614話 二代目魔神討伐戦①
プラハ帝国、シュリット神聖王国はひとまず手を結び、赫魔へと逆侵攻を計画した。それぞれの国家がアルザード州およびクローディア自治領へと戦力をかき集め、巨大な戦線を構築。そこからおよそ二十年をかけて戦線を押し上げたのである。
赫魔は驚くほど集団的な活動を見せ、女王、煌赫獣までもが出現する。それはまるで国家間戦争のようであった。赫魔は日の光を嫌い、夜間で活発化する。その生態によって夜間戦闘を強制させられ、苦戦を強いられた。そして夜の闇の中に現れる赤い脅威へと、次第にある呼び名が与えられる。
暁の王国、と。
二十年にわたる激しい戦いによって赫魔は数を減らし、その活動域も深淵渓谷周辺に限られるようになった。暗黒暦一八三四年の決戦では最新の英雄ルーク王、聖守ネオンが参戦し、女王に致命傷を与えて撤退させる。これが決め手となり、以降は赫魔も姿を消してしまった。
「もう二年か」
「何がですか?」
「いや、暁の王国を退けたあの戦いだよ」
「そうですね。この辺りに来るのもそれ以来でしょうか」
「そうだな」
数十人の集団が山水域へと踏み込み、ある場所を目指していた。彼らのリーダーは二人。ルークとネオンである。サンドラ帝都での戦いから二十二年が経ち、ルークもかなり落ち着きのある風貌になっていた。王としての貫禄を得たとも言える。
またネオンもあの頃のように若い聖守ではない。数々の英雄譚を打ち立てた歴史上最も名高い聖守の一人になろうとしている。そしてその締めくくりとなる戦いへとこれから挑むのだ。
「魔神か。俺もシュリットの歴史は少し勉強したけど、厄介らしいな」
「八十年ほど前、七代目様が討伐寸前まで追い詰めたと記録に残っています。あの方は歴代でも最強であると伝わっていました。それほどの方でも倒しきれなかった。そんな相手です」
「俺たちは勝てるさ」
シュリット神聖王国にとっての悲願となる、魔神討伐。近年では深淵渓谷より現れる赫魔の影響で山水域にすら接近できず、その偉業へと挑むことすらできない状況であった。暁の王国を退けた今、ようやく道が開けた。
二年間は赫魔の動向を調査すると同時に、ルークにとっては退位の準備期間でもあった。
これから挑む相手は魔族の王。もしもルークの身に何かあれば、聖レベリオ=アスラン王国は混乱に見舞われる。それを最小限にするための準備だ。
「生きて帰らなければなりませんね。子供たちのためにも」
「ああ。あの子たちも大人だ。まだ若いが、きっとやっていける。二人とも優秀だ」
「英雄の子として期待されて育ちましたからね……それが重圧にならなければよいのですが。それに最近ではふたりのどちらがルークの跡継ぎになるのか、家臣たちも騒いでいるとか」
「そのための王位分割だ。二人にそれぞれレベリオとアスランを分け与える。後継者争いはできる限り起こしたくない。そもそも俺が二国の王をしていること自体が異例だからな」
ルークとネオンの間に生まれた子は三人。二人は息子で、一人は娘だ。幸いにも子宝に恵まれ、後継者については心配せずとも済んだ。ただ一方で誰を世継ぎとするか、という問題が現れる。
その意味では心配事も尽きない。
「俺たちが勝って帰れば問題ないさ」
「ええ。ルークに私。それから新しい六聖の方々もいます。私たちは勝てます」
「その調子だ」
シュリットは東部と南部に対する心配が払拭され、魔神討伐に全ての戦力を注ぎ込めるようになった。この時代を逃せば、次の機会はいつ訪れるか分からない。
国にとっては決して見逃せない。だから最高の人材、最高の武具を揃えた。
歴史の変わり目が、訪れようとしていた。
◆◆◆
山水域は気味が悪いほど静かだった。
魔族との連続戦闘すら想定していたルークたちは、ただ緊張だけを抱えたまま進む。そしてやがて、彼らは大きく開けたところに出た。そこは小高い丘で、黒い街並みを見下ろすことができる。
「まさか……魔族の街か?」
「これほど規模の大きなものを。魔族を所詮獣と侮れませんね」
「サンドラの魔族兵も話せる個体はいた。でもこんなことができる魔族はいなかったと思う」
彼らは驚きのあまり言葉を失う。
近年は魔族の出現報告など稀で、ルークもネオンもサンドラ帝国で戦った知能の低い魔族兵の印象が強かった。これほど社会的で秩序だった都市を作り上げたことに驚きを隠せない。
「聖守様、あの中心にある宮殿はもしや伝承に聞く……」
「ええ、黒夜宮でしょう。魔神が待ち構えるという漆黒の城」
「噂に聞く七仙業魔もいるということでしょうね」
「おそらくは。もしも乱戦になれば任せます。私とルークが魔神を討つまで、時を稼いでください」
あれだけの社会を作り出しているのだ。もしも正面から無闇に攻め込めば、酷い歓迎に遭うだろう。これは予想外のことだった。
「どうしますかルーク」
「嵐唱で混乱を起こしてその隙に行くか? 人間の街を攻めるときと同じように考えればいいんだろ? だったら一般の民衆は戦わない。弱い魔族は怯えて逃げるはずだ」
「雑ですね」
「でもいい作戦だろ?」
「下手に探りを入れるより、それがいいのかもしれませんね。どれだけ時間をかけても地の利は覆せません。私たちには糧食の制限もありますから、時間もかけられませんし」
慎重になったとしても、その過程で幾つも危険を冒さなければならない。黒夜宮が都市の中央部に存在しているため、探りを入れるとしても誰かが潜入する必要がある。それならばルークの作戦でも危険度は変わらない。
ネオンが全員の顔を見回すと、各々が頷いた。
「嵐唱、我が身、我が魔力を捧げる。俺と一つになれ」
ルークの全身から小さな閃光が迸り、風が強く吹く。
そして彼は刃を掲げた。次の瞬間、魔族の街に大量の雷が降り注ぐ。それらは無差別に街を破壊し、そこに住む魔族を打ち殺していく。
隻腕の英雄は健在である。そう示したことで全員の士気が上がった。
「行きますよ!」
続くネオンの掛け声によって、彼らは全員飛び立った。飛行の魔術を使い、一直線に黒夜宮を目指す。それから少し遅れてルークも飛んだ。
ルークは仲間の姿を隠すようにして雷撃を降らせ、また暴風によって街並みを破壊する。轟きの中に悲鳴が入り交じる中、あっという間に辿り着いた。ネオンは《聖捌》の光を集中させ、城の壁を破壊する。
「突入後は散って制圧!」
ネオンは城内に侵入した瞬間、全方向に光を放った。《聖捌》は魔を滅する。魔族たちは苦しみながら倒れ、迎え撃つことができない。その間に六聖、選りすぐりの術師、そしてルークが飛び込んだ。彼らは悶える魔族たちの胸を貫き、魔石を破壊して殺す。
「オオオオッ!」
その直後、壁を突き破って巨体の魔族が現れた。それは猪の頭部を持つ巨漢で、すぐ近くにいた術師の一人を掴んだ瓦礫により叩き潰す。そして激しく吠え猛った。
凄まじい威容に魔力。七仙業魔が一角、八怪魔仙ボアロである。
いきなりの犠牲者を悲しむ暇もなく、九聖の四席が動いた。
「早く先へ! ここは私と五席が!」
判断は早い。呼ばれた五席は瞬く間に参戦し、それ以外の者は部屋から飛び出した。
内部構造は未知だが、今はただ目の前のことに一つずつ対処しながら突き進むしかない。次々と現れる魔族に対してネオンは光を放ち、簡易的な無力化を施す。またとどめはルークたちに任せ、とにかく先導した。
『こちらへ』
頭の中で声がするのだ。その声はネオンにとって馴染みのもの。星盤祖の声である。それに従うことで、彼女は迷うことなく黒夜宮を進んでいた。
階段を下りていくと、やがて吹き抜けの大きな広間に出る。
そこでネオンは立ち止まざるを得なかった。
「どうしましたか聖守様……ッ! 熱ッ!」
「危険です聖守様。お下がりください!」
広間全体を灼熱が包み込んだのだ。
水や氷の魔術を得意とする術師が必死に食い止めようとするが、火力は増すばかりである。熱気の強さのため目を開け続けることもできないほどだった。ネオンは《聖捌》で対抗しようとするが、魔力の差で押し切られてしまう。まさしく《聖捌》の突破方法、強引な力押しによる結果だった。
「魔神様には近づけさせない。あの方へは、決して!」
吹き抜けの二階に、一人の青年が立っていた。かつてはそこへ続く階段もあったようだが、今は崩れてしまっている。そして青年は背中からは翼のような炎が噴き出し続けており、熱量は増していく。
「我々が残りましょう」
《水付与》の祝福を保有する第二席が前に進み出た。彼に続いて第一席と彼の部下も。彼らがとにかく冷やすための魔術を使い、炎を操る青年に対抗する。
だが炎は収まらない。
数の差を覆すほどの魔力差があった。
「私は魔神様の側近、廻炎魔仙フェレクス。あなた方に私は殺せない」
喉が焼ける。
それほどの熱だ。
だがそれを厭わず第一席が叫んだ。
「我々が道を作ります! どうかッ!」
その瞬間、ルークとネオンの姿が揺らいだ。そして炎の中へと溶けるようにして消えていく。廻炎魔仙は最も警戒するべき二人を見失ったことで驚き、周囲を見回す。しかしその姿は影も形もない。
「幻術か!」
「ご明察! まさかこれほど知能の高い魔族がいるとは!」
「くッ! 魔神様の護衛は頼みますよルフェイ! アンヘル!」
廻炎魔仙の視界では次々と人間が消失していく。幻術によりどこにいるのか全く分からない。ただ水や氷が発生し続けているので近くにはいるはずだ。
手早く人間を燃やし尽くし、魔神を守るために向かう。そう決意したところで胸に痛みが走り、強い喪失感を覚える。視線を下ろすと、心臓部が大きく抉れていた。
「くた、ばれ。まぞく」
ゆっくりと幻術が解けていく。いつの間にか第二席が剣によって廻炎魔仙を貫いていたのだ。《水付与》の激流が心臓ごと魔石を破壊し、その代償として第二席は全身に致命的な大火傷を負う。まさに捨て身の特攻であった。
魔族の弱点、魔石の破壊が成る。
術師たちは歓喜を抑えつつ、まずは第二席を治療するため近づこうとした。だが、再び爆発するほどの炎が生じて道を阻まれる。
「よくも一度殺してくれましたね」
廻炎魔仙は死んでいなかった。
先ほどよりも熱い炎が押し寄せ、術師たちを焼死させていく。最も近くにいた第二席など即死であった。
「私は七度蘇る。その力を与えられた魔族。さぁ、私を越えて行きたいならば何度も殺さねばなりませんよ!」
ただ廻炎魔仙には全力を出せない。本来ならば更なる高火力で敵を灰燼に沈めたいところだが、それほどの炎を出せば黒夜宮が崩壊してしまう。敬愛する魔神の城を己の手で壊すわけにはいかない。その制約が彼を苦しめることになる。
一方で第一席の機転により先の道へと送られたルークとネオンは、遂に魔神と対面していた。
そしてルークはその姿に驚かされる。
「これが魔神? 氷に閉じ込められているこいつが?」
「間違いありません。七代目様の祝福、《氷付与》の御力です」
驚いた理由は魔神の状態についてではない。その容姿であった。
魔族という存在の王であるという情報が先行し、どうしても怪物的な姿を思い浮かべていた。しかし実際はその逆。人間に近く、容姿も優れている。
魔神も初めは目を閉じていたが、侵入者の存在によって今は鋭い眼光を放っていた。
「今代の、聖守。それと英雄か」
「俺たちを知っているのか」
「私には優れた配下がいる。それに隻腕の英雄、貴様のことはよく聞かされている。計画を邪魔した人間だと」
「何のことだ?」
ルークは警戒心を強め、より深く魔神に集中した。
だがそれは罠だった。
「ルーク伏せて!」
ネオンの咄嗟の警告に従い、身体を伏せる。するとルークの背後に兎の頭部を持つ魔族が現れ、引っ掻くようにして腕を薙いでいた。嵐の鎧がその魔族を吹き飛ばすと同時に、ネオンは光線の嵐を叩きつける。だが魔族は瞬間的に姿を消し、攻撃は壁を壊すだけに留まった。
「遅れて申し訳ございません魔神様」
「……」
「問題ないアンヘル。ルフェイもよくやった。悪くない攻撃だった」
新たな声が聞こえてルークとネオンは再び魔神の方へと向く。すると氷漬けの魔神を守るようにして、兎頭の魔族と、妖艶な女魔族が立っていた。
「よう来た魔神様の宮へ。妾はアンヘル。九尾魔仙のアンヘル。こちらの少年は死兎魔仙のルフェイ」
「七仙業魔が二人……気を付けてくださいルーク。この二体はほとんど記録がありません。初代聖守様のお言葉が僅かに残っているだけです!」
「ああ。少なくともそこの兎野郎は変な能力を使うってことだけ分かったよ。魔族は家族の仇でもある。ここで全ての決着だ」
「仇、のぉ。妾としてもお前たちには死んでもらわねばな。折角サンドラを支配できたというのに、台無しにしおって」
「何……? どういうことだ?」
「妾は九尾魔仙アンヘル。そしてもう一つの顔が……魔神教団教主アンヘル。計画を邪魔してくれたこと、ずっと返礼したいと思っておったわ!」
「ッ! 思い出した! お前はサンドラにいた……カーミラが倒したはずじゃ」
「あれは分身体よ。とはいえあれで力の六割を失った。始祖はおらぬようだが……まぁよいわ。いずれにせよ貴様は殺してくれようぞ」
魔神は動かない。いや、動けない。
しかし七仙業魔が二体もいる。決して容易な戦いではない。
「嵐唱に奉げる。俺の身体の一部、持っていけ」
だからルークは身を削った。己の身体が変質していく。鱗のようなひび割れた黒い皮膚が侵食し、右腕全体を覆っていく。かつての大戦以来となる、より強力な神器同化だ。
そしていきなり、最大威力の雷光を放った。




