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冥王様が通るのですよ!  作者: 木口なん
魔族篇 4章・聖杯

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587話 巨兵山

 カーミラは広域知覚の能力を存分に発揮し、誰にも見つかることなく探索ギルドの地上部にまで案内した。地上はウェルスとの戦いで混乱しているため、姿を見られたとしても気にすることはない。多少不審に思われたかもしれないが、今はそれどころではないのだから。

 そうして四人はアルナの拠点になっている酒場の地下まで戻ってくることができた。



「カーミラ。戻ってきたのか」

「騒がせましたね。ルゥナさんやロニさんは?」

「もう地上に行ってしまったよ」



 出迎えてくれたハーケスが、早速重要な情報を零してくれる。

 これを聞いて少し遅かったことをルークも理解した。この場でよく分かっていないのはネオンだけである。そこでスルザーラが代わりに説明してくれた。



「実は聖守様の救出と、炎帝暗殺の強硬で意見が分かれまして。炎帝は明日には出陣してしまうという情報を得ましたので、このような事態に」

「そういうことでしたか。私のせいでご迷惑を……」

「いえ、まだ間に合います。私たちも少し休憩して合流しましょう」

「残念ながらその時間もなさそうだよ」



 そこに割り込んだのは『黒猫』である。

 相変わらず特徴のない顔で、そもそも近くにいたことすら気が付かなかった。彼は驚く皆の顔を見回しつつ続きを述べる。



「炎帝はリベラストラの騒ぎを察して予定を早めたみたいだ。遅くとも朝、早く準備が終わればすぐにでも動き始めるよ」

「なぜだ? こちらの動きは……いや、グリムを通して伝わっているか」

「そういうことさ。少しばかり見立てが甘かったね。もう炎帝暗殺計画はあちらに伝わっている。騒ぎを起こせば関連付けられるに決まっているだろう?」

「だったらこれからすぐ行く。炎帝は確実に殺さないと封魔王国が危険だ」



 ルークは背を向けて元来た道を戻ろうとし始めた。

 だがそれをカーミラが手を掴んで止める。



「感情で飛び出さないでください」

「でも!」

「計画を立てて動くべきです。ハーケスさん、他の皆さんはどうやって地上に?」

「リベラストラからの避難民に紛れてな。だが避難は既に終わっている。今から向かっては少し怪しまれてしまうだろう。随分と混乱を引き起こしてくれたものだ。お陰でギルド長の暗殺は成功したがな」

「そちらは目的を達成したのですね」

「ああ。『黒猫』の手の者が自爆を覚悟で達成してくれた」



 おそらく『黒猫』の人形がやったのだろう。カーミラはそう理解した。



「魔神教団の幹部が死んだか」

「スルザーラ、それはどういう意味ですか?」

「ああ、これも聖守様は知らない話でしたね」



 小声でアルナという組織や、今の探索ギルドが魔神教団に乗っ取られている話などを説明する。その間にカーミラは質問した。



「炎帝は今どこに?」

「もう巨兵山に到着しているよ。古代兵器を起動しようとしたようだね。ここじゃ分からないけれど、今頃地上は凄い騒ぎになっているんじゃないかな?」



 自然と『黒猫』は上を見上げた。






 ◆◆◆






 神奥域とは底の見えない大穴の外周に存在する回廊型の迷宮である。大陸に五つ存在する迷宮域の中ではもっとも複雑で迷宮らしい。この大穴の由来は終焉戦争にまで遡り、当時は憤怒王とも呼ばれた『王』の魔物によって穿たれた。

 大穴周辺は最も凄惨な戦争の跡地でもあったのだ。

 千八百年もの時を経てほとんどは風化し、あるいは地の底に埋もれてしまった。だがその中には時を経ても地表に残り続ける遺物も存在した。



「炎帝陛下、この辺りまでにしましょう。起動に巻き込まれます」

「ふん。そうか」



 炎帝ヘルダルフは灯篭が釣り下がった短い杖を掲げる。すると周囲に大量の炎が灯り、明るく照らし始めた。そのお陰で夜目が利かずとも遠くまで視認できるようになる。だがこの明るさを以てしても、視線の先の巨影までは届いていない。

 帝都からほど近い山。

 それは旅人たちにとっての目印にもなっている。その名を巨兵山と言った。



「さぁ。我に見せてみよ。スウィフトの知恵を絞り出し、積み上げた我らの力を」



 炎帝の号令が合図となり、地響きが始まる。

 それは煌々と光を放つ帝都にまで届き、騒ぎを起こしていたほどだ。振動は徐々に巨大となって、やがて立っていられないほどにまでなる。

 巨兵山の影が崩れた。そして隆起した。大量の土煙が生じるとともに、巨兵山は見上げるほどに高く高く伸びていく。近衛の吸血種ノスフェラトゥたちは一斉に風の魔術を使い、土煙を押しのけた。



「はは! ははははははッ! これは驚いた。まさか本当に動くとはな! 面白い」



 如何にもご機嫌といった高笑いが夜空に吸い込まれていく。炎帝が杖を、無限炉プロメテウスを一振りすると、無数の火の玉が巨兵山だった巨影に向かっていった。それによってその正体は露となる。

 誰もがその姿に驚き、ある者は腰を抜かした。



「陛下。あれが……」

「その通りだ。あれこそがスウィフト家の知識を使い復活させた古代の兵器。終焉戦争と呼ばれた戦いに現れた魔術仕掛けの兵士だ」



 迷宮内の壁画で、黄金の巨兵は語られている。巨兵山に埋もれた遺物こそがそれであると、パンテオン人が支配していた時代から推測されていた。

 歴史と共に埋もれた兵器が今夜、復活したのだ。

 炎帝が壁画の真実性を証明したのだ。



無限炉プロメテウスよ。我と一つになれ」



 炎帝が命じる。

 掲げられた無限炉プロメテウスから激しい炎が巻き起こり、大量の灯篭が現れて周囲を浮遊しはじめた。彼の額に第三の眼(トレスクレア)が開き、無尽蔵の魔力を受信する。その魔力は巨兵へと供給されることになっていた。

 火に照らされ、黄金の輝きを取り戻した巨兵は炎帝の命令に従う。元はそういう魔術なのだ。仕組みそのものは内部に残っていた。スウィフト家はただ支配権を炎帝に与える細工をしただけ。これから巨兵は炎帝の手足となり、あらゆる敵を踏み潰すだろう。



「さぁ動け! 我に従え! 封魔を滅ぼし、我は始祖を凌駕する。そのための手足だ!」



 大地を揺るがし、巨兵は一歩目を踏み出した。





 ◆◆◆




 巨兵は薄く炎を宿しており、太陽のように輝いている。この光は夜の闇を消し去り、遠方からでも酷く目立っていた。当然だが神奥域の近くに潜むルゥナやロニたちからも見えていた。



「まさか……あんなものが」



 ルゥナは戦慄した。

 全身に鳥肌が立つほどの衝撃を受けた。



「あれも古代兵器だと……? ルゥナ殿は心当たりが?」

「古代文明研究においても僅かに記述があったはずです。ある壁画に記されていた巨兵。あれは魔物の比喩だと考察されていましたが、まさか実在したとは」



 アルマーニ・スウィフトを通して炎帝の計画は知っている。神奥域から転移して地獄域に移動し、封魔王国を急襲するという作戦だ。

 封魔連合王国はサンドラ帝国の大侵攻を食い止めるため、ほぼ全軍で出撃している。地獄域を封じている封魔王国もほとんど戦力を残していないだろう。もしもこの計画を許せば、封魔王国は壊滅的な打撃を受ける。死傷者は計り知れない。



「これは本当に……食い止めなければ」



 一歩一歩、地均ししながら巨兵が迫る。身体の内から心臓が飛び出るかと思うほどの振動だ。それは近づくたびに大きくなっていく。

 止めなければならない。

 だが本当に止められるのだろうか。

 固く強い意思すらも揺らぎ始めていた。不安が決意の牙城を飲み込もうとしていた。




 ◆◆◆




 アドミラル平原の戦いは夜になっても続く。夜戦は危険を伴うが、サンドラ帝国軍にとって有利な戦場だからだ。休むことのない攻撃に封魔連合王国側も対応するしかない。



「まったく、酷い戦場だな」

「陛下もお休みください」

「問題ないよ。俺は五日、寝ずに戦い続けたこともある。地獄域でね」



 戦場は苛烈だが、対照的に後方陣地は静かだ。アポロヌス王も一度引き上げ、休憩していた。しかし決して眠ろうとはしない。



「嫌な予感がするんだ。いや、酷いことが起こるという確信がある。だから眠っていられないよ」

「確信、ですか?」

「一番激しい戦場はここだからね。注意はしておきたい」

「分かりました。ともかく少しでも休んでください」



 アポロヌスは笑って頷いた。

 だが内心では穏やかでいられない。



(警鐘が鳴りやまない。嫌な予感が強くなっている。アドミラル平原の戦いはかなり優位に運べたはずだ。何かあるのか? それとも……ここじゃないというのか?)



 このままでは取り返しが付かなくなるような。

 そんな予感が強まっていく。ここで戦果を挙げるほどに強くなる。何か噛み合わない。その違和感ばかりが募っていく。




「お前はなぜ俺に何も見せない。運命がこの手の中にある感覚がない。どういうつもりだ」



 彼は小さく、虚空に向けて語りかけた。




 ◆◆◆





「さて、君たちに助言だよ」



 これから炎帝暗殺に向かうというときに、『黒猫』が口を開いた。あまり声を張り上げているわけでもないはずだが、なぜか惹かれる。思わず皆、注目した。



「ここから地上に戻っても間に合わない。炎帝は君たちが地上に出るより早く神奥域に辿り着き、解廊鍵クロルエインを使って封魔王国に転移してしまうだろう。もう炎帝は古代兵器を起動してしまったからね」

「何でそんなことが分かるんだよ」



 ルークの質問は誰もが気にしたことであった。

 だが『黒猫』は作り物のような笑顔を浮かべるのみ。



「答えるつもりはないってか? 胡散臭ぇ」

「そう言われてもね。情報源については組織の極秘にもかかわるから簡単には教えられないな。そんなに疑うなら『死神』に……彼女に聞いてごらんよ。僕の情報は確かさ」

「……どうなんだよカーミラ」



 素直には頷きにくい問いかけだった。

 確かに『黒猫』は信頼に足る人物だが、彼のことを信用してよいかどうかは別の話だ。ミリアムが『鷹目』だったこともあって、情報の信頼性が著しく欠けている。



(『黒猫』さんは利益となる方に力を貸してくれるはずです。それを提示できなければ駒として使われるのみ。今はおそらく後者、ですね)



 とはいえ『黒猫』の情報網は確かだ。彼が自己申告する通りである。その点だけ(・・)は間違いない。

 だから少しだけ間を開けて首を縦に振った。



「……あまり信用ならないのかもしれないな」

「スルザーラ、失礼ですよ」



 一応『黒猫』と会うのが初めてなネオンは遠慮がちである。しかし本当に信用してよいのか、疑いの眼差しをしていた。



「あれ。僕ってこんなに信用なかったっけ? 心外だなぁ」

「普段の行いだろう?」

「ハーケスまでそういうのかい? 長い付き合いだってのに」

「長い付き合いだからこそだ」

「酷いね君」



 全くそんなことを思っていないようだ。薄ら笑いを浮かべ、面白がっている。どちらでも構わないと言いたげだ。『黒猫』からすれば信じてくれなくても問題ないのだろう。これだから踊らされているようで気味が悪い。



「信じましょう」



 そう言ったのはネオンだった。

 スルザーラが諫めようとしたが、彼女はその前に続ける。



「導きの『声』もそう言っています。炎帝は古代兵器を目覚めさせたと。『黒猫』……でしたか。彼の言葉は間違いありません」

「……分かりました。星盤祖マルドゥークの導きであるならば私も従います」

「ありがとうスルザーラ。ルークはどうですか? 私を……信じてくれますか?」

「分かった。ネオンのことは信じる」



 ほとんど被せるようにルークは答えた。二人の間には固く強い信頼が結ばれていた。それを実感し、ネオンも笑顔を咲かせたのだった。

 一方で『黒猫』は少し大げさに嘆くような仕草をする。



「残念だなぁ」

「それで助言とは何ですか? ただ間に合わないと言いたいわけではないでしょう?」

「淡泊だね君。そういうところは師匠にそっくりだよ。まぁいいや」



 改めて皆、『黒猫』に注目した。

 リベラストラから地上に出て、炎帝を迎え撃つ。それが間に合わないのだとすれば、どのようにするというのか。一瞬すらも惜しい今、彼の言葉を今か今かと待っていた。



「簡単なことさ。だけど危険が伴う。さて、迷宮にまた潜ろうか」



 訳も分からず、唖然とさせられた。





巨兵山は終焉戦争の際、覚醒したダンジョンコアが生み出した黄金の巨兵。錬金の第十一階梯《巨神招来ゴーレム・ファクトリー》を改良したものが現代まで残っていた。千年以上の時を経て塵が積り、種が実り、山として認識されていた。山を切り開くにあたってそれが古代遺跡であることに気付き、再起動の研究が続けられてきた。

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