568話 三国会談の結末
三国会談は一日で終わるものではない。
何日にもわたって三国の王たちが言葉を重ね、より優位となるよう相手を説得する。また各国の家臣たちも交流することでお互いを説得し、彼らの王へと進言させる。公式の場のみならず、食事の場や酒の場を設けて個人的な交友を深める。
十日も経った頃には形勢も一つの形へと成りつつあった。
「どうだろうかイシュヴァル皇帝陛下。そろそろ色よい返事をいただきたいところだ」
円卓において六つの眼がイシュヴァルを見つめる。
アポロヌスの語った全人類による統一国家構想は非常に夢があった。人という種が一つになり、超常の存在へと対抗する。魔神とも強大な魔物とも一つになって戦う。特にシュリット神聖王国からすれば期待できる話だ。ルーイン氏族連邦からしてもプラハの一州となるより、統一国家の一員となった方が立場が上がるので望ましい。
しかしイシュヴァルは頑として首を縦に振らなかった。
「私は皇帝だ。人を導くために存在している。私は女神セフィラによって選ばれた王の中の王。他の誰かと対等でもなく、誰かの下に着くこともない。寧ろ我が国の下に入り、一つの州として栄えるがいい。豊穣の女神は慈悲深い。貴殿らの望む通り人の栄華を得られるであろう」
「どうしても、認めてはくれないということかな?」
「賠償はこちらの示した通り。金と銀、そして鉄、家畜、奴隷を以て支払うのだ。ルーインが独立を望むのであれば別途請求する」
イシュヴァルは初めの主張からほんの少し譲歩し、ルーインの独立もちらつかせた。
ただ戦勝国の権利を主張し、強気な態度は変えていない。アポロヌスとベイリンはあの手この手で尽くしてきたものが報われなかったことを悟る。
(こちらも時間がない。サンドラ帝国との戦争を考えれば、そろそろ時間切れかな)
今日の内に説得できなければ、会談はここまでとなる。
ならばと最後の手段を提示することにした。
「では皇帝陛下、こういうのはどうだろうか。俺たちはこれからサンドラ帝国と大きな大戦を控えている。にもかかわらずこの賠償は少しばかり重い。サンドラ帝国に勝利した後、そこから接収したものを賠償に当てたい。そうすれば、俺はご提示に上乗せしたものをお支払いするつもりだ」
これはかねてよりベイリンやハヌサにも通しておいた話だ。もしも説得が難しいようであれば、サンドラ帝国との戦争後にまで賠償を引き延ばす。その場合の割り増しもこちら側から提示し、主導権を得る。
当初は二人の王も難色を示していたが、イシュヴァルが一向に意見を変えない様子を見て遂に首を縦に振った。とはいえこの提案にも穴はある。
「貴国らがサンドラ帝国に勝利する保証は? もし敗北すれば賠償金を取り損ねることになる」
「勿論勝つさ。しかし俺の言葉を鵜呑みするつもりはない。そうだろう?」
「当然だ」
「そこで俺たちは提案したい。プラハ帝国も、サンドラ帝国を倒すために是非とも協力していただけないだろうか。兵士の派遣、技術提供、食料提供、方法は何でもいい。俺たちが勝てるよう、支援してほしい。それに見合うだけのお礼は勝利した後、別途支払うという約束でね」
思わずイシュヴァルは眉をしかめた。
ただその反応は予想していたので、アポロヌスも更に言葉を尽くす。
「こちらに都合がいい提案だということは承知の上だ。しかしこれはあなた方プラハ帝国にとっても悪い話ではないはず。今、こちらから賠償を受け取れば俺たちは敗北の可能性が高まる。そうすればサンドラ帝国は更に領土を増し、勢力も大きくなるだろう。俺たち封魔連合王国は迷宮神器も多数保有している。それらが全てあちらの手に渡れば、サンドラ帝国は何倍も強くなる。恐ろしく巨大になったサンドラ帝国が次に狙うのはプラハ帝国だ」
「半ば脅しだな」
「俺はこうなると予想しているよ。いや、このままではそうなる運命だ」
納得できる未来展望だ。何よりアポロヌスの言葉には確信がある。
プラハ帝国はサンドラ帝国とは隣接していないので、その脅威は噂程度にしか伝わっていない。しかし近年の赫魔活性化により戦力は北部へと割くほかなく、その状態で東方からサンドラ帝国の脅威が押し寄せてきた場合、厄介なことになるのは間違いない。
それならば封魔連合王国やシュリット神聖王国が盾となり矛となり、プラハ帝国としてはそれを支援するだけに留めれば自国被害も抑えられる。勝利さえすれば賠償も入ってくる。
(感情的に拒否するには利が大きいか。長い目で見ればこちらに分がある)
今回、プラハ帝国はタマハミによって幾つかの街で被害を出している。国民感情を考えれば、早急に報いを受けさせなければならない。目に見える報いとはやはり賠償である。賠償させるどころか敵国を支援しなければならないなど、民が納得できるはずもない。
どこを落としどころとするべきか。イシュヴァルは思案する。
やがて一つ、決断を下した。
「いいだろう。サンドラ帝国を打ち倒すため、我が国も協力しよう。だがそのためには条件を出す。我が国からは良質な武器や食料を用意しよう。そのために我が国の企業が経済活動できるよう取り計らうのだ。具体的には土地の割譲、関税の免除、商権の公認、税の優遇、低利での融資だ」
「俺の国の民を雇用してくれると考えていいだろうか」
「構わん。企業を通して物資は提供する。土地については五十年後に貴国へと返還される。ベイリン王、これはそちらにも適用させていただくぞ」
思わぬ飛び火でベイリンは酷く驚いた。
しかしイシュヴァルからしてみれば当然である。先の戦争にはシュリット神聖王国も参加していたのだから。
「ベイリン陛下、ここで落としどころとしよう」
「しかし……いや、承知した」
「では条約の締結だ。明日の朝にはこちらからの草案を提示する。くれぐれも、我が国の良質な品を制限してくれるなよ」
プラハ・シュリット・封魔三国会談による戦後処理は無事完了する。そして大陸全土を巻き込んだサンドラ帝国戦線が構築されることとなった。
◆◆◆
蟲魔域を進むサンドラ帝都奇襲軍だが、遂に地下迷宮へと入り口を発見するに至っていた。ただ一本の大樹が中心にあり、周囲には草一つない。まるで大樹が全ての栄養を奪い取っているかのようである。大樹の根本には空洞があり、そこから地下へと入ることができるようであった。
「遂に……見つけましたね」
ネオンは感慨深そうだ。
歴史によれば、シュリット人は山水域より地下迷宮を通り、蟲魔域から出てきたという。そして今の地を発見し、国を興したのだ。その足跡を辿っているような気がして、思わず嘆息してしまった。
四百五十年前、先祖がここを通った。
そう考えるだけで思いを馳せることができる。
「早く行こうぜ。結構森で迷ったし、急がないと」
「ルーク……少し思いに耽るくらいはよいだろう。我々にとってここは特別なのだ」
空気を読まないルークにスルザーラが窘め、少しだけ空気が緩んだ。
それに間違ったことは言っていない。
ネオンも皆に呼びかける。
「行きましょう。まだ先は長いです。ここからは地下迷宮となります。カーミラの案内だけが頼りです。どのような魔物がいるかもわかりません。一層、気を引き締めましょう」
そう言いつつ周囲を見渡すと、それぞれ目が合った瞬間に頷き肯定する。
ルークも彼女と目が合ったので頷こうとしたが、すぐに目を逸らされてしまった。
(え……? また?)
どこかよそよそしい態度は少し前からだ。
具体的には厄災の黒い蟲が襲ってきた後からだろうか。この態度の変化は小さなものだったが、四六時中この様子では流石に目立つ。スルザーラはルークの耳元で囁いた。
「本当に聖守様とは何もないのだな?」
「ないって。こっちが知りたいよ」
「不思議なこともあるものだ。何の理由もなくああいったことをされる方ではないはずだが……」
「俺だって分かっている。でも心当たりがなさ過ぎる」
これにはルークとて困っていた。
話しかけようとすれば目を逸らされ、用事があると言って逃げられる。何か悪いことでもしたのかと周りに聞いても皆首を傾げるだけ。
当初はルークを疑っていたスルザーラも、今は同情的であった。
「私の方から聖守様に聞いてみよう。まだ旅は長い。この状態では困る」
「頼むよ。本当に」
迷宮へと入るにあたり、ネオンは隊列の組み直しを指示する。地下迷宮がどのような形になっているのか、古い伝聞でしか伝わっていない。しかしながら広い通路が幾つもあって、稀に広大な空間が広がっているということは知られている。
したがって通路を移動するための、縦列へと再編する必要があった。
「先頭にはカーミラとルークを置きます。最後尾は聖石寮、アスラン戦士団、バジルの民で交代しつつ警戒しましょう。初めはバジルの民にお願いします」
「承知しました」
ルゥナが返事をして部下を並ばせていく。
今回の行軍に当たり、ネオンを指揮官として各勢力ごとに上官を設定した。バジルの民のルゥナ、アスラン戦士団のロニ、聖石寮のスルザーラである。カーミラとルークは規格外の単一戦力として、ネオン直属となった。
結局のところ、この部隊は国籍も人種も戦闘方法も異なる寄せ集めだ。一つの部隊として連携するよりも、それぞれの部隊ごとで特色を活かす方が良いと結論付けられたのである。
蟲魔域を進む中で試行錯誤しながら決められた指揮系統であった。
「準備はできましたね? 進みましょう!」
その掛け声で、カーミラとルークがまず大樹の空洞から地下へ降りていく。かなり巨大なので大人数でも困らないが、足元が悪い。ゆっくり、慎重に下っていく。
外から見れば底のない大穴にも見えたが、降りてみると不可思議な光源によって視界も確保されていた。
「これが迷宮か……思ったより明るいんだな」
「場所にもよりますが、ここは光源があるようですね。壁や地面に光る鉱物が埋まっているようです。魔力を感じます」
「へぇ。魔術で光っているのか?」
「魔術というほどのものでもありません。自然現象の一種でしょう」
そう言いつつ、カーミラは胸元のネックレスに触れる。それを介してセフィロトの術式へと接続し、魔力を代価に術式を引き出した。
小さな光の塊が胸元から生じて通路をまっすぐ進み始める。
「これが道案内の魔術か?」
「はい。《導護》という魔術です。サンドラ帝国にある女神像まで導いてくれます」
まだかなり奥まで真っ直ぐな道が続いているため、しばらくは導きの光がなくとも迷いはしない。それまでは頼りにすることもないだろう。
そこでルークは雑談をもちかける。
「なぁ、カーミラ」
「どうかしましたか?」
「俺ってネオンに避けられてる?」
「そうですね。私のことも避けているように感じます」
「やっぱりそうなのか。なぁ、なんでだと思う?」
「分かりません。ですが私たちに対して後ろめたさのようなものを感じているのかもしれません。なんとなく、そういう気配がします。今も」
思わずルークが振り返ると、ネオンと目が合った。
やはり彼女は目を逸らす。
隣にいたスルザーラもやれやれといった様子だ。
「本当に分からねぇ……」
悶々としたまま、ルークは自らの行いを振り悩み続けていた。
◆◆◆
「聖守様、ルークと何かあったのですか?」
こういったときは素直に聞くのが一番良い。そんな経験則からスルザーラは直接訪ねることにした。
それに解決は早いほど良い。いつ、連携を強要される場面になるかわからないのだから。
しかしこの問いに対して、ネオンは可愛らしく唸るのみであった。
「あの、聖守様?」
「ぅ……えっと……その……だめです。言えません」
その姿はどこかいじらしく、まるで年頃の乙女のようである。
(いえ、聖守様はお年頃の少女でしたね……)
どんな時でも毅然としていた彼女が、まるで別人になってしまったようであった。何か大きな変化があったのは間違いない。スルザーラも一端の大人なので、何が起こっているのか想像はつく。
だがそれは決してスルザーラの口からは言葉にできないものだ。
(まさか、まさかなのか!? しかしそれならばルークを避ける理由も……だがカーミラのことも避けているように思える。別件か? 私の思い過ごしなのか?)
ネオンの心の荷を軽くするどころか、自分が悶々としてしまった。
今は大切な時だ。余計なことを考えている場合ではないと思考を振り払う。しかしながらどうしても考えてしまう。
スルザーラにとって聖守とは輝く星である。
決して太陽のように眩しすぎることなく、優しく闇を照らしてくれる。彼女の優しさ、強さ、そして歌も、全てが輝いている。
「聖……」
「ごめんなさいスルザーラ。今は言えません。ですが、戦いには影響させません。約束します」
「……分かりました。ですが負担は私たちにも担わせてください。それが九聖です」
それでも彼女はルークを目で追いかけていた。




