P.16 「答え合わせと行こうか」
ハジメ達がクリムゾンベアと交戦し終えた後。
戦闘を行った森からは遥か遠く。
ある街の一角に人気の無い部屋。
そこで男が激怒し、物に当たっていた。
「畜生がッ!まさかあんな素人にやられるとは!クソが!」
大男は所構わず物を蹴り、殴り、壊し、周りの取り巻き達は怯える。
部屋の備品が粗方荒らしまくり、男が息を整えていると、部屋の片隅にいた老人が声をかける。
その老人は他の者達に比べ異色。
白衣を纏い、枯れ木のように細い腕は今にも折れそうで弱々しい。
しかし、この中の誰よりも威風堂々とした佇まい。
老人は怒りを治められない男を落ち着かせるように言い聞かせる。
「落ちつけ。ストックはまだある。今回は良い戦闘データが取れたと思え」
軽い調子で発せられたその言葉に、男はギロリと老人を睨むが、しばしの間を置いて吐き捨てるように舌打ちを打つ。
「………チッ!そうだな。まだ次があ」
「────それは無い。なんせ俺が潰すから」
不意に、知らぬ声が来た。
『────ッ!?』
怒りに震えていた男も、そしてその取り巻き達が一斉に武器を構える。
「………ッ!?誰だ!」
男達の警戒の先、声がした方には若い男が泰然と座って居た。
いつ間に居たのか、全く気付く事が出来なかった。
その男は白い髪に、季節外れのマフラー。
そして、足下には2本の尾が生えた子狐が。
男は武器を向けられているにも関わらず、まるでそれが見えてないかと言わんばかりの立ち振る舞い。
白い男はおちゃらけた挨拶をする。
「はーい、どうもー。初めましてこんにちは。ところで今から掃除したら?ホコリ臭いぞ、ココ」
「コーン」
まるで道化師。
奇妙で場違いな存在に、全員が訝しんでシオンを睨み、しかし大男だけは違った。
シオンの姿を見て、何かが脳裏をかすめ、必死に思い出す。
「……白髪、狐、マフラー。どこかで………ッ?!まさかテメェは!」
大男は目の前にいる人物に何なのか気づき、驚愕する。
そんな中、痺れを切らした取り巻きの内の1人が魔法杖を構えて、呪文詠唱を始める。
「"風よ集え、刃となりて切り裂け"!」
「おいっ、やめろ!」
大男が待ったを掛けようとするが、既に遅い。
練り上げられた魔力が、切り裂く風の刃を創り出し、
「ウィンド・カッ───ゴゲッ?!」
しかし、魔法は発動されることはなかった。
「危ない危ない。そんなもん食らったら虚弱な俺なんかひとたまりもないからね」
白の男、シオンは座ったまま静かに微笑う。
対して、大男達は驚愕に目を剥き、叫びを上げる。
「ヒッ、ヒィィィィアッ!?」
「ゴッ、ガァ??!」
魔法を放とうとしていた女性。
詠唱を唱えていたその口が、女性の体内から現れた巨大な芋虫により塞がれていた。
突然のことに女性は自分の身に何が起きているか気づけず、ショッキングな光景に、はたまた滑稽じみた状態に悲鳴を上げる。
さながらB級ホラー映画だが、笑い声を上げるのはシオンのみ。
「…………ッ!」
底知れぬ恐怖に駆られた取り巻きの1人。
踵を返し、裏口から逃げ出そうとした。
それを見てシオンは動じることなく、一言呟く。
「食っていいぞ」
その言葉の後の出来事は一瞬であった。
扉に黒い穴が空いた。
いや、よく見るとその穴は『何かの口』であった。
逃走を図ろうとした男の首に、目にも留まらぬ速さで扉から伸びた肉色の紐に巻きつけられ、扉へ引き寄せられたかと思えば。
パクリと扉に出現した口に丸呑みにされた。
ベキッパキ……ゴクン
悲鳴も上げる間も無く、当の食べられた本人も何が起きたか理解できていないだろう。
そして、別の方から声にならぬくぐもった悲鳴が訴える。
「ングッウウゥウウッ!!──────ッ?!」
「ん?あっ、こら!『食べていい』ってムッチーに言ったんじゃなくて、レオンに言ったんだよ!……って、もう遅いか」
見れば、物理的に魔法を阻害されていた女の口から芋虫が消え、代わりに女の体内からバリバリと何かを喰い千切る音がする。
女は涙を苦悶の表情を浮かべ、胸や腹を掻き毟っていたが、やがて動かなくなった。
その光景を見てもシオンは、やれやれとため息を吐くだけ。
先程まで荒れていた大男が顔を青ざめながらも、椅子から立ち上がるシオンに話しかける。
「やっぱりテメェ、異邦者【化物行進】のシオンだな」
「お。嬉しいね、俺のこと知ったんだ。サインいる?」
シオンのふざけた態度に大男は堪らず悪態をつきそうになるが、これ以上事態を悪化してはならない。
もっとも、これより下があればだが。
「……何故ここにいる?」
「そろそろ森にいるクリムゾンベアが倒された頃かなと見計らって。あれ、まだ終わってない?な訳ないよな〜」
(こいつ……何処まで知ってやがる!)
「何のつもりか知らねえが、いきなり殺すとはどういう用件だ」
分かりきっている事だが、他に選択肢は無く、故にシラを切る。
だが、シオンは大男の言葉に返さず、独りで話を始める。
「いや〜考えたね。テイムしているモンスターが住民を殺せば、テイマーは人殺しで指名手配になるが……なるほど、確かにアレならテイムしている訳じゃ無いし、足もつかないよな」
「………何のことだ」
「唐突なんだけどよ。"冬虫夏草"、知ってる?もとはキノコの菌によるものだっけ?菌が虫に根付いて、夏になるとキノコが生えるっていうアレ」
いきなり突拍子も無く、繋がりの見えない話に変わる。
だが、大男はシオンの言葉に思わず固まる。
その反応を見ても、予想していたのかシオンは変わらず話を続ける。
「…………」
「あれ、知らない?まあ、虫から生える高価で奇妙なキノコとだと思ってくれ」
くさい芝居だと、グランドンかオーランがこの場に居れば言っていただろう。
「で、だ。いまだ不明なことはあるけど、1つ面白い冬虫夏草があってさ。『タイワンアリタケ』って知ってるかい?」
◆
冬虫夏草。
その内の1つに『タイワンアリタケ』が存在する。
タイワンアリタケは蟻に寄生する冬虫夏草であるが、このキノコは必ず葉っぱの裏で発見される。
これは全ててのアリが落ちないように葉っぱをがっちり噛んだ状態で、足からきのこの菌糸がたくさん発生し葉に固定されているためだ。
ここで1つの疑問が生まれる。
何故、寄生された蟻達は葉の裏に移動し、落ちないよう噛んでいたのか?
その答えとして、ある説がある。
それが━━━━、
◆
「『寄生したきのこがアリをコントロールして、風に飛ばされないような場所に移動させている』という説があるんだ。面白いよな」
「…………」
大男は応えない。
答えられない。
「現実だったら、虫しか確認されてないけど。まあ、このゲームは何でもありだし、しかも女神からの種もある」
種。
それはプレイヤーのみが、女神から与えられた恩恵。
その恩恵はプレイヤーによって違い多種多様、そして、一つとして同じ物は無くオンリーワンである。
種は大まかに道具、能力など幾つかのジャンルに分けられている。
しかし、それでも全ての種を把握出来ない程に幅広く、巨大化に透明化や電撃操作。
中には海を生み出したり、猫に変化するなどの種が存在する。
現在のPW内のプレイヤー数は3000万人。
千差万別とは良く言うが、つまりは、
「1人ぐらい、キノコに特化したプレイヤーが居てもおかしくは無いよな。……なあ、そうだろ。【蘑菇博士】のベニテング」
「………驚いた。日陰者の私を知ってるとは」
シオンに呼び掛けられた先、白衣を来た老人は愉快そうに笑う。
「しかし、冬虫夏草ねぇ……。発想は良いけどさ。多分操作に難有りだろ、あれ」
「ククク……確かに。簡単な指示なら受けるが、意思がまだ軽くあるからな。どうしても食欲や怒りを優先してしまう。まあ、そのおかげで、軽い指示をすれば後は勝手に動くし、良い点でもあった」
「後さ、テイムモンスターじゃないから視覚同調もできないし。そっちの住人、アンタの雇い主か?」
蚊帳の外にされていた大男はいきなり視線を向けられ、たじろぐ。
「その男のテイムモンスターで視覚同調。そして、その光景から熊を操作してたのかな。第三者視点での操作、本当にゲームみたいだな」
そう言うと、ベニテングがシオンの考察に拍手を送る。
「素晴らしい。ここが私の研究室ならS評価をあげよう」
その口ぶりは慣れたもので、さながら大学の教授のようだ。
現在の本職は教鞭を振るっていたのかもしれない
そんな事を考えていると、ベニテングは納得いったという表情で言葉を続ける。
「しかし。なるほど、あの少年は餌か。そして君の入れ知恵ならば、初心者がクリムゾンベアを倒したのも納得だ」
「入れ知恵、ね………ははは」
ベニテングのその言葉を聞いたシオンは、口角を上げる。
その表情に違和感を感じ、訝しむベニテング。
「何かおかしな事を言ったかな?」
「いや、ハジメじゃなくてもよかったんだよね。ぶっちゃけ、ここまで期待していなかった。良くて重傷負わせたらなぁと。現地にはオニマル派遣してたぐらいだし」
どこか罪悪感から申し訳無さそうに、しかし、それ以上に期待を裏切られ心底嬉しそうに、顔を歪めている。
シオン以外の者達は何を言っているのか理解できない。
共感など出来るはずがない。
「確かにヒントもあげたし、武器もあげた。でも、それだけさ。倒したのは、あの子の力さ。あぁ!とても嬉しかった!久々に熱い殺し合いを観れたよ!」
「……狂人の類か」
「菌で頭弄るマッドサイエンティストには言われたくないかなぁ」
「ククッ、たしかにな。────さて、そろそろ話は終わりとしようじゃないか」
ベニテングはさも当然にそう言った。
既に大男達は共犯者であったにも関わらず、ベニテングの眼中に無い。
「逃げれると思ってる?」
「言ったであろう。ストックはまだあると」
バガンッ!とベニテングが背にしていた壁が破壊され、破片が飛び散る。
そして、複数の足音と共に大きな影が這い出る。
「クリムゾンベアねぇ」
現れたクリムゾンベアの数は五体。
しかし、その顔からはどれも正気は感じ取れない。
涎を垂らし、さながら徘徊するゾンビ……いや、操作されるならキョンシーか。
「指名手配の回避には向かぬが、コチラは圧殺には向いている」
ベニテングがそれだけ言うと、指を動かし、
『GAGGGGGGAAAAAA!!』
生きた骸と化した獣が一斉にシオン目掛けて押し寄せる。
他の者など構わぬ突進に逃げ遅れた取り巻きの1人がミンチとなり、壁に汚物を撒き散らす。
触れれば死を告げる赤い壁が迫る中、しかし、シオンに焦りは無い。
「あーあ、オニマルは今いないしなぁ。しゃあねえ」
さも面倒臭そうに、
「イナホ、『四尾』まで解放していいぞ」
その声に応え、コンと一鳴きすると、イナホの尻尾が二本から四本に増えた。
◆
「イナホ、お疲れ」
「コーン!」
『ギー!ギーギー!』
「ああ、すまんすまん。ムッチーとレオンもお疲れな。しっかし、ベニテングは逃しちゃったか。キャラは爺のくせして、逃げ足速えーな」
共犯者は置いてくし。
ベニテングからしてみれば、面白そうな試みが出来るから組んだだけなのだろうが、薄情である。
そもそも、あのジジイ。
はなから逃げる気で、闘う気なんて更々無かったな。
ベニテングが本気なら大分苦戦したと思うのだが、つまらん。
……不完全燃焼だが、今はそれを置いておくか。
シオンは杖でつつき、息残しておいた大男に話しかける。
「おーい、生きてる?」
「こ、の・・・ば、化物が!」
「元気そうだね」
ベニテングの共犯者であり、雇い主であった男の有様は酷いものであった。
右腕は無くなり、肩の部分は黒く炭化している。
顔半分は焼け爛れている。
ただ、それでもまだマシな方だ。
男の周りは辺り一面黒色に、炭と化していた。
先程までいた屋敷は焼け尽くされ、影も形も無い。
いまだ熱が残っているのか、プスプスと音を立てており、シオンの足元にあるのは灰と化した数分前までクリムゾンベアだった物だ。
シオンは大男の顔を覗き込みながら問いかける。
「で、質問。お前、誰にそそのかされた?」
「あぁ?そんな事、誰が教え、ギャッ・・・ッ!」
答えそうになかったので黒化した肩に足を掛け、力を入れる。
「誰に言われた」
結構強めに力を入れながら問い掛け、しかし、
「ギッ……はっ、ナメるなよ。テメェに教えるくらいなら死んでやるよ」
存外、芯のしっかりした悪党だ。
「……そうか。じゃ、話を変えよう。別に答えなくてもいいが、想像しろよ」
「……?」
何を?と大男が疑念の表情を浮かべ、シオンは大男に投げ掛ける。
「お前を焚きつけた人物とは会ったか?」
「…………」
答えない。
しかし、そんな事はシオンは理解している筈だ。
だからこそ、シオンの意図を掴めず、疑念は膨れる。
「答えないか。ならよ、そいつの顔を思い出せるか?」
その言葉に男は何を馬鹿なことをと思い、
「─────あ?」
すぐに固まる。
思い出せないのだ。
「顔が思い出せないか?なら、性別でもいい」
───分からない。
「老いてるか若かったかでもいい」
───────分からない。
「声はどうだ?女声、それとも男らしい声?」
────────────分からない。
「なんなら、美しかったか醜かったかでもいいぞ」
分からない?
「ほら、どうしたよ?それとも、そんな奴はいなかったのか?」
分からない、分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない!
話した内容は思い出せる。
出会った場所も思い出せる。
しかし、だが、でも、故に、それだけなのだ。
それだけしか分からない!
「な?……でも、そんな……待てよ!…………あれ」
何も思い出せない。
顔も、性別も、歳も、どんな声ですら思い出せない!
その反応を見て、シオンは男から足をどける。
そして、ボソリと名を呟く。
「……やっぱり【喜怒哀楽】か」
暫く考え込んでいたシオンであったが、スッと足をどけ、踵を返して足を進める。
だが、最後に振り返り一言だけ残す。
「じゃあな、オッさん。派手にやったから、警備員がそろそろ来ると思うけど、逃げるなら今のうちだぞ」
そう言ってシオンはその場を去って行った。
男は取り憑かれたように、ブツブツと自問自答するだけであった。




