647話 ウルディア要塞迎撃戦
ウルディア要塞は慌ただしく迎撃準備を整え、先制攻撃を仕掛けるべく配置していた。押し寄せる赫魔を押し留めるため不死属を召喚し、壁とする。山岳地帯という地形を生かし、閉所へと押し込めて上から攻勢魔術を叩きこむのだ。
山岳要塞というだけあって、ウルディア要塞は難攻不落を誇る。
「ここからさらに万全を尽くしますわよ。セフィラ」
「うん」
要塞の最も見晴らしがよいところに立つマリアンヌは、首飾りにしているセフィロトの触媒を握りしめる。今日ばかりはセフィラも精霊術式を大奮発する予定だ。
突如としてウルディア要塞から光の柱が立ち上った。
光は天を覆うほどに枝分かれし、やがて大樹として実態を現す。
「《聖脈樹図》」
満点の星々を一瞬で塗り潰し、夜を昼に変えてしまう。闇に紛れていた赫魔は全て白日のもとに晒され、更には強烈な光による弱体化が降りかかる。
それは鈍った動きで一目瞭然だった。
「今です! 火の《召霊》で総攻撃を!」
皇帝の号令が通信に乗って全軍へと伝えられる。
静謐な光の中、強い熱を放つ炎が炸裂した。山岳の窪地で爆炎が立ち上り、赤の上塗りをしてしまう。その威力は人数に対して驚くほど高く、ますます燃え上がるほどだ。
それもそのはずである。
「《聖脈樹図》は精霊秘術の威力を底上げする支援魔法だからね。魔力の消耗も全くないはずだよ」
「そのようですわね。これで第一波は殲滅できましたわ」
「赫魔はユゴスの加護を得ているから光に弱いよ。私の領域内なら弱体化もできるし、楽な戦いになると思う」
「ええ。ここで要塞を使えることは悪いことではありません。ここで有利に戦い、敵の数を減らせるならばこれからの奪還作戦も安心できますわ」
ただ赫魔とて愚かではない。統率された軍勢だ。
先遣として獣型の奴隷種ばかりが占めていたので、赫魔の本隊とは言い難い。人型となる兵士種以上の存在は後続に集まっているようだ。
「であればここから狙いましょう」
「うん」
マリアンヌはゲヘナの鋲を掲げ、詠唱を開始する。
「彼方より流出する有界の無限。光より始まり、光に終わる。《無限光》」
穂先に太陽にも並ぶ光が集積し、光線として放たれた。光り輝く大樹の中にあっても、《無限光》は一層強い。
セフィロト術式の中で最大であり、唯一詠唱を必要とする高等術式だ。
聖なる光は魔に属する存在を粉砕し、分解し、この世から完全に消し去る。赫魔のような不安定な存在は即座に魔力を引きはがされ、それを補うため己の細胞を燃やし尽くし、餓死してしまう。
「今ので奥の軍勢は薙ぎ払いましたわ! 女王は?」
「たぶん、まだいるよ。統制が崩れてないもん! 幾つかのまとまった群れで分散しながら進軍し始めたみたい。しかも道に沿ってないよ!」
「山岳すらも駆け回りますか。こうなると厄介ですわ」
赫魔は、特に上位種となれば運動能力も桁違いだ。
本来ならば行軍に向かない山岳地帯を、己の身体能力によって強引に突破する。人間の軍隊ではあり得ない強行に対し、当然プラハ軍も事前に策を講じていた。
各所で爆発が生じ、赫魔が吹き飛んだ。黒い炎が迸り、光の聖樹の中で影のようにくっきりと映る。
「地雷も無事に作用していますわ。リヒトの努力ですわね」
「《聖刻》かぁ。術を一時的に付与できるだけの無意味な術式だと思っていたけど、あんな風に使うんだ」
「セフィラほどでしたらその場で術を構築する方が簡単ですものね」
プラハ人は精霊秘術に触れ、その樹図を理解し、いくつもの術式を開発している。その中にはセフィラが意味を見出せないものも多くある。用途が限定され過ぎているもの、明らかに失敗しているもの、それ単体では意味をなさないもの。
だがセフィラは律儀にそれらを全て記録し、精霊秘術の中に組み入れることを許容した。
人々の積み上げは、無駄ではないと証明した。
「本当に凄いよ。あんなものを考えていたなんて。それに《聖刻》って定期的に使わないとすぐ消えちゃうのに……もしかして地道に?」
「ええ、リヒトは山岳要塞を常より強固に保ってきました。身体能力に優れる北プラハの勢力は道すら使わず攻め寄せるかもしれないと、危惧していました。可能性の薄いもしもに備え続け、現にそれらは役立っています。私も姉として誇らしいですわ」
マリアンヌは指を鳴らし、《霊覚》を発動した。第六の知覚器官を生み出し、遠隔地を見通す軍用秘匿術式である。
「見つけましたわ。女王と、赤と黄金の獣を」
再びマリアンヌは槍を掲げる。
その穂先に光が集まる。
「これはただの前哨戦ですわ。すぐに、終わらせます」
この戦場で二度目となる、究極の光が放たれた。
◆◆◆
赫魔の女王は震えるほどの怒りを覚えていた。およそ三百年前、赫魔という種は人類に敗北した。人類に現れた英雄が女王すらも打ち払った。
地上での覇権を失った赫魔は深淵渓谷へと逆戻りし、勢力の拡大に努める。
そして敗北の辛酸から、『暗黒星』へと更なる加護を求めた。
『庇護してください』
『大いなる母となって再び我らを繁栄させてください』
『慈悲深い暗黒の主よ』
祈り続けた末、彼女たちの神は応答した。
加護という名の呪詛を分け与え、その一部を物質世界に顕現させた。それこそが人面樹を起点として生み出す『影の領域』である。
虚無の世界より呼び出された暗黒の母は、赫魔たちにただただ慈悲を与えた。
それによって再び地上を席捲する力を獲得し、代償として光に弱くなった。しかしそのような弱点は無意味だ。この世の全てを暗黒星に奉げ、闇へ沈める。それで解決するのだから。
「暗黒星は降臨された! 妾たちは再び大いなる闇の母を仰ぐ! 煌赫獣よ!」
闇の眷属でさえ神々しいと直感する光が迫る。
女王は忠実なる赤と黄金の獣へと命じた。すると彼女と獣の目の前に黄金の巨壁がせり上がり、《無限光》を受け止める。
「さぁ行け! 妾たちの祖たる暗黒星のために!」
側近たる騎士種や貴族種までもウルディア要塞に向けて進軍し、不死属の前衛を食い破ろうとする。
光に焼かれ、黒い炎に巻かれ、砲弾に穿たれようとも、赫魔たちは恐れず進む。
「妾が命じる。ただ進めと。この受肉体が滅びようとも、妾の魂は闇の母のもとへ帰るのみ。恐れるな。何一つ、恐れるな!」
赫魔の、いや敢えて果て矮と呼ぼう。
虚無より零れ落ち、赫魔として受肉を果たした果て矮は恐れを知らない。初めは女王というただ一つの個体であった。闇の雲に棲みつく果て矮という種族は、暗黒呪詛にって溶け合い、群れでありながら一つの個であった。果て矮という概念的種族から零れ落ちた一つが女王に過ぎなかった。
全体であり、個々でもある果て矮は容易く己を複製させる。それらは己であると同時に別人格でもあり、役割を分担することができた。物質世界の秩序に合わせて女王を頂点とした生態系を作り出し、赫魔という器によって増え続けた。
「暗黒星は来たれり! 暗黒星は来たれり! 祈り続けよ! 闇を求め続けよ! 暗黒の母は慈悲深く、完全であるがゆえに!」
表裏一体たる物質の世界に零れ落ち、それでも女王は祈り続けた。虚無の世界では何の力もない果て矮は、ただ喰い荒らされ、滅びを待つだけの種族。そんな彼らを闇で覆い尽くし、加護を与えた闇の雲へと祈り続けた。
こちら側に来て加護が途切れてもなお、求め続けた赫魔たちは五百年以上の時を経てようやく繋がったのだ。
「もう少しなのだ。妾の願いは、もう少しなのだ! 奴の計画通り為せるはずなのだ!」
女王は貧弱で孤独な果て矮だ。
ただ一人で物質の世界に落ちてきて、闇の加護すらも途切れてしまった。だから求めた。母を求める子供のように、ただ純粋な気持ちだった。
闇の雲との繋がりがないなら、闇の雲をこちら側へ呼び寄せればよい。ここにいるのだと、助けを求めればよい。それだけのつもりだった。物質世界へとの迷惑など、眼中にもなかった。寧ろ自分たちの本懐を邪魔する害虫とさえ思った。
「――ねぇ、あまり調子に乗らないでくれるかな。寄生虫の癖に」
気勢を上げる女王、そして彼女を守る騎士種たちは全身を枝に貫かれていた。視界の端では煌赫獣も絡め取られ、外骨格の隙間を枝が貫いている。
そして目の前には幼さを残す半透明の少女がいた。
「マリアンヌたちに花を持たせてあげようかと思ったけど、ムカついちゃった。そっちの事情なんか知らない。私のものに手を出したんだから、絶対に許さない」
豊穣の女神が、その法たる力を凶器とする。樹界魔法が内包する二つの概念の内、奪い取る力が作用した。木の枝を通じて女王たちから魔力が吸い上げられる。
己の細胞を破壊して魔力を生成する赫魔にとって、この攻撃は致命的だった。
失う魔力を補い、急速に自壊する。魔力の少ない個体から順番に崩壊し、女王や煌赫獣でさえも抗う余地がなかった。
「ぁぁあ――! 妾dF kpLoC求めます大いなるUjugoHsに!」
「お前たちは私のものを半分も奪った。お前たちの魔力も肉体も魂も全部奪って、壊して、すり潰して、ただの養分にするよ。北プラハを蘇らせるための養分に。でもそれだけじゃ足りない。できうる限りの苦痛を与えながら奪ってやる。これでも私、怒っているんだから」
「Nm dF正しい! 妾はreGirnH! Uyus Ymth hXo忠実なschrafv! こんな終わりはHgeRdmGq。NmはgRoLyk UjugoHsの眷属なのだ。母なるUyusの加護よ――」
枯れる。
赫魔という存在が枯れて消える。映えるような赤は濁り、見た目だけは美麗であった女王もまた崩れた。皮膚や筋肉が削げ落ち、内臓が零れ落ち、骨は砂となって消える。
他の赫魔たちが既に樹界魔法の養分となり、消失したことを考えると随分頑丈だ。
「――ぁ」
枯れ枝よりも惨めになった女王は、狂信する暗黒星を思う。
「話が、違う……Nm Lkt騙したのか――NyaRltHotvfp」
最後まで抵抗していた女王も、頑丈な煌赫獣も、魂ごと消滅する。冥界による救いすらなく、豊穣の女神に食らい尽くされた。
これこそが赫魔の終焉。
暁の王国を標榜した女王の果て。
「……何かが逃げたね」
セフィラもまた魂と触れることができる魔法の使い手だ。
砂粒のようにほんの僅かであったが、女王の魂に付着する異物に気付いた。そしてその異物が、意思を持ってこの場から溶けるように逃げ出してしまったことも。
「ユゴスとは別の黒幕がいる。全部終わったらお父様に伝えないと」
ウルディア要塞の防衛戦は南プラハ側の完全な勝利で終わった。だがこれは始まりですらない。ここから攻め上り、闇に落ちた北プラハの全てを取り戻さなければならない。
怒りに任せて勝手に戦いを終わらせてしまったのでマリアンヌに怒られるかもしれない。そんなことを覚悟しつつ、要塞の方へ戻っていった。
新たな懸念に、小さく唸りつつ。
果て矮?
あぁ、大腸菌みたいな存在やね。なんか知らんけど調子悪そうやし、ビフィズス菌で助けてやるか。そんな感覚。闇の雲は微生物たちの個体差とか気づいていない。




