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冥王様が通るのですよ!  作者: 木口なん
魔族篇 5章・最後の王

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621/636

621話 闇の雲

 マリアンヌ皇暦の第一年。

 それはプラハ帝国にとって新たな始まりとなる重要な年であるはずだった。国内発展に注力するという皇帝の宣言通り、小さな改革を積み重ねているところであった。

 国民も、新たな帝国に期待を寄せていた。



「もう! 何ですの!?」



 思わず皇帝という立場を忘れて叫んでしまうマリアンヌ。

 それもそのはずだった。



「ローグがウルへイス地方とアルザード州を真なるプラハ帝国として独立!? どういうことですの!?」

「わかんないわかんない!」

「セフィラもわかんないのでしたら仕方ありませんわね!」

「仕方ありませんことよ!」



 もはや混乱しすぎて口調もおかしなことになっている。それはセフィラも同じだった。

 突如として舞い込んできた報告は彼女たちのみならず、宮中の全員を混乱させている。民間の報道機関もよく分からないまま情報を発信し続けているため、国民たちも慌てていた。



「情報を整理しますわ!」

「そーだそーだ!」

「実際、ウルへイス地方はどうなっていますの?」

「なんか反応が微妙なんだよね。ちゃんと女神像とかあるはずなんだけど」

「それっておかしいですわね」

「ですわね!」



 危機迫る状況だというのに、セフィラはどこか呑気だ。あまり気にしていないというより、ちょっとおふざけしているようにすら見えた。



「とにかく! まずは状況把握ですわね。内務省と国防省に連絡して、宮内省でも意見調整して、あとは国民省とも会議が必要ですわね!」

「じゃあ私がウルへイスを見てくるね」

「お願いですわ!」

「ですわ!」

「楽しんでません?」

「ですわ!」

「もしかして私の口調が面白くて皇帝に選びましたの!?」

「ソンナコトナイヨー」



 愉快に笑うセフィラを見ると、焦っているのが馬鹿らしくなる。マリアンヌも思わず笑ってしまった。お陰で緊張もほぐれてきたような気がする。



「ふふ。よろしくお願いしますわね。ローグはやり手ですわ。ですがこのような安易なことをする人ではないと思いますの。何かあったのかもしれませんわね」

「うん。私もそう思うよ。だから確かめてくるよ。こんなことなら加護をそのままにしておけばよかった」



 小さく手を振り、セフィラは姿を消す。

 残ったマリアンヌは倒れるようにして椅子に背を預ける。



「……ローグ。どうして」



 彼女は両目を覆った。




 ◆◆◆




 空間転移でウルへイス地方を訪れたセフィラはというと、異様な空気に気が付いた。突如として大公が真なるプラハ帝国として領有を宣言し、己を皇帝と称したのだ。混乱や反発はあって然るべきである。しかしながら静かだった。



「……いやなかんじ」



 ウルへイス地方は豊穣の祈り(セフィラ・キエナ)発祥の地と言われている。しかしながら祈りは全く届かない。一人としてセフィラへと祈りを捧げていなかった。



「やっぱり魔力の徴収がすごく減ってるの、気のせいじゃなかった。信仰が奪われた」



 豊穣の祈り(セフィラ・キエナ)は祈りによって民が魔力を捧げ、その代価としてセフィラが返礼を与えるというもの。土地の豊かさも、特殊な魔術も、全てはセフィラへの信仰から始まる。その祈りがなくなれば、セフィラには知覚できた。

 だがそのようなこと、普通はあり得ない。

 アルザード州はともかくとして、ウルへイス地方は豊穣の祈り(セフィラ・キエナ)発祥の地なのだから。



「あ、象徴の木。人がいっぱい」



 歴史上、ウルへイス地方は略奪が行われている。数百年も昔の話だが、その復興の象徴として都市の中心となる大木は公園となり、記念館も建てられていた。この公園に多くの人集まり、何かを待っているように思えた。近づくこともせず、空の上からじっと様子を眺める。



「何か、変」



 セフィラが感じたのは人々の違和感。

 これだけの人が集まっているというのに、静寂なのだ。誰一人として言葉を発しようとしない。そして彼女は人々の中に、蟲のさざめきのような、ざわざわとした雑音を感じた。実際に音を発していないにもかかわらず、そう感じるのには理由がある。



「会話しているみたい」



 歌っているような、祈っているような、奇妙なざわめきだ。

 そして人々の中心にある象徴の木の下には、セフィラの目的の人物がいる。エドリック=ローグ・ノクス・ウルフェリア大公だった。

 いや、今は皇帝を自称している。



「エドリック……何するつもり」



 彼は周囲を見渡し、仰々しく両手を伸ばす。そして頷いたり、拳を高く振り上げたり、振り払ったり、奇妙な仕草だ。だがセフィラは少しずつ、彼が演説をしているように感じ始めた。

 ざわめきが大きくなる。

 一切の音がないにもかかわらず、頭の中で雑音が響いている。



『kpLoCErh. kpLoCErh. kpLoCErh. kpLoCErh』

『WrqTErh. WrqTErh. WrqTErh. WrqTErh』

『Ymth. Ymth. Ymth. Ymth』

『gRoLErh. gRoLErh. gRoLErh. gRoLErh』



 ずっとそれが続くので、だんだんと頭が痛くなってきたほどだ。

 ただ、雑音は何かの規則を持っているように思えてきた。



「……むかつく」



 プラハ帝国の半分を奪い、民の信仰の半分近くを奪った存在が何か。セフィラはもう分かっていた。

 元はといえばエドリックもまたセフィラのお気に入りだ。そしてプラハ帝国そのものが、まるで子供のような存在なのだ。まさしく半身を奪われたような心地というべきだろうか。

 だから彼女は強い怒りを感じていた。



『gRoLErh!』



 虚ろなさざめきは、その強烈な響きを発して遂に止まる。そして人々は一斉に空を見上げた。人々の視線が交わる先には、魔力を解放したセフィラがいる。

 彼女の周囲は既に違う世界へと塗り替わろうとしており、ただ見るだけで恐れを生む。だが誰一人として視線を外そうとしなかった。まるで恐れるものは別にあるとでも言いたげである。



「ねぇ。『王』ですらない寄生虫ごときが何してるの?」

『Uyus Lkt gRoLErh』

「言い訳する気すらないのは分かったよ。先に喧嘩を売ったのはそっちだから。覚悟してね」



 ほんの少し、怒りを込めて世界を広げた。セフィラを中心として樹界魔法の魔力が侵食していき、世界を異質なものへと変えていく。いや、完全ではなく半分ほど塗り潰した。ルシフェルの世界に、セフィラの世界が上手く重なっている状態だった。

 そして次の瞬間、ざわめきを放つ人々は地中より現れた枝に貫かれていく。



「人質でも取っているつもりだった? 私には無意味だから」



 驚くべきことに、枝に貫かれた人々は一滴の血も流していない。それによく見れば、枝は半透明だった。つまり物質的なものではなく、霊的なそれということになる。

 それと同時にセフィラの背後でも半透明な木が現れ、それらの枝に澱んだ色の花が咲き始めた。その花はすぐに散って子房が膨らみ、やがて花と同じ色の果実として熟す。



「ふぅん……汚い実。いらないから冥府の川に投げ捨ててあげる」



 半透明な木と枝はウルへイスを覆っていく。

 枝に貫かれた人々はほんの少し痙攣した後、そのまま気絶してしまった。



「私の魔法は奪う力と与える力。お前たちのような寄生虫だけを吸い取ることもできるんだから」



 人々は地面から突き出る枝から逃げ惑い、酷く騒がしい思念を発する。悲鳴の一つすらないところを見て、やはり普通ではないということを確信した。

 だがそんな中で、幾人かは枝による攻撃を防いでいた。エドリックと彼の傍にいる者たちである。彼らは周囲に黒い防壁を出し、枝の侵入を防いでいた。セフィラはそんなエドリックたちの前にゆっくりと降り立つ。



「私の魔法を防ぐんだ。もしかしてただの寄生虫じゃないね」

「何者か」

「ふざけているのエドリック?」

「私の皇道を阻むならば、倒さなければならない」

「話通じないし」



 口を開いたかと思えば、エドリックは意味不明な言葉を吐いている。そして彼のすぐ後ろには、黒い球体が浮かんでいる。その表面には小さな触手が無数に生えていて、その一部がエドリックに絡みついていた。

 セフィラはその球体を睨みつける。



「……お前か。私のものを奪ったのは」



 黒い球体は触手を蠢かせ、小さく脈動する。



「この!」



 セフィラは腕を振り上げ、そこに樹界魔力を集めた。全てを奪い、力として抽出する。淡い緑の魔力が蔦のようになって、今まさに放たれようとしていた。

 だが次の瞬間、彼女の手は強い力で掴まれる。



「まぁ待て冥王の娘。面白くなってきたところだ」

「ッ!?」

「ゲームといこう。俺を退屈させないためにな」



 夜の美しさを備えた羽が散る。

 その姿を目の当たりにして、セフィラは驚かされた。



「ルシフェル……!」

「そいつは殺すな」

「でもこいつは虚無の!」

「よく見ろ。こいつはただの分身体に過ぎん。まだ本体はこちら側に来ていない。一部だけの顕現だ」



 彼がそう告げると、セフィラはぐるりと景色が回るのを感じた。




 ◆◆◆




 セフィラからの知らせを受け、シュウとアイリスはすぐに妖精郷へと帰還した。そこで待っていたのは怒り心頭のセフィラと、それを飄々と受け流すルシフェルの姿であった。



「どういうことだ?」



 帰ってきて早々、シュウはそう尋ねる。

 何についてかは言うまでもない。既に事情は知っている。するとルシフェルは手元に鏡のようなものを創造して現地の状況を映してみせた。



「そう急くな」

「今回の敵は虚無の『王』だった。ウルへイスやアルザードに蔓延した寄生虫どもはともかくとして、その背後には何者かがいる。赫魔に干渉し、強化した奴がな」

「ああ。その通りだ。虚無の世界の『王』、闇の雲(UjugoHs)がな」

「ユゴス?」

「少し発音が違う。闇の雲(UjugoHs)だ」

「どうでもいい」



 相変わらず、虚無たちの言葉は発音が難しい。

 シュウが問い詰めてもなお、ルシフェルは悪びれる様子もない。



「そこの娘にも言ったが、闇の雲(UjugoHs)はまだ一部しかこちらに来ていない。奴の奉仕種族が活動しているだけだ」

「あの寄生虫か」

「寄生虫。言い得て妙だな」

「笑っている場合か! あんなものの『王』がこちらに顕現すればどうなるか分かっているだろう? イゴーロナクの顕現以降、こちらに興味を抱く虚無は増えている。アトラク・ナクアもそうだ。奴らはこちら側の世界を混乱させる」

「冥府の王、勘違いするな」



 言葉は静かだが、ルシフェルは神に相応しい力を発露した。それはこの世界の礎となった魔力だ。ただそこにあるだけで世界を捻じ曲げ、言葉一つで創造と破壊を執行する。まさしく世界の王たる存在の力が僅かだが放たれていた。

 ただの人間でしかないアイリスは苦しそうで、シュウがそれを庇いつつ死の魔力を以て相殺する。



「何のつもりだ」

「勘違いするなと言った。俺は平穏になど興味がない。俺が力の一端を用いてまで世界を生み出し、維持しているのは俺が愛でるためだ。この箱庭を存分に楽しむためでしかない。虚無の侵略もまた、一つの刺激に過ぎん」

「劇薬だろうが」

「何も積極的に呼び寄せるわけではない。ただのゲームだ」

「ゲームだと?」

「ああ。奴らが闇の雲(UjugoHs)の本体を顕現させることができれば、あちらの勝ち。そしてこちらは『王』が直接叩く以外の方法でそれを阻止する。人間などを使ってな」



 思わず深い溜息を吐いた。

 ルシフェルからすればこの緊急事態ですら退屈を紛らわす刺激に過ぎないということだろう。シュウからすればいい迷惑だが。それに今回はセフィラが育てた国も巻き込まれている。一番怒っているのは彼女だった。



「勝手なこと言わないでよ。私の国なんだけど!」

「ここは俺の世界だ。嫌なら俺を力で従えてみるか?」

「う……」



 流石にそれは無謀だと思ったらしい。半ば脅しのようなものだったが、セフィラも引き下がらざるを得なかった。未だ樹界魔法を完全なものとしてない自覚もある。広大な世界をまるごと創造し、これまで維持してきたまさしく神とも言うべき存在を相手に強気にはなれなかった。

 だがここでシュウが一歩前に出る。



「この世界はお前のおもちゃかもしれないが、ただ思い通りになるだけではつまらない。そうだろう?」

「ほう?」

「望み通り、刺激を与えてやる」

「この俺を楽しませることができるというのか?」

「分かっているはずだろ。死の魔力は全てを滅ぼす」

「ふ。面白い」



 ルシフェルは背を向け、テラスに出た。そこから空を見上げると、既にいくつかの星が見え始めていた。



「俺たちが楽しむなら、少し離れた方がいい。俺も遊びでこの星を滅ぼしたくはない」

「ああ」



 相応しい戦場へと転移するということだろう。彼は挑発的な仕草で手招きした。それに応じるべく一歩踏み出したシュウを、アイリスの手が掴む。



「シュウさん、大丈夫なのです?」

「多分な」

「無茶、しないでくださいね」

「行ってくる。セフィラも待ってろ」



 ルシフェルが魔法を使い、世界を捻じ曲げる。

 二人の姿は一瞬で掻き消えた。





序盤からトップスピードで行きまっせ


激おこセフィラ

大切に管理してきた畑に害虫が湧いて怒り。可愛いマリアンヌには詳しいことを教えない。大したことないふりしてこっそり駆除しようとした。でも地主(ルシフェル)に「オーガニック以外許さん」と訳のわからんことを言われて結局怒り

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― 新着の感想 ―
熱すぎる!そしてシュウがカッコよすぎる!
好きにやりたいなら自分で世界作るしかないけどそこまで伸びしろあるんかなぁ
互いに本気ではないにしても、とうとう冥王×魔王の対戦カードが切られたか…!
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