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冥王様が通るのですよ!  作者: 木口なん
魔族篇 5章・最後の王

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623話 プラハ帝国分裂

 暗闇の中を漂うシュウは、眼下の赤い星を見つめていた。青と緑に染まっていた星も、今はすっかり荒廃している。『王』と『王』の戦いは星すらも滅ぼしてしまったというわけだ。



「勝ちきれなかったか」

「引き分けといったところだな。これ以上は世界の方が先に壊れる」

「じゃあ賭けはどうするつもりだ」

「ふむ。そうだな」



 ルシフェルはほんの少し、考え込んだ。

 この勝負も、元はと言えば大陸への干渉を巡ってのものだった。混沌の広がりを望んだルシフェルとしては、『王』による完全な管理下の『養殖』を好まない。



「虚無の連中がこっちの世界に流入し続けている。それはいいのか?」

「停滞気味だと思っていたところだ。今や世界は冥王と恒王の争いを二千年も続けている。そろそろ飽きた」

「勝手な……」

「貴様が紡ぐ叛威(Atrc NhXa)の呪詛を手に入れたことも分かっている。決着は時間の問題だ。勝負の決まった状況ほど面白くないものはない」



 ただ外から見る側としてはその通りなのだろう。シュウも共感はできる。

 しかしながら当事者ともなれば話は変わる。



(まぁ俺に言えたことではないか……)



 ルシフェルのしていることは、これまで何度もシュウのしてきたこともである。あまり反論しすぎると自分に返ってくる案件だ。だから強くは主張しにくい。



「落としどころはどうする?」

「年数を限定する。それがいいだろう」

「どういう意味だ?」

「五年ほどは手を出すな。その後は好きにしろ」

「流石に長すぎないか?」

「じゃあ四年にしよう」



 まさか本当に年数を減らしてもらえるとは思わず、言葉に詰まってしまう。だが、しまったと思ったときにはもう遅かった。



「決まりだな」



 こうなってしまった以上、ごねても仕方ない。

 下手なことを言って要求を引き上げられても面倒なので、それで許容することにした。



「直接以外の方法では手を出すからな」

「まぁそれならいいだろう。プラハ帝国とやらを使うのだろう?」



 勿論、緩和条件は出したが。





 ◆◆◆




 シュウとルシフェルの間で結ばれた条件により、冥王戦力は虚無に対して直接的な対処ができなくなってしまった。四年間という期限付きであるため、暗黒暦二一〇八年までは迂遠な方法を取らなければならない。



「悪い。勝ちきれなかった」

「やっぱり難しいですよねー」



 厳しい勝負だと分かっていた。だが負けるつもりはなかった。蓋を開けてみれば引き分け。それも世界への影響を鑑みて、引き分けで終わらせたというべきだ。

 それで決まった四年の期間は大きい。



「こうなると色々対応が必要になりましたねー」

「ああ。まずはウルへイス地方のことを調べ直しだな。セフィラは……」

「ふーん」

「……まだ拗ねてるか。悪かったって」

「つーん」



 どこかわざとらしい拗ね方である。

 機嫌を直すまでは話を聞いてくれなさそうだ。失態は確かなので、シュウとしては黙って機嫌取りをするしかない。



「まずは第一分室プリマヴェーラに調査をさせる。何が起こってエドリックが虚無に侵食されたか、時系列順に調べる。ユゴスがどこから来たのかは……たぶん赫魔だからいいとして、寄生虫どもが蔓延した理由は調べておきたい」

「ですね。ただ注意しないと寄生虫に一杯食わされるかもしれませんよ」

「ああ。だから俺の加護を持っている奴だけを使う」

「それが良さそうですね」



 セフィラの戦闘記録は取得しているので、寄生虫の特性もある程度は分かっている。少なくとも死魔法の守りがあれば対処可能だ。



「それとシュリット側からも手を出すぞ。ハデスグループを介して深淵渓谷を攻める。確かシュリットの軍閥が予算を欲しがっていたな。出資して食い込むぞ」

「派手ですね」

「これまではある程度加減していたが、もうそんな暇はない」

「でも直接的な干渉が禁じられましたし、ネロ社は使えないのですよ」

「フロント企業としての価値はある。育成して尖兵にすれば使えるだろ」

「社長業は継続ですねー」



 地図の上ではかなり厄介な状況だ。

 虚無由来と思われる存在によって、ウルへイス地方およびアルザード州を奪われたに等しい。つまりプラハ帝国側からは深淵渓谷を攻めることができなくなってしまった。



「ルシフェルが禁止しているのは『王』としての介入だ。アイリスは含まれない」

「あれ? もしかして」

「いろんなところに働きに出てもらうからな」

「過労死案件なのですよ!?」

「不死身だろお前」



 アイリスの嘆きは一蹴された。





 ◆◆◆




 エドリック=ローグ・ノクス・ウルフェリアの宣言によって、ウルへイス地方からアルザード州にかけての地域は北プラハ帝国となった。対比としてマリアンヌ=ホリー・ファルエル・パルティアの統治範囲である本州、ベリア州、ローラシア州は南プラハ帝国と呼ばれる。

 歴史に記されるところの、南北朝時代の始まりである。

 当然、双方の帝国は己こそが真なる後継であると宣言しているが。



「マリアンヌ、お父様から情報来たよ」

「どうでしたか?」

「あのね、エドリックは変な人間から接触を受けていたみたい。これが資料だよ」

「……ウィスイントルクロッコル? 意味の分からない名前ですわね」

「お父様は虚無言語だろうって」

「何ですの?」

「向こう側の世界の言葉?」

「なぜ疑問形ですの……」



 プラハが二つに割れてから、マリアンヌは休む間もなかった。北と南を分ける境界線を設定するところから始まり、国民への説明、半減した税収への対応、暗号の刷新、新たな要塞の建設、外国への対応など様々である。一つ潰せば新たに五つは問題が出てくる。

 まるでいたちごっこだ。



「でも少し安心しましたわ。心の底にどんな思いがあったかは分かりません。でもエドリックはただ利用されただけなのですね」

「たぶんね。洗脳されたか、乗っ取られたか、どっちかだと思う。残念だけど……」

「分かっていますわ。もう救えないということですわね」



 こうなった時点で、プラハ帝国は喰いあうしかない。その果てにあるのは、どちらかの皇帝の死だ。どういう結末だろうと、マリアンヌはエドリックを捕縛し、公開処刑しなければならない。そうでなければ自分がその運命を辿るだけのことだ。



「セフィラ」

「何?」

「私は明日、槍を手にして出陣します」

「そうだね」

「建設中の要塞を視察し、布陣する兵士たちを鼓舞する予定です。場合によっては即座に開戦もあるでしょうね」



 マリアンヌは席を立ち、傍に立てかけてあった槍を手に取った。初代皇帝の時より伝わるゲヘナの鋲だ。腕力は必要ない。ただ願えば世界をも滅ぼしうる。



(怖いわ。もしもこれを同胞の民に解き放たなければならないとしたら)



 重い責任がマリアンヌの両肩には乗っている。

 皇帝となって一年目でこの出来事だ。どうしてこんなことに、という思いもある。



「大丈夫」



 苦しむ彼女を、セフィラは後ろから抱きしめた。優しく包み込み、祝福の魔力を送り込む。じんわりと温かいものが流れ込み、マリアンヌは自然と心が軽くなった。



「大丈夫だよ。ママも力を貸してくれる。私もいる。マリアンヌは負けないよ」

「ええ。信じているわ。でも怖いの」

「怖い?」

「負けることは怖くない。でも、私のせいできっと民は苦しむ。死んでしまう人がいるかもしれない」

「優しいね」



 皇帝は国を形作るための要であり、楔だ。一個人の進退ではなく、国家の未来を常に考えなければならない。小を切り捨て、大を救わなければならない。

 なぜなら、全ての人間が同じ幸福を享受することなどできないのだから。



「ウィスイントルクロッコルは潰すよ。お父様がね。だから心配いらないよ」

「……死の王が殺してくださるなら、不安はありませんね」

「だから大丈夫。大丈夫だよ」



 マリアンヌにとって、この慰めは心強かった。




 ◆◆◆




 プラハ帝国の分裂は諸外国に対しても衝撃を与えた。

 そして彼らがまず考えなければならないのは、どちらのプラハ帝国を真とするかだ。正式に先代より皇帝として指名されたのはマリアンヌなので、基本的には南プラハこそが真だと概ね受け入れられている。だが一方で、即位から一年と経たないうちに内乱が発生したという点は考慮から外せなかった。マリアンヌ皇帝に何か瑕疵があったのではないかと、疑いの目を向けるのも仕方がない。



「なるほど。ハデスグループはあくまでも南プラハに所属すると」

「ええ。そのように解答がありました」

「厄介ですね」



 シュリット神聖王国でもまた、それは議論され続けていた。

 王政府では権力者の他に有識者が集められ、どちらに味方するべきか答えの出せない日々が過ぎていたのだ。



「今のところは南派が八割、北派が二割ですか」

「正当性を担保しているのは南だ。そこは無視できないでしょう」

「しかし北を支援して勝利を得ることができれば、新たなプラハ帝国は我が国に借りを作る形となります。それはかなり大きい利点だと思いますが」



 彼らとて南プラハ帝国をこそ真と認めるべきだと分かっている。しかし一方で、北プラハ帝国を支援した場合のリターンが大きいことも確かだ。それがある限り、北プラハ擁護派を説得するのは難しい。



「王よ、そろそろご決断していただかなくてはなりません」

「……うむ」



 おおよそ南派へと天秤が傾いていながら、決が出ないのは王が悩んでいるからだ。

 安全なのは南プラハ帝国を選ぶこと。高みを目指すならば北プラハ帝国を選ぶべき。王は優柔不断であった。だがここは彼にとって分水嶺なのだ。凡庸な王で終わるか、歴史に名を遺す名君となるか、愚王として痛烈に批判されるか。



「うむ……今日の議論は一度持ち帰り――」



 またか、と誰もが思う。

 しかし今日は少し違った。



「お待ちください陛下」



 声を上げたのはスウィフト家の人間であった。若き当主を据える軍閥貴族スウィフト家は、シュリット神聖王国内での歴史の浅さから軽く見られがちだ。そんな人物が王に直接意見しようとしている。これには他の権力者たちも騒めいた。



「ロマノ・スウィフト、君のような者が口を挟んでよいとでも思っているのかね」

「無礼は承知ですよアルテミア公。ですが私は陛下に意見しなければなりません」



 ロマノは仰々しく腕を広げ、注目を集めた。その威風堂々とした姿は王者の風格である。止めようとした権力者たちも、王ですらも彼の言葉を止めることはできなかった。



「無視すればよいのです。プラハ帝国など。なぜならばあれは我が国にとって不俱戴天の敵。勝手に分裂して潰しあってくれるのですよ? そのままにして力を削ぎ落せばいいではありませんか。私たちは無言を貫き、後から有望な方で立場を宣言すればよいのです」

「しかし他の国は……」

「ルーインやマーレはすぐに南プラハへとすり寄りました。それは隣接しているからです。そして封魔首長国連邦は実質プラハの属国でしょう? それに統一アスラン王国も」



 特に最後の言葉は重々しかった。

 なぜならばアスラン聖国はロマノ・スウィフトにとって大きな意味を持つのだから。



「二十年前です。我が聖レベリオ王国はアスラン聖国に滅ぼされました。亡命した私たちスウィフト家を受け入れてくださったシュリットには感謝しています。若輩の身でありますが、国に対する忠誠心は誰よりも強いと自負しています」



 下級士官家系の当主でありながら、ロマノの言葉には重みと風格があった。まるで血筋を重ねた王家のようである。誰一人として口を挟むことができない。



「ルーイン、マーレ、封魔連合、アスランの四ヵ国は仮想敵国。味方と言えるのはヴェリト王国くらいなものでしょうな。あとは国家というわけではありませんが、クローディア自治領ですか。我々はいつの間にか、包囲されていた数百年前に逆戻りしていたのです。皆様方もお気づきでしょう?」



 シュリット神聖王国が危険な状態に陥っていることは、この場にいる誰もが理解していた。誰一人として楽観視はしていない。



「まさか……この状況を利用するというのか」

「ええ。まさしく」

「世界を混迷の中に叩き落とそうというのか……赫魔の勢力が拡大するこの世で!」

「いいえ。それは違います」



 人間同士でいがみ合い、争い、共倒れとなっては意味がない。それはロマノとて理解している。本当の目的は別のところにあった。



「今ならばプラハの監視がありません。私たちは大いなる力を……黄金要塞を探し出すのです。天空を支配する古代王国を、今こそ復活させるのです! そのためにスウィフト家は飛行船技術を提供したのですから」

「まさかここまでの構図を読んで?」

「それこそまさか! プラハの分裂は誤算でした。嬉しい誤算です。故に計画を加速させることができます。より迅速に、より大胆に動けるようになりました。空を支配すれば、地上でどれほど包囲されようと関係ありません。我が国は一転し、世界の支配者となれるでしょう」



 その語りには夢があった。

 だが夢で終わらない説得力もあった。



「どうか決議を。この私に命じてください。黄金要塞、煌天城、天空の城、様々な呼び名のある古代王国を探せと。私はこのために空軍を創設したのですから!」



 シュリット神聖王国はこれを契機に激動へと身を投じていく。この動きが吉と出るか、凶と出るかは賭けだった。だがロマノの言葉は甘い蜜のように魅力的である。

 決議の結果は言うまでもなかった。





今回の地図

挿絵(By みてみん)




アットホームな職場は信じるな




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― 新着の感想 ―
死なない故に終わらないブラック労働 可哀想に 探すのは空へ放棄したやつか アロマが乗ってて支配された黄金要塞って今どこにあるんだろう
文明崩壊(2周目)の匂いがぷんぷんしますぞ
面白かったです。 次の話が楽しみです。
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