567話 アポロヌス王の目的
封魔連合王国の王アポロヌスは旅の準備のため忙しくしていた。
プラハ帝国との戦争を解決するため要請した三国会談は無事に承認され、開催地となるルーインではその準備が行われていることだろう。だがそちらに向かえば、しばらく封魔王国を留守にしてしまうことになる。北方からはサンドラ帝国が大軍勢によって押し寄せようとしているところなので、その対応策を用意しておかなければならない。
「まったく、俺もルゥナに頼りきりだったと今ならわかる」
「陛下。手を動かしてください。手を!」
「分かっているよ」
各地への兵站輸送、防衛計画、編成した軍の割り振り、連合各国との連携など、細かいところは部下たちが詰めてくれるが、最終的な承認はアポロヌスが行わなければならない。一つ一つの計画書を読み込み、理解し、場合によっては修正を求める必要がある。朝から夜までデスクに縛り付けられていても終わる気配がない。
普段はルゥナが秘書官として助言してくれるので、この苦労は久しぶりだ。一応は別の秘書官が付いているものの、彼女の優秀さには及ばない。
「アルゲリス公のところには多めに支援物資を送ろう。レギン砦を失ったから防衛は厳しいだろうし」
「そういえば作戦計画の提案が届いていますよ。アルゲリスとウル、そして我ら封魔王国の間にあるイデアスの谷へと帝国軍を誘い込む策のようです」
「あの谷か……アルゲリス公の震戮で崖を崩して一網打尽ってところかな?」
「はい。承認されますか?」
「イデアスの谷は封魔王国とも接している。最終手段としてなら承認しよう」
サンドラ帝国の軍事力は脅威的だ。
連合全体で広大な土地を有する封魔連合王国を以てしても、脅威と見なさざるを得ない。特に吸血種や魔族はどの戦場においても大きな被害をもたらしてきた。それに帝国は所有する二つの迷宮域から古代遺物を大量に発掘し、軍事転用している。中でも術符と呼ばれる武器は一般兵を魔術の達人に変えてしまう力を持っており、正面からの激突は不利だ。
「サンドラ帝国の集結状況はどうなっているかな?」
「占領されたベレスやウル、アルゲリスの都市へ続々と。ですがあと四十日以上は動かないでしょう。各地で散発的な小競り合いは発生しておりますが、帝国側も消極的な様子です」
「流れ通りだ。今、帝国がこちらに戦力を集中させようとしている間にプラハ帝国と話をつける」
「ルーインへの出立は明後日です。そちらの準備もつつがなく」
封魔連合王国とサンドラ帝国は互いに最前線へと戦力を集中させつつあり、発火は間もなくと考えられている。国内の緊張度も高まり、物価上昇などの悪影響も出始めていた。たとえ戦争に勝利できたとしても、長期化すれば国家を破壊しかねない。
三国会談はこの状況を覆す一手でもあった。
◆◆◆
第七の月となり、プラハ、シュリット、封魔連合による三国会談が開催される日となる。開催地は三国の中間であり、現在の問題となっているルーイン氏族連邦。
また会場となったのは氏族王の屋敷である。
ルーイン人は四部族から構成されており、かつてはそれぞれの氏族の代表者からくじによって王を選ぶという風習があった。しかしながらプラハ帝国の属州となって以降、当時の王であったルム氏族が血縁によって王を継ぐようになった。
「この部屋も久方ぶりか」
「そうだね」
イシュヴァルはこの屋敷の中の最も大きな貴賓室へと通された。かつてプラハ帝国属州であった頃、皇帝を迎え入れる部屋として用いられていたところである。プラハから独立したいルーインとしては封魔連合王国の王にこそこの部屋を充てたいところだが、そうもいかない理由がある。
先の戦いでルーイン、封魔連合、シュリットの連合軍は敗北してしまった。その立場でイシュヴァルを小さな貴賓室に案内しようものなら、そのまま帰られて再び攻め込まれるかもしれない。ルーインとしても苦渋の決断であった。
「飲み物や食べ物に毒は入ってなさそうだね」
「仮に入っていたとしても効かぬだろうがな」
プラハ帝国の皇帝たる彼がこうも軽々しくルーインへと足を踏み入れることができた最大の理由は、やはりセフィラの守りがあるからだ。護衛の兵士や魔術師も引き連れているが、何よりセフィラの守りが最も安心できる。彼女がいれば死は恐れるものではない。
「イシュヴァルはどう決着をつけるつもりなの?」
「戦はこちらの勝利だった。強気に訴える。それに冥王様は封魔連合王国の滅びを望んでおられるのだろう?」
「拒否して戦争するの?」
「それも選択肢の一つだが、できるならば避けたいな。戦争の勝利以外にも敵国を滅ぼす方法はある」
皇帝は不敵に笑った。
◆◆◆
三国会談の場は円卓を囲んで行われた。
席に座るのは四人の王たち。プラハ帝国の皇帝イシュヴァル=ラー・ファルエル・パルティア、シュリット神聖王国の国王ベイリン・アルテミア、ルーイン氏族の王ハヌサ、そして封魔連合王国の王アポロヌスである。
護衛ですら各王につき一人まで。それぞれが王たちの後ろに控えている。
(この男がアポロヌス。ルーインを奪おうとした男か)
イシュヴァルはまず封魔連合の王に注目した。
この会談の発端となった人物でもあり、噂によれば冒険家から一代で成り上がった王だという。しかし自信に溢れた目と精悍な顔つきからは確かな王の相を感じた。
(腕輪に首飾り、指輪、足輪、飾り短剣、耳飾り、腰にも飾り……随分と装飾が多い。しかし見せかけということはあるまい。魔力を感じる)
これは言葉による戦いだが、見た目もまた重要である。王を飾るものは国の力を象徴する。イシュヴァルとて美麗な飾りをいくつも身に着けていたほどだ。四人の王の中では、やはりイシュヴァルとアポロヌスが一際目立つ。つまりそれだけ発言力を増すということである。
既に勝負は始まっていた。
まず発言したのは開催国家としてこの場にいることを許されたルーイン氏族王であった。
「これより三国による会談を始めたいと思います。まずはこの会談の意義について確認をさせていただきます」
彼が話すのはたどたどしいプラハ語であった。
今回は戦勝国がプラハだったので、それを象徴するかのようにイシュヴァルにとって優位な場となっている。会談は言葉を自在に操ることが最も大切だ。実際、ベイリンは聞き取りにも酷く苦戦しているようであった。
「我らルーイン氏族の行く末を巡る戦争の決着。それが最も優先されるべきです。皆様、よろしいでしょうか」
「異存ない」
「わ、私もだ」
「俺もそのつもりだよ」
この中で最も緊張しているのはハヌサだろう。
開催国であり、渦中の国家であるにもかかわらず発言権は全くない。自国の結末が他国に委ねられている状態なのだ。願わくば思い通りの国に保証されたいと期待することしかできない。
まず、プラハ帝国が要求を告げることになった。
「ルーインは二百五十年前より我が国の一部だ。此度の叛乱は内乱であり、貴国らは我が国へと内政干渉を行ったと考える。したがって貴国らにはこの通りの賠償を請求するつもりだ。勿論、ルーインは我が国の一州としてあり続ける」
イシュヴァルは持ってきた紙束を円卓の中央に出した。二部ずつあるので、それぞれアポロヌスとベイリンが読み始める。
賠償請求の内容、およびルーイン州の扱いについてが主な内容だ。戦勝国ということを押し出し、とにかく強気な要求ばかりがならんでいる。とてもすべてを受け入れることはできない。
「こ、これは……お、お、横暴が、過ぎる!」
「この賠償額だけでもかなり厳しいものがあるね。少しは加減してほしいものだ」
「何を言うか。貴国らは我が国の内情に干渉した挙句、軍を率いて侵略したのだ。本来ならば貴国らの大地を地獄に塗り替えても良いところを、この程度で済まそうと言っている」
他の二国からすればどうにかして条件を緩和したいところだ。
これにはアポロヌスも苦笑いである。
(ここまで強気でくるとはね)
武力において自信があるからか、あるいはこちらの状況を理解しているからか。
しかしながら押されてばかりはいられない。アポロヌスも反撃に出る。
「もしも本気の戦いになれば、俺自身も戦場に出る。そうなれば地獄を見るのはそちらかもしれないぞ? これでも俺はかなり強い神器使いを自覚している。皇帝の神器とどちらが上かな?」
「……一つ訂正しておくが、ゲヘナの鋲のことを言っているのであれば貴国らの言う神器とは異なるものだ。あれは間違いなく冥界の神が生み出したもの。正真正銘、神の産物だ」
「それは興味深いな。俺は古代文明が恐れた冥王アークライトと、プラハで信じられている死の神アークライトが同じものだと思っている。かつて世界を滅ぼした神の如き魔物……本当に興味深い」
これに対してイシュヴァルは少々不快そうであった。
神と魔物が同一視されたことについてではない。
「古き文明が滅びたのは人の業ゆえだ」
「いや、失礼。俺は古代文明に興味を持っていてね。迷宮には古代の遺跡が多く眠っている。それを追い求め、世界の真実に辿り着きたいと思っているんだ。俺はまだまだ知らないことだらけだ。今もまたそれが証明された」
「議題と外れているようだが、何が言いたい?」
「つまり俺たち人間は協力するべきだと言いたいのさ。俺たちは力を合わせ、迷宮を攻略し、この世界の真実に辿り着く。それはより良い世界へ向かうために必要なことだと俺は確信している」
アポロヌスは賠償要求の書類を円卓に置き、懐へと手を入れる。そこから取り出したのは巻物であった。円卓の上に広げたそれはプラハの言葉で記されており、明らかにイシュヴァルに見せるため用意したものである。
「これは俺たち封魔連合で調査している迷宮についてのまとめだ。遥か昔の世界がどのようなものであったか、それを研究している。正確な年代はよく分かっていない。だが少なくとも千五百年は昔のことだと推測している。人はこの世からほぼすべての魔物を駆逐し、魔王と呼ばれた魔物をも滅ぼしたそうだ。だがその文明は滅びてしまった。今は迷宮や各地に埋もれた遺跡でしか、古代文明を見ることができない」
これに対してベイリンやハヌサは興味を示していたようだが、イシュヴァルの表情は変わらない。それがどうかしたのか、といった態度を崩さない。
(中々手強いな)
そこで話し相手をベイリンへと変えることにした。
「ベイリン王に問いたい。そちらの国が長年苦しめられている魔神や魔族。それらは脅威であるはず。だがどうして長い間、滅びることなく戦えているのかな?」
「……星盤祖の、お陰で、ある」
「そうだ。俺たちは自分の力では生きていけない弱い種族だ。人という種が滅びなかったのは奇跡にも等しい。だけど俺はこう考えている。超常の存在によって俺たちは生かされているのではないか、と」
突拍子もない発想であった。
声は決して大きくないが、よく耳に響く言葉で更に語る。
「シュリットの星盤祖、ヴェリトの始原母、プラハの三神、この他にも神と呼ばれる超常の存在は多くいるはずだ。魔神もそういった存在の一つなのかもしれない」
「なるほど。では貴殿も何かしらの神を信じているのか?」
「勿論、いるさ」
そうは告げるものの、アポロヌスはそれがどのような神なのか言葉にしない。
より力強く、心に訴えかけるようにして己の結論のみを語る。
「終焉戦争という一つの人類史を終わらせた戦いより以前、そこはきっと『人』の時代だった。だが世界は滅ぼされ、そこから『神』の時代が始まったんだ。俺は迷宮の遺跡を読み解き、そう解釈している。俺たちは神の庇護のもと、ただ生かされている。変えないか? この時代を! 俺たちで!」
確かな王威がそこにあった。
彼が身に着ける全てが王権として輝き、思わずつき従いたくなる。ベイリンもハヌサも自身が王であることを忘却しそうになってしまう。
ただイシュヴァルだけが王たる自覚を取り落とさなかった。
「変える、か。神を滅ぼすとでもいうか?」
「それほど過激じゃないさ。だけど俺たちは神と呼ばれる超常存在と同じ領域に立つ必要がある。そのために、人は一つとならなければならない。弱い俺たちは一つの共同体として、集団の強さを手に入れる必要がある。数、知恵、武力、あらゆるものの集合体としての強さといってもいい」
「貴国の在り方か」
「その通り。俺たちは一つの人類として発展を目指している。そこには様々な文化があっていい。多様な思想は混じり合い、融合し、新しい概念を生み出す。俺は全ての国家にこの共同体へと参入してほしいと考えている。武力によって争わず、人ならざるものと戦い、進化する共同体だ」
三国会談を要請した理由はここにあるのだろう。イシュヴァルはすぐに察した。つまりできるならば封魔連合王国の一部に、そうでなくとも同盟関係を結びたいという話である。
「俺の目的は全ての国が一つとなること。そういった点ではルーインがプラハ帝国の一部であってもいい。全てが一つとなれば、何も変わらないからね。統一国家となり、各国の代表者が議会を開催して運営する。たとえば様々な王が円卓を囲み、より良い国家のために議論することになるだろう。俺はそれを目的に王として立っている」
「そうか。我が国の在り方とは相いれないようだな」
「結論を急がないでほしい。俺はそのために迷宮神器も持ってきた。皇帝陛下に献上するためにね」
アポロヌスが軽く合図すると、後ろに控えていた護衛が一つの木箱を円卓に置いた。形は直方体で、全体的に金箔が張られている。しかし決して下品ではなく、各所には太陽や星を思わせる意匠が施され、繊細かつ美麗だ。
「これも様々なことを学んだ職人たちが作り上げたものだ。人の力は素晴らしい。特に一つとなった人々は偉大なことを成し遂げる。俺はそう信じている。そしてプラハ帝国が加わってくれるならば、これほど心強いことはない」
開かれた箱の中には、笏が入っていた。
王権を示すものとしてよく用いられる王笏である。黄金色に輝いているものの、金ではない。先端部には小さな宝石が幾つも散りばめられ、唯一無二の存在感を主張していた。何より魔力の発露が、ただの王笏ではないことを示している。
「迷宮神器、旭陽。俺が最近発見したものだよ。俺は共同体となる国家には迷宮神器を配ることにしていてね。武力による格差を作り出さないために」
「神器とやらか。確かに我が国には一つもない。迷宮の出入り口も存在しないのだからな」
「これは金や銀、美しい布では代えられないものだと思っているよ。これを賠償の代わりとして我が国から支払わせていただきたい。そしてルーインの独立をどうか認めていただけないだろうか。俺たちが一つの共同体となれば、お互いにとっても大きな利があるはず。国交を開き、世界を広げようじゃないか」
アポロヌスはそう持ち掛けた。




