579話 リベラストラ騒動
夜、各人はそれぞれの目的のため体を休め始める。ルゥナやロニをはじめとした封魔連合王国の勢力は作戦の立案をした後、すぐに就寝した。炉も全力で戦力をかき集めている。元は陽動攻撃を行うことで敵をかく乱するつもりだったが、ミリアムの情報によって動きを制限されてしまった。もはや立場は逆転している。隠密性は諦め、とにかく戦力を増強する予定だ。
勿論、この作戦の要となるのは最大戦力となるルークやカーミラであった。
「ルークさん。どこへ行かれるおつもりですか?」
寝静まった地下通路で背後から声をかけられる。ルークが驚いて振り向くと、そこにはカーミラが立っていた。そして彼女の隣にはスルザーラもいる。
「完全武装で、こんな時間に。何をするおつもりですか?」
「いや、その……」
「明日は大切な作戦です。しっかり休まなければなりません」
そう問いかけてもルークは口ごもるばかり。はっきりとした答えが出てこない。
カーミラはこう指摘した。
「ネオンさんを助けに行くのですね?」
「な、なんで……」
「彼女に儀式が施されるのは明日の正午です。寝る間を惜しめば間に合います。一人でならネオンさんを助けてから、炎帝殺害に向かうことも不可能ではありません。そう考えたのではありませんか?」
ルークは何も答えない。しかしその沈黙は肯定も同様だった。
叱られると思ったのか、ギュッと目を閉じている。
「はぁ……行きますよルークさん。時間は限られています」
「え? でも」
「このために炎帝殺害を支持したのでしょう? 少しでも時間を作るために」
傍をすり抜け、カーミラは扉を開ける。呆気にとられるルークは、肩を叩かれることで意識を戻す。そこにはスルザーラがいた。
「感謝するルーク。必ず聖守様を助けるぞ」
「ああ! 行こう!」
たったの三人。
しかし現時点で最強の三人だ。
(なんか恥ずかしいな。一人で覚悟を決めた気になって)
同時に誇らしく、嬉しくもある。
紡ぎあげた絆は確かにあったのだから。
◆◆◆
たとえばの話だ。
軍事的に守られた施設を攻め落とすという状況を仮定したとき、その方法はどのようなものが考えられるだろうか。単純な方法としては、強力な軍事力を以て攻め落とせばよい。あるいは戦術兵器によって崩壊させるという手もある。身を隠して潜入し、内部から崩壊させるのもいいかもしれない。
今回、カーミラはこれらの手法を上手く併せて使うことを提案した。
「探索ギルドは決して眠りません。常に門戸を開いています。ですが夜になれば人も減り、侵入もしやすい。まず可能な限り潜んで地下への進入路を探します」
「どうやって探す?」
「少々手荒い方法です。ウェルス」
己が分け身へと呼びかけると、獣が小さく鳴いた。小さな竜にも見えるこの獣は、カーミラが不要と断じた血液から構成されている。性質としては魔に近しい。
能力によって普段は小さな獣に化けているが、本来の姿は巨大だ。強い魔力と赫魔の力を備えた、まさしく厄災の怪物なのである。
「暴れてください」
「おい、ちょっ――」
ルークが止める間もなく、ウェルスは巨大化して暴れ始めた。まずは空中に上がり、そこで吠えて存在感を示す。更に魔力を解き放ってあらゆる生物を威圧し始めた。
まるでリベラストラに魔物が出現したかのように見えることだろう。
そうなったとき、まず対処に出るのは探索ギルドである。ここリベラストラは神奥域探索の重要拠点にもなっているため、守りの要は軍ではなくギルドだ。カーミラはそれをよく知っていた。
「今、ギルド長は魔神教団幹部の男が成り代わっています。ですが魔神教団としての顔はあくまで裏のもの。こういった緊急事態では必ず表に出てこなければなりません」
「どういうことだよ」
「ギルド長は昼から夕方までだけ仕事をします。そのように規定されています。これは三導師という立場もある以上、好都合でしょう。必ず利用しています。つまり今、彼は地下にある魔神教団の施設にいると推測しています」
「誘い出すってことか?」
「はい」
そんなに上手くいくのだろうか、とルークは考える。振り向けばスルザーラも同様のことを考えていたらしく、微妙な表情を浮かべていた。
だがカーミラは二人を安心させるように付け加えた。
「出てこなければ探索ギルドをウェルスに攻撃させるだけです」
「えぇ……」
「君は意外と過激だな」
「今は時間がありませんから」
もうすぐ真夜中だ。
明日の正午まで、休みなく動いたとしてもあと半日しかない。炎帝暗殺作戦の方にも向かうことを考えると、もっと時間は少ない。
実際、効果はすぐに現れた。
「地下から出てくる人物がいますね。ギルド長かどうかは分かりませんが、怪しいです」
視覚に頼らない感知範囲を有するカーミラが手がかりを発見した。地下への出入り口と思われる場所では複数人が何度も往復している。どうやら地上と地下で連絡を取り合っているらしい。すぐに探索者や衛兵が集まり始め、ウェルスの攻撃に抵抗を始める。
リベラストラの騒がしさは増している。今なら動いても気に留める者はいないだろう。
「行きましょう。こちらです」
カーミラが走り出し、それに他の二人も続く。
表通りには逃げ惑う市民たちが溢れ始めていて、混乱も大きい。また探索ギルドに集まろうとする探索者たちも増えているため、上手く紛れることができていた。一切妨害されることもなく、また怪しまれることもなくギルドへと到達する。
流石に迷宮探索のほぼ全てを担っているだけあって、建物は大きい。入ってみれば、様々な叫び声が飛び交っていた。
「鉄級! 鉄級以上の探索者は怪物の討伐に向かってください! 水晶級チームが中心になって討伐作戦が展開されています! 青銅級以下は市民の避難誘導など、支援行動に徹してください!」
「おいおい! なんで俺たちが武器の補充係なんだよ!」
「青銅級なんて戦いの役に立つかよ! あの化け物を見てねぇのか!」
通常、探索者たちはチームを組んで迷宮に挑む。一人では戦いの幅にも限界があるからだ。また何日も連続して潜る場合、休憩中の見張りも必要となる。より深くに潜り、高価な遺物を発見するためには人数を増やすのが効率的だ。
ギルドはそういった探索者たちを管理し、支援もしている。その代わりに彼らが発見した遺物を独占購入し、様々な販路を用いて利益を挙げているのだ。
管理の一環として探索者たちには戦闘力を基準とした階級が定められている。その理由は、迷宮に出現した凶悪な魔物などに討伐依頼を出す場合があるからだ。
今回のような場合も、探索者たちを動員して討伐依頼という形で業務を委託する。
「なるほどなぁ」
これらの光景に圧倒されていたルークとスルザーラは、カーミラから簡単な説明を受けた。アスラン王国にもシュリット神聖王国にも、迷宮探索のような仕事はなかった。ある意味、全く異なる文化を見せつけられているようで、感銘すら覚える。
だがずっと眺めているわけにもいかない。
混乱の最中を利用して、カーミラはギルドの奥へと侵入する。こんな状況だ。多少不審な行動をしても誰も咎めないし、そんな暇もない。
「すんなり入れたな」
「しかし探索者とやらは立ち入り禁止の場所らしい。あまり目立った動きはできんな」
「特別な討伐依頼をする場合、奥の部屋へ通される探索者もいます。堂々としていれば問題ありません」
地下への入り口はギルド奥にある職員の仕事場にあるようだ。カーミラは迷いなくそこへ向かっていく。道中で何度も職員とすれ違ったが、彼らもこちらを見て驚きこそ見せても何かを言ってくる様子はない。
実にあっさりと地下通路が隠されている場所まで辿り着いた。
「ここですね」
「ホントに上手くいくなんて。ここからは本気で気を付けないとな」
「はい。どうやらギルド長も自ら戦場指揮をしている様子。しばらくはこの地下通路を通る者もなさそうです。入るなら今でしょう」
部屋の鍵はカーミラが血液を通すことで開錠した。液状化して鍵穴を探れば簡単である。そして中へ入ると、そこは様々な木箱が設置されており、倉庫にも見えた。しかしこれは偽装だ。カーミラは部屋の真ん中まで進んでいき、そこで立ち止まる。
足音が変わったことにルークとスルザーラも気が付いた。
「そこ、空洞か?」
「はい。抉じ開けます」
軽く手を触れたカーミラは、これが魔術によって認証し、開く隠し扉だと気がついた。特定の魔術を知っていなければ開けられず、最悪の場合は警告音が発信されてしまう。だが、魔術式の鍵ならば相応の対応方法もある。カーミラは赤い霧をほんの少しだけ放出し、隠し扉に沿って這わせた。
霧は小さな粒子だ。
隙間からでも侵入し、内部の術式に触れる。瘴血の霧は毒としての効果が目立つが、それ以外に魔力を阻害する性質もある。寄せ集めれば魔力の流れを遮断し、鍵の機能を停止させることも容易い。
「何でもありかよ」
「これでも暗殺者をやっておりますので」
「『死神』とかってやつ?」
「はい。『黒猫』さんの依頼で何度か」
あまりにも手際が良いので、ルークもスルザーラも一周回って引いていた。やり口も度胸も、完全に経験者のそれである。だがこの場においてはありがたい経験であった。
「ここからは殺人も考慮に入れる必要があります。仮に殺してしまった場合、私が処分しますので」
「……ああ」
「問題ない。魔神教団と戦った経験はある」
ルークも緊張している。
珍しく、手も震えていた。それが自覚できた。
(遠いところまで来たよな。田舎の領地で緩くやっていくつもりだったのに)
かつて同じことを父に言ったとき、彼は苦笑していた。人生はそんな簡単でも、平坦でもないと。まさにそれを実感している。自分の行動が今、世界の命運を決めようとしているのだ。
(こんな時でも俺はネオンを助けたいと思ってしまった。あんなに喧嘩したのに、心底嫌いだって思えなかった。そういうこと、なのかな)
考え事をしているとカーミラが小声で警告する。
どうやら角に二人、人が立っているらしい。スルザーラが劔撃を手に殺気を出し始めたが、この通路で長物は取り回しが悪いだろう。ルークが一歩飛び出た。
「なぁッ!?」
嵐唱を引き抜き、驚く一人を殺害。心臓を一突きした後は、流れるようにもう一人も殺した。通常形態の嵐唱は刃渡り長めの短剣だ。狭い場所ではこの方が強い。
二人の男は倒れ、ルークは返り血で汚れる。
「思ったほど容赦しませんね。これならば安心できます」
「俺も戦争経験者だからな。いい気分はしないけど」
「その感情は大切にしてください。そうでなければ吸血種と同じ場所に堕ちますよ。人を食料として見て、何の感情もなく殺すような」
「……カーミラもなのか?」
「私のようにはならないでくださいね」
カーミラは少しだけ、ほんの少しだけ寂しそうだ。
飛び散った血液は彼女が取り込み、お陰でルークも綺麗になった。さらに祈るようにして告げる。
「クリフォトに接続、《憑霊》」
すると一瞬だけ黒い炎が現れ、二つの遺体が痙攣する。そしてゆっくりと、立ち上がったのだ。これにはルークもスルザーラも驚いてしまう。
思わず武器を構えそうになった二人をカーミラが制止した。
「安心してください。私の魔術です。《憑霊》といいます」
「……闇の帝国の魔術なのか?」
「そうですね。女神セフィラ様に連なる地獄の魔術です。遺体に地獄の魂を憑依させ、操ることができます。見た目は不死属ですから、内部に魔物が発生したように見せることができるでしょう……そんな顔をしないでください」
「いや、すまない」
「ごめんカーミラ」
死体を弄ぶ魔術は気分がよいものとはいえない。
だがカーミラを信頼すればこそ、必要なことと割り切れる。三人は地下の奥へと進み始めた。その陰から覗く異形たちには気付きもせず。
◆◆◆
魔神教団が根を張る探索ギルドの地下は、サンドラでの活動における本部となっている。表向きは三導師ノードンがギルド長を務め、その存在を隠しきっていた。しかしながら三導師とはあくまでも人間を導く、人間の指導者に過ぎない。その下に付く七衆もまた同様だ。
真の指導者は教祖と呼ばれる人物であり、多くの信者はその姿を見たことすらない。
「教祖様、明日の本番に備えて最後の実験をさせていただきたく存じますわ」
多くが見たこともない教祖に膝を突き、頭を垂れるのは二人の人物。三導師のミリアムと、七衆のグリムであった。
二人が顔を上げると、そこには影でできた椅子に腰かける女性がいる。だがただの女ではない。白の法衣からはみ出るように九本の尾があった。また彼女の周囲には大量の影が這っており、それが時折盛り上がって単眼重瞳の奇妙な怪物として現れる。
「よいぞ。妾は期待しておる。未だ人間の女よ、貴様は明日遂に妾にとって真の同胞となるだろう」
「感謝いたします。望外の喜びですわ」
「して、実験とは何ぞ?」
「多量の魔物を安定融合させる手法ですわ。グリムはシュリットの大聖石を奪いましたの。それを使い、彼自身に多量の魔族を融合させますわ。それが彼への褒美でもありますの」
声を出さなくとも、グリムからは喜色が滲み出ている。魔族化を今か今かと待っているのだ。これこそが魔神教団の救い。いずれ至るべきところである。グリムは若くしてそこに到達した。信者たちはグリムを羨み、そして尊敬することだろう。
「未だ人間の女よ。上が騒がしいようだ」
「問題ございませんわ。ノードンさんがすぐにでも収めてくださいます。ご安心くださいませ教祖アンヘル様」
祝福するようにして影が蠢く。
九尾魔仙はこの結果を心の底から喜んでいた。所詮は人間と見下しながら。




