635話 プラハの秘匿兵器
ファイの手によって保護されたアルネはというと、その日の昼には空の上にいた。連れ帰られたアルネは屋敷で湯浴みさせられ、新しい服を与えられた。そして食事をした後、密かにスウィフト家所有の飛行船へと乗せられたのだ。
今は飛行船内の貴賓室でお茶を出され、落ち着くことができている。
いや、実際には今もアルネは戦々恐々としていた。
「さて、ようやく色々と説明できるね」
この部屋の中で最も寛ぐ男、ファイはそのように語り始めた。隣に座るロマノ・スウィフト、背後に控えるシンク、そして正面に座るアルネはそれぞれ反応を示す。
「まずアルネ、君のことだ。君自身に起こったことをきっとまだ理解していないだろう?」
「……異能、ですよね」
「ああ、ほんの少しは知っているのかな。これについてはシンクの方が詳しいだろうね。どうだろうか。是非とも彼女に説明してあげてくれないかな」
するとシンクはほんの少し考えるような仕草をした後、淡々と話し始めた。
「あなたの身体に起こった異変は魔装の発現だ。俺たちは変身型の魔装と呼んでいる。身体の鱗や背中の羽も魔装の影響によるもので、魔族とは何ら関係ない。本来ならば己の意思で元の姿にも戻れるはずだが……制御ができていないようだ」
「と、いうわけだよ。だから安心して、心を落ち着けて。身体の異変はあなたの力だ。僕の予想が正しければ、その翼くらいは収納できるんじゃないかな?」
アルネはただ困惑するばかりだ。
だが嘘にせよ本当にせよ、心は軽くなる。
「改めて自己紹介をしよう。僕はファイ・セシリアス・ラ・ピテル。君にとってはクローディア自治領の領主と言った方が分かりやすいだろうけど」
「大丈夫、です。一度お会いしたことがあります」
「ん? そうだったかな」
「大公殿下の就任祝宴の警護に私もいました」
「ああ、それは知らなかったよ。だったらはじめましては失礼だね」
ネロ社の傭兵として最も記憶に残っている仕事の一つだ。まさかこのような形で再会することになるとは思わなかった。とはいえ、あの時の仕事では一方的に知り合っただけだったが。
「アルネ、君は色々と困惑しているだろう。これからに対する不安も抱えているはずだ。そこで僕の提案を聞いて欲しいと思っている」
「提案、ですか?」
「僕の家の私兵になってくれないかな」
「私兵、ですか?」
「あなたは元傭兵だから経験もある。そしてあなたは行く当てを求めているはずだよ。ガレス市で起こった赤い夜は既に国内中を騒がせている。もうあなたは死んだものとして扱われているからね」
「え?」
ファイはロマノへと視線を向けた。すると彼は頷き、すぐ横に置いていたアタッシュケースを開く。そこから幾つかの紙束を取り出し、ローテーブルの上に広げた。
それらは全て新聞だ。今日の朝できたばかりのものである。どの会社が発行している新聞も、一面を飾る記事は同じだった。
「赤い夜、ガレス検問市街壊滅、死傷者行方不明者は六千人以上、まだ増える見込み」
「こういうわけだよ。アルネ、あなたは行方不明者の一人として扱われ、近いうちに死亡と届けられる」
「で、でも私……あ、この身体じゃ戻れないから」
「そうだね。あなたが戻るべき場所はもうなくなってしまった。残念ながらね。だからこれからは僕のもとで戦ってほしい。居場所を保証するよ」
まるで確定事項のように語るファイ。
少し落ち着いたとはいえ、追い詰められているアルネは何も考えられなかった。そしてふと目に入った記事の一つがとどめとなる。
『聖教会最高神官ダンカン・リンディスの御息女、行方知れず。赤い夜に巻き込まれて死亡か』
センセーショナルな見出しが目を引き付ける。
これ以外にもロザリス公の死であったり、ヴェリト王国重鎮の死であったり、人の目を引き付けることを目的とした記事が散見される。
「……私を、ファイ様のもとに置いてください」
アルネを落とすことは、実に簡単だった。
◆◆◆
無事にアルネを引き入れたファイは、彼女を休ませてロマノと対面していた。今回のことは協力したロマノからしても訳の分からない事態だった。権力を強めるためにリンディス家とは懇意にしていた経緯もあり、アルネとも知らない仲ではない。実際、ネロ社への紹介はロマノが行ったのだ。
だがこのような形で引き入れることになるとは思いもしなかった。
その説明をファイに求めるのも当然である。
「今回の件でロザリス公が死んだ。あなたを邪魔する者はもういないよ」
「……まさかここまで見通しておられたのですか? 陛下の眼は」
「これは始まりに過ぎないよ。僕たちにとってはこれからが本当の戦いになる。アルネはただ手元に転がり込んできた。それだけさ」
「まるで駒のような言い分ですね」
「大抵は僕にとって駒のように見えるものさ」
その言い方にはロマノも眉を顰めた。
仮にも懇意にしている人物だ。ロマノとて目的のため全てを利用し欺く覚悟はあるが、気持ちの良い言い方ではない。
「アルネ・リンディスには重要な役割がある。僕はただの駒とは言わないよ。彼女には少し、思い入れもあるからね。僕の勝手なものだけど」
「はぁ……? それでその役割とやらは教えてくださらぬと。いつも通り」
「無闇に未来を語れば、人はそれに抗おうとするからね。さらにその先にある脅威を教えたとしても、人は目の前にこそ執着してしまう視野の狭い生き物だから」
ファイの物言いは理解できるものの、納得には程遠い。大人しく掌の上で踊れと言われているようだ。未来視という絶対的な力を信頼してこそ許容できるが、ロマノとて大人しく従うばかりではない。
(見ていろ。私の計画を破らせはしない。私にも予言はある。王呈血統書という、絶対の予言が。スウィフト家の管理する予言が)
ラ・ピテルの王家を継ぐ王の名が全て記された王呈血統書。初代王セシリア・ラ・ピテルによって記された最上の予言だ。王呈血統書に記された名以外が王位を継いだことはなかった。スウィフト家によって管理され、セシリアス家には秘されてもなお外れなかった。
(王呈血統書に記された最後の王、ファイ。未来視に縛られるラ・ピテル王家はあなたで終わりだ。私が新しい秩序となるまでは、陛下として崇めよう)
これは雌伏の時に過ぎない。
「ロザリス公が死んだ今、星浄連盟会は混乱しているでしょう。今の内に陛下へと進言し、黄金要塞を取り戻すため動きます」
「お願いするよ。今ならばロマノは確実に指揮官の地位を得られるから」
ロマノは従順なスウィフト家の姿を見せつつ、野心に燃えていた。
◆◆◆
ローラニア州の乱を鎮圧させたマリアンヌは、帝都へと即座に帰還した。しかし休む間もなく国防省へと訪れ、長官を呼び出す。事前にマルヴィース大公から通達があったのか、長官はすぐさま応じた。そしてマリアンヌが求める資料を全て差し出した。
「これがローグの……いえ、エドリックが研究させていた兵器ですわね」
皇帝たるもの多方面の知識を修めているものだ。しかしながら浅く広くといったもので、より深い部分は適切な人材から意見を伺う形となる。
そのため詳細な資料を出されたところでよく分からない部分の方が多い。
ただマリアンヌが理解できるのは、理論上の破壊力について記された機密指定文書だった。
「この程度の大きさで都市を焼き尽くし、毒の光を無作為に撒き散らす。破壊力はともかく、後者が封印指定として最大の理由ですわね」
「はッ! まさしく。廃鉱山にて小型のものを実験し、得られた知見でございます」
火薬や魔術と比較して破壊規模は桁外れだ。
それこそ比較するためには膨大な高性能火薬か、古代禁呪を持ち出す必要があるだろう。
「原子核兵器。これほどのものがあったなんて」
「私を含め、存在を知る者はごく少数です。大学においても原子核研究を制限し、国防省への報告義務を課しております。少なくとも核兵器を我々で完成させるまで、この知識を公にするわけにはいかぬのです」
「そうでしょうね。このようなものがあると分かれば、こぞって求めるはずですわ」
厳重に秘匿されている理由は明らかで、マリアンヌも納得はした。皇帝にまで秘されていたというところは責めねばならないが。
(冥界の王が仰ったのはこの兵器。上手く扱えば北プラハを打ち滅ぼすこともできますわ。ですがこれほどの大量殺戮兵器を安易に使ってよいものでしょうか)
まさにこれこそが覚悟だ。
この兵器を用いれば北プラハを滅ぼすことも容易い。だがそれと同時に、北プラハを完全に見限ることになってしまう。
「……私が後世で悪し様に罵られるかもしれませんわね」
「では、ご決断を?」
「これの数は如何ほどですの?」
「完成品はありません。全て試作品で、規格も揃っておりません。それで良ければ十七ほど」
長官は十七冊の資料を指差す。
その一つ一つが試作品の仕様ということだろう。これ一冊のために戦争が起こっても不思議ではないほどの機密が詰まっている。マリアンヌは胸の内が重くなるのを感じつつも、次の質問をする。
「運用はどういたしますの?」
「飛行船や回転翼機を用いて空中から投下、時限式にして設置、となるでしょうか。しかし自爆の可能性が高い方法です。現時点で軍に採用されている技術では運用は難しいでしょう」
「通常の爆弾のように空から落とすではいけませんの?」
「高度が足りません。核兵器の爆発力は凄まじいものですので、中途半端な高度では巻き込まれてしまいます。何かしら特殊な仕様を施し、高高度を維持できる機体を用意しなければなりません。しかしながら飛行船も回転翼機も、魔術保護を施したところで核兵器を運用するに足る高度には到達しないのです」
それこそが開発されながらも実用化に至らず、皇帝にまで情報が上がらなかった最大の理由だった。勿論、それで諦めるわけがない。運用方法についても密かながら研究されていた。
「現実的な案として研究されていたものは二つです。より高高度を飛行可能な新機体を開発すること。これは魔力兵装開発部で元より開発が進められていたもので、形になりつつあります。ですが莫大な予算が必要となりますので、試作品完成が遅延している状況です」
「北プラハが実質消滅して税収も四割ほどが失われましたもの。予算削減の煽りですわ」
「ええ。そこでより安価な方法として、砲弾のように遠方から飛ばすという案も研究されております」
「……それは危険ではありませんの?」
「北プラハを侵す黒の領域の外から狙うとなれば、そもそも射程が足りません。それに仰る通り、超長射程を飛ばすほどの威力で核兵器を打ち出すなど、危なくて選択できません。そこでこのようなものが開発されております」
資料の山から一つの冊子が引き抜かれ、その中のあるページが開かれた。設計図と共に試作品と思われる写真が挟まれている。細長く、先端が鋭利な形状だ。これについてはマリアンヌも目にしたことがある兵器だった。
「開発中の噴進弾ですわね」
「はい。大口径火砲の射程は限界に到達しつつあります。そこでより安価に、より長射程を実現する新技術として開発中のものです。これを応用し高高度飛行を可能とする新型航空機も開発しているのですが……そちらは後で。この噴進弾ですが、理論上はこの大陸の全てを射程とすることが可能なものです。核兵器運用としてこれほど理想的なものはありません。これが完成すれば、武力によってすべての国家を手中に収めることが叶うのですから」
「……ローグらしい兵器ですわ」
かつて先代皇帝アウレリアの前で問答した際、エドリックは武力による世界の統一を目指すと語った。その過程で生じる犠牲を考えれば愚かなことだとマリアンヌは考えていたが、これほどの兵器を開発していたのだとすれば納得もできる。
もしも四年前の時点で完成していれば、皇帝の地位はエドリックのものになっていたかもしれない。
「エドリック殿下……いえ、エドリックはこの兵器を用いて赫魔を滅ぼし、その威力を全世界に見せつけるのだと仰いました。そうすれば帝国の威光となった核兵器によって、全ての国を屈服させることができると」
長官は感慨深そうにそう口にする。エドリックは国防省とも懇意にしており、軍とも繋がりが深かった。在りし日は彼もエドリックと理想の帝国について語り合ったのだろう。
それも今は叶わぬ夢だが。
「国防省長官に問いますわ。核兵器の運用を最短で行うために最も実用的な方法とは?」
「……開発進捗を考慮すれば、新型航空機の試作型に注力することです。噴進弾は充分な射程を実現するほどには開発が進んでおります。しかしながら正確な着弾を実現するために計算機が追い付いていないのです。現在は機械計算機の精度が悪く、人力の方がマシなほど。そして人力ではどうしても精度に限界があり、計算の完了にも時間がかかってしまいます。命中精度はその日の気温や天候にも影響されますので。それに発射装置の精密性が保証できません。下手をすれば的外れなところに着弾するやもしれぬのです」
人間の眼には判別できない程度の誤差だったとしても、長距離を飛ばせばずれも大きくなる。左右のずれ、高さのずれ、噴射燃料の誤差影響、その他の環境影響が乗れば正確な着弾は極めて難しい。
長官の忠言は的を射ていた。
「よいでしょう」
マリアンヌは勅令を下す。
「急を要する事態ですわ。皇帝の名のもと、パルティア皇家の資産を投じましょう。急ぎ新型航空機の試作型を完成させ、核兵器による北プラハ爆撃撃滅作戦を遂行するのですわ」
「ッ! ははッ!」
「今夜議会を開きますわ。あなたは開発計画と作戦計画を作成し、持ってくるのです」
シュリット神聖王国が黄金要塞という兵器を手に入れるべく密かな準備を進めていた頃、プラハ帝国もまた世界を制すほどの兵器に手を出そうとしていた。
実はエドリックが皇帝になっていたら世界大戦勃発⇒プラハによる世界統一が実現していました。赫魔は核の火で浄化です。
マリアンヌも運が悪いだけで、本来なら国連的な組織を生み出し世界のリーダーとしてプラハ帝国を確立させます。なんならディブロ大陸開拓プロジェクト、迷宮完全攻略プロジェクトなども立ち上げ文明水準を二千年前以上に押し上げる素質がありました。
うーん。人の夢、儚い。




