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冥王様が通るのですよ!  作者: 木口なん
魔族篇 5章・最後の王

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646話 闇の母に祈る者

 南プラハ帝国による核兵器投下作戦が始まると同時に、ウルディア山岳要塞では兵力が結集していた。元は軍の物資集積場として使われていた要塞だが、今は防衛拠点として改造されている。ウルへイス地方から帝都方面へ向かう道を監視しやすいことから、北プラハの侵攻を止める機能を有していた。

 これまでも果て矮(miGoH)が受肉した怪物たちは何度も攻め寄せていたが、ウルディア要塞の監視に引っかかり、無事撃退されている。



「陛下、このようなところまでご足労いただき誠にありがとうございます」

「お気になさらず。北プラハの侵略を止めるためです。それと久しぶりですねリヒト」



 ウルディア要塞は最重要拠点ということもあり、守護には重鎮が置かれていた。マリアンヌ皇帝の直弟にあたるレイモン=リヒト・ウヌ・パルティア将軍である。彼は早々に帝位継承権から外れたこともあり、軍人の道へと進んでいた。そもそも皇帝の位には興味がなかったというのもある。

 あまり軍事の面に明るくない姉を支えるべく、今やウルディア要塞将軍の地位に就いていた。



「帝都から援軍を寄こしてくださり感謝します。姉上もお疲れでしょう。まずはお休みください」

「ありがとう。でも休んでいる暇はありませんの。兵たちには休息を」

「承知しました」



 レイモンは姉の身を気遣いつつも、臣下として命に従う。士官室への案内は取りやめ、そのまま要塞の中枢まで連れて行った。

 既に夜中ではあったが、中枢ともなると騒がしい。

 この時間ですら高級士官たちは交代で詰めて待機していた。怪物たちは昼も夜も関係なく攻め寄せるため、いかなる時でも即座に対応できるようにするためである。



「陛下がいらっしゃった。敬礼!」



 戦略室の扉を勢いよく開け放ち、レイモンが声を張り上げる。すると士官たちは一斉に立ち上がり、即座に敬礼して出迎えた。気が抜けていないようでレイモンも満足げに頷く。

 マリアンヌが踏み込むと緊張度が一気に高まり、それと同時に期待も膨れているようであった。上座に着座したのを確認して、他の士官たちもそれぞれの椅子に腰を下ろす。



「諸君、陛下がウルディア要塞にいらっしゃった。これにより新たな命令を発動する。北プラハの奪還だ。我々は遂に反撃する!」



 一斉に拍手が起こり、視線はレイモンへと集まった。

 彼らはまだ作戦の全てを知らない。ただ別の作戦が成功すれば、反撃を開始するということだけを聞いていた。



「陛下が進めておられた作戦が成功した。化け物どもを焼き払ったのだ。奴らは大きく数を減らしたはず。開けぬ夜を晴らし、国を取り戻す時が来た」



 情報封鎖が解禁されたことで、地図を使いながら作戦の概要を説明し始める。核兵器については機密扱いのため仔細を語れず、あくまで都市を破壊できる禁呪級新兵器ということにした。ウルへイスを含めた十か所の都市に対して攻撃を行い、化け物の半数以上を駆逐できたと推測している。

 果て矮(miGoH)が民へと受肉した関係上、人口がそのまま敵の数となっている。数百万もの化け物に対して有効な攻め手を用意できず、今日までは防衛に徹してきたのだ。

 またもう一つ、理由はある。



「セフィラが明日から直接手を出すと言ってくれましたの。北プラハを侵す夜の帳を消し去るそうですわ」

「敵の大半を吹き飛ばし、夜を壊す準備ができた。土地の奪還と言ったが、これは殲滅作戦だと心得よ。分かっていると思うが、もはや北プラハに守るべき民はいない。見つけた怪物は滅ぼせ。全滅させるまで戦いは終わらないと思え」



 非常に難しい作戦だ。

 化け物を見つけて皆殺しにするとなると話は変わってくる。しかしそうしなければプラハ帝国に平和はやってこない。



「土地や建物は焼き払って構いません。全てを更地にすることを皇帝の名において認めますわ。焼野原であってもセフィラの力があればすぐに元通りですもの。全てを破壊し、新しく作り直す。それが私の決定ですわ」



 マリアンヌの宣言は残酷だ。

 北プラハとなった土地の全てを切り捨てる覚悟だからだ。戦略室の士官たちもいずれこうなる覚悟はしていたのか、反論を仕掛ける者は一人としていなかった。



「ありがとうございます陛下。では皆、ここから戦闘教義ドクトリンを基に作戦を展開する。ウルへイスを目指して攻め上りつつ、包囲殲滅を狙うのだ。我々と同時期にローラニア州側からも軍を展開し、少しずつ包囲を狭めていく。最終的には赫魔の領域まで締め上げ、化け物どもを一掃しつつ追い出すぞ」



 レイモンは卓上へと紙の地図を広げ、事前に考案されていた戦略を基に進軍経路を確認していく。北プラハは昼であっても闇に覆われた土地だ。常に夜間の行軍を強いられ、夜間戦闘が常となる。これの対策をしなければ兵の士気も下がり、思う効果が得られない。

 そこで絶対に必要なのが魔法による領域奪還だ。

 つまりマリアンヌが自ら前に出て、セフィラと共に土地の支配権を魔法で奪い返さなければならない。プラハ帝国の象徴であり絶対的な支配者を危険に晒す作戦だ。士官たちの緊張も高まる。



「――この通り、陛下の安全は絶対だ。前面には不死属の壁を作り、ウルへイスまで進む」

「将軍閣下。一つご質問をよろしいですか?」

「言ってみよ」

「『夜の侵蝕』は赫魔共が使う『影の領域』と異なり基点が見つかっていません。全てをセフィラ様の手で払うということでしょうか。つぶさに領域を取り戻していくのでは手間も時間がかかり過ぎます」



 尤もな質問だった。

 赫魔は近年になり、地上へと人面樹を移植することで周辺に影の領域を作り出すようになった。その内部は赫魔の巣も同然で、昼であっても一切の太陽光を通さない闇の世界となる。一方で北プラハを覆う夜は人面樹のような基点が見つかっていない。

 要は、効率の良い方法がないのかという質問だった。

 するとマリアンヌの傍で不意に空間が歪む。



「私が答えるよ」



 突然、セフィラが現れたのだ。

 女神の出現には士官たちも驚き、すぐに背筋を伸ばす。



「セフィラ? 妖精郷の用事は済みましたの?」

「うん。お父様と話してきたよ。日付が変わったらすぐにユゴス討伐に向かうって。それでさっきの質問の答えだけど――」



 彼女は問いを投げかけた士官に目を向ける。

 突然のことで呼吸も忘れ、少し挙動不審になっていた。相当緊張しているようだ。



「そんなに怖がらなくてもいいのに。えっとね、あの夜はユゴスって奴そのものだから効率的な排除は難しいかな。あ、ユゴスは化け物たちの親玉みたいなものだと思ってね。別の世界からやってきた邪神って言ったらいいのかな。少なくともお父様はそう呼んでいるよ」

「邪神……大層ですな。初めて耳にしました」

「ん? レイモンは聞いたことなかったっけ? 不浄大地事変も邪神絡みなんだけど……あ、これ言っちゃいけないやつだったかも」



 マリアンヌ含め、皆が啞然とする。

 不浄大地でかつて邪魅の化身(IgrHnAk)が顕現し、不死属の大氾濫が発生した。結果として発生した不死属氾濫の方に歴史は焦点を当てており、本当の原因である邪神はほぼ知られていない。それこそ、歴代の皇帝やそれに近しい人物が僅かに知っている程度だ。マリアンヌも今初めて知ったほどである。



「あ、そうだ。お父様から伝言があったんだった」



 誤魔化すためか、セフィラは唐突に話をすり替える。



「すぐに防衛準備して。ユゴスの加護を得た赫魔の群れがここに近づいているよ。しかも女王レギーナもいる。絶対に要塞より南に通さないで」



 実際、先の話を忘れさせるに充分な衝撃があった。




 ◆◆◆




 ウルへイス市、爆心地上空。

 地表を見下ろすシュウは眉に皺を寄せていた。



『Uyus Ymth Lkt kpLoCEr』

『Uyus Ymth Lkt kpLoCEr』

『Uyus Ymth Lkt kpLoCEr』

『Uyus Ymth Lkt kpLoCEr』



 繰り返される同じ言葉。

 無数の果て矮(miGoH)が規則正しく円形に並び、祈り続ける。まさしく儀式であった。



『Uyus Ymth Lkt kpLoCEr』

『Uyus Ymth Lkt kpLoCEr』

『Uyus Ymth Lkt kpLoCEr』



 神聖とは嘘でも言えない。根源的、生理的な畏怖や嫌悪感が塗り潰す。悍ましき旋律を耳にすれば誰もが頭を抱えて蹲るはずだ。



『Uyus Ymth Lkt kpLoCEr』

『Uyus Ymth Lkt kpLoCEr』



 そして彼らの中心には圧倒的な闇が存在する。うず高く積み上げられた臓物が血管にも似た闇に絡めとられ、脈動し、巨大な触手に変貌する。それは闇の中へと沈んでいった。

 再び果て矮(miGoH)たちが臓物を持ち込み、山の如く積み上げていく。



Uyus(闇の) Ymth() Lkt() kpLoCEr(祈ります)



 闇は人の姿をしていた。

 いや、人という器に毛先程度を入れているに過ぎない。闇はあまりにも濃く、あまりにも巨大だ。まさしく神と呼ぶに相応しい。たとえそれが悍ましいものだったとしても、膝を突き、祈らずにはいられない。

 星でありながら闇。

 闇でありながら母。



「これがユゴスか」



 地を埋め尽くす闇であっても、闇の雲(UjugoHs)からすれば毛先の一つ程度にしかならない。部分的な受肉でありながら、既に巨大。星を侵食する形で受肉を続けている。

 本来の姿となれば、その時点で終わりだ。



「赫魔の群れは止められなかったが――」



 シュウは仮想ディスプレイを見つめる。

 刻々と秒針が刻まれ――新たな今日となった瞬間を目にした。



「――時間だ」



 ディスプレイを閉じ、シュウは冥王たる魔力を解放した。世界は裏返り、冥界の門は開け放たれる。流出する闇は、闇の雲(UjugoHs)のものとは別種であった。



「魔神術式解放、凍獄術式ニブルヘイム



 シュウは己の肉体を死の魔力に変換し、その力を世界に広げる。

 死の法が、支配する。

 熱は消え去り、物質は尽きる。受肉した果て矮(miGoH)はその依り代を失い、その魂は虚無へと送り返されてしまう。魔法もない果て矮(miGoH)では己の力でこちらの世に留まることができないからだ。ただ受肉体さえ壊せば、それでいい。

 しかし闇の雲(UjugoHs)は別だ。



「さぁ、祈る者たちは途絶えたぞ。どうするユゴス?」



 儀式は中断した。

 奴隷であり、奉仕者である果て矮(miGoH)の祈りが消えた。闇の雲(UjugoHs)はあまりにも巨大であり、その全てがこの世に顕現すれば滅ぼす術がない。それこそ、世界を丸ごと消し去らなければならない。



(間に合ったか。どうにか)



 まだ毛先程度とは言うまい。

 既に闇の雲(UjugoHs)の一部は召喚されている。そして大地へと受肉し、星との一体化が進んでいる。闇の雲(UjugoHs)を住処とする果て矮(miGoH)たちは祈り、儀式をすることで加速させようとしていた。阻まなければ少なくとも大陸一帯は闇に沈んでいたことだろう。



「来たな、私の敵よ。命育む母たる私の宿敵よ」

「まるで俺が侵略者のような言い草だな。死に怯えるならさっさと虚無に帰れ」

「闇とは星、闇とは世界である。故に私はあらゆる命を慈しみ、あらゆる命を育てる揺り籠となろう。それこそが闇の母たる私の命題。存在する意味。私は新世界を求め、ここに来た。この世の命もまた、私が母となり育てよう」

「あんな化け物どもに満たされる世なんて認めるかよ」

果て矮(miGoH)は私の民、私の子、そして私の奴隷。私を飾る命。星には命があり、星は命を育む。私が私であるための存在。尊き私の一部となることを歓喜せよ」

「話にならんな」



 相手は物質なき虚無の世界の住人。

 五感が生み出す快楽に歓喜し、狂っている。そして虚無の道理をこちらに持ち込み、支配しようとしている。故にシュウは死によって闇の世界を侵食し、全てを葬る。

 何もかもを殺し、元に戻すために。



「この世の魂は冥界に回収した。あとはお前を零魂術式ニブルヘルで完全に滅ぼすだけだ」



 魔神術式が空間を這い、魔力を噴出させる。冥界の中でも底の底。死の深淵を満たす海が決壊し、あらゆる魂すらも根絶させる『ほろび』が溢れ出る。

 無論、闇の雲(UjugoHs)とてただ待つだけではない。依り代たるエドリックの身体を中心に、深い深い闇が広がっていく。



「《暗黒星(Uyus Ymth)》」



 闇は無であり、無は闇である。

 空間や時間に縛られず、ただそこにあるだけで無限の深さを生み出す。シュウの放つ死の魔力は闇に阻まれて闇の雲(UjugoHs)の受肉体まで届かない。ただ闇の表層をじりじりと削るだけだ。

 しかしながら闇の雲(UjugoHs)の暗黒は押し返す。



「……なるほど、そういう呪詛まほうか」



 厄介なその性質に触れ、シュウは辟易とした。





Uyus Ymth Lkt kpLoCoR=ウィスイントルクロッコル

(闇の母に祈る者)


Uyus:闇

Ymth:母体

Lkt:~に(目的格の助詞)

kpLoC:祈祷

oR:~する者


ユゴスは原典だとミ=ゴの母星ですよね。虚無世界には物質が存在しないので、ユゴスも邪神の一種にしています。

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― 新着の感想 ―
面白かったです。
死魔法は精神的な存在である虚無が相手だと大変そうだな だからこそ面白いんだが
なんか虚無の連中の呪詛強いの多くない?w気の所為?伊達に神話になってないか。 すごい今更ではあるんですけど、これだけクトゥルフ要素あるのにクトゥルフ神話タグ入れないんですか?ただ思っただけなので個人…
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