1.目が覚めたら
「うーーん……」
扉を強く叩く音がする。
何人もの声が扉の外から聞こえる。
それは彼女の穏やかな安眠を妨げる。
その起こそうという意思を感じられるノック音に部屋の主は僅かに身動ぎをするが時間が経てばまた寝息を立てて夢の世界へ旅立って行った。
現役女子高生である天原詩音の今日の予定は何も無い。なので余程のことがない限り今日は昼まで寝ているだろう。
「――――――――!」
「うるさ……」
しかささ今度は扉の向こうから引き続き大きな声が響いた。何を言っているかはわからないがかなりうるさい。これは二件隣の家まで聞こえているだろう。それほどにうるさい。しかし詩音は起きない、返事をしない、部屋を出ない。騒音も注意をしない。なにせ今日は休みだから。日曜日は至高のひと時である。早く起きて趣味に明け暮れるのも良いだろう、家族の手伝いをするのも良いだろう、しかし、しかし今日の詩音は昼まで寝ると決めていたのだ。だから絶対に起きないという強い意思を持ち詩音はまた目を閉じる。焦げた茶色の髪を布団の中へ引きずりもう一度夢の世界へ旅立とうとした、
「いいから開けやがれぇええ゛え!!!!」
「うわぁああ!!」
しかしいままでにない凄まじい怒号に詩音は飛び起き布団から転げ落ちた。背中を床に打ち付けてしまい痛みに悶絶する。いまだ鳴りやまない怒声と扉を叩く音で目は完全に冴えてしまった。
姉の“舎弟たち”が姉を叩き起こしに来たのだろうか。毎回毎回近所迷惑な人たちである。姉の部屋の扉は鍵かかってないから入ってくればいいものの。いつもそこだけはなぜか律儀な人たちである。
『しゃっす!アネキしゃっす!朝っすよ!今日は二つ隣の町をシメに行きましょう!』
なんて可愛らしい挨拶をいつもしてくれる舎弟たちがどうやったら大人しく姉を起こしに来てくれるか考えながら部屋の扉の前に立ち、鍵を開けた。
「あの~、近所迷惑になるのでそろそろやめていただいても、
「ナタァアアリィイアアアア!!」
「ひっ!ぎゃぁああああ!?」
詩音は声の主に注意をするために僅かに扉を開けた。その瞬間を狙ったかのように足を捻じ込まれ力ずくで扉を開けられる。ドアノブを握っていた詩音はその力に足元がよろめき扉の外にいた相手の胸に向かって倒れ込んだ。
「な、なに!?」
「覚悟を決めて出てきたんだな!さすが私の妹だ!」
慌てて顔を挙げれば向日葵の花が咲いたかのように見知らぬ男児が眩しくにかっと詩音に笑いかけた。
「え!?」
この銀髪の男の子は誰?さっきの声はこの子から?滅茶苦茶ドス効いてたんだけど!?
混乱する詩音に更に追い込みをかけるように男性と女性が詩音と男児を包み込むように抱きしめる。本来は美男美女であろうその顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ。
「なに!?なんですか!?」
「小さな貴方の゛!!気持ぢを分かっ゛であげられ、なかったばかりに!!ごめ、なざい゛!」
しゃっくりをあげながら何度も何度も謝罪をして抱きしめる腕に力を強める。その様子に少々ドン引きをしながら詩音は誰か助けを求めようと頭を無理矢理動かすが、周りもその様子を見て泣き出したり、微笑みを浮かべたりとさまざまである。銀髪男児だけは美男美女爆笑している。その反応だけは場違い過ぎる。
「さすが兄君…ナタリア様の閉ざし切った心の扉を開けられた…」
「あれだけ外に出たがらなかったお嬢様が…!」
「よかったですわねリアム様!マリア様!」
「祝杯じゃ!祝杯を挙げるぞ!」
「アッハハハハハッ!」
あ、だめだ。自分でなんとかしないと…
「いや…あの…本当に申し訳ないんですけど…私ナタリアじゃないし、人違いじゃ…」
抵抗しようとするが圧倒的に腕の長さと力が足りない。
あれ?
なんだか違和感を感じる。
「苦しい……」
「あ、ごめんなさいね」
抱きしめる力が強すぎて思わず口からそう漏らすと美男美女は離れてくれた。詩音は三人から距離を取り、不安げに周りを確かめる。そこは知らない廊下で、知らない人たちばかりである。思わず扉を開けて自分の出てきた部屋に飛び込むがそこは詩音の部屋とは似ても似つかないものだった。
昨日は自分の部屋で寝てたのに。どこなのここ…?皆私のこと知らない名前で呼ぶし、いったい……
ふと鏡が目に入る。精巧な装飾のされた鏡だ。引き寄せられるように近づけばそこで詩音はやっと今の自分の姿をしっかりと確かめることが出来た。ゆらゆらと揺れる銀髪、青い瞳、小さな手、小さな体。詩音が手を挙げれば鏡の少女も同じように手を挙げる。詩音が眉を顰めれば少女も同じように眉を顰めた。
つまり…詩音はこの小さな少女になっているということである。
なるほど……なるほどね。
「な、なんじゃこりゃぁああああ!!!!」
詩音は衝撃的な事実を受け入れられず意識を手放した。