615話 二代目魔神討伐戦②
ルーク、ネオンは死力を尽くした。己の持てる力の限りを使い、九尾魔仙と死兎魔仙を攻め立てた。しかし逆もまた然り。最後の砦にまで攻め込まれ、九尾魔仙と死兎魔仙は後がない。魔神はかつて七代目聖守ロールズを迎え撃った時のように戦えない。自分たちで守り切らねばならない。その必死さは徐々に表れた。
「ルフェイ!?」
だが最新の英雄たちは古き業魔族を凌駕する。まず最初に落ちたのは死兎魔仙だった。彼は空間転移を多用して積極的にネオンを狙ったが、相手が悪かった。『声』によって転移先を先読みするネオンにカウンターを当てられ、一気に仕留められた。光線の嵐が身体を破壊し、血翅の刃が魔石を切り裂いたのだ。
それに僅かだが気を取られ、九尾魔仙は尾を切り裂かれる。それに続く雷光によって影の怪物も破壊され、形勢は不利となった。
「餓楼! 歌え!」
『Th Lrd sa shphrd, nd Ir hv――』
――主は力、主は砦
――私の避けどころとなる御方
――褒め称えられるべき方
合唱する影の怪物、餓楼を阻むようにしてネオンの歌声が響き渡る。それは魂を震わせ、《聖捌》の力を同調させる。反響する聖なる光が内側から魔を破壊する。
餓楼は内より光に呑まれ、九尾魔仙もまた魂を壊される苦痛で胸を抑えた。
「嵐唱! 貫け!」
「調子に乗るでないわ小僧!」
ルークの刃から、九尾魔仙の尾から、それぞれ電撃が放たれる。それは二人の中間でぶつかり、対消滅して光を放った。
「『堕ちよ』」
九尾魔仙がそう告げる。するとルークは突然身体が重たくなり、地面に叩きつけられてしまう。ただ言葉のみで世界を歪める、言霊の力だった。
「『堕ちよ』! 『堕ちよ』! 『堕ちよ』!」
続けて三度、告げられる言葉の度にルークへとかかる荷重は倍増した。その重さのため身体は床へと沈み込み、呼吸すら儘ならない。
だがそこをネオンが助けた。
「《秩序星廟》!」
世界が一瞬の昏さに包まれ、いくつもの光条が煌めく。無数の光の束が反射し、時に収束し、まさしく嵐となって九尾魔仙へと襲い掛かった。本来の威力であれば広域を破壊し尽くす聖守専用の大魔術だ。それをただ一体の魔族へと向けられた結果、九尾魔仙は全身を穿たれて血の泉に沈んだ。
しかし流石に最強の七仙業魔というべきか、瞬時に再生してしまう。
「動けますかルーク!?」
「問題ないさ。だがこいつの再生は厄介だな。一発で仕留めないと再生するのか」
「私の切札でも殺しきれません」
九尾魔仙はこれまでの魔族とは一線を画す。魔力、再生能力、そして異能が桁違いだ。どうしても倒しきれず、ルークとネオンは疲弊していく一方だ。
そして事態はさらに悪化する。
二人の背中に強い熱を感じた。
「時間を稼いでくださりありがとうございます。助かりましたアンヘル」
「遅いぞフェレクス。お陰でルフェイがやられてしまったではないか。妾にこのようなことをさせおって。後で分かっておろうな」
「借りは返します。きっちりとね」
「ふん。まぁよい。さっさと侵入者共を殺さねばならぬな」
激しい炎を放つ廻炎魔仙フェレクスがやってきたのだ。それが意味することは一つ。彼を抑えていた仲間たちは全員殺された。
ネオンは唇を噛み、廻炎魔仙の方を向く。
「ルーク。あれは私が。あなたはそちらを」
「分かった」
互いに背を預け、正面の敵を屠る。
まずはネオンが玉虫色の刃を掲げた。そこに魔力が渦巻き、光が集まる。
「始まりの光よ。偉大なる主の光よ。どうかここに顕したまえ」
振り下ろされた刃と共に、光線が嵐の如く殺到する。《秩序星廟》を最大密度で放ち、一撃で仕留めようとしたのだ。廻炎魔仙は一瞬にしてその内側へと呑まれ、光はそのまま黒夜宮をも破壊する。
ただ光の嵐の内側より炎の塊が飛び出て、それが廻炎魔仙の形となる。そのまま彼は炎を噴出しつつ飛翔し、一気にネオンへと迫った。するとネオンは《聖捌》の光を解き放ち、廻炎魔仙の炎を退ける。
「五度目か」
そんな小さな呟きをネオンは拾った。ただその意味を理解することは諦め、ただひたすら廻炎魔仙に追撃し続ける。対して廻炎魔仙は膨大な魔力を利用してただ灼熱を放ち続けた。人と魔族では基本性能が違う。正面から撃ち合うのであれば有利だと判断したのだ。ただネオンも第三の眼を開眼しているため、魔力が尽きることはない。
ここで二人は一度拮抗した。
ほぼ同時にルークと九尾魔仙も動き始める。
「お前が魔神教団の教主……なぜあのようなことを」
「あれは魔神様の悲願を達成するための土壌。折角あれほど育てたというのに、随分と壊してくれたではないか」
「先に俺の故郷を奪ったのはお前たちだった。因果応報だ」
「人間にとっても救済だというのに。それが分からぬか?」
「分からないね」
「永遠の命と、魔神様の下で一つとなる感覚。それがあれば同じ種で争うこともない。妾は知っておるぞ。人間とは同じ種でありながら争い合う、実に無価値な存在であると」
「違う」
ルークは力強く、しかし感情を波立たせず答えた。
あくまでも冷静に。あくまでも落ち着いて。英雄として、王としての月日が彼を成熟させていた。
「人は争い合うが、それは新たな価値を受け入れるための過程だ。ただ一人の支配によって思想も価値も制限されてしまうのなら……死んだも同然だ」
「つまらぬ拘りのために混沌を受け入れると? 甘い男よ」
「そのために導く者がいる。俺は王として、そうありたいと願ってきた。魔神教団は狂っている。ただ唯一の価値を妄信し、他を信じない」
「それが『教え』というものよ。妾はただ説いておる。唯一の正しさをな」
嵐唱の刃と九尾魔仙の尾がぶつかり、火花を散らす。電撃が飛び散り、対消滅して光を放つ。九尾魔仙の尾は九つだ。ただ一つの刃しか持たないルークでは手数に劣る。初めこそ押していたが、防戦を強いられ、次第に追い詰められつつあった。
そして九尾魔仙の本領は尾による物理攻撃ではない。
「ッ!」
ルークは足が何かに絡めとられ、態勢を崩してしまう。反射的に目を向けると、黒い影がまとわりついていた。影より現れる単眼重瞳の怪物、餓楼である。そこに尾の突きが殺到し、ルークは防ぎきれずに脇腹を貫かれてしまった。
(まずいッ……逸らしたけど内臓をやられた)
本当の狙いであった心臓こそ外させたが、それでも致命的な傷だった。そして第二、第三の尾も迫っている。だからルークは反射的に願った。
(頼む嵐唱。俺を勝たせてくれ)
どうせ死が迫っている。ならば同化による侵食を厭う理由もなかった。
強烈な雷光が解き放たれ、それにより九尾魔仙は尾を消滅させられ失った。さらにルークの右腕を伝って黒い雷撃が灯り、刃全体に宿る。
『代価は頂く。それが神器だ』
ルークの右腕からさらに侵食し、黒いひび割れた皮膚が頬にまで伝った。今や右半身はほぼ嵐唱に飲み込まれている。それを代償として、ルークの力は増した。
黒い雷撃は斬撃となって九尾魔仙を飲み込み、その上半身を消し飛ばす。抵抗の余地もなく、ただ通過するだけで直線状の全てを掻き消した。
「はぁッ! はぁッ! ネオンは!?」
年齢もあってルークも体力が落ちている。高出力の戦闘は若い頃のようにいかない。かつてのようにいくらでも嵐唱の力を引き出せるわけではなかった。
疲労を押し殺してネオンの方へと目を向けると、彼女の方も間もなく決着であった。
廻炎魔仙は光の連なる檻へと閉じ込められ、その炎ごと封じられている。
「星の光よ。私に加護を」
血翅を振り下ろすと同時に光の嵐が廻炎魔仙を飲み込んだ。無数の光が通り抜けた後には火の粉すらも残らない。
「……ようやくですか」
「倒せたかネオン」
「どうにか。何度か復活して手間取りました」
「復活? そんな能力まであったのか」
「ルークも苦戦したようですね。また同化が進んで……」
「ああ、ミリアムと戦ったとき以来だな」
もはや王を守る存在はいない。
氷漬けとなっている魔神へと近づき、ルークの間合いで止まる。
「こいつが……全部の悪の根源か」
「はい。ついにここまで辿り着きました」
魔神は下半身のほぼ全てを凍結させられている。七代目聖守ロールズとの激闘の末、氷結の呪いをかけられた。大幅な弱体化を受けている。
「……そうか。この時が来たか。まだ先の時代であれば私も呪いを解くことができた。今ならば間に合うぞ聖守よ。私を殺したとして、安寧は訪れない。今ならば踵を返し、平穏を享受することもできる」
「その選択肢はありません。私には聖守としての義務があります。それにあなたの言葉が真実である保証などありません」
「だろうな。ならば私も抵抗しよう」
ほんの少し力むと氷の封印に亀裂が走る。だが呪いは体の芯すらも凍らせている。無理に動けば内部を損傷し、致命的な傷となるだろう。
だがそれも厭わず、魔神はただ封印から抜け出そうとしていた。
「抜け出すつもりか!? ネオン!」
「分かっています」
動けるようになる前に仕留める。そのつもりで彼女は進み出て、玉虫色の刃を突き立てようとする。切っ先が魔神の胸を貫き、魔石を打ち砕くかと思われた。だがそこで刃は止まってしまう。
「どうしたネオン!」
「……だめです。これ以上進みません!」
「なんだって!?」
「私の聖王剣はかつての戦いで失われました。おそらくあの剣でなければ魔神の魔石は……ッ!」
悠長に状況の整理をしている場合ではなかった。魔神を覆う氷は破裂し、その呪いから解放される。ただ手順を飛ばした解放の代償で、彼の左腕と右脚は千切れてしまっていた。
「魔剣よ」
魔神は残った右腕で剣を抜き放ち、呼びかける。すると刀身から黒い粘液が溢れ、周囲を闇で侵食し始めた。対抗するためにネオンは《聖捌》の光を放ち、闇の液体を打ち消していく。
「聖なる光か。まさか扱える者がいるとは」
半分ほど胸に埋まった刃はこれ以上進まず、どうしても魔神の魔石を破壊できない。ネオンは恐れることなく踏み留まり、力の限り押し込もうとしていた。その助けとなるべくルークも雷光を放つ刃で魔神の残る腕を切り落とそうとする。
「ネオン頑張れ!」
そんな掛け声と共に振り下ろされた嵐唱を、魔神はいとも容易く受け止めた。魔剣を手放し、羽でも摘まむような軽さで、あっさりと手で掴み止める。
ルークも思わず全身の力が抜けてしまった。
まるで厚い壁に剣を叩きつけたような感触だったからだ。
「常盤の鞘の加護がある限り、そのような攻撃は効かない。お前は邪魔だ」
そう告げるや否や、魔神の足元から勢いよく植物が生えてきた。芽は瞬時に木にまで成長し、無数に枝分かれしながら魔神とネオンを包み込んでいく。ルークは木の外殻に阻まれ、外へと弾き出されてしまった。
このままではいけない。
咄嗟の判断でルークは力を渇望する。
「嵐唱ウウゥゥゥッ!」
再びその力が全身にまで及び、その頭部からは二つの巻き角まで生えてくる。更には左肩より、失われたはずの腕まで生えてきたのだ。それは岩のように固く、だがしなやかである。右腕と比較しても一回り太い、新たな異形の腕だった。
ルークは無意識に嵐唱を左手へと持ち換える。
そして空が割れるほどの巨大な黒い雷を宿した。
『邪魔だッ!』
ルークによって放たれた叫びのはずだが、声の質は嵐唱だった。黒い雷光の一閃は、未だ巨大化し続ける木々の殻を打ち破り、ただの一撃で引き裂いて破壊してしまう。また伝播する黒い雷は的確に魔神のみを狙い、その身体を破壊した。
この瞬間を、この好機をネオンは逃さない。
『祈れ。星の加護を』
「星盤祖に願う。私の手に魔神を打ち砕く……加護をッ!」
聴こえてきた『声』のままに祈りを捧げ、彼女は血翅へと魔力を注ぎ込む。それは瞬時に許容を突破したのか、玉虫色の刃には無数の亀裂が走った。
一瞬の内に剣は弾け飛び、その内側から渦巻く黒い風が現れる。黒い風は実体のない姿でありながら、かつての聖王剣を模しているように見えた。ただ今この時、余計なことを考えている余裕はない。
魔神は満身創痍。黒い雷光が肉体を破壊したことで胸部も抉れ、魔石も見えた。
(今なら、貫ける)
血翅では無理だった。
だが黒い風の刃であれば叶う。ネオンには根拠のない確信があった。心が思うままに身体は動き、新しい刃は刺し込まれる。実にあっさりと刃は通り、魔神の魔石は両断されてしまった。
「そう、か……奴らの、筋書には、逆らえない……か」
魔神がそう言い残すと同時に、切り裂かれた彼の魔石から大量の鎖が現れる。それは黒い風の刃を伝ってネオンの腕に絡みつき、次々と彼女の胸へ突き刺さった。
「ッ!」
『ネオン!?』
咄嗟に駆け付けたルークが鎖を握りしめ、引き剥がそうとする。だがそうするとネオンは激しく苦しみ、反射的に力を弱めてしまった。
体は熱くほてり、激しい眩暈もする。
(何? これ……)
魔神の魔石から現れた鎖は吸い込まれるようにして彼女の身体に吸い込まれていき、やがてそれも終わる。また魔神の遺体も塵となって消滅し、全ての音が消えた。そこでようやくネオンも体の熱さが収まった。
『大丈夫なのか? 傷はないか!?』
「え、ええ。はい。なんともありませ――ッ!?」
『どうした!?』
急に蹲ったネオンを心配し、ルークは抱きかかえる。
「何、これ……記憶、感情……?」
狂おしいほどの激情だった。このまま己の全てが掻き消されてしまうのではないかと思うほどの怒りがネオンを襲う。それと同時に強い使命感に支配されそうだった。
『なんだ! 今度はどうした!?』
それからのネオンは異常だった。伝えなければ、早く、などと繰り返す。このままではいけない。そう考えたルークは彼女を背負い、ヴァナスレイに向けて走った。
死ぬほど弱らせてデバフかけて覚醒級の英雄二人ががかりでようやくギリギリ倒せる二代目魔神。ぶっちゃけ作者自身も「どうやってこいつ倒すんだよ……」と思っていた。




