P.26 「背後に立たれるとゴルゴじゃないけどマジビビる」
そんなこんなでシオンと別れてから、ハジメ達が向かった先は酒場。
そこで2人と3匹は杯を交わしていた。
「「乾杯ー!」」
「「「わふー!」」」
2人は適当に頼んだ酒と、ポチ達にはフルーツジュースを。
それを豪快に喉へと流す。
「ングッングッっぶは!かぁ、旨え!」
「初めて飲んだけど……これ、何てお酒だっけ?出来れば買いたいな」
「わっふわっふ」
「ポン太、それ熱いから気を付けろよー」
つまみに塩がかかった揚げたてポテトをサクサクと口に入れ、酒を入れていく。
会話の内容は酒や料理の味など他愛無い話から始まり、次第に種の話へと変わる
「しっかし、結局シオンさんの種は何だったんだろうなぁ?」
「まだ気にしてんのか?どうせ、俺の【火気厳禁】みたく単純過ぎて勿体ぶってるだけじゃねえの?」
「ユエンの種って確か、魔法系統だったか」
このゲーム世界PW。
その女神から授けられるプレイヤーの特権。
種。
その形はプレイヤーそれぞれ個別であり千差万別。
そして、その種類は大きく分けて以下の6つ。
【道具系統】【変化系統】【領域系統】
【魔法系統】【生物系統】【特殊系統】
ハジメの【冒険の書】はこれで分類すれば【道具系統】。
そして、ユエンの種である【火気厳禁】。
これは【魔法系統】。
その名の通り、固有の魔法として出現し、魔力を消費することで発動する物だ。
「俺のは使い勝手悪いからなあ。大爆発を少量の魔力で使える分、発動範囲が最大半径0.5メートル。最初なんて爆発が手の平からしか出なかったし。しかも火傷するわで」
「あの爆発、やっぱり自分もダメージ食らってたのか。でも、それにしては」
ユエンの拳や服を見る。
今日も爆発を連発させて教官のクレアに立ち向かっていたが、その割には目立った損傷は見られない。
「【格闘家】のジョブスキル、【闘気】でコッチのダメージを減らしてんのさ」
「おーら?……まさか、◯メハメ波出せるのか?」
それならちょっと羨ましいぞ。
「出ねえよ、そんな派手な物。そうじゃなくて、回復や防御みたいな地味なやつさ。操作も難しいし」
「なんだ、つまらん」
「つまらんって何だ、つまらんて。……よし、ちょっと見てろよ」
ハジメの言葉に少しムッとしたユエンは置いてあったフォークをおもむろに掴んだ。
「何して────」
「せいっと」
意図が分からないハジメを他所に、ユエンは掴んだフォークをそのまま自分の手へと容赦無く振り下ろした。
突然のことに飲み物でむせる。
「な、何やってんだ!毎日の鞭のせいでドMになっちまったのかユエン!?」
「冗談でも、それは言うなや忘れかけてたのに!……ほら、よく見ろ」
ユエンがハジメの言葉に本気で嫌そうな顔をしながら否定しつつ、フォークが振り下ろされた手の甲を見せる。
「傷が……ない?それに、フォークが」
そこにはハジメの言葉通り傷一つなく、逆にフォークの先が曲がっていた。
「へへっ、これでもつまらないって言えるか?」
なるほどな。
これなら間近で爆発起きても防げてる訳だわな。
しかし、
「……ユエン、後ろ後ろ」
「あ?どうした────」
ハジメの視線につられて背後を振り向くユエン。
そこには従業員の女性。
「…………」
「……すみません。これ、弁償代で……」
無言の訴えに、ユエンは鉄貨を渡した。
素直。
◆
酒とぐびりと飲んで、話題は変わる。
飲む過ぎに注意しながら、次の話は職業について。
「さっさとレベル上げて上級職になりたいぜ」
「【格闘家】の上級って【修行僧】とかか?」
「俺はそれ目指してるけど、結構な分岐があるらしい。詳しくは知らねぇけど」
「なら、何で【修行僧】狙いだ?」
「魔法を覚えられるからな。今の職だと、攻守上がるくらいのと武術の技ぐらいだし」
「そういうことね」
上級職と言えば、テイマーの上級職って何だろうか?
全く知らねえや。
などと考えていると、酒のせいかユエンの口から愚痴が溢れる。
「あーあ、さっさと上級職に上がわねえかなぁ。そうすりゃ、あのドS教官に1発入れられるかもなのによ」
「わん!」
「ん、どしたハチ────!」
ある事に気づいたハジメは止めようとするが、ユエンの口への拍車は止まらない。
「一度で良いからあの洗濯板を彷彿とさせる胸の女に1発お見舞いしたいね」
「────誰の胸が洗濯板だと、ウジ虫」
ピタリと面白い様にユエンが固まる。
そして、ギギギとユエンは錆びついた歯車のような音を立て、後ろを振り向いた。
そこには、
「もう一度言ってくれないな、ウジ虫」
教官のクレアさんが居た。
溢れ出す怒気に錯覚で背後に鬼の面が見える。
「い、いやぁ、洗濯板みたいに寛大な心だなと………は、ハハハハ」
…………。
取り敢えず、ハジメとポチ達は合掌。
クレアさんは鞭を取り出す。
「それが遺言でいいな」
「ちょ待ッ、アベシッ!」
目にも留まらぬ速さで繰り出した鞭はユエンの体を上に打ち上げ、首に巻きつけられた鞭に引っ張られ床へと落ちた。
世紀末で聞きそうな叫びをあげたユエンはピクピクと痙攣している。
「ウジ虫が」
そのまま帰ろうとするクレア。
気のせいか一瞬だが、クレアの顔が赤く今にも泣きそうに見えた。
「あ、あの。クレアさんも御一緒に呑みませんか」
ピタリ
慌ててハジメが声をかけると、クレアが足を止めて振り向く。
振り返った表情はいつもの整った気丈な顔であった。
「…………何故、貴様らと飲まなければならない?」
「いや、今日は色々と教えて貰いましたし。さっきのは100でユエンが悪いんで。お礼と詫び、な感じで……どうですか?費用はこっち持ちで」
「…………」
クレアは無言。
だが、足は止まったまま。
ハジメはすかさずハチに肴が入った皿を渡し、アイコンタクトを送る。
ハチは分かったのかヨダレを垂らしながらも皿に手をつけず、クレアの方へと向かい見上げる。
「クゥーン(うるうる)」
「…………ッ!」
副音声を付けるなら、『帰っちゃうの』だろうか。
さながら盆で帰省し帰らなければ行けない時、実家の愛犬がする滅茶苦茶寂しそうな顔。
これには乙女心に来るものがあったのか、クレアがたじろぐ。
「こほん……そ、そうだな。そこの床のウジ虫はいけすかないが、貴様は私の言う事に忠実な生徒。それの誘いを無碍にするのは気が引けるというもの。……うん、しょうがない」
クレアはそう言いながら、そそくさと席に着き、ちゃっかりハチのモフモフな頭を堪能する。
ちなみに、内心はどうなっているかと言うと。
(ど、どうしよう!男の子と飲むのって久しぶりだわ!……それもこれもドS鬼教官の変な噂で近づかれなくなっちゃったせいだけど……お、落ち着くのよクレア。そう、平然!優雅に大人の女性の威厳を、あ、コボちゃん(※コボルトちゃんの略)柔らかい〜癒される〜)
こんな感じです。
しかし、クレアは必死に表情を抑え、平然とした様子で振る舞う。
ユエンはそんなクレアの内心を露知らず、しかし、なんとか気分は良くなったようだと見て分かった。
「それじゃ、改めて乾杯ー!」
「「「わふー!」」」
「……か、乾杯」
再度、クレアを交えて乾杯の音頭と共に杯を合わせる。
もぞもぞ。
「じゃあ俺もぅ……ウゲッ!」
「貴様はしばらく床を舐めて綺麗にしていろ、ウジ虫」
「あい、僕はウジ虫でげす…………」
スッと自然に入ろうとしたユエンだが、クレアさんのヒールにつむじを踏まれて失敗する。
……ユエン……何もそこまで卑下にしなくても。
ユエンはしばらく床の上で伸び、その光景からハジメ達が勘違いでドM上級者という噂が更にかけられるが、彼らはまだ知らない。




