95話 大帝国の本気②
神聖グリニアのSランク聖騎士とは、すなわち覚醒魔装士のことだ。聖騎士においてSランクの称号は覚醒した者にだけ与えられる。
革命軍への協力を教会より命じられた『浮城』のガランも、数少ない覚醒魔装士の一人であった。彼が覚醒したのはおよそ百五十年前。造物型という比較的珍しい魔装を有している。
造物型は物質を創造するため、非常に魔力消費が大きい。一度でも具現化してしまえば維持にはそれほど必要としないものの、再展開は難しい。
だが、覚醒した魔装士はそれを克服している。
充分な睡眠と食事によって回復するハズの魔力を、覚醒魔装士は無制限に回復できる。一度に扱える魔力量には限界が存在するのだが、回復量に限界はない。造物型のような展開魔力消費の大きい魔装でも、ほとんど無制限に具現化できる。
それがガランの強みだった。
「ガラン殿、頼む」
「私にお任せください。手筈通り、遠距離魔術および魔装使いをご用意頂けましたか?」
「無論だ。五百が十組」
革命軍を率いるリアロは目の下に隈を浮かべていた。遠距離攻撃可能な兵士を集め、さらに一夜で編成まで行ったのである。彼とその側近は明らかに寝不足だった。
だが、それも勝つために必要なこと。
大帝国軍が見せた氷の砦を突破するのは勿論、迎撃するためにも力がいる。砦が動くなど、反則にもほどがある。ゆえにリアロはガランの力を借りる決意をした。
(これで神聖グリニアに借りができてしまったな)
覚醒魔装士たるガランを借りたのは保険のつもりだった。
元は神聖グリニアが『戦力の増強に』と貸し付けてきた戦力だ。つまり、使わなければ何の借りにもならない。しかし、神聖グリニアはこれを見越していたのだろう。
スバロキア大帝国が覚醒魔装士という切り札を有していることを知っていたのだ。数億人に一人の才能、そして数億に一つの運命に数は通用しないと知っていた。
「では私は前線へ。リアロ殿は本陣にて指揮を」
「分かっている。武運を祈っているぞ」
聖騎士を相手に祈りが必要かどうかは不明だ。エル・マギア神の恩寵をこれでもかと受けたSランク聖騎士は、祈るまでもなく神の加護が宿っている。
だが、エル・マギア神を信じないリアロも祈るほどに切迫していた。
「では行こう。我が神の力の一端を見せる時だ」
少し進んだガランは魔力を放つ。
物質を生み出す造物型魔装。それは莫大な魔力を消費する代わりに、堅牢な建造物などを生み出すことができる。直接攻撃能力はなくとも、たった一人で戦略級の価値がある。
覚醒魔装士の魔装ならば猶更だ。
魔力で空気が震え、十の造物が創造される。
『浮城』のガランは、その名の通り浮遊する城を創造する。
城に攻撃性能はない。
ただ重力という法則に逆らって浮遊する巨大な建造物に過ぎない。だが、ここに遠距離攻撃魔装士や魔術師を組み合わせれば話は変わる。
地上からの攻撃は届かず、天より一方的に敵を殲滅できるのだ。
「因縁の大戦。私が終わらせよう」
聖騎士の大男は呟いた。
◆◆◆
「あれは……そういうことね」
見覚えのある魔装を見つけた凍姫宮殿は一人で納得していた。彼女はスバロキア大帝国で最も古い覚醒魔装士であり、神聖グリニアの覚醒魔装士は一通り知っている。
革命軍陣地に出現した浮遊する十の城が、聖騎士ガランのものであるとすぐに理解した。
「凍姫宮殿殿、あれは?」
「気を引き締めなさい。どうやらこの戦いは簡単に終わらないみたい」
「それはどういう……」
「余計な会話をしている暇なんてないわよ。すぐに昨日と同じ命令を出しなさい」
第一連隊の大将アディルは疑問に思うことなく凍姫宮殿に従った。
立場上はアディルの方が上だが、それは名目に過ぎない。二百八十年も前から大帝国を支えている最も古い魔装士に逆らうようなことはしなかった。
凍姫宮殿は魔装を発動し、氷の砦を生み出す。
南北に延びる巨大な砦は、アディルの魔装を重ねることでさらに強固となる。アディルは砲台を生み出す魔装士であり、砦と組み合わせれば絶大な力を発揮する。
前衛は凍姫宮殿の放つ氷の騎士、援護射撃はアディルの砲台と遠距離攻撃魔装士。布陣は完璧である。
「どうやらこの私も……いえ、私たちも本気を出す必要があるようね。魔装を神の恩寵と信じる愚か者たちは誰を怒らせたのか理解していないらしいわ」
魔力が自然と具現し、冷気が漂う。
大戦を生き抜いてきた凍姫宮殿の圧倒的な力に大将軍アディルすら怯えた。
「まずはあれを叩き落としましょうか」
凍姫宮殿の魔装はかつて氷の建造物を生み出すだけだった。造物型ということで、戦略的な価値はある。だが、氷という物質は使いにくい。
だが、凍姫宮殿の魔装の本質は建設ではない。
凍姫宮殿という女王を中心として具現する建国だ。
すなわち、彼女の魔装は国家に必要な建造物と国民を氷によって具現化することができる。魔力に制限のあった頃ならともかく、覚醒した今の凍姫宮殿に制限はない。
どのような国家を生み出すかも自由自在。
建造物を貧相にする。
建造物を強固にする。
氷の兵士を生み出す。
氷の馬を与えて騎馬隊にする。
そして兵士そのものを巨大化することもできる。
「作戦変更だ! 全ての魔装士は氷の砦より後ろに撤退せよ!」
アディルは膨れ上がる氷の兵士を見て即座に命令を発した。
巨体というものは、その質量だけで武器となる。大地を踏み鳴らし、空気を引き裂く一撃が浮遊する城を叩き潰す。凍姫宮殿が生み出す魔装の氷は金属にも劣らない。余裕で浮遊城の一つを破壊してしまった。
当然、浮遊城の内部にいた革命軍の魔装士や魔術師は落ちていく。
空を飛べない限り、死は確定だ。
「巻き込まれるぞ! すべての攻撃は遠距離に絞る。引き上げよ」
大将軍として、余計な犠牲者は可能な限り減らす努力をしなければならない。凍姫宮殿は犠牲すら厭わず勝利を手にするが、アディルはそうもいかない。
そして当のアディルは魔装により砲台を生み出し、敵軍を近づけないように砲撃を放つ。
味方の撤退を助け、敵軍の進軍を阻む。
「大将軍! 引かせた者はどういたしますか?」
「いいから下がれ。この戦いは我々の勝利で確定だ。もう一般兵に仕事はない」
「……そのようですね」
氷の砦から見渡せる光景は一方的な戦いだ。
無限とも思える氷の兵士と騎馬兵が革命軍を蹂躙している。そして巨大化した氷の兵士は浮遊城を攻撃し、既に三つも落としていた。
まさに一人軍隊。
あるいは一人国家。
凍姫宮殿を止めることはできない。範囲に入れば味方ですら殲滅対象となる。スバロキア大帝国の優秀な魔装士ですら邪魔となる。
命令を受けた魔装士たちは下がっていく。
魔力による運動能力向上が凄まじく、あっという間に引き下がる。それほど数の多くない大帝国軍だからこそ短時間で撤退できた。
「ようやくね」
凍姫宮殿はさらに魔力を放出する。
これまでは手加減していたのだ。
氷の砦はさらに堅固で大きくなり、氷の兵士はさらに出現する。大地を埋め尽くすほどの大軍勢が革命軍に襲いかかった。
氷の兵士、氷の騎馬兵、そして氷の巨兵は進軍を止めない。
目につく敵軍を殺し尽くし、破壊されても自動的に修復されて進軍を続ける。生物ではなく無機物であるため、痛みも恐怖も感じない。女王たる凍姫宮殿のために戦う忠実な兵士ばかりだ。
「これは勝ったな」
思わずアディルもそんなことを口にしたのだった。
◆◆◆
万象真理と閻魔黒刃は街道を歩いていた。
妙な組み合わせだが、老人と孫と言い張れば納得できる。しかし、今は戦争中なのだ。たった二人で歩くなど危険である。特に街道は軍の行軍ルートになりやすい。さすがに一般人を問答無用で殺すことはないだろうが、危険なことに間違いない。
それでもこの二人には容易いことだった。
むしろ、革命軍に見つかるのは望むところである。尤も、二人の感知能力ならば先に見つかるのは革命軍の方だが。
「いた」
眷属型魔装を利用し、革命軍の陣地を見つけた。閻魔黒刃の索敵により、連合軍の一部が陣を強いていることを確認した。
こうした魔装による索敵は一般的だ。
そうして座標を確認し、様々な作戦に応用する。
「じゃあお願い。位置はここ」
「ふむ、なるほど」
万象真理は確認すると同時に、その方向を見た。
そして魔装を発動する。
「確かに見つけたぞ」
彼の魔装は世界を数値化して観測する。
目に見える部分だけでなく、本来は見えない部分を数値的に解析して予測できる。これが真理の眼の正体だ。彼はこの世における現象を完全に数値解析することができる。
応用すれば完全な魔術を発動できる。
「そうだな……街道に被害を出さないためにも風属性が良かろう」
魔力により魔術陣を構築する。
天を覆う巨大魔術陣はまだまだ広がっていた。間違いなく禁呪クラスである。だが、それでもまだ魔術陣が広がっている。全容を確認できないほどに巨大だった。
勿論、魔術陣の中心は革命軍の陣地である。
一撃で陣地の人間を消し去るため、万象真理はとっておきを使った。
「完成だ。とくと見るがよいぞ閻魔黒刃。神呪《死界》をな!」
魔術陣が光り輝く。
そして第十五階梯魔術が発動した。
◆◆◆
革命軍の一団はスバロキア大帝国の街道を一つ抑えていた。
流通は戦争の要であり、封鎖は戦争の敗北を意味する。
「東側は骨組みだけ完成しました」
「他の状況は?」
「順調ですよ。守護も監視も完璧です」
街道を占拠した一団は進軍しないつもりだ。戦争は戦うだけが戦略ではなく、占拠によって圧力をかけたり輸送ルートを確保することも必要である。
華々しい戦いより、こうした地味な裏方の仕事が勝敗を決したりする。
革命軍の中でも土木工事が得意な者が集まり、陣地を本格的な砦に改造していた。これで攻め込まれても簡単には街道を取り戻せない。
「物資は足りているかね?」
「充分ですよ。各国が格安で提供してくださりました」
打倒スバロキア大帝国は属国全ての夢だ。搾取され続けることに嫌気がさしている。
初めこそ革命軍もすぐに潰されると考えて様子を見守るだけだった。しかし、今では全ての国が革命軍を支援している。軍事的、物資的、そして政治的にだ。
「敵軍が来ないことを願うが……来るならば準備が整ってからであることを願う」
尤も、大帝国の討伐軍は第一連隊を除いて全滅している。ここまで攻めてくる余裕はないだろうと考えていた。
だが、それは大帝国を知らなさすぎる。
「あれはなんだ!」
誰かが叫んだ。
「魔術陣……空に魔術陣だ!」
「おいおい、デカすぎるぞ」
「あれがここで発動するのか」
「に、逃げないと……」
騒いだところでもう遅い。
スバロキア大帝国という大国が、どれほどの力を隠しているのか理解していなかった。
たった一人で一軍に匹敵する戦力が潜んでいるとは考えない。
何故なら非常識だから。
「ふ、ふざけた国だ……」
それが指揮官の最後の言葉となる。
革命軍陣地どころか、その周辺一帯が空気の結界で覆われる。空気の結界は厚さがたったの一メートルしかない。気体の壁が一メートルだ。脆いにもほどがある。
しかし、直径が十キロ以上にもなる領域の空気が結界として一メートル厚に圧縮されると、それは強固な壁となる。
結界内部の空気の消失。
つまり生物は死ぬ。
たとえ空気を生み出す魔術を使ったとしても、発生した空気は即座に結界へと吸収される。これが風の第十五階梯《死界》だ。
禁呪や神呪としては珍しく、環境への被害を出すことなく生物だけを殺す。
凍姫宮殿が革命軍を壊滅させた頃、万象真理の魔術が革命軍の一団を滅ぼした。