612話 隻腕の英雄
サンドラ帝国の侵略より始まった大陸西部の大戦は大きな爪痕を残した。滅びた国も多い。
シエスタ、アスラン聖国、ヴェリト王国、ウル、ベレス、アルゲリス、そしてクレバストロ。これらは侵略行為によって占領されたか、残党サンドラ軍によって略奪された。
戦争の始まりから五年。
暗黒暦一八一四年、ようやく世は安定に向かい始めていた。
「隻腕の英雄ルーク、ね」
「ああ。凄いものだよ。あの猪突猛進だった少年が、今や人々の希望だ」
「お前が後押ししたからだろ」
「まぁね」
シュウは久しく大陸東部に訪れ、『黒猫』から情報を得ていた。その場所はサンドラの旧帝都からもほど近い場所にある、新しい街である。簡易的な造りが多い一方、人の数だけは多い。復興都市として再開発されているところなのだ。
「僕たちも乱世は望まないさ。ルーク・レビュノスという恰好の神輿がいるんだ。持ち上げるしかないでしょ」
「パンテオンまで巻き込んでか?」
「あの国は歴史を中立的な立場で残している。かつて帝都周辺をレベリオ人が支配していて、そのレベリオの末裔がレビュノス家という記録も残っていた。かの英雄は祖先の土地を取り戻したってことさ」
「果たして本当だか」
「真実には違いないさ。まぁ、ずっと倉庫の奥に埋もれていて、今まで誰も気付かなかった資料を『偶然』発見することもあるだろうけれど」
ただそのお陰でルークという人物がサンドラの地を支配する王として相応しいかどうか、正当性を示すことができた。既にパンテオンはルークに恭順する意思を示しているし、それに続いて様々な都市が支援を声明として出している。
「これも彼の実力あってだけどね」
「神器の力で次々と人間牧場を解放。都市の支配層だった吸血種を追放し、血税をやめさせた。軍人崩れの賊、野に放たれた魔族兵、それらを討伐して救世主か」
「良かったのかい? 殺したんだろう? 『死神』が生き返らせたみたいだけど」
「まぁいい。カーミラに死者蘇生の権利を与えたのは俺だ。使われたとして文句は言わん」
「変な言い訳せず素直に言えばいいのに。スルザーラ・アルテミアを殺した『死神』の行いを有耶無耶にするためだったって」
「そんなことは考えていない」
「どうだかね」
「昔の話はいい。もう五年も前だ。それより封魔連合の方を報告する」
シュウは幾つかの資料を出して『黒猫』に見せた。現状の地獄域の他、連合に参加している各国の中心都市の様子を画像として表示している。かなり活気に満ちた様子で、順調に復興も進んでいる。
「最前線になったベレス、ウル、アルゲリス、クレバストロの復興は遅れている。封印塔のある封魔王国は元の活気を取り戻しつつあるな。人口が減った分は難民を受け入れ、プラハ帝国からの資本も入れて強引に再興させた。ただ王政は解体して、議員制国家として作り直していくことになる」
「どうにか形になったんだね」
「ああ。実質的にはプラハの支配下だな」
「経済的な関係ではそうなるよね。それに対抗するようにしてシュリット神聖王国も聖教会を東進させているよ。このあたりにも宣教師が訪れて、復興支援も手伝っているね。あと人々にとっての心の支えになっている。教えを広められるわけだから、シュリットも支援を惜しまない」
「南はプラハ、北はシュリット。今までの東西とは違う分裂をしたな」
「中々見ない形になったね」
今の世界情勢は安定的だ。
かつてのプラハ・シュリット・封魔連合三国会談もあって対立も少ない。プラハ帝国とシュリット神聖王国は赫魔という共通の敵によって表面的な協力関係を築くことができている。だが水面下での勢力拡大に余念がなく、一つボタンを掛け違えば容易く世界大戦へと発展しかねない状況だ。
「勢力間の境界線が長い。大戦に発展すると……酷い戦いになるな」
「序盤から消耗戦になるかもしれないね。両国の緊張には気を付けよう」
「プラハ帝国の皇帝はこちらの身内のようなものだ。誘導もしやすい。問題はシュリットの方だな」
「国力増強は魔神討伐に向けてもらうしかないね。聖教会内部の意見を色々調整していかないと」
「こういう時こそ『鷹目』が欲しいところなんだが」
「仕方ないさ。ミリアムも逸材だったんだけれど、彼女はもういない。惜しい人をなくしたなぁ」
「また兼任か?」
「『黒猫』と『鷹目』の二足草鞋だね。とにかく注意するよ」
二人とも警戒を強めていた。
サンドラや封魔連合が復興中となっている現状は表面的平和も継続すると推測している。
「アトラク・ナクアの魔力を解析し終えるまでは平和が続いて欲しいものだな」
「そうだね。ダンジョンコアと決着をつけるための切札。いけそうかい?」
「試作していた雷魔力の活用も目途がついている。元より獄炎魔力を利用する方法は編み出していたからな。アトラク・ナクアの魔力にも技術を応用していく」
「それなら待つしかないね」
おおよその報告も終わり、それからしばらくは雑談に興じることにした。プラハ帝国の発展が目覚ましく、最近はアイリスもセフィラもそちらに遊びに行くこと。黒猫の新しい幹部として幾人か選定していること。赫魔被害を抑えるような施策が進んできた結果、赫魔の女王が大群を率いて現れた事件。優秀な古代の遺物を多数産出する黄金域を巡って利権争いが起こっていること。
雑談としては少々規模の大きな事件も混じっていたが、意見を交えることで新たな視点が開けることもあった。
そのようにして時間を潰していると、やがて外が騒がしくなってくる。
「ああ、もうこんな時間か。行くかい?」
「当然だろ。今日の祭事を見るためにここまで来たんだ」
「僕との情報交換はついでかな?」
「それも大切な用事だ。揶揄うな」
二人は揃って外へと向かった。
◆◆◆
神奥域に隣接する新都市は、帝都に代わる国家の中心地として発展しつつある。だが難民や解放された人間牧場の人々が市民の多くを占めており、まだまだ途上の部分も大きい。
そこでパンテオン市はいち早く技術供与と人材派遣を行い、聖教会も宣教師や神官を派遣して人々に道徳を説いた。五年という短い期間でも人々は立ち直ろうとしていた。
「門を開けよ! ルーク様および聖守様が参られた!」
先触れの兵士がそう叫んだ。
すると示し合わせていたかのように門は開かれ、迎え入れる準備が整えられる。そこから続く大通りには人々が集まっており、今か今かと待っていた。英雄の入城を心待ちにしていた。
隊列が少しずつ近づいてくる。
それは二種類の旗を掲げていた。
「ルーク様! ルーク様!」
「隻腕の英雄!」
「並んでおられるのが聖守様なのか!? 女性の方だったとは!」
「なんて凛々しい」
「美しい……」
人々は歓声を上げて喜び、英雄を一目見ようと躍起になる。そして何より、初めて目にする聖守が気になって仕方ない。彼らにとって聖教会の教えは生きる指標そのものだった。特に人間牧場生まれの人間は話し言葉すらあやふやな獣同然の育ちをしていた者も多い。
獣から人へと変えてくれた聖教会においても、聖守は重要な存在だ。その歴代の活躍を耳にして一目見たいと願っていた人々にとってこれほど嬉しいことはない。
「人気ですねルーク」
「君だって」
「私は物珍しさですよ」
脚獣の騎上で二人は笑い合う。
英雄ルークに聖守ネオンである。五年ぶりとなる再会だが、二人の関係性は変わっていなかった。きっちりと隣に並び声援を受けて手を振る。
「今日は特別な日です。あなたにとっても、私にとっても」
「ああ。期待に応えられるように頑張っていかないと」
今日、この日は特別だ。
全てが生まれ変わる。新しく始まる。人々はそれを期待していた。
◆◆◆
五年前、まずルークは南東へと向かった。そこは帝都から見て、故郷のレビュノス領に向かう方角である。やがて彼は故郷の有様を目の当たりにした。
酷い状態だった。
吸血種が指揮する帝国軍によって占領され、囚われとなった人々が奴隷のように扱われていた。かつてレビュノス家の屋敷だった場所は簡易的に立て直され、軍の拠点になっている。それを見たルークは後先考えることなく戦った。
戦って、戦って、そして勝利した。
吸血種を討ち取り、故郷を取り戻したのだ。それからルークは南下して王都エイレンを目指し、その道中の吸血種を全て討ち取った。やがて彼と志を一つにし、付き従う人々も増えていく。
王都エイレン奪還決戦の際には、百五十八人を率いる将となっていた。
敵はサンドラ帝国軍千八百人。その中には魔族兵や吸血種も含まれる。何より敵将の吸血種は神器・絶魔錠まで保有していた。かつてアスラン王国の所有物であったそれが、敵の武器として立ち塞がったのだ。
「隻腕の英雄ルーク、最初の戦い……ですか」
詩人たちは新しい英雄のために次々と新しい物語を紡ぎ、音楽に合わせて吟じる。各地で競争するように謳われるさまは、まさしく英雄に対する敬意と熱望ゆえだ。
「懐かしいですね。二人は元気でしょうか」
熱狂する人々の中に、一人だけ熱を持たない少女がいた。両目を黒い布で覆い隠していながらも、人込みを的確に抜けて歩き進む。
カーミラはこの日に合わせてこの地へと戻ってきていた。
耳を澄まさずとも聞こえてくるルークの英雄譚。始まりの物語と言われるアスラン王国奪還は人気が高く、様々なところで歌われる。だがルークの物語は華々しいだけではない。それより前に、何も守れず全てを失った悲しき事実も存在している。カーミラだけはそれを知っていた。
「これを聞いてしまえばルークさんの活躍を先に全部知ってしまうことになりそうです。できれば彼の口からきいてみたいものでしたが……仕方のないことですね」
ルークの英雄譚は主に三つに分かれる。
序章がアスラン王国を取り戻し、そこで王の座に就くまで。王都奪還決戦の末に神器使いの吸血種を討ち、彼は人々から求められて王となるのだ。実際、ルークは王家の血も引いている。普通ならば王になれるはずもない下位継承権の彼だが、戦争という異常事態がこのあり得ざる即位を実現した。地方の少年が王になるまでの英雄譚という分かりやすい構図のため、人気が高い。
第二章では王となったルークが軍を率いて吸血種からの解放を目指し西へ西へと突き進んでいく。そんな物語だ。サンドラ軍残党を討ち、占領された都市を取り戻し、人間牧場を解放し、その名声は留まることを知らない。そして最後はヴェリト王国解放戦にて、シュリット神聖王国の軍勢と遭遇することになる。聖守ネオンとの出会いまでを描いた転換点だ。
最後の章は吸血種との最後の戦いである。この戦いこそがルークを英雄として認めるに至ったものだった。
「こんな日が来るなんて思わなかった」
「ああ! ルーク様がいなければ俺たちはずっと化け物たちの奴隷だったよ。それか化け物にされていたかもな」
「それもこれもあの御方が『赤い夜』を追い払ってくださったからだな!」
「おいおい。聖守様を忘れるなよ」
「へへ。忘れちゃいないさ」
酔った男たちの会話が聞こえて、思わずカーミラは立ち止まった。だがすぐに歩き始める。
「ええ? あんたルーク様と一緒に『赤い夜』と戦ったのかよッ!」
「おうよ」
「どんな奴だったんだ? 吸血種の王って奴は」
「いけ好かない奴さ。真っ赤な眼は俺たちを餌だと見下していた。奴には仲間が何人も殺されて血の雨が降った。俺は『赤い夜』の猛攻を切り抜け、この剣で一太刀入れてやったってわけよ!」
傭兵らしき男の法螺話を聞き流し、迷いなく薄暗い路地へと入っていく。人の目もなく、騒がしかった大通りとは対照的に物静かだ。
そこでカーミラは二人の人物と対面する。
「やぁ『死神』。昔の仲間の晴れ姿を見物かい?」
「今の『黒猫』はその姿なのですね。私はもうあの二人とは立場が違います。ですがせめてこのくらいはいいでしょう? 直接会うつもりはありませんので」
カーミラの問いかけはもう一人の方。つまりシュウへと向けられていた。
「与えた役目は果たした。その程度なら好きにすればいい。だが今やお前は『赤い夜』だからな。安易に人とかかわるようなら止める」
「分かっています。私たち吸血種は人々の恐怖を集め、平和のための礎となる。シュウ様の仰る通りでした。あの夜を乗り越え、人々はルークさんを中心としてまとまっています。そして私の世界に取り込んだ吸血種たちも、一からやり直すことを受け入れ始めました」
「そうか。これからも吸血種の管理は頼む。血を得るための狩りも許そう」
「ありがとうございます」
「必要悪としての意義がある。それだけのことだ。それよりも式典を見るなら一緒に来い。身隠しの魔術で見えなくさせてやる」
シュウの提案には首を縦に振る。どのように隠れて見物しようかと考えていたところだったのだ。まさしくこれは渡りに船である。彼女が数歩近づくと、シュウの魔術によって三人は同時に姿を消した。
◆◆◆
旧サンドラ帝国の地域には王がいない。五年前に炎帝が死んで、それからは各都市の自治が続いていた。戦争の傷跡や吸血種の横暴、魔族兵の暴走が少しずつ蝕んでいく。そしてやがては戦乱の世へと変わっていく。本来であればそうなるはずだった。
だがそこに一人の英雄が現れ、時代の流れが変わった。
そして吸血種の殲滅を望むシュリット神聖王国も、その流れに乗った。
「隻腕の英雄ルーク・レビュノス。吸血種より無辜の人々を解放し、『赤い夜』の撃退においても大きな功績を残したことを私たちは認めます。まさしく人々の導き手として相応しい。故に聖アズライール大教会最高神官の名代として、また私、聖守ネオン・ゼブルの名において、あなたをこの地の王に任じます」
国は生まれ変わる。
もはや虐げる者は存在せず、自分たちの望むままに生きていける。新しい人の王が、その象徴であった。
「さぁ、冠を」
新たな王ルークは、既にアスラン王国の国王でもある。
だがシュリット神聖王国はこのサンドラの地においてもルークを王として立てた。ルークは膝を突いて頭を下げ、そこにネオンは王冠を載せる。
「新しき国の名は聖レベリオ。新王の祖であり、この地の正当後継者である血族の名です。長きにわたるサンドラの簒奪を耐え抜き、レベリオは真に復興しました。その支配領域は西をアリーナ、東は海、南はかつてのシエスタに至るまで。また神奥域の管理を任せます。黄金域はシュリット神聖王国との共同管理となるでしょう。そして新生の地となるこの都市は新王の名を冠します。今この時よりここは王都ルークです」
ルークの戴冠によって、保証された秩序が生まれた。
これによってサンドラ帝国という旧時代は消え去り、人は完全なる解放を宣言された。王都ルークとなったこの都市は、未だ王宮すらない。人々のための家屋も充分ではない。この戴冠式も都市最大の広場で行われ、民はこの歴史的な瞬間を直接目にした。
彼らはようやく実感したのだ。
恐ろしい吸血種の支配から解放されたということを。
「誓いを。聖レベリオ=アスラン王国の新たなる王、ルーク・レビュノス。あなたは星盤祖の導きの下、人々の指導者となりました。あなたは導き手として常に相応しくあらねばならず、星のように人々を引きつけなければなりません。あらゆる苦難にも立ち向かい、王としての責を果たしますか?」
「必ず果たす。そう誓う。この右腕に懸けて」
「ならば聖教会も新王を支え、共に礎を築きましょう」
ネオンは宣言と共に手を差し出す。するとルークも立ち上がり、しっかりとその手を取った。
その瞬間、戴冠式を目の当たりにしていた民たちは爆発したかのような歓声を上げる。自分たちの未来を託す新しい王の誕生を喜び、叫び、激しく手を打ち鳴らした。
まだまだ完全な復興には遠い。
だが確かな始まりを、彼らは見たのだった。




