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冥王様が通るのですよ!  作者: 木口なん
魔族篇 4章・聖杯

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586話 睡蓮魔仙討伐

 カーミラの前で睡蓮魔仙が崩れていく。

 普通の魔族にはあり得ない死に方だった。魔族は魔物と異なり、肉体を有する生命体だ。死んだとしても死体は残る。しかし睡蓮魔仙は完全に消失しようとしていた。

 少し異質な点を挙げるとすれば、胸元から天に向かって伸びる光の鎖だろうか。



「これは……魂と繋がって?」



 魂を知覚するカーミラにもしっかりと視えていた。

 その鎖は輪郭が朧気となっていき、やがて砕けてしまう。すると睡蓮魔仙の魔石に封印されていた異質な魂が煉獄へと流れ込んでいった。魔神の元へと帰らず、死の世界へと旅立ったのだ。



「よく分かりませんが完全に滅ぼせたようですね。もしかして世界初でしょうか」



 間違いなく偉業だったが、カーミラ自身も原因をよく分かっていなかった。




 ◆◆◆




 死の世界はシュウの管理するところである。

 大きく煉獄、冥府の二つに分けられるわけだが、まず死んだ生命体の魂は冥界門を通り煉獄へと辿り着くのだ。しかし流れ込んできた魂に、煉獄の精霊たちは騒めいていた。



「何? 業魔族が死んだ?」



 思わず口に出てしまうほど驚いた。

 幸いにもシュウは今、一人だ。独り言を耳にした者はいない。



「この忙しい時に……いや、流石にこっちの確認が先か」



 これから炎帝が出る。

 宮廷魔術師としてシュウも付き添う予定だ。別件があるミリアムの代わりに出陣の準備を進めていた。しかしこの情報ばかりは見過ごせない。周囲に誰もいないことを確認し、死魔法で空間を割る。いや、空間に割り込む。煉獄は冥界門によって閉じられているが、この世界と重なって存在している。死魔法を使うことで、どんな場所からも入ることができるのだ。

 そして移動した先、煉獄の精霊たちは酷く慌てているようだった。



「なるほど。そうか……わかった。確かに七仙業魔か。睡蓮魔仙だな?」



 まさしく快挙だろう。

 とはいえ殺せる手段は限られている。たとえば死魔法がその手段の一つだ。すぐに思い至ったのはカーミラである。彼女には冥界の加護を与えている。《万象貫通ヴォルザーク》ならば使い方次第で滅ぼすことも叶う。

 しかしその場合、魂は恐ろしく損傷しているはずだ。



「カーミラじゃない。少なくとも死魔法で殺したわけじゃない。興味深いな」



 業魔族は契約の鎖に縛られ、魔神に完全従属している。死んだとしてもその魂は契約に従い、魔神の元へと戻っていく。一時的には殺せても、完全に滅ぼすことは困難だ。

 方法は調査しておきたい。



「この魂は一旦冥界で保管する。俺が持っていくから元の仕事に戻れ。これから大事な予定がある」



 ひとまず魂の解析は後回しだ。

 シュウは睡蓮魔仙の魂だけ冥界に放り込み、元の世界に戻った。





 ◆◆◆






 同時刻、ルゥナとロニはそれぞれ部下を率いて地上の帝都に到着していた。アルナやアルマーニ・スウィフトの手引きもあり、今のところは騒ぎになっていない。リベラストラで暴れているウェルスが囮として機能していた。



「炎帝は巨兵山……に向かうのでしたね」

「その通りです。あの地に炎帝が切り札とする古代兵器が眠っておりますから。炎帝も一度そこに向かうでしょう。古代兵器を起動し、それと共に迷宮に進軍するつもりなのです」

「ならば狙うべきは移動中ですね」



 ルゥナの言葉は的を射ていた。

 今の宮殿は炎帝出陣のため物々しく、とてもではないが潜入できるような様子ではない。だが巨兵山を経由するのであれば、その道中を狙うのが最も効果的だ。護衛は少なく、応援を呼ばれても時間がかかる。そして炎帝が最も油断するであろう瞬間は容易に想像できる。



「移動中、それも神奥域に辿り着き、転移の魔道具を使う瞬間。そこが最大の隙になるはずです」

「それが良いでしょう。神奥域は大穴を中心とした回廊の迷宮。ですが大穴もまた迷宮の一部。古代兵器ごと飛び込む計画です。その瞬間は誰もが大穴へと目を向け、注意を逸らすでしょう」



 アルマーニもまた太鼓判を押した。

 しかし勝負は一瞬で、失敗は死と祖国の滅びに直結する。不利な状況も変わっていない。最大戦力のカーミラもいないのだ。




「ルゥナ殿、緊張しすぎると体が硬くなりますからな。自身を追い詰めないようにしましょう」

「ロニ殿……ええ、理解しています」

「今は夜中です。闇に紛れれば奴らもこちらを見つけることはできますまい。それに聖守殿を助けに行ったルーク殿たちのお陰で、こちらは警戒が薄くなっている可能性もあります。少しくらい楽観しても良いでしょう」



 無論、楽観してよいはずがない。だがロニが言いたいことはルゥナにも伝わった。肩の力が抜けて、心なしから身体も軽く感じる。



「ハーケス殿が揃えてくださったアルナの戦士も加わってくださいました。失敗を恐れることはありませんね」

「その調子です。行きましょう。待ち伏せが間に合わなくなっては元も子もありませんからな」



 彼らは一瞬に賭けて、帝都から移動し始めた。





 ◆◆◆




 転移で逃れたミリアムはというと、何食わぬ顔で出陣準備を進めていた。正確に言えば部下に準備をさせていた。彼女自身には別のするべきことがあったからだ。



「グリムに施した最終実験も上々。聖杯も満たしましたわ。遂に私の時が来ましたのね」



 彼女にとって至上命題であり、最大の目標。つまり魔族化の儀式を整えることであった。もはや人工的な魔族化は安定段階に至っている。多量のリスクは拭いきれないが、それはもとより覚悟していることだ。それに彼女は失敗など考えていなかった。

 必ず成功する。

 これだけの信仰を示したのだから、天は必ず味方する。

 そう確信していた。



「贄は充分。今夜、私は救われますの。帝都全てのムシ共を踏み潰して」



 その場所は宮廷の地下。

 炎帝も他の吸血種ノスフェラトゥたちも知らない隠された空間である。





 ◆◆◆




 ルークは目覚めて、しばらく記憶が曖昧だった。少しずつ、霧が晴れるように頭の中がはっきりし始め、やがて全て思い出す。魔神教団の実験場に侵入したことと、その後に起こった睡蓮魔仙との戦いまで。あの夢のこともはっきり覚えていた。

 そこまで思い出して、ようやく声を認識できるようになる。



「……ーク、ルーク!」

「え? あ、ネオン……それにカーミラとスルザーラも」

「よかった。目をが覚めましたね。良かった。あなたがいなかったら私……」



 ネオンの両手が背中に差し込まれ、温かく柔らかな感触に包まれる。抱き着かれたのだと理解するのに少し時間がかかった。



「スルザーラさん。あの二人は喧嘩していたのでは?」

「そのはずだが……その、夢の中で色々あったので」

「色々?」

「魔族に見せられた夢でな。その中で私たちも睡蓮魔仙と戦ったのだ」

「なるほど」



 最も先に目覚めたスルザーラは、カーミラに何があったのか話を聞いていた。そして現実世界の睡蓮魔仙が死んだからこそ、三人は目覚めることができたのだと理解した。同時に夢の中の戦いも決して無駄ではなかったと誇らしく思った。



「今回の例は他の七仙業魔に適用することが難しそうですね。敵が睡蓮魔仙で、その精神の内側に意図せず潜り込めたからこそ為せた成果です」

「カーミラ、そう落ち込むことはない。これは快挙だ。喜ぶべきことだ」

「ええ、確かにそうです。そう思います」



 そんな言葉を交わしつつ、ルークとネオンを見守る。

 力強い抱擁はまだ続いており、それからしばらくしてようやくネオンが放した。そして彼女はルークの身体を支えつつ、立ち上がらせる。



「ルーク、今の内に言っておきます」

「……? 何を?」

「謝罪です。迷宮でのことを謝りたくて。ルークは悪くないのに、酷いことをしてしまいました。本当にごめんなさい」

「いや、うん。俺はもう気にしていない」

「ありがとう。あの、その、夢の中のことは……」

「……あ、はい」



 二人は同時に顔を赤くする。

 催眠をかけられ、記憶を書き換えられていたとはいえ、夢の中で夫婦として過ごしていたのだ。それは目が覚めた今も鮮明に残っている。現実の記憶を紛うほどに生々しく覚えている。少なくともあれを経験して今まで通りの関係ではいられない。

 少なくともお互いに意識していた。



「お二人とも、まずはここを脱出します」



 カーミラが口を出したことで二人は弾かれたように離れ、視線を別々の方向に逸らす。初々しい姿に思わずスルザーラも羞恥を感じてしまうほどであった。

 そこでカーミラは二人の手を取り、少しだけ引く。



「ルークさん、思い出してください。ネオンさんを助けるために私たちは騒ぎを起こしています。今頃はルゥナさんやロニさんも気付いているでしょう。早く戻り、ネオンさんの救出を知らせなければなりません」

「あ、ああ。そうだよな。どのくらい時間が経った?」

「睡蓮魔仙を倒してからもしばらく眠っていました。急いだほうがいいでしょう」



 地上の騒ぎはかなり長い時間続いている。

 お陰で探索ギルド地下にまで目は向いていないが、それも時間の問題だ。四人は急ぎ、地上に向かった。






 ◆◆◆





 リベラストラの戦いは酷いものであった。

 その最大の理由はウェルスがあまりにも強大であるということだ。しかし他にも小さな理由がある。アルナによる妨害が探索者たちを苦しめていたのだ。



「おい! なんでまだ物資が届かない!」

「はぁ? こっちは充分だから他に回せって指示が……」

「そんなわけあるか! 誰の情報だ馬鹿がァッ!」



 ある場所では物資が不足しているにもかかわらず、それが届かなかった。



「この辺りに要救助者がいるはずなんだが……」

「見当たらないな。ガセか?」

「もしもがあったら困る。ちゃんと探そう」



 救助者の情報を聞きつけて向かっても、既に避難した後だった。



「もうすぐ援軍がくる! もうすぐだ! もうすぐのはずだ!」

「そればっかりかよ! いつになったら来るっていうんだ!」



 援軍が来るという情報を当てにして、無茶な攻勢を仕掛けた者たちは窮地に陥った。

 こんなことが各所で起こり、探索者たちは統制の取れた行動を封じられていた。明らかに人為的な妨害工作は確かに結実を腐らせ、余計な被害を広げている。



「畜生が。ふざけやがって」



 それが理解できるギルド長ノードンは怒りのあまり歯軋りした。

 だが今はこれを口にできない。口にしようものなら、一気に疑心暗鬼が広がることだろう。今よりも情報伝達の面で不具合が生じるに違いない。ギルド長という立場にはそれだけの影響力がある。



「ギルド長、あの化け物はこっちの攻撃で全然怯まない。紅の兵団は呼べないのか?」

「もう呼んだ」

「だったら……」

「軍の方で重要な作戦があるらしい。そっちに引っ張られてんだよ。クソがッ!」

「そんな……」

「とにかく優秀な奴らは化け物に張り付かせろ。水晶級と金級は一人も余らせるな」



 赤い竜のような怪物は空を飛び、被害を拡大させている。それに合わせて戦線を変更するうちに、もはや陣形は滅茶苦茶に崩されていた。情報伝達が妨害されていることも拍車をかけている。

 そのお陰でノードンは各所に追加戦力を送るしかなく、彼の護衛は驚くほど減っていた。そして彼自身の注意も散漫になっていた。



「ギルド長! 報告です!」

「今度は何だァッ!」



 だからノードンは不用意に知らない人物を近づけてしまった。

 いつもなら任命した伝達員以外は近づけないというのに、この時ばかりは苛立ちに任せて確認を怠った。そして報告に来た『特徴のない男』を不用意に近づけてしまったのだ。



「あ? お前誰――」



 彼が見覚えのない人物であると気付いた時にはもう遅かった。

 視界いっぱいに激しい閃光が広がり、ノードンは『影』を広げて防御する暇もなく爆散する。混乱の中、魔神教団の三導師エヴァンスの一人は暗殺された。




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― 新着の感想 ―
黒猫の人形を一つコストに自爆を発動! 相手は死ぬ!
一応、魔神達には利用価値があったからルシフェルの忠告もあって詳しくは調べられなかったけど、偶然死んだなら調べられるようになったのかな? 自由にやってる様に見えて、意外と制限とかあったりするよね。
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