640話 黄金要塞の再起動
黄金要塞の内部が騒がしくなったことは、ロマノたちも認識していた。しかしそれを引き起こした王政府陸軍とは離れたところにおり、被害はない。
そもそもこちら側には正当継承者たるファイ・セシリアス・ラ・ピテルもいるのだ。
鍵となる『眼』のお陰もあり、あらゆるセキュリティが無と化していた。
「これは……列車。まさか城の中にあるとは」
聖石寮を率いるオリガは困惑している。彼女だけでなく、多くの者たちがそうだった。黄金要塞内部の仕組みは多くが自動化しており、知識ある者はどこか黄金域に近いと感じたことだろう。
歴史を鑑みれば、その感覚は間違いではない。
細々と噂する者たちの言葉を耳にして、ロマノは内心でそう思った。
「シュウさん……」
「王政府軍の奴らが何かやらかしたらしいな。殲滅兵も出たようだ。多分、壊滅するな」
「今の時代に殲滅兵は過剰ですからね」
終焉戦争以前の言語を知るシュウとアイリスは、城内の警告放送を理解している。それはシンクも同じで、彼の場合はロマノに状況を告げていた。
「どうするロマノ」
「私たちはどうもしません。それにバルリウス将軍は欲深い男ですからね。こうなることは予想できていました。だからこそ別行動を良しとしたのです。それに私は略奪者を許容したりしません」
「そうか。分かった」
「私の分析が正しければ、列車から降りてすぐ管制室へ辿り着くはずです」
「あっていると思う。中枢行き列車と書いてあった」
「シンク君のお墨付きがあれば安心ですね」
列車はすぐに速度を緩め、やがて駅に到着した。
どうするべきか戸惑うネロ社員や聖石寮に先駆けてシンクが降車する。それにファイやロマノが続き、ようやく他の者たちも動き始めた。
そこで一度整列して点呼を取り、全員揃っていることを確認する。こうしている間、ファイは駅のセキュリティゲートまで歩いていた。付き添いにはアルネが伴う。
「あの……」
「どうかしたかな」
「これはどういうものですか?」
「特定の人物に対して自動で鍵を開ける装置だよ」
「そんなものが」
「古代にはこういう技術も一般的だったみたいだよ」
ファイがよく分からない板のようなものへと手を伸ばした。すると突如としてオリハルコン製の門に緑の明かりが灯り、自動的に開いた。
丁度そこにロマノもやってくる。
「陛下、あまり先に進まないでください」
「ごめんよ。でもこれで道が開いた。先へ行こうか」
「分かりました」
ロマノは振り返り、オリガやシュウに向けて合図を送る。すると列を為し、こちらへと移動してくる。順番にセキュリティゲートを通り抜けて、彼らは遂に黄金要塞中枢へと辿り着いた。
◆◆◆
黄金要塞の管制室は明かり一つなかった。
しかしながらファイが先頭に立って踏み込むや否や、全ての照明が灯る。照らし出された空間はあまりにも広く、理解の及ばないもので満ちていた。
『ラ・ピテル王の入室を検知しました。黄金要塞防衛システムに未登録の王です。登録します……登録完了しました。システム再起動します』
抑揚のない声が響いたかと思うと、瞬間的に明かりが落ちる。そしてすぐに照明は戻り、さらに巨大な仮想ディスプレイが立ち上がった。中央には立体映像の黄金要塞が浮かび上がり、その周囲に『自動防衛システム稼働中』の帯が浮かぶ。
これらはシュウ、アイリス、シンクを除いて誰一人理解できない声と文字だったが。
「えっと……あ、あれだね」
ファイは管制室の最も高いところにある座席を見つける。そして驚く皆を置いて一人そちらへと歩いて行った。ずっとファイに付き添っているようにと言われたアルネが慌てて従い、シンクもまた遅れて追いかける。
これを皮切りとしてロマノとオリガは中央の立体映像を囲み、他の者たちはそれぞれ分散して見分を始めた。
「シュウさん、私たちはどうしますか?」
「しばらくは大人しくしておこう」
黄金要塞は終焉戦争以前、アゲラ・ノーマンが開発した代物だ。当時のハデスグループ系列とは全く異なるフォーマットであるため、専門の知識もなく下手に触りたくはない。ただ人工知能による補助が優秀で、ある程度お任せ状態にしてしまえば素人でも扱うことはできるよう設計されている。
これが開発された当初は訓練期間すら惜しいという神聖グリニア側の事情もあって、こういった設計思想となっていた。それゆえ、民間組織による奪取事件などが発生してしまったわけだが。
「これは……こう、か?」
ロマノは手帳に記したメモと見比べつつ、立体映像装置を操作する。すると立体映像の縮尺が変わり、随分と黄金要塞も小さくなった。その代わりとして遥か下、地上の様子が見えるようになる。
これにはオリガも嘆息する。
「今のはいったいどうやって? 古代文字が読めるのですか?」
「少しならわかりますが、読めるほどではありません。しかしこの城を手に入れるにあたり、事前の調査は欠かしませんでした」
「閣下の発案でしたね。この黄金要塞とやらを手中に収める計画は。ですがよく空飛ぶ城の資料が見つかったものです」
「スウィフト家がかつて根差していた聖レベリオ王国……といってもその時代はサンドラの支配期にまで遡りますか。ともかくおよそ五百年前、東の地に黄金要塞は降りてきたそうです。スウィフト家にはその当時の資料も残されていたんですよ」
黄金要塞についての伝説は各国で知られている。特にサンドラ帝国やアスラン王国の系譜となる統一アスラン王国では有名な神話の一つだ。シュリット神聖王国でも、五百年前に九聖の内の二人が黄金要塞に乗り込んだという記録が残っているため知られていた。
しかしそれらも多くは口伝を書き起こしたものばかりで、真に役立つ古文書はない。
「あまり見つめないでくださいよ。残念ながらお見せすることはできません。一応は軍事機密の類になりますので」
「……そうですか」
ロマノは一人、手帳を片手に管制室のシステムを試していく。
一方でファイはというと、目的となる椅子に腰を下ろしたところであった。すると彼の着座に反応して再び機械音声が発せられる。
『緊急案件。危険な存在の侵入を検知しました。個体名称、冥王アークライトおよび魔女アイリス・シルバーブレットと断定。排除条件に抵触しています』
突如浮かび上がった仮想ディスプレイに二人分の顔が映される。それはネロ社の社長アイリスと警備部長シュウの顔だった。文字列も声も何を言っているのか分からない。ただ警告を思わせる赤い文字が並び、ぎょっとさせられてしまう。
ただ神聖グリニア時代の言葉を知るシンクだけが意味を理解していた。
(まさか今もシステムが生きているのか)
仮想ディスプレイには人工知能による冥王および魔女の排除が提案されており、指示を今か今かと待っている。そこでファイは『拒否』へと手を伸ばし、仮想ディスプレイに触れた。
するとアルネが焦ったように問いかける。
「あの、勝手に触っても良かったんですか? 社長と部長の顔が出ていましたけど」
「問題ないよ」
続けてアルネが問おうとしたが、ここで再び仮想ディスプレイが立ち上がる。
今度は映像のようで、そこには金色の怪物に追い回される王政府陸軍の姿があった。映像の質は荒く、音声も割れている。王政府軍は総崩れとなっており、逃げ惑うばかりだ。
「『殲滅兵』に見つかったか。可哀そうに」
「え……?」
「ああ、今は黄金域の番人と呼ぶのだったか?」
シンクの言葉に、アルネは理解が追い付かない。
黄金域の番人とは迷宮における脅威の象徴の一つだ。ほとんどの魔術を弾き返すほどの頑強さに加え、人間など容易く焼き滅ぼす熱線を放ってくる。しかもその数は多い。術符を主なものとして古代兵器が頻繁に発見される黄金域において、探索を困難とさせる要因こそがこの番人だ。
そのためこの時代の人間からすれば、殲滅兵とは黄金域における即死罠のような印象である。
「どうして番人が。もしかして空飛ぶ城は迷宮の一つ……?」
そんな見当違いをしてしまうのも仕方ない。
黄金要塞と黄金域は共通点も多い見た目だ。猶更である。ただあえてシンクもそれを訂正しようとは思わなかった。
◆◆◆
惨めに逃げるバルリウスは、身も心も砕け散りそうであった。名家の出として何不自由なく生きてきたのが彼だ。だからこの潰走は初めて味わう挫折であった。
「何なのだ。あれは何だ……」
力尽きて倒れ、壁に背を預ける。
どうにか殲滅兵の追跡を振り切ったは良かったが、生き残りは少ない。少なくとも彼の周りには二十人と残っていなかった。
先行させていた部隊もおそらく殲滅兵と遭遇して壊滅した。それは確実であろう。その他も逃げる際に散り散りとなり、生きているのか死んでいるのかも分からない。
「将軍、どうやら我々は逃げ延びたようです。他の隊が引き受けてくれたようで」
「そう、か」
「将軍」
「何も言うな。今は何も」
バルリウスは疲労困憊のあまり、会話すらも拒否した。何も考えたくない。何も話したくない。全てを放棄して眠ってしまいたい。彼は現実逃避していた。
呼吸にして十回ほど。
彼は立ち上がる。
「行くぞ。番人がいつここに現れるか分からん。まずは戻り立て直さなければならない」
他の兵たちも立ち上がれるほど気力は残っていなかった。しかしながら、ただ生きて帰りたいという願いだけが身体を動かす。
彼らはまるで屍だった。
ただ混乱の中にあっても流石は軍人だ。積み上げてきた訓練が死中に活路を求めさせた。
『侵入者警報発令中です。殲滅兵を追加投入します』
微かな希望すら、黄金要塞の人工知能は刈り取る。
彼らのすぐ傍で隔壁が開き、その奥から多脚の兵器が姿を見せる。機械の単眼は疲れ果てた彼らを捉え、即座に熱線を放った。
強烈な閃光の後、バルリウスは消し炭となった部下たちを目にする。
「あ、あああああ!? 撃てえええええ!」
兵士たちは銃を構え、引き金を引いた。身体に染みついた反射的な行動だった。銃、あるいは魔導銃が火を吹き、殲滅兵へと殺到する。
だがオリハルコン製の装甲は弾丸も魔術も容易く弾き返し、無慈悲に熱線という返礼をする。
「あ、あ……」
《火竜息吹》に焼かれた者は断末魔すらなく死ぬ。強烈な水素プラズマが瞬時に命を奪い去り、痛みすら残さない。それだけは死者にとって救済だが、これからその時を待つ生者たちにとっては地獄であった。
果てしなき恐怖が死を鮮明にさせる。
「あああああああああああああああ――!」
彼の悲鳴は閃光と共に掻き消えた。
◆◆◆
「よし、これで問題は一つ解決かな」
ファイはそっと仮想ディスプレイを閉じた。残酷で凄惨な瞬間を最後まで確認し、バルリウスの死を許容した。その気になれば出せた殲滅兵の停止命令も出さなかった。
「わざとか」
「うん。彼が生き残っていると余計なことをされるからね」
「余計なことだと?」
「管制室を占拠してクローディア自治領で主砲の発射実験をしようとするんだよ。バルリウスは僕たちを異民族として排除したがっているからね。黄金要塞さえ手に入れば、赫魔も怖くない。だから緩衝地の自治領を滅ぼそうとするのさ」
「……俺がそのようなことはさせない」
「そうなると聖石寮もあちら側につく。王政府陸軍はどうでもいいけど、聖石寮を殺してしまうのは良くないんだ」
その身勝手な言い分にシンクは眉を顰める。
だがあえてそれ以上何かを言おうとはしなかった。中央で制御盤を操作していたロマノの方で動きがあったからだ。
「これですね。兵装の起動は問題なさそうです。ですが読めないことにはどうにも難しいですね。簡易的な指示は可能かと思いますが、手動操作はもっと分析が……ともかくまずは試しに使ってみるのが良さそうです」
ロマノがキーボードに何かを打ち込むと、中央の立体映像上にある黄金要塞が動き始めた。少しずつであるが地上へと降り始め、更には西へと向かっている。
更に彼が何かを操作すると、巨大なディスプレイが立ち上がりそこに世界地図が表示された。現代では考えられないほど精巧な地図である。初めは誰もが地図であると認識できなかった。
「観測魔術というものを起動させました。現在の地形などを測定し、地図を作成しています。たとえば――」
地図の傍にまたディスプレイが立ち上がり、そこに幾つかの写真が現れた。そこにあるのは聖都シュリッタットの王城、聖アズライール教会、そして広大な街並みであった。
「この位置が聖都、そしてここがヴァナスレイ、クローディア自治領の領都セシリアス、あとここはヴァルナヘルですか」
次々と地図上に都市が当て嵌められていき、自分たちの世界がこのように広がっていたのかと皆が驚愕する。
一定以上の精巧な地図は軍事機密に等しい。街道、川、山などの地形は勿論、隠れた軍事拠点なども備えているものだからだ。だがこの観測魔術は秘されたものを全て明らかにしてしまう。
実際、プラハ帝国方面の観測結果ではシュリット神聖王国が知らなかった軍事要塞らしきものを確認できた。これだけで値千金と言えよう。
「これは……これは素晴らしい。これさえあれば異民族共を征伐し、天意の世を実現できます。ロマノ閣下がこれほど執着された理由も分かるというものです。初めから分かっていれば、聖石寮も王政府も聖教会も資金援助を惜しまなかったでしょう」
「正直に言えば私もここまでとは思っていなかったのですよオリガ殿」
「もしも分かるのであれば、どういった機能があるのかご説明いただけますか?」
「私も詳しいところは測りかねておりますが、地上に向けた魔術の砲台が大量に設置されているようですね。敵の攻撃も届かない空から、魔術を雨のように降らせる。そんなことができそうです」
想像を絶する兵器だ。
まさしく絶対的な王者となり得る兵器だろう。これほどの高度にある要塞など、たとえプラハ帝国ですら落とせるはずがない。オリガたち聖石寮は勿論、ネロ社の傭兵たちも同じ思いを抱えた。
「閣下、どうなさるのですか? やはり本国へ連絡を? いえ、その前にバルリウス将軍と合流しなければなりませんか……それとサーリオ大神官殿もお呼びしなければ」
「そうですね。ではお願いできますか?」
ロマノは今回の作戦における指揮官である。命令されればオリガも従わなければならない。そこで彼女は部隊を二つに分け、自ら部隊を率いて引き返していく。
てっきり彼女は残る側かと思ったロマノからすれば意外であった。
(まぁいいでしょう。とにかく赫魔を相手に黄金要塞を試さねば。そして――)
柄になく緊張しているのを彼は感じていた。




