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冥王様が通るのですよ!  作者: 木口なん
魔族篇 4章・聖杯

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561話 エルムレアの調査

 エルムレアの聖石寮は一部崩壊しているが、致命的ではない。崩壊が進まないよう、安全性に注意して内部へと踏み込んでいく。そこでネオンは二手に分かれることを提案した。



「スルザーラ、ルーク、カーミラ、ルゥナ殿は資料庫を目指してください。私とロブで寮長室に向かいます。寮長の記録か何かが残っているかもしれませんから」



 ロブは何かを言いたそうであったが、少々眉をしかめたのみで口を噤んでいた。

 聖石寮は一種の軍なので、資料庫には機密事項も保管されている。十五年前のものであっても、それを他国の人間に見せることが気に入らなかったのかもしれない。ネオンはそんな彼の様子にあえて触れなかった。



「分かっておいででしょうなスルザーラ殿」

「ロブ、君は君の役目を果たせ。くれぐれも聖守様の安全を優先にな」

「……ふん」



 苛立ちを隠しもしないロブは、ルークたち他国の人間をひと睨みしてからネオンについて寮長室へと向かっていく。その背が遠くなった途端、スルザーラは大きな溜息を吐いた。



「すみませんねルゥナ殿。ロブは現在の九聖の中でも古株でして、一時は聖石寮の運営にも強くかかわっていたのです。聖守様が正式に任命されてからは権力も発言力も大きく削ぎ落されましたから、それが気に食わないのでしょう。ことあるごとに反発するのです」

「そういう人物もまた必要でしょう」

「お気遣いに感謝します。我々は資料庫へいきましょう。聖石寮の大体の造りは同じはずですので、資料庫はこちらだと思います」



 崩れた壁や足元に注意しながら、スルザーラの案内で奥へと進んでいく。

 そして大きく崩れた場所まで辿り着くと、そこでスルザーラが手をかざした。土の魔術を使って瓦礫を押し流し、同時に周囲を固めて崩れないよう補強する。するとあるものが現れた。



「地下への階段……もしかして地下室に資料庫があるのか?」

「その通りだ。ルーク、君は炎の魔術を使えるか?」

「いや。魔術は全然」

「そうか。他の皆は?」



 ルゥナは首を横に振ったが、カーミラは指先に炎を灯して見せた。

 その能力のほとんどを吸血種ノスフェラトゥの能力や魔装、精霊秘術に頼っているカーミラだが、ごくごく簡単な魔術も扱える。

 同じようにスルザーラも手元で魔術の火を発生させると、地下へと下り始めた。

 地上は酷いものだったが、地下までは破壊が及んでいないらしい。石造りの階段もほとんど欠損はなく、比較的安全に一番下まで下ることができた。



「かなり暗いな」

「地下ですから。火の魔術では心許ないですね」

「カーミラ、お前は気を付けろよ」

「何度も言いますが私は周囲に何があるのか鮮明に理解しています。それより……」



 階段を下りつつカーミラが両手を組み、祈るような仕草をする。彼女の身体から光の玉が現れ、浮遊して周囲を照らし始めた。



「おお。明るくなった」

「精霊秘術の一つです。セフィロト術式なので私は苦手なのですが……」

「なるほど。こちらの方が明るいな。なら任せるぞカーミラ」



 スルザーラも炎の魔術を消し、この光に頼ることとする。

 光の玉は意思を持っているかのように動き回り、小さな炎より遥かに明るく照らしてくれる。また光は四つに分裂し、全員に一人ずつ付いた。

 光源も確保できたので階段を下る脚は早くなり、一番下まで辿り着いた。金属製の大きな扉が一つある以外、何もない。扉には頑丈な鍵がかけられていて、すっかり錆びてしまっている。



「少し下がって」



 スルザーラは劔撃ミネルヴァを軽く振り回す。

 攻撃力の蓄積という性能を有するため、初撃は鋼鉄すらも断ち切る威力となるのだ。これにより鍵は壊され、勢い余って金属扉にまで斬撃痕が残る。

 そして扉を押し込んで開くと、カーミラが自分にくっつけていた光源を先に飛ばした。

 扉の奥は想像よりも小さく、幾つもの棚が整然と並べられている。棚の一つ一つには紐で綴られた紙束が大量に並べられており、あまり整頓はされていない。



「この中から探すのかよ。たった四人で?」

「一つ言っておきますが、私は周囲の景色は理解できても本は読めませんよ」

「……三人でやるか」



 ここまで来ておいてカーミラが戦力にならないと判明する。

 発達した感知能力で周囲が見えているかのように振舞ってきた彼女だが、目が見えないのは本当のことだ。この割り振りをしたネオンも、すっかり失念していたのだろう。



「分かっていたのでしたら最初に言ってください」



 溜息交じりで呟いたルゥナに思わず同意してしまうルークとスルザーラであった。





 ◆◆◆





 各都市に設置されている聖石寮には管理者として寮長が存在する。主に運営にかかわる人物であるため、寮長は必ずしも術師であるとは限らない。

 だがエルムレアの寮長は武闘派だったらしく、部屋にはいくつも武器が立てかけられていた。

 寮長室に入ってすぐ、あるものへと目が吸い寄せられる。



「遺体……のようですね」

「そうですな。弔ってやりましょう。おそらくは寮長です」

「ええ、お願いします。私は何かないか、探してみます」



 ロブは遺体に近寄り、骨を寄せ集める。すっかり朽ちていたので骨も崩れかけだ。ネオンへの気遣いなのか、ロブは背中で遺体を隠しつつ作業し始めた。

 一方でネオンはデスク周りを確認していく。



「ありました。当時の日誌です」



 デスクの中で厳重に保管されていたため、損傷は全くと言って良いほどない。

 知りたいのはエルムレア崩壊付近の話なので、ネオンは最後のページから確認を始める。しかしその瞬間、背後から手が伸びてきて、日誌を取られてしまった。



「聖守様。確認は後でしましょう。日が暮れるまで時間もありませんぞ」

「ロブ、この調査は本来の目的のついでです。短時間で終わらせましょう」

「ふむ……」



 日誌を取り上げたのはロブであった。

 彼はその日誌の中身に一瞬だけ目を落とし、ネオンへと返却する。



「承知しました。では手分けいたしましょう。儂は他に資料がないか探しますので、聖守様は中身の確認を」

「そうしましょう」



 また小さな嫌がらせだろうか。

 ネオンは小さく、彼に聴こえないよう溜息を吐いた。





 ◆◆◆





 陽も沈み、エルムレアでの野営が始まっていた。

 廃墟化した聖石寮を魔術でいくらか修復し、念のために見張りの計画も立てている。建物内なので石で小さな竈を作り、そこで小グループごとに火を囲んで休憩していた。

 勿論、エルムレアを調査していたネオンたちは一か所に集まり、それぞれの成果を報告していた。



「事件の始まりは本当に突然だったようですね。当時の寮長の日誌には何も記述されていませんでした。最後の記述は日常的なものです」



 よほど危機的な状況で日誌を付ける暇もなかったのか。寮長室に残っていた資料からは事件の情報を何一つ得られなかった。

 一方で資料庫はどうだったかというと、スルザーラが一冊の綴りを差し出した。ネオンは受け取り、まずは表紙を読み上げる。



「事件記録、暗黒暦一七九四年。エルムレア事件があった都市の事件報告書ですか?」

「はい。後半はほとんど白紙ですが、最後にあの事件のことも少しだけ記述があります。エルムレア事件は少なくとも二つの段階があったようです。ここにあるのはその第一段階についてのまとめでした」

「どういうことですか?」



 そう言いながらもネオンはページをめくり、綴りの中ほどで目的の見開きを発見した。震えた字で記されている事件のタイトルを読み上げる。



「厄災召喚事件?」

「我々がエルムレア事件と呼ぶものです。日付が一致します。後の調査で魔神教団による破壊工作であると結論付けられましたが、ここの記述には矛盾点が存在しました」

「ミリアムがやったんだろ?」



 思わずルークが口を挟む。



「この事件はミリアムが引き起こしたんだろ? 俺はそう聞いた。ミリアムの残虐性は知っていたし、俺もそう信じた。だけどそうは書いてない」

「どういうことですかスルザーラ?」

「ルークの言った通りです。まず、エルムレアで蟲系魔物が召喚されました。その数は七体。災禍ディザスター級として知られる七種の蟲です。出動した術師はほぼ全員が死亡し、被害は知られている通り壊滅的なほどでした。そしてこれが事件の第一段階です」



 聖石寮に残された記録においてエルムレア事件に段階があったことなど聞いたことがない。魔神教団の実験により強大な蟲系魔物が都市内に押し寄せ、崩壊したとされている。

 伝わっている内容と資料庫の記録で整合が取れないのだ。



「色々と質問したいことがあります。ですがその前に事件の次の段階について教えてください」

「申し訳ありません。第二段階については全く記述がありません。ですが蟲系魔物が出現し、エルムレアが危機的状況に陥った後に空白の期間が存在しているようです。ここを見てください。そう、ここです」



 スルザーラが指差した部分は、酷く歪んだ文字で書き殴られていた。余程焦っていたのか、誤字も見られる。解読に少々時間はかかったものの、ネオンも意味を読み解くことができた。

 そして驚愕した。



「魔物の動きが止まった……? 厄災の魔物が? どういうことですか」

「分かりません。ですがそれによってエルムレアは完全崩壊の寸前で踏み留まったようです」

「それだけじゃない。ネオン、その見開きの最後のところを見てくれ」



 その記述には目を疑った。

 指差すルークの声もどこか震えている気がした。それほど衝撃的な記述であった。



「厄災の魔物たちを止めた少女……ミリアム!? まさかあのミリアムですか!?」

「魔神教団のミリアム、だと思います。おそらく」

「どういうことですか! ミリアムは魔神教団で、エルムレア事件を引き起こした張本人だとッ! 私は少なくともそう教わりました!」

「付録資料にミリアムの戸籍もありました。ただのパン職人の娘です」

「では同名の別人ということですか?」

「そう考えるには状況が一致しすぎています」



 エルムレアで災禍級の魔物が七体も同時に出現した。

 それは事実なのだろう。ネオンたちの知識とも一致する。しかしその厄災が一度停止したなど、聞いたこともない。これでは何が真実なのか分からなくなってしまう。



「……もう一つ質問します。魔物は蟲魔域からやってきたのではなく、召喚されたのですね?」

「そのようです」

「この点でも私たちの知る事実とは異なりますね」



 皆が一斉に口を閉ざす。

 炎が温い風に煽られ、火の粉を散らした。

 いったい何を言葉にするべきか。それを見失っていた時、ルゥナが口を開く。



「まとめましょう。エルムレア事件は何者かによる……おそらく魔神教団による魔物の召喚が発端なのでしょう。そしてミリアムは何かの方法で暴走する蟲系魔物を止めた。その後、何かが起こって本当にエルムレアは滅んでしまった」

「その何かって?」

「ルークさん。何かが起こったので記録を残す余裕もなかったということです」

「わ、分かっているさ!」



 結局、エルムレア事件の核心に迫ることはできなかった。

 またミリアムという人物について謎が深まった。



「ここまでにしましょう。エルムレアの調査は本来の目的ではありません。寮長室でエルムレアから蟲魔域までの詳細地図を発見しました。十五年も前のものですが、参考になるはずです。明日からのことを話し合いましょう」



 明日からは蟲魔域に向けて出発しなければならない。

 グリム、アガネア、ロニが中心となって野営の準備は完了しており、周囲の見回りや警戒も始まっていた。



「ロブ、少しお願いをします。グリムとアガネアをここに連れてきてください」

「ふむ。そうですな。では行ってきましょう」



 遣い走りのような役目に文句の一つでも言うかと思われたが、意外にも素直であった。

 彼が二人の九聖を呼び戻しに行った間、ネオンは地図を広げていく。



「蟲魔域はここから北方に位置します。巨大な樹海が地表を覆っていまして、蟲系の魔物が多数生息していることが分かっています。ほとんどの魔物は樹界の内側から出ることがありません。縄張りを追い出された弱い個体や群れが、外に出て我が国に被害を出していると考えられています」

「外に出てくる魔物は弱いのか?」

中位ミドル級や上位グレーター級がほとんどです。それでも実力のある術師でなければ対応できない強さですが……少なくともこの遠征に参加している方々であれば問題になりません」

中位ミドル級? 上位グレーター級?」



 ルークはよく分からないと言った顔をしていた。

 そこでカーミラが解説する。



「シュリット神聖王国で古くから用いられている魔物の強さを分類した指標です」

「封魔連合王国でも採用されています。我が国で行っている古代遺跡の調査によると、遥か昔の文明で用いられていた指標のようですね。シュリットでも同じように古代文明の研究を?」

「いえ、初代聖守様と初代最高神官様が定められたそうです」

「なるほど……興味深いですが、話が逸れてしまいましたね。申し訳ありません。我々が目指すのは蟲魔域の中心部。地下迷宮への入り口ということですか?」



 仕切り直し、ルゥナが虫魔域を指差しながら尋ねる。

 ネオンは深く頷いた。

 エルムレアからの直線距離はそれほど離れていない。何もなければ半日とかからないだろう。問題は樹界という地形と出現する蟲系魔物の強さだ。



災禍ディザスター破滅ルイン絶望ディスピア……神話の魔物が存在するかもしれません。カーミラ、改めて尋ねますが、問題ないのですね?」

「神に匹敵する魔物でなければ倒せます」

「大げさだなカーミラ」

「魔物が神に匹敵など……少々苦言したいところだ」



 ルークは呆れ、スルザーラは苦笑いした。

 しかしカーミラは酷く真面目な雰囲気を変えない。場を緩めるための冗談かと思えば、そうではないらしい。ルゥナも思わずといった様子で言葉を漏らした。



「……『終焉の六王アポカリュオン・へグレア』。古代文明を滅ぼした神の魔物」



 それはいったい何か。

 一斉に注目を集めかけたが、それよりも早くカーミラが勢いよく立ち上がる。そして普段の様子からは想像もできないほど切羽詰まった声を出した。



「戦闘準備をしてください! 魔物に囲まれています!」



 夜襲は突然起こった。

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