見送り、少し寂しそうにしながらなんだか不機嫌そうなクラージュの方を向いた。
「最近はいろんな事件があって物騒だね。クロエ様も早く帰っちゃうし、早く捕まらないかなぁ」
「いいんじゃないですか?別にこのままで」
「またそんなこと言って。クロエ様いなくて本当は寂しいくせに」
「ははは。絶対に。ありえません」
実はクロエのこととは別件で最近ではある二つの事件が巷を騒がせていた。
貴族、平民関わらず子供が攫われる人攫い事件、何故か犯罪者だけが斬り殺される切り裂き事件、貴族も平民もこの事件のせいで下手に外に出れなくなったり早々の帰宅が余儀なくされている。クロエもそのせいか前よりもミストラル家に来る頻度が減った。
「クラージュくんが最近鍛え始めた理由も分かるよ…。私もまたお兄様の地獄の特訓受けようかな…」
マジスピ本編も過酷なことばかりだったし、何時でも何があっても良いように自分の身は自分で守れなきゃダメだよね。
「それはやめておきましょう。これ以上強くなってどうするんですか?リアム様を標準に考えてませんか?あの人の強さの度合いが可笑しいだけなんですよ?わかってますか?ナタリア様は今のままで十分だと思います」
「え、あ、うん」
思いつきを口から漏らせば思ったよりも力強くクラージュに止められ詩音はたじたじになりながら頷く。何故か度々こうしてクラージュに特訓を止められるのだ。
なんでかな……?いや、そんなの分かりきってる。
「……クラージュくんからしてみれば不審者をバンバン吹き飛ばすゴリラみたいな婚約者がいるって噂流れたりしたらたまったものじゃないもんね……。……私と婚約嫌になったら直ぐに言って!覚悟決めるから!」
「なんでそうなるんですかねぇ!?別にそんな理由じゃありせんし……それにナタリア様が引きこもっている時からそんな噂、既に流れてましたし今更です」
「そうなの!?……えぇ!?そうなの!?じゃあなんで!」
「………」
「クラージュくん!」
真意を問いただす為に詰めよれば、ふいっと視線を逸らしたクラージュに詩音は頬を膨らませた。
クラージュは以前に比べて格段に魔力も安定してきていた。ヒロインの加護の力もあるがやはり一番はクラージュが自発的に身体を鍛え始めたことである。先程のようにリアムに与えられたトレーニングをこなしリアムやマルスランと地獄のような特訓を受けているのだから魔力を扱うのも慣れてくるのも当然だろう。
そんなクラージュだが詩音には気になることが一つあった。
どうしてクラージュくんはこんなにしっかり鍛えるようになったんだろう?
過去に一度リアムの地獄の特訓を受けたクラージュくんは死にかけてもう二度と参加しないという意志を貫いていた。
そんなクラージュくんが心変わりなんて何かあったに違いない!
詩音が一つ分かっていることといえばマルスランが何か知っているのかもしれないということである。
初めは騙された形だったがマルスランという人間は付き合いが良い。なんやかんや言いながらリアムとは今だ良好な関係を築いているようだ。そんな二人が以前、クラージュと戯れていたのを見たことがある。正確にはリアムが一方的にクラージュとマルスランにちょっかいを掛けていただけだが……。その時にクラージュの体力のなさを目にして何を思ったのかは知らないが心底嫌そうに、本当に嫌そうにしながらもマルスランがクラージュに何かを言っているところを詩音は目撃したのである。
その時何を言われたのかは詩音には分からなかったがこれを理由にクラージュとマルスランが互いに歩み寄ろうとしていると思うと詩音にとってとても喜ばしいことであるはずだ。
「………」
「ん?なんですか?」
「なーんにも!」
しかし一緒に過ごす時間が少し減ってなんだか寂しい気持ちもある。これはクラージュくんには内緒だ。
「なんにもないならそんな顔しなくないですか?」
「ふーんだふーんだ」
マルスランさんが何を言ったのか分からないけど、クラージュくんは何か隠してるけど、クラージュくんすごいって気づいたの私が一番だし……。
胸に溜まるもやもやに詩音はクラージュの手を握りしめる。
「え?」
「……ふんっ!」
そしてその手を強く引けばクラージュはぐらりとバランスを崩し、二人して倒れ込んだ。
「うわぁ!?な、何するんですか!?」
詩音が下敷きとなったためクラージュに怪我はない。が驚いて素っ頓狂な声を上げて詩音を見るクラージュが面白くて詩音はイタズラが成功した子供のように笑う。
「クラージュくんったらまだまだね!こんなことされても余裕で女の子を抱きかかえられることが出来るくらいでなくちゃ」
「そんな事して何になるんですか……」
「え?うーん……急に抱えられたら女の子はドキッとしちゃうかも!」
「………貴方ねぇ…。だからこそ今こうやって……」
何かぶつぶつと呟きながらも立ち上がるクラージュの背中を眺める。
伸びた身長、変化していく彼を取り巻く環境。
よかったなぁ…。
寝転がったまま感慨に浸る詩音。そんな詩音の視界に手が差し伸べられる。
「立ち上がれますか?」
その一言さえも嬉しくて、その手を取れば自然と心が満たされていく。
『────様。私────』
しかし、それと同時に確実に何か大切なことが少しずつぼやけていくようなそんな感覚を詩音は感じていた。




