645話 核の投下
ロマノの弔いが終わり、ファイには黄金要塞の一室が与えられた。今、彼の立場は微妙だ。ロマノと共に黄金要塞を占拠しようとした疑いをかけられつつも、窮地の聖石寮に道を示した功績がある。更にはロマノと同じラ・ピテルの血筋であり、黄金要塞の起動に必要なラ・ピテルの右眼をも保有している。正統性という点であればファイにこそ黄金要塞は継承されるべきものだ。
この事実はシュリット神聖王国として無視できないところがある。
「シュリットはどう動く? 見えているのか?」
「法に照らせば黄金要塞は僕のものということになってしまうからね。あの手この手を使って思い通りに黄金要塞を動かそうとするはずさ」
「そうか。適当に歴史を捏造して黄金要塞保有の正統性を主張してくると思ったが」
「大掛かりなこととなると時間もかかるからね。手っ取り早い方を選択すると思うよ」
いずれ黄金要塞の実験が行われる。その力を目の当たりにした聖石寮と聖教会は、必ずファイから黄金要塞を奪おうとするだろう。いや、そんなことをするよりも早く動き始めるかもしれない。
いずれにせよ、表向きはセシリアス家のものとなり、実権を握るのはシュリットという形に落ち着くとファイは予想した。尤も、その前に黄金要塞を落とすつもりだが。
「あの、私はこれからどうすれば。ロマノさんもお亡くなりになってしまって、行く当てもありません」
「心配はいらないよアルネ。僕が責任をもって導くから」
「導く……ですか?」
その言い方にシンクが疑うような目を向けた。
予言の力を使い、ロマノを死に誘ったことを許してはいないのだ。アルネにも同じように役目を与えようとしているのではないか。そんな疑問を抱くのも仕方がない。
「僕にも使命がある。命を懸けて成し遂げなければならない使命がね。それにはシンクがこの世界に現れた意味も含まれているし、アルネも無関係ではいられない。それだけは断言しておくよ」
「私が……?」
「俺がここにいる意味……」
「ま、今は聖石寮に睨まれているからね。大きくは動けない。でもしばらくは流れに沿っているだけで大丈夫だよ。今夜、正念場になるから戦う準備と覚悟だけはしておいて。明日になれば世界は大きく変わっているから。明日って言っていいのか、微妙なところがあるけどね」
それは聖石寮に対して反旗を翻すという意味だろうか。シンクとアルネはひとまずそう解釈した。寄る辺のない二人にとってファイに従う道しかない。だが聖石寮という権力に対する反逆に対し、アルネは前向きになれなかった。
(この人を信じて頼っていいのかな。やっぱりアイリス社長やシュウ部長に……)
ファイたちとネロ社は分断され、勝手な接触を禁じられている。あの時、すぐ返事しなかったことが今更悔やまれた。
◆◆◆
ロマノの雇い兵だったネロ社は肩身が狭い。社員は幾人かのグループに分けられ、大きめの部屋が宛がわれている。ただし扉の前には術師たちが見張りとして立っているため、とても居心地が良い状況ではない。それでも文句がでないのは、彼らが本当の意味でのシュウの配下だからであった。
「アイリス、あとのことは任せるぞ。くれぐれもアルネの勧誘は頼む」
「分かったのですよ。プラハ帝国の作戦もそろそろですね」
「ああ、北プラハに核を落とす作戦だな」
かなり濃い出来事が多かったので時間感覚が狂っている。実際のところは半日程度のことだ。本来ならばロマノが黄金要塞を制圧し、安心して戻れるはずだった。
「でも良かったのです? その気になれば再制圧もできましたけど」
「アルネには気分よくこちら側に来て欲しいからな。聖石寮は仮にもシュリットの英雄集団だ。虐殺なんかしてみろ。俺たちから心が離れるのは目に見えている。殺さず無力化もできなくはないが、疑惑の目を向けられるのは変わらない。本当の本当に最後の手段だ」
「……ですよねー」
「幸いかどうかは知らんが、罪はほぼ全てロマノ・スウィフトが持って行ってくれたからな。まだ巻き返せる」
力で全てを解決できるならば、こんなことに時間をかけることもなかった。だがアルネを確保する上で、彼女自身の協力度がどうしても必要となる。少なくともまともな正義感を維持したままが望ましい。
「三百年ぶりの……ミリアム以来の逸材だ。今度こそ確保したい」
「ですね。いい加減、ダンジョンコアと決着を付けたいのですよ」
「明日、機会があればアルネの説得を続けてくれ。俺は今からプラハに戻る。セフィラと合流して、日付が変わると同時にユゴスを潰す」
「シュウさんの不在は幻術でなんとか誤魔化すのですよ」
光学的な張りぼてを作るだけの魔術だが、大人しくしているだけならば誤魔化せるだろう。アイリスはソーサラーデバイスを使い、シュウの隣に幻影を生み出す。基本的な動作はデバイス任せのため、アイリス自身への負担はない。
これを確認したシュウは、すぐに転移でこの場を離れた。
◆◆◆
北プラハ帝国と呼ばれる領域の、はるか上空。雲より高いところに黄昏の鳥は飛翔していた。国防省の中でも限られた人物だけが開発に関わり、秘匿され続けたプラハ帝国の決戦兵器である。操縦する兵士たちにかかる重圧は相当なものだった。
「高高度からの夜間爆撃……不安ですね」
「星の観測を利用した古典的航法を使うからな。私も不安は拭えんよ。僅かなずれでも着弾位置は大きく逸れる。だが予備はあるのだ。気負い過ぎるな」
用意された核兵器は十七発。これはプラハ帝国が保有するすべてだ。試作品であるため仕様はそれぞれ異なり、不発の可能性もあるという。
目標となっている都市は全部で十か所。
したがって七発は予備として使える。
「最初はウルへイス市ですか……」
「どうした?」
「いえ、同期がウルへイスに駐留していたんですよ。でも四年前にエドリック大公殿下が反乱を起こして以降、連絡が取れなくなって」
「当時は街道封鎖されたり、通信制限されたり、混乱もあったからな。それで生き別れになった市民も多いようだ。特に軍人なら勝手に任務から離れるわけにもいかん。最悪、銃殺刑もあり得る」
「はい。でも家族や国を守りたくて兵士になったのに、同胞たちに爆弾を落とすなんて。任務だって割り切っても思うところはあります。ああ、勿論この作戦はきっちりこなします。あんな化け物に変えられてしまった人たちを救ってあげないと」
北プラハは明けない夜に侵され、化け物が闊歩する恐ろしい土地に変わってしまった。怪物は全身が鱗に覆われ、目や口は消えてなくなり、頭部からは大量の触手が生えている。北プラハとの国境沿いではこれらの怪物と激しい戦闘が繰り広げられ、その遺体を回収することで知見も得ていた。
怪物たちの遺伝子を検査したところ、人間と同一の部分が見つかったのだ。そこに女神セフィラの保証もあり、あの化け物たちは元人間であると判明している。寄生体ミ=ゴという正式名称もあるが、専ら『化け物』や『怪物』と呼ばれていた。
『観測手より。まもなくウルへイス市です』
「む。そうか。では予定通り高度を一万二千に固定。速度も四十八に合わせよ。方角は三〇〇だ。それと爆撃手に連絡を」
星の観測をしていた兵士からの通信により、機内は慌ただしくなる。
高度、航行速度、方角から着弾点を計算で導き出し、予定の核兵器を投下しなければならない。多少の誤差は許容されるが、できることなら都市の中心へ投下したい。緊張が高まりつつあった。
「高度固定、速度固定、方角固定」
「うむ。高度固定、速度固定、方角固定よし! 爆撃地点まで四十、三十九、三十八――」
機長のカウントが少しずつ進み、スールアウラの腹が開く。そこからアームに固定された核兵器の一つがせり出した。
「六、五、四、三、二、一、投下!」
『投下!』
復唱する形で爆撃手の声が通信に乗る。
本当に核兵器を投下できたのかどうかは目視できない。爆撃手の言葉を信じるだけだ。続けて機長は指示を飛ばした。
「高度と速度は維持せよ。右旋回し、爆発に備え! 兵器の起動確認ができるまでだ! 観測班は熱源探知に集中せよ」
重力に任せた自由落下の場合、空気抵抗を考慮しても学生ですら着弾時間は計算できる。機長は腕時計を凝視しつつ、爆発する瞬間を待ち続けた。
一つ針が進むたびに心臓の音が高鳴る。
ところが計算されていた時間が過ぎても爆発の報告はない。
(だめか……)
機長はギュッと目を閉じる。
心臓が締め付けられるほど痛くなったその時、通信機から音が割れるほどの大声が聞こえた。
『観測! 観測しました! 闇の帳を突き抜けて巨大な熱反応が昇ってきました! 爆発の煙に違いありません。成功ですよこれは……』
機内はまず安堵に包まれた。
それからまばらに拍手が起こり、無事に作戦の一つ目が成功した喜びを分かち合う。ただ豊穣の祈りの発祥地たるウルへイスを焼き払ってのことだ。あからさまには喜べなかった。
「我々の任務はまだ続く。帝国軍人の誇りを胸に……やり遂げるぞ」
高高度からは闇に包まれた地上を目視することができない。それは核兵器の炎をも覆い隠している。唯一観測できたのは、巨大な爆発の後に生じたキノコ雲だ。
黄昏の鳥は速度を上げて空域を離脱する。次の目的地も、その次も、次の次も、核の炎で焼き払うために。
◆◆◆
暗闇の大地ウルへイスに、久しく光が灯った。それは核の光。また炸裂した熱波が大量の火災を引き起こしたからである。象徴の大樹は激しく炎上し、建物も各所で火を吹いている。ガス管に引火したのか各地で爆発が散発しており、まるで地獄のようであった。
炎上するのは何も都市だけではない。
そこに巣食う果て矮も同様だ。
――ギシギシ
軋みのような音を鳴らしつつ、怪物たちは火達磨になって彷徨う。暗黒の住人たる果て矮たちにとって、炎は目を焼くほどの光だ。熱よりも光によって苦しめられている。核の閃光が終わっても放射線は残留し、乱反射して彼らを苦しめていた。
人間にとっては不可視の光でも、果て矮からすれば眩いほどだったらしい。
「schrafvhAT Lkt xTctpJf. Uyus Lkt mGqgLmpJ」
火も光も寄せ付けない、闇に覆われた存在が言葉を放った。この世のものとは思えない音には確かな意思が乗っており、悔しさのようなものが滲み出ている。
闇が少しずつ解けていくと、そこには氷のように無表情なエドリックが現れた。右肩のあたりに蠢く黒い球体が浮いており、首筋に向かって糸のようなものを繋げている。
「Uyus kCht」
虚無の言葉とエドリックの言葉が重なる。
彼の足元からタールのように粘液質な闇が溢れ、それらは瞬時に炎上するウルへイス市を埋め尽くした。炎も、残留する放射能も、全てを闇が覆い尽くして無としてしまう。
「LAgzyk schrafvhAT dF xTctgLmpJ.TolKEviNwbe Uyus Ymth dF CtrcY YmthKcF.VwrRo mGqErh」
闇はどこまでも広がり、全てを飲み込んでいく。ウルへイス市は跡形もなくなり、遍く物体、生命体、そして魂までもが闇の雲の内側に消えた。
エドリックはあくまでも端末に過ぎない。
本来の闇の雲からすれば毛先にも満たない、ほんの小さな存在だ。本命となるのはこの星そのものである。惑星全てを闇に沈め、己の一部として溶かす。それこそが本当の受肉だ。
「pkLsErh. Nm hXo schrafvhAT」
ぼこり、ぼこりと闇が泡立つ。
水面から浮き上がるようにして次々と異形が現れ、闇に侵された地を埋め尽くし始めた。それら一つ一つが北プラハの民に受肉した果て矮だ。虚無の世界において人類に相当する弱い生き物。だが闇の雲の庇護を受けている。
そして現れる果て矮たちの中に、変わった個体が混じり始めた。それらは普通の獣や人間に近しい姿をしており、何より赤い。闇の中にあっても血のように鮮やかな色だ。
「我らが偉大なる暗黒星よ。暁の王国が馳せ参じた。御身の顕現を妾も嬉しく思う」
人間の美的感覚においても相当な美人がそのように告げ、跪いた。彼女に続いて赤い生命体は平伏す。人に近しい姿であったり、獣のようであったり、形は様々だ。
彼女たちは深淵渓谷に潜む赫魔の軍勢。しかも首魁たる女王自らが率いる大軍勢であった。
「偉大なる暗黒星よ、闇の母よ。無尽蔵の快楽が触れるこの世界を、あなた様に奉げよう。どうかご命令なされよ。蹂躙せよと。今こそ暁の王国は飛躍し、世界を闇に沈め、暗黒星をこの世界に迎え入れる儀式をしてみせよう。妾らは人間なる知性体を器とし、王国は最大の版図を迎えるであろう。やがては忌まわしき魔族を駆逐し、暗黒星こそを真なる王へ!」
「kpLoC Lkt HgeRdgLm. qLFM xNdRKErh」
「仰せのままに。至上の世界を献上しようぞ」
エドリックだった闇の雲は周囲に巨大な触手を生やしていく。それらは肉片や臓器を無理やり継ぎ接ぎしたような見た目で、その一つ一つが見上げるほどの大きさであった。触手は柱のように建ち並び、先端部は捩れ結ばれ繋がっていき、まるで建物のように作られていく。まるで神殿だった。
不快さと邪悪さを煮詰めたようなこの神殿で、エドリックを中心として無数の果て矮たちが平伏し拝み始める。
そして女王たち赫魔の軍勢は、一斉に南へと進み始めた。
「闇を広げよ! 世界を母なる暗黒星の揺り籠とするのだ! 妾たちには偉大なる暗闇の母がおられる!」
煌赫獣に騎乗する女王はそう叫ぶ。すると続く貴族種や騎士種、そして兵士種も同じ言葉を叫んだ。
それらの気勢は留まることを知らず、呪文のように繰り返される。
南プラハ帝国にとって、不浄大地事変以来となる最大の戦いが近づいていた。
流石に虚無言語の訳がないとね…
ゲームなら2週目から翻訳付きになったりするけど




