1.目が覚めたら
目の前には年端もいかないはずなのにどこか胡散臭い笑みを浮かべる少年。
後ろには逃がさんと言わんばかりに目を光らせる両親を名乗る美しい男女。
前門の虎、後門の狼。…………本当にどうしてこんなことになっちゃったんだろう。
やっぱりあの時、しっかり断ればよかったとついため息を吐いた。
それは四日前のこと────
「うーーん……」
何人もの声が扉の外から聞こえ、穏やかな安眠を妨げる。
起こそうという意思を感じられるノック音に部屋の主は僅かに身動ぎをするが時間が経てばまた寝息を立てて夢の世界へ旅立って行く。
現役女子高生である天原詩音の今日の予定は何も無い。なので余程のことがない限り今日は昼まで寝ているだろう。
「――――――――!」
「うるさ……」
今度は扉の向こうから更に大きな声が響いた。詩音には何を言っているかまではわからなかったがかなりうるさい。これは二件隣の家まで聞こえているのではないだろうか。しかし詩音は起きない、返事をしない、部屋を出ない。騒音も注意をしない。なにせ今日は休みだから。日曜日とは至高のひと時である。だから強い意思を持ち焦げた茶色の髪を布団の中へ引きずりもう一度夢の世界へ旅立とうとした、────
「いいから開けやがれぇええ゛え!!!!」
「うわぁああ!!」
扉を破壊せんばかりの衝撃といままでにない凄まじい怒号に詩音は布団から転げ落ちた。背中を床に打ち付けてしまい痛みに悶絶する。目は完全に冴えてしまった。
「いたたた」
こうなっては起き上がるほかない。彼女の姉の舎弟たちが姉を叩き起こしに来たのだろうか。姉の部屋の扉は鍵かかってないから入ればいいものの。いつもそこだけはなぜか律儀な人たちだと思いながら扉へ向かう。
『しゃっす!アネキしゃっす!朝っすよ!今日は二つ隣の町をシメに行きましょう!』
物騒なことを言うが基本的に素直な姉の舎弟たちのため、自分が代わりに姉を起こしてやるかと起き上がり部屋の鍵を開ける。
「あの~、近所迷惑になるのでそろそろやめていただいても────
「ナタァアアリィイアアアア!!」
「ひっ!?」
僅かに扉を開けた。その瞬間、狙ったかのように足を捻じ込まれ力ずくで扉を開けられる。ドアノブを握っていた詩音はその力に足元がよろめき扉の外にいた相手の胸に向かって倒れ込んだ。
「な、なに!?」
「覚悟を決めて出てきたんだな!さすが私の妹だ!」
慌てて顔を挙げれば向日葵の花が咲いたかのような笑みをこぼした男児がいた。
「え!?」
混乱する詩音に更に追い込みをかけるように男性と女性が詩音と男児を包み込むように抱きしめる。本来は美男美女であろうその顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ。
「なに!?なんですか!?」
「小さな貴方の゛!!気持ぢを分かっ゛であげられ、なかったばかりに!!ごめ、なざい゛!」
しゃっくりをあげながら何度も何度も謝罪をして抱きしめる腕に力を強める。その様子に少々ドン引きをしながら詩音は誰か助けを求めようと頭を無理矢理動かすが、周りもその様子を見て泣き出したり、微笑みを浮かべたりとさまざまである。銀髪男児だけは美男美女を笑い、更に混沌としている。
「さすが兄君……ナタリア様の閉ざし切った心の扉を開けられた……」
「あれだけ外に出たがらなかったお嬢様が…!」
「よかったですわねリアム様!マリア様!」
「祝杯じゃ!祝杯を挙げるぞ!」
「アッハハハハハッ!」
あ、だめだ。自分でなんとかしないと……
「あの……本当に申し訳ないんですけど……人違いじゃ…」
抵抗しようとして違和感に気づく。圧倒的に腕の長さと力が足りない。
あれ?
「っ苦しい……!」
「あ、ごめんなさいね」
抱きしめる力が強すぎて思わず口からそう漏らすと美男美女は離れる。詩音は三人から距離を取り、不安げに周りを確かめる。そこは知らない廊下で、知らない人たちばかりである。思わず扉を開けて元々いた部屋に飛び込むがそこは詩音の部屋とは似ても似つかない愛らしいものだった。
昨日は自分の部屋で寝てたのに。どこなのここ…?皆私のこと知らない名前で呼ぶし、いったい……
ふと鏡が目に入る。精巧な装飾のされた鏡だ。引き寄せられるように近づけば、そこで詩音はやっと今の自分の姿をしっかりと確かめることが出来た。ゆらゆらと揺れる銀髪、青い瞳、小さな体。詩音が手を挙げれば鏡の少女も同じように手を挙げる。詩音が眉を顰めれば少女も同じように眉を顰めた。
つまり私はこの小さな少女になっている?
なるほど……なるほどね。
「な、なんじゃこりゃぁああああ!!!!」
詩音は衝撃的な事実を受け入れられず意識を手放した。




