P.12 幕ノ内
明けましておめでとうございますm(_ _)m
【Another Side】
時は少し遡り、ハジメがまだクリムゾンベアと相対する前のことである。
ハジメがいる森から遠く離れた街の一角、どこにでもあるような喫茶店のテラス席にシオンは座っていた。
「お待たせしました。こちらレモンタルトとプリンアラモードのセットです。どうぞ、ごゆっくり」
従業員の女性が慣れた手つきで注文した品を置くと一礼してその場を離れる。
「ああいった女性の優雅さを見れるだけでも少し高めのお金を払った甲斐があるってもんだ」
しばらく女性の後ろ姿を眺めた後、「ま、肝心なのは味だけど」と付け加えてフォークを手にする。
傍目から見た通り、シオンはそこで午後のティータイムを楽しんでいた。
その近くには相棒であるイナホの姿は無い。
お気に入りのケーキを頬張り、紅茶の香りを楽しむ。
「う〜ん………旨い!おやつの時間に優雅に紅茶を一口。これこそ贅沢の極みってもんだな。な、そう思うだろ」
シオンは紅茶で喉を潤すとご満悦な表情で同席者にそう投げかけた。
そのテーブルにはシオン以外に、小さな女の子がいた。
巫女のような和服を身に付けた少女の顔は非常に愛くるしく、頭から生えた狐耳がピコピコと動いている。
そう、耳だ。
しかも耳だけでなく、お尻の付け根から生えた狐の尻尾もふりふりと存在を主張している。
その狐の少女はシオンとは違い、紅茶は頼まずホットチョコレートとケーキのセットを注文していた。
セットのケーキを小さな口にこれでもかとめいっぱいに頬張り、もぐもぐと動かす。
「もぐもぐ……ん。それには同意しますけど、よくそんな苦いのを飲めますね主人様。せっかくの甘味が苦味に邪魔されませんか?」
「いつか分かる日が来るさ、これの良さを」
そう言ってまた紅茶を口にするシオンを見て、かつて体験した苦味を想像したのか「うへぇ」と顔をしかめる狐の少女。
「おじさん臭いですよ、今の発言」
「俺はまだ20だよ。そういうオッさんってのは………ほら、こういう奴のことを指すんだ」
シオンはそう言っておもむろに指をさし、狐の少女がそちらを向くと、
「誰がオッさんだ、誰が」
いつの間にかそこにはテイマーギルドマスターの大男、ジャック・オーランが立っていた。
「よっ、オーラン。奇遇………ってわけでもなさそうだな」
シオンはいつもと変わらぬ様子でオーランに声をかける。
しかしオーランは特に反応も返さず、無言のままガタンと乱暴にシオンと同じテーブルについた。
そして、深い溜息を一つ吐いたと思うと、
「………今度は何を企んでいる?」
「突然何かと思えば、人聞きの悪いことを。それじゃまるで俺が悪役みたいじゃないかよ」
「だったら隠さず言えばいいだろ。初心者のハジメにお前が偽名で依頼したクエストを受けさせ、その先で何をさせようとしているのか」
「──────────」
探りを入れていく、いや、逃道を塞いでいくかのように言葉を並べていく。
「ハジメが装備していた手甲と片眼鏡に、テイマー用のモンスター探し、最後にコボルトの武器まで。随分気に掛けてるみてえじゃねえか」
「おいおい、初心者に優しくしちゃダメなんてウチの決まりにあったっけ?」
「度が過ぎてんだ。【賢愚一重】レオナルド、【星ノ護人】グランドン、【もふもふ大使】モッフィー。関わってる全員が、1人で国を揺るがしてしまう程の脅威をもった国家指定第1級観察処分者なのが問題なんだよ」
シオンはカップを置き、それとなく周りを一瞥する。
一見普通の街並みの風景、だが視界の片隅に物影で光る小さな二つの目が目に入った。
「チチッ」
ネズミだ。
一匹の小さな灰色ネズミがこちらを見つめている。
しかも、このネズミ、
「まるで見てきたみたいに詳しいなあ、オーラン。どこぞのネズミの目を通して盗み観でもしてたのかぁ?」
視界にいる一匹だけではない。
索敵をすれば、姿こそ見えないが自分を中心とし50はくだらない小さな気配が取り囲み、こちらを狙っている。
しかも、さっきまで自分達に気付かれないよう隠れてたのに、今はわざとこちらに分かるように存在を主張している。
つまり、これは、
「もう一度言うが、何を企んでいる?俺にはそれを聴く責務がある」
────通告だ。
「次は無いぞ」とシオンの眉間に銃を突きつけた恐喝まがいの最終通告。
そして、その引金に指を掛けているのはシオン。
引金を引くも引かないもシオンが選ぶ次の言葉次第。
シオンもその事を重々承知している。
だからこそシオンの選んだ答えは、
「なあ、オーラン。今更なんだけど、ここの席から黙って離れてくれないか。そっちの為にもなるからさ」
怠慢不遜にも、目も合わせずに口から投下した。
「────すまないが。訳を言ってくれないか?こちとら、ハッキリもの言ってもらわねえと分かんねえからよ」
オーランはゆっくりと立ち上がり、目の前の馬鹿を睨め付ける。
対して、シオンは座ったままオーランを見上げ、殺気混じった言葉に一言返す。
言いにくそうに、最後の方は顔を近づけで小声で。
「いや、ぶっちゃけるとな…………オーランが居ると俺達が幼女を誘拐した変態みたいじゃん。率直に言ってヤクザ顔だし、アンタ」
「────は?」
「ほれ」と促され、周りを見てみると近くにいる客や店員がこちらを、正確にはオーランと幼女の組み合わせを見てコソコソと話をしている。
『あれって誘拐かしら』『どうする通報しちゃう?』
『イカつい男と腹黒軽薄風男、そして幼女』
『役満だな』
『いや待って!もしかしたら同性愛からの養子幼女という関係かもしれないじゃない』
『何それ尊い!………ちなみにどっちが』
『腹黒が受け』『残念だわ、貴女とはいい関係が築けると思ったのに』
『あの2人腐ってやがる、早過ぎたんだ』
「…………………」
おい、後半についてはぶっ飛び過ぎだ。
「うん、俺は学んだぞ。たとえ傷つけてしまうとしても、友人の為に言わなければいけない時もある(ガツン!)ぃイッテェ!?」
オーランは「はぁ」とため息を吐くと馬鹿らしくなり殺気をおさめ、遠い自分の世界に行っていたシオンの頭を叩いて話を中断させる。
シオンが痛みで頭を押さえてるうちに、疲れたように椅子に再び座りシオンの残っていたケーキを手で掴んでモシャリと一口で頬張る。
「あぁ!楽しみに取っておいたのに!」
「五月蝿ぇ、タコ!他に言うことがあるだろうがよ!」
「えーと………やだ、間接キス♡あ、ごめんなさい、ふざけ過ぎましただから待て待ってフォークはヤバいってフォークは!」
「はぐはぐ……ごくり。2人ともうるさいです。他のお客さんに迷惑です」
「「ごめんなさい」」
ケーキを頬張る狐耳幼女に怒られるいい歳した男2人。
先程までの緊迫した空気はどこにやら。
実に情けなさ過ぎる。
「ったく、お前はよお。少しはマジメに答えられないのか?」
「俺はいつだって自分に正直なのさ」
「あのなぁ………」
「大丈夫だって。安心しろよ」
オーランが言葉を続けようとしたが、シオンの口から出た言葉に塗り潰された。
「今回はデカい事にはならないからさ。今から全員潰しに行くところだし」
思わず口が止まっていた。
いつもそうだ。コイツはさも平然の如く爆弾を投下しやがる。
本当に心臓に悪い野郎だ。
「そもそもハジメの方に行かないで俺の方に来たってことは、オーランだって大して心配してるわけじゃないんだろ。ハジメに与えた道具だってヤバい物は無かったことくらいアンタなら見りゃ分かるだろうし」
シオンは喉を潤そうとしたのかカップに手を伸ばしたが、紅茶が空であることに気づき追加注文する。
「オーランが大丈夫だって思ってても、それじゃ上は納得しないからなあ。大変だよな、俺たちの監視する役目なんて」
「そこまで分かっているなら馬鹿な行動を抑えろ、ったく。俺は亀みてぇにユックリ過ごしてぇんだよ」
本当に頭が痛くなる。
頭は回るくせに悪ガキみたいに言う事を聞かないのだから。
「はぁ………ところで、何でハジメを巻き込む?」
「んー?」
これはオーランの個人的な疑問だ。
コイツは宣言通り、喧嘩を売られたのか、それとも喧嘩を売られてないかは知らんが、どこぞの見知らぬ誰かを潰しに行くのだろう。
なのに、ハジメを強制参加させた。
これから自分の手で制裁を食らわしに行くのなら、言ってしまえばハジメは蛇足だ。
ハジメがいた所でシオンにとっては雀の涙ほどの助力。
下手すれば、面倒見に尻拭いと邪魔者にすら成り下がるだろう。
いや、少なからずシオンに影響を及ぼしている。
本来ならば、先ほどのように敵に気付かず囲まれるといった悪手は打たないのだから。
ハジメがどのような目に合うかは分からないが、シオンのことだ。
十中八九間違いなく苦難へと追いやるだろう。
「お前のことだ。ハジメを陥れようとは考えてないだろうが。だからといって何故こんなこと、いや、ここまでする必要がある?」
単に嫌がらせならば、やり方が回りくど過ぎる。
そもそも、そんな単純なことをこの男がやるはずもない。
「うーん。そうだなあ?」
自分でも掴みきれてないのか、表現が難しい答えを頭の中で考え整理すべく黙考するシオン。
「………なあ、オーラン。推理小説ってあるじゃん」
不意に出てきたのは真意が掴めない答え。
シオン自身も分かりきれてないからか、泥をこねて壺へと作っていくように、考えながら言葉を並べていく。
「俺にとってね。推理小説の名作かどうかは、つまり醍醐味はさ。こっちが期待したり、予想していることを『裏切ってくる』ところだと思うんだよ」
「俺の脳がかってに期待していた世界を、一瞬で裏切ってクズして壊して、それで『えっ!』とか『おいおい、何で?』とか戸惑ってさ」
「で、真意に気づいた時には、バラバラだった世界は姿形を変えて、生まれ変わってる」
「俺はね。過程を含め、その全てによって起きる感動がたまらなく好きなんだ」
「自分一人では決してできない、その現象を。どうしようもないほどに愛してやまないんだ」
一度区切るように、紅茶を一口含む。
そして、あやふやであった考えを自分なりにまとめにかかる。
「つまるところ。長々と何を言いたかったかと言うとだ、オーラン。俺はこの世界が好きなんだよ。良い意味でも悪い意味でも、俺の期待を、俺の世界を裏切ってくれる、糞みたいで最高のこの世界が」
「………それが、ハジメを困難に追いやるのに何の関係が?」
「あるさ。ハジメは初心者で、敵は強大。十中八九九分九厘、間違いなく負けるね………………でもね、彼が、もしかしたら、そんな俺の期待をぶち壊してくれるかもしれない」
それは無垢な少年の夢語りにも聞こえた。
それは狂信的な信者の祈りにも聞こえた。
「舞台は整えた。道具を揃えた。知識も与えた。ただ、それじゃ足りない。それだけじゃ足りないんだ。結局は当人 が運命を握っている」
静かに、しかし、熱が込めらたその言葉にオーランはただ耳を傾ける。
「彼は運命通りの無様に倒れるのか。それとも、運命に打ち勝つのか。そう考えるとさ。なあ、オーラン」
そう語るシオンの顔には、
「─────楽しみだろ」
そこには無垢で無邪気な笑みがあった。
ただただ楽しみでしょうがない、まるで赤子のような笑みであった。
その笑みにオーランは思った。
ああ、こいつは悪人ではないのだろう。
だが、純粋な善人でもない。
そう呼ぶには、それはあまりにも歪だ。
「本当にお前は救いようがねえよ」
「そんなの知ってるさ」
シオンはただ静かに笑う。




