P.21 「乗馬の鞭はSM用と違ってガチで痛い」
ユエンのダッシュの後、参加者の基礎能力を測る身体テストが軽く行われた。
講師であり教官のクレアは言葉こそ厳しいものの、暴君などではなくテキパキと的確な指示を送り、短い中であるがそれでも真面目な人物だということか伺えた。
……あと、気のせいか俺に対してやけに親切なような?
コボルトのポチ達も一緒に反復横跳びの動作をしていた時に、ずっと凝視していたのも気になる。
度々、他参加者であるドMの変態達が鞭で叩かれるぐらいでつつがなく進む……そう、一人を除いて。
「……ぜぇ……はぁ、あ、もう無理だぁ」
その後もテスト内容追加されたり鞭打たれたりと、クレアに扱かれたユエン。
他の参加者から羨望の眼差しを受けながらフラフラと立っていたユエンであったが、その内バテて地面に倒れる。
「あー………大丈夫か、ユエン」
「くそっ、あの女め。俺が何をしたってんだよ」
いや、してたよ。
主に悪口である。
疲れ果てたユエンに団扇で仰いで風を送るポチ達。
……どこから団扇出したんだ?
この前は鉱山での休憩中に竹で出来た水筒を持っていた。
そんなコボルトの謎に興味を惹かれていると、ピー!と笛の音が響く。
「何をグダグダしている!さっさと立って次に移れ、このウジ虫どもが!」
『はい!ご主人様!』
「貴様ら家畜共の主人になった覚えなどないわ!」
『アヒィィィィ!』
……うーむ、流れるような鞭打ち。
そして、わざと鞭を貰いに行っているドM達の『俺5回も叩かれちゃった』『私7回』『マジかよ、やっる〜!』などの鞭自慢が上級者過ぎてついて行けねぇ。
クレアさんは慣れているのか、そんなドM達の反応をスルー、というか聞かなかった事にして、話を進める。
「貴様らの低俗な能力は粗方分かった。そして、次は模擬戦。私が相手をしてやる」
『ブヒッ!クレア様の鞭が頂ける』
その言葉を皮切りに俺が私がと手を挙げて立候補するが、クレアが鞭を打ちつけて騒ぎを落ち着かせる。
「黙れ、豚共が!」
『アヒーーー!』
『ありがとうございます!』
鞭の音と歓喜の声が響く中、1人が名乗りを挙げる。
「────おい、なら俺が立候補するぜ」
人の垣根を分け、クレアの前に現れるはユエンの姿。
手甲の感触を確かめるユエンをクレアは一瞥。
「ふん、いいだろう。準備をしろ」
◆
「勝敗は相手へ先に有効打を入れた方が勝ち。これほどシンプルなら単細胞のゾウリムシでも理解できるだろ」
「へっ。その高っ鼻をへし折ってやるぜ」
ユエン、悪口言い過ぎて蛆虫からついにゾウリムシまでランクダウン。
売り言葉に買い言葉。
お互いに啖呵を切り合う。
ちなみに、審判というか合図の号令係がハジメ。
理由はこの中で1番まともだから、といった理由。
両者準備が整ったようなので、手を掲げ、……声をあげた。
「試合、始め!」
「ふっ━━━━━」
「…………ッ!」
開始宣言から先に動いたのはクレアであった。
クレアが得物の鞭を振るうと、まるで生き物のように鞭はしなりユエンへ向かった。
だが、迫る鞭をユエンは危なげながらも躱し、空を打つだけで終わった。
「………ほぉ、よく避けれたな」
「おかげさまで!流石にあんなに食らってればな!」
ユエンは気合を入れるかのように叫ぶと、果敢にもクレアへ向かって走り出す。
ユエンの武器は拳。
近接型、故に近づかなければならない。
クレアは鞭による攻撃を幾度か放つが、ユエンは足を止めず紙一重で避けていく。
両者の距離は始めの半分にまで縮まる。
だが、
「ふむ、なら段階を上げるとしよう」
迫ってくるユエンを見ながらも、クレアは落ち着きを払って次の動作に移る。
空いている左手で腰の後ろを弄ると、2本目の鞭を取り出した。
「げっ!?」
クレアが左手を振るうよりも早く、ユエンはここで前進を止め、すぐさま後ろに跳ぶ。
バシンッバシン!
「ちょっ、2本は卑怯だろ!うおっ!?」
2つの鞭から繰り出される猛撃に進む事は叶わない。
クレアは先程から一歩も動かず、鞭のみでユエンを操る。
前進は捨て後退しか選択出来ず、折角詰めた距離は元へと戻らされる。
「どうした、ゾウリムシ。これで終わりか?」
「…………」
クレアは攻撃の手を止め、ユエンに言葉を投げる。
「言っておくが、後で本気を出していなかったからなどと宣うわけではないだろうな。……持っているならば、奥の手を、種を見せてみろ」
クレアの言葉に、ユエンはわずかの間にただ黙考し、
「………へっ、そうかよ。そんなにお望みなら見せてやるよ!」
爽快に笑って答えた。
……ユエンも種が使えるのか!
種。
クリムゾンベアの激闘の後になって、シオンから聞いて知った事だが、それはプレイヤーの特権であり、そして、その効果はプレイヤーによって様々。
初めてそれが認識されたのはゲームが発売されてから4日。
告知させていなかった機能の為、ゲーム内で当時は大騒ぎだったとの事。
覚醒条件、機能の法則性など詳しい事は判明していない。
ハジメの場合であれば、過去の経験を再現する【冒険の書】。
シオンの話では、他の種には、身体を変化、身体強化、強力な武具、挙げ句の果てには生物などとして発現するらしい。
因みにだが、シオンも種が発現しているとのことだが、どのような物かは一言も教えてくれなかった。
自分以外の種を目撃するのは初めてのハジメ。
俄然、ユエンの姿に釘付けになる。
ユエンは空手の息吹のように、深く、深く息を整え、
「────火気厳禁!」
……何だ、ユエンの周りが……歪んで見える?
ユエンの背景がゆらゆらと揺れて見え、それはまるで陽炎の如く。
「言っとくが、こっからは先は細かい制御が出来ねぇからな!」
ユエンはそう宣言すると。
一瞬。
ズドンッと何かが破裂した音と共に、ユエンが居た場所にて土煙をあがる。
気づいた時には助走なしでユエンは加速し、クレアに肉薄していた。
「ッ━━━━!」
流石にこれにはクレアも顔を驚きの色で染める。
だが、流石はギルドから推薦されただけのことはあるベテラン。
後の手となりながらも、易々と舞うようにユエンの突撃を回避する。
そして、
『え?』
ユエンの突撃の勢いは止まらず、観戦していた観衆達に突っ込む。
『ヌギャアーーーーー!!?』
「わぁ……」
ユエンに吹き飛ばされた観衆が空を舞う。
その光景をハジメは「漫画みたいだな」と、他人事のようにそんなことを思った。
人混みを吹き飛ばしたユエンは尻餅を着いており、肩を軽く痛めたようだ。
「イテテ……やっぱこれ使い勝手悪ぃ━━━━ッ!?」
「何を惚けている、ゾウリムシ」
隙を狙って容赦無く振るわれたクレアの鞭。
しかし、
「火気厳禁!」
ズドンッ。
またもや轟音と共にユエンの姿が搔き消え、鞭は地を打つ。
……消えた!どこに?
ユエンの姿を見失ったハジメ。
しかし、その答えはクレアの視線の先にあった。
「……空か!」
ハジメもクレアに従い視線を上げると、そこにはユエンが空高く跳んでいる姿があった。
「さあ、空中でどう避けるつもりだ」
2本の鞭はユエンを搦め捕ろうと動く。
しかし、またもや轟音が響き、かと思えばユエンは勢い良く真横に飛んだ。
いや、「飛んだ」というより「吹き飛ばされた」?
場所が変わったからこそ、ユエンの移動のギミックに気づく。
……身体の近くで爆発を起こしているのか!
身体の至近距離にて爆炎が起こり、その勢いを受けユエンは弾き飛ばされている。
それにより、あの加速を得ているのだが、
「力技過ぎるだろ……」
ハッキリ言って自爆の紙一重。
無理矢理な機動力確保に呆れつつ、しかし、ユエンは加速により自身の肉体を弾丸としクレアへと接近していく。
「このまま決めるぜ!」
宙を猛スピードでジグザグと不規則に進み、クレアの双鞭は空振り、空を打つ。
「貰ったーーーーっ!」
翻弄し、クレアの攻撃を避け切ったユエンは鞭の間合いよりも内へと入った。
中距離武器の鞭であるが故に、中に入られるのは痛い。
そのままクレアの懐に迫ったユエンは拳を繰り出そうとして、
「阿呆め。だから、ゾウリムシなのだ貴様は」
バチコンッ!
「ぽぅわっ?!」
いい音が鳴ったかと思うと、ユエンが奇声をあげてクレアの横を通り、不時着後勢いよく地面を滑っていった。
一瞬の出来事のため、ハジメは何が起きたか分からなかった。
なので、状況から判断することに。
まずは、クレア・スタンフィード。
両手に手にしていた鞭は地に落ち、代わりに乗馬用の鞭が右手に握られていた。
対して、地面に顔を埋めたまま悶絶しているユエン。
「★〜⌘∂$♂¥!?!」
言葉にならない悲鳴を上げ、腰を浮かし自分の股間を抑えている。
「「「「…………わっふ」」」」
それだけでナニがあったのか理解したハジメとポチ達は、青ざめながら自分の股間を押さえた。




