576話 炉との会談
炉で一通りのもてなしを受けたルークたちは、一晩休むことになった。そんな暇はないとスルザーラは唱えたものの、やはり疲れていたらしい。『黒猫』に触れられた途端、気絶したように眠ってしまった。一晩明けて、ようやく話し合いの場が作られた。
カーミラ、ルーク、スルザーラ、ルゥナ、ロニ、そして『黒猫』六人が顔を突き合わせて円卓を囲む。
「すまないね。もう少しで炉の頭首も来るから」
「あんたがリーダーじゃなかったのか?」
「僕は支援者だよ。出資したり、隠れ家を提供したり、伝手を作ったりね」
そんなことを話していると、小部屋の扉が開かれる。入ってきたのは腰の曲がった老人だった。髪は真っ白で、肌には深い皺が刻まれている。足が悪いのか歩き方はぎこちなく、また杖もついていた。
彼が円卓に近づくと、『黒猫』が椅子を引いて彼を座らせる。
「失礼」
老人はそう言って何度か咳をする。
かなり体調が悪そうに見えた。
「西の皆様、ようこそ炉へ。『黒猫』より詳しい話は聞いております。私はハーケスといいます。先に言っておきましょう。吸血種です」
一瞬の驚きこそあれど、誰も攻撃的になったりはしなかった。元よりカーミラの案内でここまできたのだ。吸血種がいても不思議ではない。
ただルークはそれよりも彼の杖へと目を奪われた。ハーケスも視線に気が付いたのか、特長的な意匠の杖について少々語る。
「お気づきですか? これも神器です。瀑災渦といいます。身に余る力を持った神器でして、使うことはありません」
「……なのに持っているんですか?」
「ええ。一度破壊されたのですが、再び迷宮で発見し、私の下に戻ってきました。これも運命と思い、ただの杖として使っております」
「神器って同じのがあるんだ……」
「さぁ、どうでしょう。一説には迷宮の意思が生み出しているため、壊れても再度作り出されるとも言われておりますな」
ハーケスは咳払いする。
無駄話はこれまでとして、本題へと移った。
「さて、皆様の目的は私たちの計画と合致するところがあります。そこで協力関係を築けると考えました。あなたがたが納得するため、まず私たちについてお話ししましょう」
再び何度か咳をする。
やはり体調が悪そうだ。
「失礼した。私たち炉は解放の組織。サンドラ帝国が始まったその時から自由のために戦っております。かつて私たちのような魔の混じった者は強く迫害されておりました。ですが戦い抜き、私たちの存在を認めさせたのです。ですが間違いだった」
「間違い……?」
「君の名は?」
「ルーク。ルーク・レビュノス、です」
「そうですか。ルーク殿、この話にはカーミラも関わっております。君はどうやらカーミラとの縁が深いらしい。彼女が気を許しているのが伝わってくる」
「あの……?」
「だからどうか彼女を責めないでほしい。これは私たちの弱さが招いた結果でした。炎帝……ヘルダルフ様はカーミラによって吸血種となりました。その功績によって私たちのような魔の混じった者たちはサンドラに受け入れられ、自由を得たのです」
ハーケス老人が語ったのはサンドラ帝国の始まりについてだった。しかし歴史を語っているようで、彼の言葉には懺悔のようなものも窺える。理由は当然、彼の言葉から推察できた。
ルークは周囲を見回す。
するとここまで共にいた仲間たちは同時に頷いた。意見は同じらしい。
「俺はカーミラのことを恨んだりしていません。俺の国はサンドラ帝国に滅ぼされ、領地で虐殺も起こりました。家族は魔族にさせられ、俺自身が手にかけました。その全ての、本当の本当の始まりがカーミラだったとしても……俺は彼女に感謝しています。だってカーミラは弱っていた俺を助けるために戦ってくれました。同族の吸血種とも。俺は彼女のやりたいことは知りません。でも、人とか魔族とか吸血種とか、そんな枠を超えた大きなことをしようとしているのだと思っています」
「そうですか。とても嬉しいことです」
「でもなぜこんな話を? なぜ今?」
「あなたがたが私たち炉の理念に共感していただけるかどうか、それを試しました。申し訳ない」
『炉』にとってもルークたちは未知の存在だ。カーミラの紹介があったとしても、初対面で全てを預けられるほどは信頼できない。利害関係だけならば伝言でも良かった。だが本当の信頼を作るためには面と向かって話すしかない。
「私たちは皆が同じ火を囲めるように、同じ高さの席に座り、理解し合えるようにと活動を始めました。二百年も昔のことです。そして私たちは成し遂げました。サンドラにおける地位を築きました。ですがそれは新たな歪みを生み出すことにもなったのです」
「なるほど。吸血種による人間支配ですか」
「まさしく。ところであなたは女性のようですが、交渉の席に女性とは珍しい」
「ルゥナと申します。封魔連合王国において王の補佐をしております」
「なるほど。あなたも私たちの理想を体現する御方のようだ。人間差別、女性差別……そんなものがこの国にはありふれています」
弱さとは悪だ。
自らを立てられない者に権利はなく、ただ搾取される。それが世界である。身体が弱く働けない者は淘汰される。力の弱い女は子孫を作るための道具のようなもの。人間とは吸血種のための食糧であり労働力。
サンドラ帝国にはあらゆる弱者淘汰が存在している。
「歪みは早期に正さなければ大きくなります。私は探索ギルドに解決を見出しました。迷宮を探索し、遺物を持ち帰る危険な仕事です。ですが門戸は広い。どんな人物でも受け入れる器がある。かつては『黒猫』が運営していたものになります。そして私もそこに携わり、淘汰されてきた者たちを受け入れ、訓練し、社会に入れるよう支援してきました」
「弱者の救済か……我がシュリット神聖王国にもそういったものはある。日々の糧や衣服を与えるのだ。しかし問題もある。彼らは決して自立しようとしない」
「そうですね。自分で立てない者たちに食料を分け与え、生きていられるように助けることは容易いでしょう。しかしそれでは本当の意味で彼らのためにはならない。糧を与えるのではなく、それを得る方法を教えなければ意味がありません。私たちはそれこそが本当の救いだと信じて活動してきました」
言葉尻が震えている。
これからきっとよくないことが語られる。ルークはそんな予感がした。そしてそれは正しかった。
「かつてカーミラは吸血種化の責任として、この国のために様々な活動をしてくれました。そのはたらきにより多くの弱き者たちが救われています。彼女は始祖。あらゆる吸血種の頂点です。その発言力は炎帝にまで届きました。サンドラを良くしようと、彼女も努力していたのです。決して、悪意はなかった」
「それってどういう……」
「炎帝はカーミラを邪魔に思ったのです。唯一絶対の王者でありながら、吸血種であるため始祖に逆らえない。それが許せなかった。彼女が思うままに国を動かされることを厭ったのです」
これはカーミラの未熟。
炎帝という人物をよく見ず、ただやりたいことをしてしまったという過ちだ。二百年前はカーミラも若かった。いや、幼かったという方が正しい。素直に良いと思ったことをしてしまう子供だった。その行いが炎帝の矜持を傷つけ、怒らせることになるとは考えもしなかった。
良かれと思ってしたことが、逆にサンドラ帝国を歪ませてしまったのだ。
「炎帝は始祖の支配から抜け出すため、魔族の力に目を付けました。吸血種と魔族は似て非なる存在です。西の方では同一視していると聞きますが……」
「私たち聖石寮は魔族という括りの中に吸血種がいると考えていました」
「そうでしょうね。しかし二つは全く異なります。カーミラを始祖とするのが吸血種。そして魔神に創られたのが魔族です。あるとき、炎帝のもとに魔神の側近を名乗る者たちが接触したそうです。それがおよそ百年前のこと」
「百年前……となると我が国では暗黒期と呼ばれた時期です。聖守が現れなかった約二百年の暗黒期。運よく魔族の攻撃も少なく、星盤祖の守護があったと言われていました。まさかサンドラに接触していたとは」
シュリット神聖王国の歴史は長いが、実は四百五十年ほどの歴史のうち二百年も聖守が存在していない。七代目聖守となるはずだった赤子を常闇の帝国に奪われたと歴史には記されている。とはいえ、スルザーラは九聖である以前にアルテミア家の人間でもある。より詳しい事情も知っていたが。
「暗黒期が明けた後に現れた聖守……それもサンドラ帝国が魔族に傾倒する原因となりました」
「何だと!?」
思わぬ言葉にスルザーラは勢いよく立ち上がり、椅子を倒してしまう。しかしすぐに感情的で愚かな行動だったと思い直したのだろう。失礼、と小さく口にして元通りに座った。
「申し訳ない。私も誤解を招く言い方でした」
「いえ。ですが暗黒期が明けた後の聖守……七代目聖守ロールズ様は英雄と謳われています。彼は歴代最強と言われ、数々の魔族を葬り、業魔族すらも打ち倒しました。そして魔神と戦い、奴を動けぬほどに封印したと伝わっています。彼は初めて魔神の居城まで到達した偉人なのです。彼がいなければ我々は黒夜宮《ライラ―バイト》の存在すら知らなかった」
「黒夜宮? 何だそれ?」
「魔神の城だ。奴ら魔族は巨大な都市までも作り上げていたらしい。ロールズ様が逃がした術師が持ち帰ってくださった貴重な情報だ」
「逃した術師? 本人じゃなく?」
「ロールズ様は相討ちで魔神を封印された」
「へぇ。そうなのか」
遠く離れた国の昔の話だ。ルークも自分から聞いた割には他人事である。
だが次の瞬間、そんな考えは霧散させられた。
「スルザーラさん、ルークさん、よく聞いてください。七代目聖守は神器使いでした。その神器とは聖杯。今、ミリアムが保有しているものです」
「何だって!?」
驚きのあまりルークは大声を出してしまう。またスルザーラも声にこそ出さないが、目を見開いていた。やはり彼も知らなかったらしい。カーミラは不思議に思っていたのだ。本来、聖杯はシュリット神聖王国と繋がりが深い神器だったのだから。
「七代目聖守が敗れたとき、聖杯は魔族たちに奪われました。それが巡って魔神教団のもとに辿り着き、今はミリアムが保有者となっているようです」
「何でカーミラがそんなこと知ってたんだよ」
「私の知り合いに情報収集が得意な方がいましたので。この後、その方にも頼るつもりです」
「へぇ。そんな奴がいるのか」
「以前から代替わりしたと聞きましたので、私も今の方は会ったことがないのですけれど……」
その意味をルークでは理解できなかった。他の者たちも同様である。
しかし『黒猫』だけは意味深に笑う。
「そうかそうか。君はまだ今代の『鷹目』には会ってなかったのか」
「ええ。後で紹介してください。彼、または彼女の力が必要です」
「いいよ。まぁ力を貸してくれるかどうかは知らないけれど、繋ぎだけはしてあげよう。他ならぬ君の頼みだ」
ここでハーケスが咳払いする。
少しばかり話が逸れすぎたようだ。元々は彼が説明をしてくれていた。もうどんな話をしていたのか、思い出せなくなっている。そこでルゥナが軽く補足してくれた。
「七代目聖守の存在がサンドラ帝国の在り方を歪め、魔族に傾倒するようになった。そんな話でしたわね。つまり彼の保有していた神器・聖杯が魔族の手に落ち、魔神教団にまで渡った。それが原因だったのですね」
「おお。その通りです。魔神教団の教主は配下の人間たちに聖杯を研究するよう命じました。魔神は聖守との戦いで傷つき、新しい魔族を作り出せないほどになったようです」
「なるほど。その舞台となったのがサンドラ帝国だったのですね?」
「研究には大量の人間が必要でした。炎帝との利害が一致したのです。彼は人間を家畜か何かだと考えています。実際、私たち吸血種は人間の血を飲まなければ生きていけない。人を生産することはサンドラにとって至上命題でした。その環境が魔神によらない魔族化実験にとって都合がよかった」
遠く離れたはずの国で事件は繋がっていた。
後のことはもう知っている歴史だ。魔神教団は聖杯の力をエルムレアで実験した。その性質を確かめるためだったに違いない。そこで凶悪な厄災の魔物が召喚され、ミリアムは渦中へと引き込まれていった。
ハーケスはさらに続ける。
「魔神教団はサンドラに深く根を張り、強い権力を手に入れています。その一環として、彼らは迷宮探索ギルドを占拠しました。現ギルド長ノードンは魔神教団の大幹部、三導師です。また同じく三導師のミリアムは宮廷魔術師として宮中に潜み、戦争を陰で操っています」
「かつて探索ギルドは僕が運営していたんだけどね」
ついでとばかりに『黒猫』が補足する。
ようやく最初の話に戻ってきたわけだ。炉は探索ギルドという器を利用し、社会的弱者の救済をしてきた。だがそれが魔神教団に奪われてしまった今、社会の歪みは広がっていく一方である。
「私たちは魔神教団を倒し、ギルドを取り戻したいと考えております。ですが宮廷、魔神教団、ギルドは強く癒着しており、取り戻すことは困難です。我々には三つ全ての集団を相手にできる勢力ではありません」
「そこに我々が現れたと……」
「その通りです。あなた方は宮廷を……炎帝を狙っているそうですね。私たちと同時に攻めませんか」
それは魅力的な提案だった。




