P.1 「いざ、夢のゲームへ」
不定期です
その日はとりたてて特別な日では無い。
国の創立日でも、大災害が起きた日でも、臨時休校という日でも、何にも無い。
全くもって当たり障りのない至って日常の日だ。
何時ものように登校し、いつものように授業が始まり、いつものように先生が締めの言葉を述べていた。
だが、ある1人にとっては、待ちに待った、特別となる日であった。
キーンコーンカーンコーン。
学校のありふれたチャイムの音を聞くと共に、俺、斉藤 朔は既に片付けていた鞄を背負い、一目散に教室を出た。
幼馴染でもある委員長が「あの朔君、ちょっと大切なお話が………」などと言っていたが、今の朔には聞こえていない。
盛大にナニなフラグをへし折った気もするし、突然の奇行にクラスメートたちの視線が俺に集中しているのを感じるが、そんなことが気にならない。
それほどまでに今日という日に気分が昂っていた。
走る。とにかく走る。
体育のマラソンで強制的に走らされた時は吐き気しか催さなかったが、今はそんな気が起きない。
学校の階段を三段飛ばしで駆け降り、靴を履き替え、転びそうになりながらも帰路を走り、家に着いた頃には汗だくでYシャツがペットリと肌にくっついている。
こんな時は不快でブルーな気持ちになるが、むしろ今の気分は有頂天に達し、ここまで耐えた自分を褒め称えたいくらいである。
バックンバックンと心拍数が高まり胸が苦しいのにニマニマと笑いが腹の奥をぐるぐると絡まりながら込み上げている。
玄関の鍵を開け、自分の部屋へと階段を一直線に駆け上ると、部屋のベッドの上に俺宛ての大きな段ボールが置いてあった。
大慌てでガムテープを乱暴に剥がし、しかし、震える手を何とか抑えさながら爆弾処理班の如く中身は壊さぬよう、開封するとその中には
「・・・お、おお、オッシャァァァァァッ!ついに、ついに来たァァァァァ!これがVRMMOのゲームセットかああああああっ!!!!」
待ちに待ったVRMMOのヘッドギアにソフト、機材一式が入っていた。
VRMMOとは。
仮想現実大規模多人数オンライン(Virtual Reality Massively Multiplayer Online)の略称である。
つまりは、バーチャルリアリティ空間で実行される大規模オンラインゲームである。
しかも、五感全てがゲームの中で感じることができる。
今まではSF小説内だけの代物であったが、2年前に無名のゲーム会社が発売発表を行い、1年前から発売。
会社の名前は今まで聞いたこともない新参者の会社、それどころかこのゲームを開発した社長も全くの無名の人物であった。
しかも、ゲーム機材セットで20万円。
それ故に最初はデマか詐欺かと思われ、誰も信じなかった。
だが、物好きは何処にでもいたものである。
ソフト含めてまとめたセットで20万円もするゲームを、話のタネ程度か、余程のゲーム好きが買っていき、
──────嘘では無かったと体感した。
そして、半信半疑だったのは1日も経たずに消え、そのゲームは瞬く間に世界中に広まった。
「フゥゥゥウウウウウウウウウウウウウッオエ!ゲホッゲホッつ、ヒャッホオオオオオオオ!!!!!」
喜びのあまり近所迷惑も考えないで、フーだのヒャッホーだのと叫んでいると、
ガンッガンッガンッ
『おにぃ、五月蝿い!』
おおっと、隣部屋の妹に怒られてしまった。
しかし、許してほしい。それほどまでに待ちに待っていたのだ。
ゲーマーにとって、そのゲームはあまりに革命的であった。
VRMMO【Parallel World】
通称「PW」
安直な名前ながらも1年前に販売され爆発的な人気を誇る、剣と魔法のファンタジーの異世界を模した世界的有名なゲームである。
史上初の現実のようなバーチャル世界。
まるで人間のように話す高性能AI搭載のNPC。
そして、無限大の可能性と全てのプレイヤーの夢がつまっているのだ!
実を言うと俺も物好きの一人である。
嘘だと思わず、PWを初めてを見た時から心を奪われた。
勿論。販売開始当日に購入しようとしたが………それは叶わなかった。
20万。
その金額は今この手にしているヘッドギアを含め道具一式の値段であり、サラリーマン家庭の高校生である自分にとって非常に高額である。
貯金していたお年玉全部かき集めても到底足りないほどに。
(まあ、ゲーム代で今までの年玉なんか無いようなもんだっけど)
その後は必死に頑張った。
人生初のバイトをし(学校では禁止されてるので秘密で)、親には前菜にスライディング土下座から始まり、ジャンピング土下座にローリング土下座など土下座のフルコースでお小遣いの先借り、更には中古の漫画にゲームのソフトを(泣く泣く)売り、そして、ついに、今日、俺は手に入れたのだ!
念願のPWを!
「フォォォォォォウ!」
『だから、おにぃ五月蝿い!』
やべ、思い出したらまた叫んでしまっていた。
てか、こんなことはしてられない。
すぐに行動に移らなければ。
俺はとりあえず汗で汚れた体をシャワーでささっと流し、ゲーム機材を一通りセットする。
そして最後にヘッドギアを頭に装着し、ベッドに横になり、
「いざ、【Parallel World】へ!」
そして、スイッチをいれ「ゲームスタート」と唱えると、視界が暗転した。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「ようこそ。歓迎しますよ、新しい冒険者よ」
気づけば、目の前に女性が立ってそんなことを言っていた。
しかもだ、ただの女性ではない。美人だ。しかも絶世がつくほど。
というか、この人………いや人というかNPCなんだよな。本当に人間みたいだ。
朔は穴が開くほど目の前のNPCをジーと観察する。
「あのぉ、そんなにジロジロ見られると、照れます」
「え?ああ、すみません!」
この反応には驚いた。
マジで恥じらう顔も反応も人間みたいだ。
朔がそんな感心をしている内に、NPCの女性は身を正して説明に入る。
「コホン。では説明をさせて頂きますね。私はチュートリアル担当の女神ミハナと申します。さて、今から貴方にしていただくのはジョブの選択、こちらの世界での名前、容姿の設定です」
そう言い終わると同時、朔の目の前に操作画面が表示された。
突然のことに、うおっ、と驚いてしまった。
そんな俺を見て女神様がクスクスと小さく笑っていた。
は、ハズい。
本当は人間ではないのだろうか?中の人的なのがいるのでは?
顔が赤くなるのを感じながらも、俺は表示された文字を見た。
名前【 __ 】
職業【 ????? 】
なるほど。ここに記入すればいいわけだ。
名前はそうだな………そのまま【ハジメ】でいいかな。
「容姿はどういたしますか?」
「髪の色と髪型だけ変えさせて下さい。色は金髪で」
プレイヤーの中には1日かけてキャラクターメイキングをするらしいが、俺はそこのところ無頓着であった。
リアルの身バレさえしなければいいし、髪が違うだけで存外分からないものだ。
プレイヤーの中には自前の顔そのままでゲームをする人もいるらしい。
というか、そんなことよりさっさと始めたい。
次は職業。
職業の空欄をタッチすると候補の職業の名前が更に表示された。
その数は多く、どれにしようか迷ってしまう。
PWは剣と魔法のファンタジー世界である。
ゲーム内では、人と同じようにNPCたちが国を作り生活をしている。
楽しみ方は人それぞれ。
剣士や魔法使いとなりモンスターを倒すのもよし。
商人や料理人となり店を開くのもよし。
農家や音楽家となり趣味に走るのもよし。
PWはそれを叶えることが出来るほどの多種多様な職業があり、そして可能性がある。
といった内容をPVで見ていたが、言葉通りとは。
だが、困った。
俺はゲームをする時は知識皆無の状態からスタートしたいので、攻略wikiは見ない派だ。
しかし、職業がここまで多いとは。
どれいいのか全く分からない。
一個一個開いて吟味するには時間がかかる。
もどかしい。
そんなやきもきしてる時に、その職業を見つけた。
ふと、目を通していると、職業一覧で【従獣師】の文字が赤く光っていた。
「………あの、この光っているのは何ですか?テイマーってあるんですが」
そう聞くと女神は快く答えてくれた。
「ああ、それは貴方へのおすすめのジョブです。貴方の魂の色を読み取り、それに最も適したのを私達が選びました」
魂の色?
………あ、そういや購入前にアンケートがあったな。事細かに質問されて面倒くさくも書いた記憶があるが、この為のものだったのか。
恐らく何かしらの心理テストで、それから自分に合う職業を調べたのだろう。
なるほど、良くできてる。
「勿論、それ以外のジョブでも構いませんし、おすすめのジョブにした後やはり変えたいというのであれば、【Parallel World】内の大神殿で変更が可能ですので心配なく」
う~ん、どうするか。俺に合った職業か。
テイマーというと、確かモンスターを使役して戦わせる職業だった筈。
特にこれといってなりたかった職業もないし・・・そうだな、女神様が言うのだからこれにしよう。
俺は【従獣師】をタップし、職業を選択した。
すると、女神から光の玉が現れ、自分の体に吸収された。
いきなりのことで驚いたが、特に体に変化はない。
「今の、光は何ですか?」
「ふふ、それは後のお楽しみです」
は、はぐらかされた。
一通り事務作業が終わったのか、女神様は動かす指を止め、こちらに一礼してきた。
「おめでとうございます。契約は無事果たされ、これで貴方もプレイヤーの一員となりました。あの門をくぐれば私たちの世界が広がっています」
これで全て終わったのだ………いや、全てが始まるのだ!
今すぐにでもここを出ようとするハジメに、女神が待ったをかけた。
「これで必要なことは終わったのですが、最後に2つほどご忠告があります」
女神様は真剣な表情をし、俺に語りかけた。
細く美しい指を一本立てる。
「1つ。こちらの世界には住人がいます。喜怒哀楽と感情があり、そして生きています。プレイヤーとは違い死んだら生き返りません。リセットも効きません」
そして、二本目を立てる。
「2つ。法律だろうと不文律だろうと、こちらの世界にはこちらの世界なりのルールという物があります。確かにこの世界で何をするにも貴方の自由です。………ですが、貴方の行動は貴方の意志の下にあり、貴方の責任です。罪には其れ相応報いがあることを、お忘れなきように」
「………はい」
ここはゲームの中で目の前にいるのはNPCの筈なのに、俺は真面目に聞いていた。
何故か、威圧といか真摯な迫力があった。
しばし沈黙が続いたが、ニコリと先ほどまでと同じ笑顔を浮かべ女神様は元に戻った。
「いいお返事です。では、ながながと話をしてしまいましたが、これで私の仕事は終わりです」
その言葉を聞いた俺は門へと向かい走り出した。
「こちらの世界で貴方は自由です。旅をするのもよし、戦うもよし戦わずもよし、味方につくのも敵につくのもよし。けれど、どうか己を見失わず楽しんでください」
それが、最後の言葉となり、門をくぐった俺は光りに包まれ転送された。