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冥王様が通るのですよ!  作者: 木口なん
魔族篇 4章・聖杯

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569話 終焉の六王

 三国会談が終わったことでセフィラもプラハへと帰ってきた。

 彼女は護衛に扮して常にイシュヴァルと共にいた。勿論、会談がどんな内容であったか隅々まで認知している。プラハ帝国にとって有利な条約を結べたということを土産話としてシュウにも語っていた。



「そうか。イシュヴァルは王としてどうだ?」

「強い王だね。それに民のことをよく考えているよ。それに矜持もある。これでプラハは赫魔以外の外敵を排除できたし、赫魔を協力して討伐する体制もできたよ」

「上手いな」

「うん」



 プラハ帝国の皇帝は選りすぐりの王だ。

 パルティア家の直系は王に連なる者として厳しい教育を与えられ、その矜持を受け継ぐ。そしてセフィラが皇帝として相応しい者を選び、加護を与えるのだ。思想も能力も完成された器にこそ王権は与えられる。

 ただしセフィラは皇帝を選び、加護を与え、助言者となるのみ。

 国家の運営にはかかわらない。

 愚か者が王位に就けば、プラハは容易く崩壊することだろう。



「赫魔のことだが、以前よりも勢力を増しているな。数も力も」

「うん。巣を直接叩けば話は変わるんだけどね。でも私たちが直接力を振るえる相手はそんなにいないし」

「虚無の邪神絡みでもない限りな」

「ルシフェルもケチだよねー。私がやれば赫魔なんて一掃できるのに」

「……あまり悪口はやめておけ。聞かれているぞ」



 彼女は可愛らしく両手で口を抑え、周囲を見回した。

 しかし何も起こらない。

 この程度の不満でルシフェルが手を出してくるとは思えないが、常に耳を澄まされていると思って動く方がいい。そういう忠告だった。



「セフィラもそうむくれるな。最近は空間の歪みが多い。邪神がこちらで受肉している影響だと思う。その内、力を使う機会もある」

「うん……」

「そろそろ次の皇帝を選ぶ時期だろ。イシュヴァルの統治も九十年くらい経っている」

「あと五十年くらいは大丈夫だよ。イシュヴァルも元気だし、私がいる限り病気もかからないよ」



 宙でセフィラが笑う。

 子供っぽい仕草はどうにもアイリスに似ている。それがおかしくてついシュウも笑ってしまった。



「あ、二人ともここにいたのですよ!」

「ママ!」



 アイリスは転移でセフィラの背後に移動し、抱きしめつつ捕まえる。するとセフィラは霊体化して抜け出したので、今度はアイリスも魔力で手を保護して捕まえた。



「ちょっと! ずるい!」

「セフィラちゃんは可愛いですねー」

「私もう赤ちゃんじゃないんだけど!?」



 この騒がしさが本当に心地よい。

 シュウは心からそう思った。




 ◆◆◆




 地下迷宮は多方に通路が張り巡らされている。しかしながら稀に巨大な空洞が広がっており、そこでは古代文明の痕跡が見られることも多い。遺跡であったり、壁画であったり、その形態は様々だ。だがこれらの根拠が、古代に栄えた人類を思い起こしてくれる。



「これは……竜?」



 蟲魔域より地下に侵入してから四日。

 五つ目となる大空洞で、モザイク調の壁画が発見された。近くで見ると色づけられた破片が埋め込まれただけの壁に見えたが、遠く離れてから振り返るとそれで一つの絵となる。

 それは巨大な光輪を浮かべる赤い竜であった。

 思わず口に出してしまったルークに対し、ルゥナが答えてくれる。



「赤い竜。天王バハムート……『終焉の六王アポカリュオン・へグレア』の一つ」

「なんだそれ?」

「そういえばエルムレアで聞きましたね。それは?」



 ルークは首を傾げ、カーミラは興味深そうに問い返した。

 ロブの裏切りもあって有耶無耶になってしまったが、確かにルゥナがそんな単語を口にした覚えがあった。



「我が国では古代文明について調査しております。一度世界を滅ぼした神にも等しい超常の存在。その一つがこの赤い竜です」

「他にもいるのか? こんなのが?」

「地獄域から発見される遺跡には紺碧の水龍についての記述がよく発見されます。海王リヴァイアサンは万物を塩に変貌させる怪物である。そんな壁画もありました。実際、地獄域では岩塩がよく発見されます」

「エルムレアで戦った竜より強いのか?」

「おそらくは。残念ながら、私では強さを測り切れません。どれほどの差があるのか、想像することもできません」



 カーミラがこの時思い浮かべていたのはシュウのことである。またの名を冥王アークライト。冥界の加護を与えてくれた死を司る超常である。

 あらゆる生命に死を与え、あらゆる生命から魂を奪う。

 どんな強い魔力でも、強力な神器ルシスでも、おそらく敵わない。カーミラですらシュウの本当の力は測り切れない。



「ルークさんは一度、その一端を目の当たりにしているはずです」

「え? いつ?」

「ヴァルナヘル奪還戦の際、たった一つの魔術でこちらの軍は壊滅しました。覚えていますか?」

「……ああ」



 忘れたくとも忘れられるはずがない。

 強烈な光を感じたかと思えば、味方がほぼ全滅していた。死体も残らず、ただ抉れた地面だけが残っていた。もしもカーミラの近くにいなければルークも死んでいただろう。空から見下ろしたあの惨状は今でも鮮明に思い出せる。



「冥王アークライトの魔術です。しかもあれは戯れのようなもの。本当の力はあの程度では済みません」

「冗談だろ!?」

「それが『王』という存在なのです。世界を滅ぼせるということに嘘偽りはありません。プラハ帝国ではその存在を神として祀り上げているほどですから」



 カーミラとてシュウの本当の力を目の当たりにしたことはほとんどない。仮に戦うことになれば必ず負ける。万が一の奇跡もない。



(シュウ様がなぜサンドラ帝国の味方をするのか……知る必要がありそうですね)



 不意に取り出した小さな金貨。

 表には杖を持つ猫、裏には髑髏とナイフ。『死神』の証であった。




 ◆◆◆




 妖精郷のことを引き継がせたシュウは、再びサンドラ帝国へと戻ってきていた。

 長期間姿を見せなかったこともあって多少は怪しまれたが、わざわざ声をかけてくる者もいない。かつて御前試合で吸血種ノスフェラトゥを打ちのめしたという事実が、周囲を畏れさせていた。



「シュウ様ではありませんの! お久しぶりですわ」



 そんな中、ミリアムだけは例外である。

 彼女は公的にシュウの弟子ということになっており、実際に魔術を教わっている。魔族化の研究こそミリアム主体だが、未だに意見を伺うことが多かった。



「どこにおられましたの?」

「西の方にちょっとな」

「詳しく話してはくださらないのですね」

「個人的な用事だ。それより侵攻計画はどうなっている?」

「予定通りですわ。封魔連合の首都を直接攻撃する手筈ですの。古代兵器の起動も間に合うと思いますわ」



 帝国の戦線は広い。

 まだ征服戦争が始まって一年と経っていないにもかかわらず、帝国は敵を作りすぎた。大陸のあらゆる国がサンドラ帝国を打ち倒すべく協力体制を作りつつある。



(支援程度とはいえ、プラハもサンドラの敵になった。計画のためにも時間はかけられないか)



 少し考えに耽っていると、ミリアムは思い出したとばかりに手を叩いた。



「そうですわ。聖守がここ帝都を目指しているようですの。蟲魔域から神奥域まで地下迷宮を通って移動していますわ」

「……また奇妙な道を」

「あら、驚かれないのですね」

「向こうにはカーミラもいる。不可能な話じゃない」



 少し離れている間にかなり状況が動いている。

 迷宮に潜られるとワールドマップ機能も使えないので少々困る。



「潜ませた間者はどうなっている?」

「ロブさんは討たれましたわ。オリヴァさんが残念そうにしておりましたの。九聖に入り込ませたというのに、と激しく」



 それは残念がっているというより、激怒しているのではないだろうか。

 しかし確かに惜しい損失である。



「次はいつ仕掛ける?」

「リベラストラか、あるいはもう少し待ちますの。私の七衆オレリアが手配してくださいますのよ」

「ああ、奴か」

「ロブさんが死んで七衆オレリアの席も一つ空きましたわね。もう一人、私の手の者を推薦してくつもりですの」

「誰か候補がいるのか?」

「ふふ。シュウ様を推薦させていただいてもよろしくて?」

「……」

「冗談ですわ」



 あわよくば、といった感情が透けて見える。

 闇の組織とはいえ、公的にシュウに命令できる利点は大きい。そんなところだろう。



「組織に入るのは面倒だ」

「あら、そうですの?」

「お前こそ掛け持ちでよくやる」

「手を抜くコツがありますのよ。常に全力である必要はありませんの。それに大きな立場を得ることが叶えば、部下を動かすこともできますわ」



 そんなことを口にしているが、常人を超える労働量であることに違いない。それでも決して疲れを見せないのは、行きつく先にある目的のためか。



(この女も壊れているな)



 シュウは哀れみを向けていた。




 ◆◆◆





 地下迷宮を進み続けるネオンたちは、一風変わった領域に踏み込んでいた。

 通路は金属質で、より複雑。束になった配管が無数に張り巡らされ、謎の機械が並んでいる。



「変なところだな」

「ここは黄金域でしょう」

「知っているのか?」

「噂程度です。シュリットの方々の方が詳しいと思います」



 カーミラはそう言いながら振り返った。

 サンドラ帝国がアリーナまで侵略して以降、シュリット神聖王国は黄金域を探索することができなくなった。そのため古い記録でしか残っていないが、黄金域の特徴も伝わっている。

 特に危険とされているのは番人と呼ばれる古代兵器であった。



「ん? 私に尋ねているのか? 私も文献で知っている程度だが……」



 隊列の関係ですぐ後ろにいたスルザーラは、言葉尻をすぼめる。

 しかし希少な知識である。

 他の者たちも耳を傾けようとしていたので、彼も自信なさそうではあったが語り始めた。



「黄金域はかつて聖石寮でも探索を行っていた。アリーナという都市国家が管理していた迷宮域だ。古代兵器が多く発見されることから、我が国からも何度も遠征が行われた経緯がある。勿論、アリーナに大金を支払ってな」

「それほど価値があったということか」

「その通りだ。ルーク、迷宮で最も価値あるものは何だと思う?」



 迷宮で発見されるものは多数存在する。

 しかし各国がこぞって求めるものとは、やはり兵器だ。そして兵器の中で最上のものは一つしか考えられない。



迷宮神器アルミラ・ルシスか」

「その通りだ。劔撃ミネルヴァもかつて黄金域で発見された」

「へぇ。じゃあ俺たちも新しい神器ルシスを見つけたりしてな」

「簡単な話じゃないさ。だがもしもそうなれば幸運だな」



 話を聞いていた者たちは笑い合う。

 どんな神器ルシスがいいか、もし発見されれば誰が持つか、そんな冗談が飛び交う。それ一つで英雄になれる兵器だ。やはり夢がある。

 そんなことで盛り上がっていた折、不意にルークが疑問を呈した。



「そういえば魔物が見当たらないよな」

「ああ、その理由はだな――いや、丁度来たらしい」



 少し奥にある十字路の右側から、巨大な何かが飛び出してきた。それは金属質だが蟲のように八つの脚を持ち、不気味な単眼をこちらに向けてくる。

 それは人間の集団を見つけると問答無用で攻撃する古代兵器。

 標準装備された《火竜息吹ドラゴン・ブレス》 を放射すべく、単眼に光が集まる。だが即座にカーミラが血晶槍を射出し、単眼を抉った。また血晶は内部で炸裂し、鋭い刃となって枝葉のように内側から引き裂く。激しく火花が散り、古代兵器は停止した。



「なんだ、これ?」

「番人だ。黄金域を徘徊する迷宮の番人。黄金域には魔物がいないとされている。その理由は番人が人も魔物も関係なく殺害するからだ」

「魔物じゃないんだな」

「古代の兵器らしい」



 完全に破損した番人はすっかり通路を塞いでいる。

 一人ずつ、横をすり抜けることにした。まずはカーミラが通り抜けて向こう側の安全を確保する。するとすぐに彼女が警告を発した。



「番人が多数来ます!」



 先の戦闘音を聞きつけたのか、新しく番人が二体も現れ、単眼から閃光を放ってくる。すぐにカーミラが反応し、血晶の盾で防いだ。散乱した光線は金属の壁や地面を焼き切り、破壊の火花が散る。隊は一気に混乱へと陥った。

 そればかりかカーミラの感知範囲には明らかに動きを変えた番人が六体もいる。これまでの巡回ルートから外れ、こちらを目指して移動してくる。破壊された番人を目印にしているのは明白だ。

 このままだと新しい番人と乱戦になってしまう。



「一度ここから離れます! こちらへ来てください!」



 二体の番人は血晶槍で貫いて破壊し、十字路を右へと曲がる。

 皆も一人ずつ破損した番人の横を抜けて、カーミラに付き従った。《導護ゾディア》の光が示す方向とは違ったが、今は戦域から逃げるのが先だった。



「カーミラ! こっちでいいんだよな!?」

「……かなり不味い状況ですね。追いかけられています。どうやら私たちの居場所を把握して追っているようですね」

「どうするんだよ」

「この先で隠れます」



 通路の先にあったのは巨大な空間であった。

 迷宮内における領域である。ここには大量の貯蓄槽が並んでおり、天井も高い。そして後ろの通路からは何かが迫る音がしている。

 時間はなかった。



「各自、陰に隠れてください! 私が合図するまで!」



 咄嗟のことでカーミラが皆に命じた。本来ならばこういったことはネオンが発するべきだが、今はそれどころではなかった。

 通路の奥で光が閃き、熱気と共に光線が飛来する。

 再びカーミラが防ぐと、飛び散った光で貯蓄槽が破損し、刺激臭のある液体が流れ出た。



「皆さん! 早く!」



 皆も危険が迫っていることは分かっていたので、それぞれ槽の陰などに身を潜める。もはや隊列も規律も関係ない、生き残るための動きであった。適当に近くにいた者たちで固まり、息を殺す。



(くそ……どうなってんだよ)



 ルークは嵐唱バアルの柄をしっかり握りながら顔を出す。先ほどまでいた通路から二体の番人が続けて現れるのが見えて、すぐ隠れた。

 番人の攻撃力は目の当たりにしたばかりだ。

 破壊の光線は壁も床も容易く焼き切っていたのだ。人体に直撃すればひとたまりもない。何より番人は全体的に金色である。それはオリハルコンの色であった。

 再び陰から顔を出す。



「あれが番人……」



 それはルークの口から出た言葉ではなかった。

 思わずそちらに目を向けると、ネオンが密着しながら同じように顔を出している。



「え……あ」

「ぁ、ルー……ク」



 こんな状況にもかかわらず、酷く気まずかった。



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