P.13 「コンティニューしますか?」
駆ける。
周りに木々はなく、先程と比べ見晴らしが良い場所を一直線に駆ける。
遮蔽物はない。
つまり、
「Gaaaaaaaaa!」
追従する咆哮。
すぐさま後ろから、クリムゾンベアもハジメを追いかけ、木々を抜け一直線に追い駆ける。
それは当然の結果であるが、両者の差はみるみる縮まっていく。
間も無く、開けた場所を抜けられる。
だが、両者の距離は残り1メートル。
クリムゾンべアの射程距離内だ。
クリムゾンベアは右腕を伸ばす。
あと少しで逃げる獲物を仕留められる。
クリムゾンベアはハジメの背を貫こうとして、
「────ギリギリ間に合ったぁあ!」
「Ga?!」
爪はかするだけの不発。
突如、ハジメは渾身の力を右足に込めて、着地のことなど考えずに跳躍したのだ!
ただ跳ぶことだけを考えての行いの結果、それは跳躍というより放り投げられたようにも見えた。
ハジメは、5mと現実では有りえない見事な跳躍力の代償に、足から着地ではなく無様に顔から地面にダイブしヘッドスライディングへと移行。
「ぶがっ!?」
ハジメの突然の行動に違和感を覚えたのか、すぐさま制止を掛けようとしたクリムゾンベア。
しかし、スピードを殺すには遅すぎた。
クリムゾンベアが足を地に踏み込んだ瞬間、地面がズボンッと抜けて崩壊した。
「GAGaa!?」
「げっ、ざばあびやばれ!」
クリムゾンの巨体はたまらず落とし穴に落ちる。
ハジメは鼻血を出しながらも見事計画が決まったことに歓喜する。
この落とし穴はケールが作った狩り用の罠だ。
ケールは一人でよく狩りに出ることがあり、クルムゾンベアほどではないが強力なモンスターと戦うこともある。
そういった非常時用に、日頃から遭遇した敵をここへ誘い込み殺すための罠を設置していたらしい。
村人もそのことには周知の事実らしく、村人は罠が設置されている付近には近寄らず、普段は作動しないように蓋や鍵を閉めている。
ほんと、非常時に使えたんだからマメな性格に感謝だ。
落とし穴には登れぬよう油と竹製の杭が埋め込まれ、そこにハジメ持参のゴブリンの武器と悪臭放つ腰巻を追加しといた。
そして、ここからダメおし!
他にもケールお手製の罠はあるんだぜ!
「ハチ、ポン太!今だ、縄を切れ!」
「「「わっふー!」」」
ハジメの合図に、落とし穴の上から動きがあった。
何かプチンと張り詰めていたのが切れた音がしたかと思うと、落とし穴めがけて上から杭のように尖った丸太が幾本も落ちてきた。
ズドッドドド!
「G!GRAAaaaaa……………」
落とし穴からは衝撃で粉塵が舞い、呻き声が消え静寂が漂う。
「──────静かになったな」
上で待機していたハチ達が降りて駆け寄ってきた。
1人と3匹は武器を構えて、静かになった落とし穴を観察する。
………もしかして、これで運良く倒せた、のか?
と、楽観的な考えが頭に浮上してきた時、
─────ドゴンッと轟音が上がり、周りの土ごと木杭が空高く打ち上げられた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
楽観はすぐに吹き飛ばされた。
クリムゾンベアへと墜落した丸太だけでなく、穴周りの土ごと上へと打ち上げられた。
「うおおおっ!?」
飛来する瓦礫を何とか避け、死亡を回避!
こんなのに当たったら頭がひしゃげてしまう。
「GaGaavua!」
おいおい!お前みたいなデカブツにとっても落とし穴結構深かった筈だろう!
何で軽々よじ登って………なるほど、さっきの衝撃で落とし穴の淵辺りが崩れて登りやすくなったのか………って、ボーッとしてる場合じゃない!
逃げながらもクリムゾンベアの損傷を確認。
所々赤い毛皮に真新しい紅が沁みてるところ見ると、無傷という訳ではないのか。
まあ、元気と殺意は有り余っているようですけど。
────やべっ、追い掛けてき、さっきより速い!?
「危な、おおおっやば、やばいッ!」
踵を返して、なりふり構わず逃げる。
傷ついた分だけパワーアップしてませんかね、この獣!?
走り距離を取ろうとするが既に、間を詰められる。
瞬時の判断で、前方へ向かって飛ぶ。
そしてその賭けは正しく、振られた爪が背中をかする。
何とか難を逃れたが、
「ぐ、とっ、ウガ?!」
勢い殺せずバランスを崩す。
無理矢理体を動かそうとするが、転がって背中から木に当たる。
────ハジメの足が止まった。
ハジメは前を見る。
そこには血に飢えた獣が、こちらを睨みつけている。
その右の剛腕は既に振りかぶられ、
「───────」
ハジメの足は疲労で既に限界。
これ以上走ることは不可能。
俺はここまでだ。
そう、これで俺の役目はおしまいだ。
「────計画通り」
ハジメが見ている先はクリムゾンベア、その足元。
そこには白いバッテン印が記されている。
「これで最後だ!ポチ!」
「わん!」
上からブチンッ!と何か重たいものを繋げていた綱を切るような音が聞こえた。
ハジメは頭を低くし、そのまま身を伏せる。
それと同時にハジメの背後にあった大木が、いや、大木に見せかけていたハリボテをブチ破り、振り子のように重力によって加速された3メートルの杭が弧を描いて突き出される。
◆
ケールの計画において、成功条件は3つ。
怒りに我を忘れ、警戒が薄くなること。
ある位置まで誘導すること。
そして、超至近距離からの頭部目掛けた一撃。
弱点は頭部。
放つは一矢。狙うは必中。
ハジメの今までの行為は、全てこれの布石。
巨大な杭は撃ち出される。
唸りをあげクリムゾンベアの顔面へと吸い込まれ、
「GGaaaaaaa!」
それを難無く振るい上げた剛腕で打ち払う。
弾かれた杭を繋げていた紐が耐え切れずに切れ、杭はすっぽ抜けて飛んでいく。
ハジメは動かぬまま、逃げるでもなくただそこで固まり一部始終を見ているだけ。
クリムゾンベアは獰猛な牙を見せ、顔を歪める。
ハジメは静かにその光景を視界に収める。
「──────」
しかし、ハジメの視線の先は、クリムゾンべアではなく、その背後。
そこでは泥で身体を汚し、服に草木をくくりつけたケールがクリムゾンベアの背後を取っていた。
ここにケールが待機していると知っているハジメの目から見ても、突如ケールが現れた様に見えた。
狩人のスキル【隠密】。
自分の気配を極限まで減少させ、敵にこちらの存在を認識させない能力。
しかし、これは忍者のスキル【隠密行動】とは違い、動きながらであれば能力は弱まり、不動である時こそが最大発揮する能力。
そして、もう一つのスキル。
【二ノ矢不要】
所持している矢が1つのみの場合に発動。
放てば暫く衝撃で体が硬直、そして弓が自壊するが、威力は増大される。
放たれた矢は鉄の盾を三枚抜きしても止まらず、敵将の首を射抜くとの逸話がある。
番えるは一矢。
それ、必殺の一撃。
クリムゾンベアの正に背後。
しかし、クリムゾンベアは気づいていない。
クリムゾンベアは目の前の俺にしか眼中に無い。
ケールの渾身の一矢が放たれ、クリムゾンベアへと命中し─────
「GAoaa!」
「なんッ!?」
クリムゾンベアは後ろも向かずに、矢を避けるように首を大きく右へ傾けた。
互いに何の落ち度は無かった筈だ。
にも関わらず、
避けられた。
射手から放たれた矢は今更方向を変えることもできず、クリムゾンベアの耳を掠めただけで終わる。
そして、攻撃後の反動で硬直しているケールは、敵にとって格好の的である。
「GaaAAaaa!」
「──────ッ!!」
唸りを上げ振るわれた豪腕を躱せず、ケールは打ち上げられた。
「………ガハッ!」
木の枝でも折れたような音がケールの体から聞こえた。
ケールはまるでバッターに打ち返された野球ボールの如く、冗談みたいな距離を飛び、大木に打ち付けられた。
着地など出来ずに肩から地面に落ちる。
足と腕が変な方向に曲がり、無事のは右腕だけ。
だが、痛みによる呻き声は聞こえない。
そのままだ。
ケールが、ピクリとも動かない。
「け……ケールッ!!」
「Gugaaaaaa!」
クリムゾンベアは狙いを自分から、動かないケールへと変える。
……この糞クマが!
「ハチ、ポチ、ポン太!ケールの元に迎え!」
「「「わん!」」」
相棒のハチ達に命令を出しながら、慌てて立ち上がりクリムゾンベアへ向かって駆け出す。
ポチ達三匹はケールの元へ辿り着き、遠くへケールを移動させようとするが、クリムゾンベアは速かった
クリムゾンベアがその剛腕をもって、ケールの頭をミンチにし確実にトドメを刺そうとする。
……間に合わない?!
あわやかと過ぎったその時、ケールの前に入るものが。
「「「ワオーン!」」」
ポチ達だ。
盾を構えたハチを筆頭に、後ろポチとポン太が支えて立ち向かう。
結果など分かり切っている。
それでもコボルト達は前に立ちはだかった。
拮抗は一瞬。
盾は全壊し、剛腕によりポチ達は後ろのケールごと吹き飛ばされる。
だが、振り下ろされた腕は軌道を変えられ、ケールの命を守り、そして時間を稼いでくれた。
「───こっち見やがれド畜生がアアアアアアア!」
シオンさんから譲り受けた籠手【ダブルエッジ】。
全身全霊の力を込めて突きを繰り出す。
考えなどない、怒りの衝動に任せた一撃。
その一撃に対してクリムゾンベアは羽虫を払うかの如く、左腕の一本をハジメへと振る。
互いの拳と拳がぶつかり合い、ハジメはトリガーとなる言葉を言い放つ。
「アクセル・ブースト!」
─────瞬間、両者の間で爆発が起き、衝撃がハジメを支配した。
「────ギッ、イアッ!?」
想像を絶する衝撃がハジメの身体を駆け巡る。
痛みは軽減されている筈にも関わらず、反動の衝撃で身体が硬直し、痛みによる悲鳴を上げようとし、
「……G、ggGaaaAAAAAA!」
それはクリムゾンベアの絶叫に塗り潰された。
思いもよらぬ声に顔を向ける。
すると、そこにはクリムゾンベアの左腕1本が吹き飛び、肘から先が無くなっていた。
骨が顕になり、左のもう1本の腕も余波でか抉れていた。
「き、効いた?………ッ?!」
悲鳴を上げるクリムゾンベア、しかし、次の瞬間ギラリとコチラを睨む。
痛みを誤魔化すように乱雑に振られた右腕。
こちらは衝撃が抜け切れておらず、諸に食らう。
腰の入っていない腕だけの振り。
そして前にダブルエッジを翳して、後ろに倒れながら受ける。
一瞬の判断が功を奏した。
死を回避した。
だが、それでも威力は凄まじく、吹き飛ばされ木々に背後からぶつかる。
「ぎっ・・・?!」
背中からの激痛と共に、肺の空気が強制的に排出される。
呼吸がうまく出来ず、餌をねだる鯉のように口がパクパクと酸素を求めて動く。
「Gaa!GUGiaaaaaA!」
前を見れば、左腕の一本を失ったクリムゾンベアが傷みを紛らわせようと辺り構わず残った三本の剛腕を振り回す。木々は破片となり飛び、地面は抉れ土が舞う。
しかし、所構わず当たり散らしていた意味の無い破壊は徐々に収まっていき、ジロリとクリムゾンベアの眼がハジメを捉えた。
そこには“怒り”があった。
殺意。苦渋。怨嗟。
惆悵。興奮。憎悪。
屈辱、赫怒、侮蔑。
鬱憤、慨嘆、憤激。
クリムゾンベアに渦巻く激情がドロドロに入り混じった“怒り”だけがあった。
そして、その矛先はこの怒りの原因となる侮辱をつけたハジメへと向けられた。
クリムゾンベアは咆哮をあげ、血走った眼でハジメを殺さんと烈火の如く駆け出した。
◆
この時、ハジメは迫り来る死の光景が、非常にゆっくりと感じられた。
……これ、走馬灯ってやつか?
ってことは、このままだと死ぬんだ俺。
………………………死ぬ?
つまりは『次に頑張りましょう』ってか。
ああ、なるほど。
終わりか。
まあ、俺はいい。大丈夫だ。
死んでも本当に死ぬわけではない。
TRY & ERROR
ゲーマーなら誰しも通り、いつしか当たり前へと変わること。
一日学校で待つだけで戻って来れるんだから。
だけど、ケールは?
ケールはどうなる。
彼は俺とは違う。彼はプレイヤーではない。
彼に次はない。
「…………ふざけんな」
彼だけでない、村の人たちはどうなる。
運良くヒーローが村にいてクリムゾンベアを倒してくれるのに願うなど、流石に御都合主義過ぎる。
三流作家でもでもそんな設定は使わない。
ハジメは先日の光景を思い出す。
NPCである、この世界の住民たちをだ。
彼らは生きているのだ。
ただのデータ、0と1の集合体ではなく。
だだの村人、「〜〜村へようこそ」なんて常套句はなく。
だだの設定、モブの如く薄っぺらい決められた運命ではなく。
己の意志を持ち、己の言葉を持ち、己の人生を持ち。
この世界で必死に生きているのだ。
「コレで終わり………終わりだと」
ハジメは手のひらを握りしめる。
これが俺の夢に見てた冒険か?
なす術もなく、理不尽に、殺され、踏みつけられ。
最後には、糞みたいな悔しさ。
「イイわけ、ねえだろッ!!」
負けたくない!
その感情が、脳の手綱から放たれたその感情が、ハジメの内から暴れ回り支配し、ハジメの鼓動を動かすエネルギーへと変換される。
気づけばハジメは立っていた。
眼前に迫りつつある敵を睨みつけ、まだ諦めず。
ヤケクソのように、誰かに助けを求めるように、自分を奮い立たせるように。
そして、無力な己を弾劾するかの如く、有らん限りの力を込めて、叫ぶ。
「こんな結末────俺は認めてたまるかっ!」
「GAAAAAAAA!」
【──────報告、プレイヤー:ハジメのオーダーを受信しました】
その叫びに、応える声があった。




