P.6 「俺たちの冒険はまだ始まったばかりだ!」
あの液体、効果時間は3時間であった。
ん?何故そのことを知っているかって?
答えは単純。
それは、実際に体感して知ったからだ。
「ま、今日はこんなもんかな」
「つ、疲れた・・・」
「「「わふぅ〜」」」
戦闘がやっと終わり疲れ切ったハジメは地面へと倒れこむ。
コボルト達もぐて〜んと溶けたように地面に伸びている。ナニコレ、かわいい。
商品化したら絶対売れるよ。
『ぐでっとこぼると』的なタイトルのクッションで。
疲れすぎて、おかしな思考へと入るハジメ。
そのおかげで落ち着いてきたのか、喝を入れて立ち上がる。
まあ、おかげでレベルは6まで上がったし、【ファイヤーボール】という火の玉を打ち出す魔法を習得した。
開始早々、腕にゴブリンの攻撃を受けた時はビビった。
痛かったのだ。
そう、痛みだ。
といっても、本当に刺された程の激痛ではなく(リアルで刺されたことは無いが)、それでも確かな痛みが走った。
戦闘初心者で痛みが入ってビビらない奴はいない。
最初の1時間は痛みと防御に慣れるのがメインであった。
次は攻撃だ。
小さい頃は落ちていた枝でチャンバラごっこはやったことはあるが、刃物でなどやったことがあるはずがない。
如何に最短で、如何に最速で、そして如何に最適に、敵をしとめられるかが戦闘において鍵である。
でなければ、それがこちらの隙となり、致命傷を負ってしまう。
PWの生物には現実世界と同様に急所がある。
急所を狙うことで、自分よりもレベルが上の敵を倒すこともできるそうだ。
次の1時間は攻め方を実戦から学んだ。
最後は連携だ。
戦いにおいて数が多いといのは利点だが、欠点がないわけではない。
攻撃しようにも味方がいるため出来ない。
味方と離れ過ぎて、孤立してしまう。
仲間を意識した立ち回りをしなければならなかった。
最後の1時間は仲間との連携を知った。
その濃密した3時間はあっという間に過ぎ去り、もう日も沈みかけている。
「ほら、帰るから準備しな。お店の予約もあるから、そろそろ移動しないと」
「移動って、また馬車ですか?」
しかし、周りを見渡すが、何もない。
どうやって馬車を呼ぶのだろう?
「そんなものより良いものさ」
「………………?」
戸惑うハジメをよそに、シオンは懐からエメラルド色のような水晶を取り出した。
それを頭上へと投げると、シオンは声高らかに唱えた。
「”我が契約の名の下にその姿を現せ” 解放!ラプラタ」
「Kueeeeeeeeee!」
こちらの体を慄わす声と共に現れたそれは、初めて見る獣だった。
頭は鷲であり明眸な眼差し、胴体は獅子で黄金色の毛並みは夕日を浴びて尚美しく、そして背中からは大空を駆けるに相応しい大きな翼が生えていた。
初めて見る、だが、この獣の言い表わす名前をハジメは知っている。
「………グリフォン!」
ハジメのその言葉を肯定するかのように、グリフォンはこちらの体が震えるほどの声量で鳴いた。
シオンはそのグリフォンへと近づき、あやすように頭を優しく撫でる。
「こいつはグリフォンのラプラタ。ほら、挨拶しな」
「Kueee!」
ラプラタは賢く、シオンの言葉を理解しているのか一鳴きして軽くお辞儀をしてきた。
ハジメも戸惑いながら返す。
「よ、よろしく。………って、どこから出したんですか!」
ハジメの質問にシオンは懐を探り、もう一つのエメラルド色の水晶を取り出した。
「これよ、これ。精獣石って言って、モンスターをこの中に入れられる代物。便利な分、ひとつでバカみたいに高い」
とんでも性能のアイテムだった。
「スゲェ!ちなみにいくらですか」
それは最早テイマーの必需品ではないか。
出来ることなら俺も購入し────
「あー、そうだな………屋敷が一個建つくらい、かな」
「あ、無理ですねこりゃ。はい」
これを手に入れるのは当分先になりそうだ。
というか永遠に手に入らないのでは?
一喜一憂しているハジメ。
だが、シオンはそんなことなど気にせずハジメの手を無理矢理引く。
「そんなことより!さあ、乗った乗った!もう直ぐベストタイミングなんだから!」
「え、うわっ………と、ちょっと!あ、スゴいフカフカ」
強引にラプラタに乗せられたハジメ。
思わずラプラタの素晴らしい乗り心地に感想が漏れてしまう。
ポチ達もハジメについてくように恐る恐るラプラタの足をよじ登り、ハジメの背中や腕にしがみつく。
「よし、全員乗ったな!ラプラタ、頼むぜ!」
「Kue!」
シオンもラプラタに跨ると共に声をかけた。
ラプラタは「よし来た!」と言わんばかりに短く鳴くと、大きな翼をバサリと広げ、
────真上へと急上昇した。
「うおおおおおお!?」
「「「わっふううううう!?」」」
いきなりの体へと掛かる重力にハジメは目を瞑る。
「─────────」
シオンが何か唱えていた気がしたが、ハジメは気にしていられない。
それから、しばらくして体への負荷は弱まったが、ハジメは怖さで目を開けられない。
それとは対照的なシオンの陽気な声が、怖気付いているハジメの耳に届く。
「ほら。目ぇ閉じてちゃ勿体無いぞ、ハジメ」
「…………………!」
シオンの言葉を聞いたハジメは数回深く呼吸を繰り返す。
そして、意を決して瞼にかけていた力を緩め、目の前に広がる景色を見ると、
「───────すげぇ」
そこはハジメが予想よりも遥かに上空を飛行していた。
だが、その事実で恐怖に震えるよりも。
それよりも先に、眼下に展開される絶景に心が奮わされていた。
グリフォンが向かう先には、自分が居たであろう夕陽に照らされた街並み。
右手へと見れば、それは遠くにあるはずなのに、遠近法を無視するかの如く巨大な大樹がそびえ立っている。
その逆を見れば、果てが無いのではと思わせてしまうほど偉大な海。
ハジメは感動に包まれ、そして、焦りに似た探究心が、知識欲が体を走る。
そうだ。これだ。
これが、この胸の高鳴りが、俺がゲームに求めていたモノ、正しく冒険だ。
未だ見ぬ、未だ至らぬ場所が自分の眼前に並べられている。
どうして観るだけで満足出来ようか。
そして、実際にこの身で赴いてさえ、筆舌し難い体験が、そこにはあるのだろう。
ああ、この景色をまだ見ぬ誰かに伝えたい。
昂りを、感動を、感激を、全てを共有したい。
だが、自分の口では、言葉では寸分違わむ感じた感動を伝えることは出来ない。
例え、それが数々の演劇を世に送り出したシェイクスピアであろうと。
例え、それが幾多の謎を読者へ提示してきたアガサ・クリスティであろうと。
例え、それが数多の幻想的な物語を紡いだ宮沢賢治であろうと。
誰であろうと、この瞬間に産み出された胸の中を支配する自分ですら理解が追いつかない感情を、『言葉』という額縁では表現など出来るはずがない。
万人は傲慢だと、糾弾するであろう。
だが、俺は、ハジメの中ではそれは不変の真理であり、故に断言できる。
「……………シオンさん」
「んー?」
シオンは景色に釘付けとなっているハジメの方を振り向く。
「俺、このゲームに、この世界に来て本当に良かったです」
「………はは!そうかそうか!そうだろ!スゴいだろ!だけどな、こんなのまだ序の口さ!」
シオンは風も吹いて危ないにも関わらず、ラプラタの背に立ち、大きく両手を広げた。
「人魚の国ではどうやって水の中で料理すると思う?宝石を食べる地底人を知ってるか?ドラゴンが風呂好きだと誰が想像出来る!忍者の忍法にはマジシャンだろうと脱帽だ!」
シオンは振り返る。満面な笑みを浮かべて。
「いいかい、ハジメ。俺は4年間旅をしてきたが、未だに知らない事が沢山だ。だからさ、この世界はきっと君を飽きさせないよ」
「………それは嬉しいですね。とても」
自分が未だ見ぬ光景、想像もできないような体験が。
どんなワクワクが俺を待っているのだろうか!
改めて。
いや、今更ながら、俺は冒険の一歩を踏み出したのだ。
「ようこそ【Parallel World】へ!俺が代表して歓迎してやろう!」




