77話 『鷹目』との契約③
後に異端聖騎士事件として記録され、同時に秘匿された事件。
異端者となったダリア・シルバーブレットとローズ・シルバーブレットは教会に処刑された。聖騎士の異端など公表できるはずもなく、異端審問官によって秘密裏に消されたのだ。
二人の聖騎士が最後に関わった任務において、ダリアとローズは最期まで愛を信じた。
「く……落ち着いて話を聞いてくれ」
「アンタはもう隊長じゃない。邪魔をしないでくれ!」
魔物は殲滅するべきという考え方の聖騎士は、ダリアを捕らえようとする。ここで殺さないのは、法によって裁くべきだと考えているからだ。
「この魔物は無暗に人を害する存在ではないわ。分かって頂戴!」
「災禍級の魔物が人を害さないと保証されたわけじゃない。ローズさんこそ分かってくれ!」
十五人の聖騎士は全員がダリアとローズを捕らえるべく動いたわけではない。悪鬼騎士と少年を殺すために魔装を発動させる聖騎士もいた。
悪鬼騎士は巨大な盾で攻撃を防ぐ。
武器型魔装による攻撃を盾で防ぎ、剣で受け流す。そして遠距離攻撃が可能な魔装攻撃は身を盾にすることで少年を守った。
流石に災禍級の魔物だけあって、ビクともしない。
元から不死属系の魔物であるため、耐久力はかなり高い。また、痛覚を感じないという便利な肉体を有していることもあり、防御に向いていた。
「やってくれるな。ならば手加減する必要もなし」
悪鬼騎士は魔導を発動させた。魔物の固有能力である魔導は、魔術と比較して発動速度が優れている。また、ユニークで強力なものばかりだ。
そして悪鬼騎士の場合、殺した対象を操る能力だ。つまり、死体をゾンビのように操ることができるのである。仮に悪鬼騎士が村を滅ぼした場合、そこで死んだ村人が全てゾンビになる。そのゾンビを率いて街、果てには大都市まで攻め滅ぼすこともあり得る。これが災禍級として恐れられる理由だった。
作製したゾンビの戦闘力は生前のものに依存する。
聖騎士をゾンビにすればかなりの戦力となるだろう。
なにより、聖騎士ゾンビは魔装の力すら使えるのだ。ただし、死体は魔力が尽きているので、魔装を使うとすれば悪鬼騎士のものを使うことになる。あまり乱発はできない。
「坊主に手を出すな!」
本気を出した悪鬼騎士の力は聖騎士すら凌駕する。本来はSクラスの魔装士でようやく倒せるほどの強力な個体なのだ。普通の聖騎士では太刀打ちできない。
剣の魔装で戦っていた聖騎士の一人が心臓を貫かれる。
槍の魔装で突きを放った聖騎士は、盾で受け流され首を刎ねられる。
雷を纏う格闘使いの聖騎士は腹を切り裂かれたあと、頭部を叩き割られた。
そして悪鬼騎士の魔導により、ゾンビとして復活する。心臓に穴の開いたゾンビ、首のないゾンビ、内臓が飛び出て頭部が割れたゾンビが悪鬼騎士の従者となった。
「ほら見ろダリア! やはり魔物は邪悪なんだ!」
ダリアと戦っていた聖騎士が糾弾した。
こうして犠牲者がでたことで、どちらに付くべきか迷っていた半分の聖騎士たちも腹を決める。皆が悪鬼騎士と少年を始末することにしたのだ。
一瞬にして包囲網が構築され、ダリア、ローズ、悪鬼騎士、そして少年は囲まれた。もう逃げることなど出来ない。
「おじさん! まずいよ!」
「分かっている。そこを動くな坊主」
ゾンビ聖騎士に少年を守らせ、悪鬼騎士は飛び出す。そして聖騎士を殺し、従者のゾンビを増やそうとし始めた。
「っ! 待ってくれ!」
ダリアは悪鬼騎士を止めようとする。これ以上の殺戮は庇えなくなる。いや、既に庇えない状況なのだが、ダリアでは状況を収められないほどの混戦になっていた。
勿論、ローズも同様である。
「待ちなさい。戦いを止めて! そこの悪鬼騎士も戦闘停止しなさい!」
「ローズさんこそ大人しく捕まってくれ」
「仲間が三人も殺された。やっぱり魔物は邪悪なのだ!」
「く……もう無理なのね……」
少年を守る魔物。
魔物と少年を保護しようとするダリアとローズ。
そして魔物を殺し、ダリアとローズを無力化しようとする聖騎士たち。
混乱した戦場において戦うべき相手がハッキリしていたのは悪鬼騎士のみ。少年を守りながら聖騎士を殺せばよい。
目の前の聖騎士を切り裂く。
そして四体目の従者ゾンビを生み出す。
だが、これでもまだ二十名以上の聖騎士が悪鬼騎士を狙っている。災禍級の魔物は複数名のAランク魔装士でも討伐できる魔物だ。徐々に聖騎士たちの牙も悪鬼騎士へと届き始めていた。
「捕らえろ!」
「ああっ!」
足止めの魔装で悪鬼騎士の動きを封じ込め、攻撃魔装によってダメージを与える。そして悪鬼騎士の攻撃は別の聖騎士がしっかりと防ぐ。
攻撃、防御、補助が分担して悪鬼騎士を追い詰めた。
悪鬼騎士としても従者に変えた元聖騎士のゾンビを有効活用したいところである。しかしそれらは少年の保護に回していた。
聖騎士も安定した戦いを見せるようになり、五体目以降のゾンビを生み出せない。
「ぐっ……」
鎧すら破壊して悪鬼騎士にダメージを与える。不死属系であるため痛みはないが、関節などを傷つけられると動きが鈍る。思った通りに身体が動かなくなり、悪鬼騎士は歯がゆさを覚えた。
背後から左腕が斬り飛ばされる。
悪鬼騎士は盾を失う。
隙を見つけた聖騎士が左側から膝を砕く。
悪鬼騎士は立つ術を失った。
「騎士のおじさん! 頑張って!」
「む、無茶を言ってくれるな坊主……だが任せろ」
まだ使える右手と右足だけで戦う。
悪鬼騎士が死ねば、魔導で操られているゾンビも消える。そうなれば少年は聖騎士に殺されるだろう。親として愛情を注いできた悪鬼騎士は、少年を守るために命すら捨てる。
人間と同じ愛を魔物が持っていた。
(どうしてこんな……)
ダリアとしても心苦しい。
魔物にも心があり、人と同じようになれると考えていた。そして実際に人と心を通わせた悪鬼騎士を見つけた。
今は何のために戦っているのか、ダリアには答えを見つけられずにいた。
そして迷いは隙を生む。
ダリアは魔装によって捕縛された。手足を氷が覆う。
「しまっ……」
「ダリア!」
「後ろだローズ! 気を付けて!」
反射的に夫の方へと意識を割いてしまい、ローズも隙を突かれる。氷の魔装によって動けなくされてしまった。
あとは悪鬼騎士の討伐である。
「ゾンビは子供を守って動かない。魔物を優先して倒せ!」
陣形を組み、悪鬼騎士に攻撃のタイミングを与えない。常に攻め立て、硬い鎧を砕く。
「死ね魔物!」
「もうすぐだ!」
「油断するなよ」
「ああ」
「足を押さえる」
「攻撃は任せろ」
「後ろから行きます」
「右腕を狙え!」
四方八方からの攻撃は悪鬼騎士を追い詰める。
左手左足を失い、包囲された状況では敗北も時間の問題。もはや悪鬼騎士にとって重要なのは少年のことだけだった。
(無念……)
最後に捨て身の攻撃を仕掛ける。
力ずくで振るった剣は聖騎士を僅かに仰け反らせた。今までは小回りの利く立ち回りをしていたが、この一撃は隙を晒してしまうほどの全力攻撃。もはや悪鬼騎士には防御することすらできない。
しかし、この一瞬のために最後の攻撃を仕掛けたのだ。
全ては少年に残す遺言のために。
「生きろ……世界はお前のためにあるのだ!」
死ね、と言葉を吐きながら複数の聖騎士に刺される。
ひびの入っていた鎧は貫かれ、悪鬼騎士は動かなくなる。魔力が空気中へと拡散し始めた。魔力で形成されている魔物は、死ねば魔力になる。
「おじさん!?」
少年を守っていたゾンビは糸が切れた人形のように倒れた。
魔導が消え去り、死体に戻ったのだ。
つまり悪鬼騎士の消滅を意味した。
そして魔物が滅びた以上、聖騎士たちの標的は少年へと移る。
「手を焼かされた。この子供を殺して終わりだ」
「ま、待つんだ!」
「ダリアは黙っててくれ! もうアンタは隊長でも何でもない!」
容赦などない。
聖騎士にとって、少年は邪悪だった。魔物を許容し、堕落した邪悪である。殺すことに忌避はない。
ダリアとローズだけが反対していた。
「終わりだ。仲間の無念を思い知れ……っ!」
剣が振り下ろされる。
少年、幼き『鷹目』は目を閉じた。父親代わりの悪鬼騎士が残した言葉を守れそうにないことだけが心残りである。
死ぬと思った。
だが、生ぬるい液体が顔にかかる。痛みはない。
少年は恐る恐る目を開けた。
「ぐっ……」
目の前では、自分ではなくダリアが背中を斬られていた。そして自分を守ったのだと気付くまでに数秒ほどの時間を必要とした。
「俺の拘束から逃れるなんて!」
ダリアは魔力にものを言わせ、力ずくで氷を砕いたのだ。
そして少年を庇った。
更にローズが魔装を発動させる。眷属型の魔装により、雷の少女が現れる。そして雷の少女は少年を守るようにして頭上に浮遊した。
「気絶させろ!」
聖騎士の一人がローズの首筋に手刀を入れて気絶させる。
そしてダリアも同じ方法で気を失わされた。
結果として雷の少女も消え去り、少年は無防備となる。もう聖騎士による少年の殺害を邪魔する者はいなかった。
「手間がかかったな」
「ダリアとローズさんの裏切りがあったからな」
「ああ、四人も死んだ」
「くそ……このガキのせいだ」
「すぐに殺そう。これで終わりだ」
「そうだな」
聖騎士の一人が少年の前に立つ。
剣を振り上げた。
後は振り下ろすだけで任務完了となる。
少年は心から願う。悪鬼騎士の遺言の通りに。
(生きなきゃ……絶対に! 怖がったり泣いている暇なんてないんだ!)
世界は自分のためにあるのだ。
ならば、父親代わりを殺した魔神教に復讐するのも自由である。
それこそが少年の願いとなった。
眠る魔力が形となり、魔装として発現する。
生きるために必要な魔装、転移の力が発動した。
「死ね」
聖騎士は剣を振り下ろした。
だが、剣は少年に当たることなく地面に刺さった。
◆◆◆
『鷹目』は懐かしそうな目をしていた。
「私は彼女のご両親に命を救われた。しかしダリア殿とローズ殿は異端審問により処刑されたそうです。私は恩を返す相手を失ったのです。代わりにあの人たちの娘に恩返しをしようと思ったわけですね」
「義理堅いというか真面目というか……」
「これも私を育ててくれたヒトの教えですね。あの人は騎士でしたから」
「そういうものか」
だが、それだけ『鷹目』は悪鬼騎士を尊敬し、敬愛していたということだ。シュウからしてみれば、意外な一面を見たという思いである。
「そんな話をしてどういうつもりだ?」
「少しばかり同情してもらおうかと思いましてね」
いつも通りの読みにくい表情に戻り、『鷹目』は続ける。
「貴方に依頼しても構いませんか? 神聖グリニアという国の暗殺を」
壮大な暗殺を持ち掛けた。