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サブキャラで悪役な貴方の笑顔が見たくて  作者: 茶ノ前 嘉
貴方と出会う八歳 (幼少編)
19/60

17.クラージュくんの家族と

 

 ちら、ちら。


 まだかまだかと詩音は何度も時計を確認する。その時計の動く針が長い針と触れ合えば詩音の目の前にいる女の人が手に持つ本を閉じた。


「今日はここまでざます。予習復習は忘れずにしっかりなさるざます」


「…………終わった!!」


 その言葉に詩音はつい明るい声を出せばまだ傍にいた先生に咳払いをされ思わず口を両手で抑えた。


「ねぇねぇせんせー、私ステップ上手くなってた?」


「はい、よく出来てたざますよ。この調子で頑張るざます」


 その言葉に嬉しそうににこっと愛らしく笑う詩音に先生も思わずキツイ顔を少し緩ませた。


 詩音の一日は作法に重点を置かれておりクラージュとリアムが魔法の授業をしている間、基本の作法から丁寧な言葉遣い、テーブルマナー、社交ダンス等を身につけていた。


 けど私、魔法の勉強は全然したことなくてでほぼ毎日、ほとんどの時間礼儀作法を教えられてるんだよね。他のところも同じなのかな。


 詩音は毎日何とかこなしているが実は普通の令嬢に比べて詩音が学んでいる作法の量はかなり多い。

 それはいつも詩音の行動に振り回されている父親が少しでも大人しくしてもらうためわざわざ自らの手で授業を組んでいるのだ。

 そんなことは露知らず詩音は今日は何しようかと呑気に思案する。

 

 クロエ様とは約束していないし、二人もまだ授業。こんな時は……


 

「それでね、クラージュくんバァーって氷の柱を作ったの!凄いよね!」


「うんうん、ほんまナタリアちゃん可愛いなぁ」


「でも次の日には小さめの氷しか出なかったんだ。でもでもそれだけ伸びしろがあるってことだよね!」


「そうやなぁ。魔力の状態もその日によって違うし、それが一定に保つことができるようになったら一人前って先生も言うとったよ」


「ダグラスさんはどんな魔法を使うの?」


「僕の魔法は霧みたいがもやもや~ってするんよ。それより僕のことダグお兄様って呼ばん?」


「────なんでお前ここにいるんだ!」


 マルスランの怒鳴り声に詩音はそちらへ笑顔で手を振り返したがマルスランはよりいっそう眉を釣り上げた。あの殴り飛ばした一件で詩音はたいそう嫌われてしまったらしい。


「マルス兄さんそんなこと言ったらあかんやろ?将来僕らの妹になるんよぉ?」


「嫌なんだよ!それが!!」


「今日はクラージュくんお兄様とずっと勉強するって言ってたから暇だったの」


「だからって家にくるか!?他行けよ!」


「ダグラスさんからお誘いあったし」


「ダグラス!こいつは俺をぶん殴って来たんだぞ!!」


「えー?僕、妹欲しかったんよ。それにあれはマルス兄さんも悪かったと思うわぁ」


「くっ………」


 呑気に自身の仇である詩音と会話しているダグラスに今にも地団駄を踏み出しそうなマルスラン。そんなこと微塵も気にしないダグラスは楽しげに詩音へお茶菓子を差し出し語る。


「いやー、あのひきこもり令嬢がこんな可愛らしいお嬢さんだとは思わへんやん?こんな子にお兄様って言ってもろたら天にも昇る心地やろうなぁ」


「そのままあの世に昇っちまえ」


「クロエ様もえらいべっぴんさんやったねぇ。しかも豪華な食事をご馳走になったし、僕今度から噂なんて信用しいひんようにするわぁ」


「俺は死ぬほど胃が痛かったよ」


「えー?もらえるもんはもろとったほうがええよ。ナタリアちゃんとまたクロエ様に会いに行ったらご飯頂けるんかなぁ?」


「やめとけ。禄なことがないぞ」


 詩音はその会話を聞きながらクラージュがマルスランとダグラスと血を分けた兄弟なのだなと実感し何度も頷いた。


 このマルスランさんの振り回されるところとかそっくりだし、ダグラスさんの打算的なところも似てるなぁ……。流石兄弟。って言ったら絶対マルスランさんとクラージュくんは嫌な顔するんだろうなぁ。


「なんだよ。にやにやしやがって」


「なんでも~」


 なにか思いついたように手を叩く。


「せや、魔法はマルス兄さんの方が扱い上手いんよ。教えてはくれへんと思うけど話は聞いてみたら?」


「マルスランさんが?」


 二人が魔法を使っている姿を見たことはないし、クラージュくんにも話を聞いたことがない。しかしダグラスがわざわざ嘘をつくこともないだろう。詩音がマルスランに視線を向ければ、


 うわ、めちゃくちゃ面倒くさそうな顔してる。

 

「水の弾がバッて出てくるんやけど意外と凄いんよ」


「ダグラス!あと意外とってなんだ!!」


「そうなんだ!見てみたいなー!」

 

 ダグラスの言葉にちょっとわざとらしくキラキラとした眼差しを向ける詩音だがマルスランは鼻を鳴らしそっぽを向く。


「なんで俺がわざわざお前の為に魔法見せないといけないんだ。それにそれってクラージュの為だろう。ぜっったいに嫌だからな」


 ナタリアの可愛い顔が通じないだと……?しかしそんなことで引き下がる私ではない!


「マルスランさーーーん、マルスランさーーーーん、マルスランさーーーーーん」


「しつこいぞ!」


 近寄る詩音にしっしっと追い払うような仕草をするマルスラン。

 どんなにお願いしてもマルスランは魔法を詩音やクラージュの為になぞ使ってくれないだろう。もう、面倒だと部屋から出ていこうとしているマルスランの背中に慌てた詩音は大きな声で、


「へい、マルスランさんビビってる!!」


水流弾(スプラッシュショット)


「ギャーーー!!!」


 何を言っているかはわからないが馬鹿にされているとわかったマルスランは手から水で出来た弾を打ち出す。様々な方向に散らばせながら詩音の方へ向かっていく水の弾に悲鳴をあげながらぐるりと急いでその場を回れば詩音を中心に渦を巻いてマルスランの放った弾は風に巻き込まれながら高く上り、詩音の真上で弾けた。

 それを見たマルスランは手を突き出したまま驚き、ダグラスは目を丸くする。肩で息をして呼吸を整えた詩音はよろよろとマルスランを指差す。

 

「急に攻撃なんて卑怯じゃない!?」


「お前が先にバカにしてきたからだろう!」


「マルスランが魔法見せてくれないから……。はっ、しかも結局避けるのに夢中でしっかり見てなかった」 


「無詠唱で俺の魔法を防いだくせに!俺がわざわざ魔法見せる必要性なんか無かっただろう!」


「いや、詠唱を全く知らなくて……」


「いやぁ、普通無詠唱で魔法使ったら体力の少ない子供は倒れるんよぉ?ナタリアちゃんほんまに大丈夫?」


 心配そうな言葉を掛けるダグラスに余裕で手を振る詩音。

 盗賊を倒した時にも感じたがナタリアの肉体はリアムとの特訓の成果によりかなり体力が上昇しててるようだ。初めのように無詠唱で気絶しないのは間違いなくリアムのおかげだろう。


 だからといってこれからも特訓を続けていきたいかと言われれば全くそうは思わないけど。むしろもう辞めたいんだけど!……………そうだ!

 

 思い立ったなら吉日。詩音は両手を広げ、マルスランの方を真っ直ぐ見つめる。


「………気になりますか?私の身体の強さの理由」


「な、なんだよ急に」


「そして今なら貴方も短期間で強くすることができます」


「は?何だ急にクラージュみたいな事言いやがって」


 なんだクラージュくんみたいって?胡散臭いってこと?失礼では?


「貴方、無詠唱で倒れてしまうことはありませんか?喧嘩で負けてしまうことはありませんか?しかしこの特訓をすれば大抵の事は解決するのです」


「…そんな怪しいこと誰がするか!」


「なんと、片手でリンゴも潰せるようになります」


「なん………だと………」


「兄さん、兄さん。片手でリンゴ潰せてもなんも得なんてないと思うわぁ」


「更に特訓を重ねれば岩をも砕く…………のは盛りすぎたけどとにかく強くてかっこよくなります!」


「なんだってーー!!」


「兄さん」


「どうでしょう。マルスランさんがよければ私の師匠に一緒に特訓できるようにお願いに行きますが」


「俺がおまえと特訓したいと思うか?」


「じゃあ私抜けるんで」


「……………いいだろう。乗ってやる」


「兄さん!全身でワクワクしとるよぉ!」


「よし、よし!しゃあっ!!!」


「こっちも全身で喜んどる!」


 喜びのあまりガッツポーズを三連続で決めた詩音はダグラスに奇妙なものを見る目で見られていることに気づき一度咳払いした。


「それじゃあ三日後におに……師匠に会いましょう!いや、ほんとにありがとう!!」


「うっ!!」


 曇りが一点もない輝かしい満面の笑みにマルスランは眩しそうに目を細めて光を遮るように手を出し、一歩退いた。詩音とは逆方向へ向くとそのまま走り出した。


「お前!そんなんで俺は懐柔されないからな!三日後覚えとけよ!!」


「うーん、我が兄ながら単純な人やわぁ」


 走るマルスランに手を振る詩音とアビス家一単純な自身の兄にダグラスは緩く笑った。


「というか、ナタリアちゃんそんなすごい人が師匠なんやねぇ」


「師匠というかお兄様のところに連れていく」


「ふーん?」


「お兄様は魔法を使えない人でありながら十歳で岩をも砕き、滝に打たれ、大人との試合で勝つ」


「もはや人間じゃない」


 そう言われても仕方はないけど魔法が使えないから……いや、逆にここでは魔法が使えないことで人間ぽさが失われている…?


「クラージュくんは三十分もたなかったけどマルスランさん負けず嫌いだし同い歳のお兄様に負けたくないと絶対思うからいけると思うの。岩だって砕けるようになる気がする」


「僕の兄さんが崖の上から突き落とされてよじ登ることを強要されとる……」


 お兄様について行けずに終わればまた私が相手することになるけど、なんだかマルスランさんなら本当に頑張りそうな気がする。そしたら私はクラージュくんとのんびり過ごす予定です。


「あら、ナタリア様。今日はこちらにいらしていたのですね」


 そう後ろから声が掛けられてナタリアが振り返ればそこにいたのは灰色掛かった茶髪を後ろでまとめたの幸の薄そうな女性であった。その人を見て詩音は肩を強張らせる。


 この人は…


「御機嫌よう。ナタリア様。」


「え!あ、御機嫌よう。アビス夫人」


 慌ててカーテシーをする詩音を見てそのたどたどしさに微笑むクラージュの母親。それの笑顔を見て詩音は酷く動揺する。初めて彼女を見たクラージュを叱責していたあの時と大きく印象が違ったからだ。アビス夫人は詩音の視線に合わせるように屈み、穏やかな雰囲気で詩音へ話しかける。


「顔合わせの際は挨拶には行けなくてごめんなさい。婚約者だけでなく、その兄たちとも仲良くしてくれてありがとう」


「え!?いいえ!」


「ナタリア様のおかげで家が華やかになっているわ」


 そう言って笑うアビス夫人に詩音も肩の力を抜け、この人に沢山あるクラージュのことについて何から伝えようと考えながら言葉を紡ごうとする。


「そ、そう言っていただけると有難いです。今日はマルスランさんとダグラスさんい魔法の話を聞いてて…あ!聞いてください!昨日クラージュくんと魔法の特訓したんです!そしたら───」


「あぁ、クラージュね。……ナタリア様」


「はい?」


「あの子の話はしないでくれる」


「────」


 底冷えするような声だった。思わず詩音もその場に凍りつく。

 そんな詩音にもう話すことはないとばかりに足早に通り過ぎるクラージュの母を振り返り見送り、ダグラスに視線を向ける。


「な、なんで……?」


  二人の様子を伺っていたダグラスも詩音の反応にただ困ったように頬を掻くだけであった。


「あー……、それが僕にもさっぱりでなぁ…。クラージュが居ない時は比較的温厚な人なんやけど……」


「そう、なんだ……」


「普段は書斎に籠っとるし、あんまり勘違いせんとってあげてなぁ」


「……」


  その後、目に見えて落ち込む詩音にダグラスは今日はお開きにしようと言って詩音を家まで見送った。使用人たちに迎えられ、今はクラージュ達はいないがそろそろ授業が終わるだろう。しかしあんな出来事があった手前、詩音はクラージュに顔を合わせ辛かった。しかしここはナタリアの家なのだ。クラージュが詩音に顔を見せずに帰るわけがない。

 そんなことを考えている間に部屋からクラージュが部屋から出てきた。


「おや、ナタリア様今日はどちらへ行かれていたのですか?」

 

「クラージュくん……」


「……どうかなさいました?」


 どこか落ち込んでいる様子の詩音にクラージュはどこか足早に近寄る。


 こんなにクラージュくんは良い子なのに…。


 そんなクラージュの両手を取り、真っすぐな瞳で告げる。


「私がクラージュくんを立派な男にするわ!」


「は?……はぁ!?」


 詩音は落ち込みはするが逆境であればあるほど燃える女なのだ。アビス夫人の頑なにクラージュに冷たいあの態度は詩音のハートに火をつけた。絶対にクラージュを認めてもらうと。

 詩音の言葉にクラージュは煮えたように熱くなる顔を片腕で隠し、リアムはドアに頭をぶつけ、たまたま近くを通ったミラは持っていたティーカップを全て落とした。自身のハートだけでなく別のところも引火させていることを詩音は気づいてはいない。


「な、んですか急に」

 

「クラージュくんは確定で将来有望な人になるけど私が力を貸して更に立派な人間にしてみせるから!権力という武器で絶対に皆をぎゃふんと言わせよう!」


「………そういうことですか……」


「それ以外何があるの!?とりあえず、服でも選んでイメチェンしてみる?お父様のポケットマネーで!」


「いらないですねぇ。それより先に貴方の言葉選びから何とかしましょうか」


「なんで!?」


  クラージュはそれ以上詩音に何も教えることはなかった。しかしなぜか次の日から語学の授業が増えていた。

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