559話 三導師
サンドラ帝国は神奥域と共に発展してきた。
二百年以上も前に地上へと出てきたサンドラ人は、そこにいたレベリオ人を追い出し、安住の地を見出したのだ。しかしながら迷宮内にも居住地を残していた。旧サンドラと呼ばれた迷宮内の広大な領域である。そこは二百年前の魔族との戦いによって壊滅し、一度は完全な廃墟となった。しかしながら年月を経てサンドラ人は再び迷宮を開拓し、旧サンドラ領域を再び栄えさせたのである。
新しき名をリベラストラ。
サンドラ人の言葉で『復活』と『前進』を意味する単語をかけ合わせた名であった。
「こうして三導師全員が集まるのは久しぶりじゃないか」
リベラストラのある場所。
黒いマントで全身を覆い、如何にも怪しげな様相の三人が一つのテーブルを囲んでいた。
「オリヴァさんはお久しぶりですわね。シュリットでの活動は一区切りですの?」
「ああ、まぁな。ミリアムも息災で何よりだ。お前こそサンドラで色々と準備しているようだが」
「もう間もなく実を結びますのよ」
「そうか。気を付けておけ。シュリットの連中がサンドラを狙っている。どうやら炎帝の首を狩るらしい」
「私も情報を掴んでおりますわ。聖石寮には部下を忍ばせておりますのよ」
「ふん。俺が教えたことだ。当然だな」
「おいおい。二人で盛り上がるなんてずるいじゃないか。三人揃って魔神教団の大幹部様だぜ?」
彼ら三人は暗躍する魔神教団のトップたちであった。
ほぼ動かない教主を除けば最も権力の強い地位にあり、全国各地で信徒を使い、布教に努めている。実質的に信徒を導く立場にあることから三導師と呼ばれていた。
「ノードンさんを仲間外れにしたつもりはありませんのよ」
「どうだかな? 元々俺様がサンドラ帝国で布教活動していたってのに、今はすっかりミリアムに株を取られちまったぜ」
「そのようなことはありませんのよ。私はノードンさんに敬意を持っておりますの。特に迷宮探索ギルドを乗っ取った手腕は伝説的に語り継がれておりますわ……現ギルド長さん」
「へっ。それなら宮廷魔術師として見事に炎帝に取り入っているテメェの方がよっぽどだぜ。初めはシュウ? とかいう宮廷魔術師の弟子だったのに、もう一人前かよ」
ミリアム、オリヴァ、ノードン。
彼ら三人は決して仲良しというわけではない。同じ組織ではあるが、少しでも教主に認められるべく働くライバルなのだ。そのためこの挨拶にもどこか牽制のようなやり取りすら見えた。
「さて、本題といこう。これから起こるサンドラ帝国と封魔連合王国の大戦についてだ。ミリアム、貴様の手腕でサンドラ帝国内に魔族兵を組み込むことができた。素晴らしい布教だ。だが魔族への安定的進化はどうなっている。私はしばらくシュリットにいたから詳しい話を知らない」
「聖杯による魔族化儀式は完全なものになりつつありますわ。それに帝国の学者共を使って聖杯を研究させ、劣化複製品を作ることもできましたの。サンドラ帝国が作っている一部の人間牧場に劣化品……小聖杯を配置して実験を続けさせておりますのよ」
「完成すれば魔神教団は飛躍する。これまでは教主様に認められ、魔神様に謁見して初めて魔族へと進化できた。それは非常に困難な道だ。しかし聖杯による進化が可能となれば、布教に革命が起こるだろう」
「その通りですわ。それにサンドラ帝国が勝利し、この地の覇者となれば人という劣等種は駆逐できますの」
「……それは言い過ぎだな。吸血種には人間の血も必要だ」
「ふふ。大げさでしたわね。でも素晴らしい世になりますわ!」
現状ではサンドラ帝国で魔神教団は受け入れられている。しかしそれは教えを受け入れているのではなく、魔族化という技術が有用であるからだ。軍事力を高めたいサンドラ帝国にとって、家畜人間を改造して戦力に変えられる手法は魅力的だった。
つまりサンドラ帝国も、魔神教団も、お互いに利用しようとしているのだ。
「オリヴァの方はどうなんだよ。シュリットの奴らはしつこいだろ? さっきも動きがあるとか言ってたよな」
「その通りだ。洗礼に失敗した呪い子を中心に集め、信者数を拡大し、聖石寮にも間者を送り込んでいる。そいつらから報告があった。どうやら聖守は無茶をするらしい」
「無茶ぁ?」
「そうだ。気を付けろミリアム、ノードン。奴らは蟲魔域から地下迷宮を進み、神奥域まで辿り着く気だ」
これにはノードンも驚きを見せた。
ただ一方でミリアムは全く動揺した様子がない。
「ミリアム、貴様も知っていたのだな」
「勿論ですわ。それに面白い話も聞きましたの。滅びたエルムレアに立ち寄り、蟲魔域の中心部に進むみたいですわ!」
「何……? 確かにそれは面白いが」
「奇遇ですわね。私が生まれ、私が滅ぼした街、エルムレア。先代聖守も九聖も死んだその地で、今代の聖守たちも死ぬ。運命を感じますわね」
狂気的に、しかし嬉しそうにミリアムは嗤っていた。
◆◆◆
シュウは久しぶりに妖精郷へと帰還していた。
その理由はプラハ帝国の皇帝イシュヴァルが三国会談へと参加する際、セフィラも同行するからである。一時的だが妖精郷に王不在となるため、シュウが代わりを務めることになっていた。
先代の王であるシュウの帰還に妖精郷は一時お祭り状態となっていたが、今はもう普段通りである。
「我らが偉大なる冥王様。セフィラ様が担うべき案件をまとめてデータベースに保存しております。どうかご確認くださいますよう」
「助かるアレリアンヌ」
「勿体なきお言葉です。では私は業務に戻ります」
妖精郷は長い平和にあって栄えてきたが、決して問題がないわけではない。むしろ平和だからこその問題が今、浮上しているところであった。それは人口問題である。妖精郷は決して広い島ではない。しかしながらそれに対して魔物たちの数が増えすぎてしまったのだ。
魔物に寿命は存在しない。そして妖精郷は迷いの霧や二体の『王』による絶対的な守護がある。天敵もなく個体が増え続けた結果、妖精郷は飽和しつつあったのだ。
「本格的に妖精郷を別次元に沈める準備を進めないとな……」
「シュウさんの冥界に移すのです?」
「最終手段だな。できることならセフィラに異界を構築させたい。妖精や精霊のいくらかは俺の系統に鞍替えしてくれたが、終焉戦争時代から付き合いのあるやつばかりだ。個体数を調整する方法になりえていない」
「セフィラちゃんも頑張っているんですけどねー」
「どこまで完成したと言っていた?」
「世界の楔になる大樹の創造中って言っていたのですよ」
現状では空間を歪めて拡張したり、魔術で海底を隆起させ無理やり妖精郷を広げて対応している。あとは生きるのに飽きた個体にカウンセリングを行って魂の転生を促すなど、対処療法的な手法ばかりだ。
「シュウさんのお仕事はいいのですか?」
「ミリアムのことか? あいつは一人立ちしているし、『黒猫』の奴もいる。そういえばアイリスも封魔連合との戦争に出てくれたらしいな。タマハミの残りも消してくれたんだろう?」
「はい。結構厄介でしたよー。《万象貫通》がなかったらどうしようもなかったのです」
「しかしすっかり忘れていたな。タマハミを封印したコルディアン帝国はあのあたりだったか……」
「他にもこういうのありそうですよね」
「迷宮がある時点で今更だ。サンドラ帝国は古代遺物を大量に発掘している。あそこは黄金域も手中に収めているからな」
「そう考えるとまともな国がないのですよ。どの国も背後に『王』の存在があるのです」
「まぁな。例外だったアスラン王国やシエスタは滅びたし」
せめて迷宮さえなければもっと平和だった。
何度そう考えたことか、もう数えきれない。
「それとアイリス。プラハと封魔連合が講和会議するらしいな」
「そうですね。付き添いでセフィラちゃんがいなくなるからシュウさんが戻ってきたわけですし」
「俺としてはプラハと封魔連合は険悪なままでいてほしいがな」
「平和な方がいいですよ?」
「別に戦争しろって話じゃない。和平が結ばれれば封魔連合も西側に気を使わなくてよくなる。サンドラ帝国に集中できるようになってしまうからな」
「また悪巧みなのです?」
「今回は何もしない。そうなればいいと思っただけだ」
いつもなら暗躍して騒ぎの一つや二つを引き起こすであろう出来事に対し、シュウは手を出さないと宣言する。これはアイリスにとっても意外に聞こえた。
不思議そうにしている彼女のためにシュウは続ける。
「妖精郷やプラハ帝国の領分はセフィラにある。俺はよほどのことでもなければ手を出さない」
「そう言いつつも封魔連合を滅ぼすために暗躍しているのですよ」
「結果的にプラハ帝国を助ける形になっているが、封魔連合はもっと大きな理由のために滅ぼす。特にアポロヌスとかいう王は確実に殺す」
「殺意が高いのですよ」
「俺が自ら動くことができれば苦労はないからな。死魔法でサクッと終わらせられる」
「大物ですからね。釣りと同じなのですよ。糸を垂らして、後は忍耐なのです」
「糸を垂らして、か……」
その表現に思わず苦笑するシュウであった。
◆◆◆
シュリット神聖王国は建国初期より、蟲魔域の魔物に悩まされてきた。開拓地は常に魔物との戦いであり、聖石寮ができて各地に術師が派遣されるようになってようやく対応できるようになったのである。
だが蟲魔域から出現する魔物は時と共に強大に変異しているとも言われていた。そこで王政府と聖石寮は協力し、蟲魔域に対抗するための前線都市を築き上げたのである。この都市は要塞にもなっており、蟲魔域の魔物を引き寄せる役割も担っている。魔物を前線都市へとおびき寄せ、討伐し、国の内部にまで侵入してくるのを防ぐ役割があったのだ。
エルムレアという都市も、そんな要塞の一つであった。
屈強な戦士、優秀な術師が揃い、常に九聖が一人以上駐在する大戦力を誇る。
だが暗黒暦一七九四年、すなわち今から十五年前にエルムレアは滅亡した。魔物の群れに蹂躙され、都市を赤く染めるほどの大虐殺が起こった。そして九代目聖守ボウローフも鎮圧のため出動したが、九聖もろとも戦死したのである。
「……それがエルムレア事件です。今でも我が国では忌むべき事件として語り継がれています。私たちが向かおうとしているのは、そういう場所なのです」
サンドラの帝都を目指すルークたちは、まず蟲魔域を目指していた。その道中、エルムレアを知らないルークたちのためにネオンが説明してくれていたのだ。
ルークもロニもルゥナも、他のシュリット人ではない者たち全員が口を閉ざした。語られた凄惨な事件は、想像するだけで鳥肌が立つ。
皆、舌が重くなり、唇は接着したまま離れなかった。
「魔神教団が何かの儀式を行い、強大な魔物を呼び寄せたというのが事件の調査結果です。魔神教団員をエルムレアで捕らえ、尋問したという記録が残っています。それによると彼らにとってエルムレア事件はただの実験だったということが分かりました。意図的に滅ぼそうとしたわけではない。尋問の苦痛に耐えかね、そのように呻いていたそうです」
「魔神教団ってのはなんでそんなことをするんだ?」
「彼らは魔神のためにはたらき、その身を魔族に変えてもらおうとしている哀れな人たちです。それだけ魔族という存在は魅力的に映るのでしょう。不死の特性は特に」
魔族は驚異的だ。
身体能力も魔力も人間を上回り、魔術では再現できない異能を操ることもある。何より、魔石を破壊しない限り殺すことができない不死性が厄介だ。魔族という存在を畏れ、同時に羨ましく思う気持ちは分からないではないのだ。
だから魔神教団に誘惑される人が後を絶たない。
『魔族とは進化。不完全で愚かな人間を素晴らしいものに変えますの』
『さぁ、進化を受け入れる準備はできたかしら。安心して私に委ねるのですわ。本当の魔族となれば、家族と一緒にいられますの。ほら、あなたの父君も、護衛たちもいますわよ』
『恐れることはありませんのよ。きっと私に感謝することになりますわ。人間から魔族に生まれ変われたこの日を。この私がもたらす救済を!』
ルークはそんなミリアムの言葉を思い出す。
あれはまさに魔族への進化を幸福としている表情であった。
「……ミリアムが引き起こしたのか? エルムレアの惨事は」
「そのように言われています。実際に魔物の召喚実験を行った教団員は別にいるようですが、ミリアムはその魔物を操っていたようです。すみません。当時の混乱は大きく、具体的な情報はほとんどないのです。ただエルムレアは忌まわしき都市として今も伝わり、復興もしていません。もしかすると今は魔物の巣となっている可能性すらあります」
ここでルゥナが素朴な疑問を呈した。
「十五年も経っているのに復興していないのですか? 調査くらいはしたのですよね?」
「崩壊してすぐは調査も行われました。しかしエルムレアは蟲魔域の魔物を引き寄せるために作られた都市です。その防衛機能が失われた状態で性質だけが残り、大量の蟲系魔物が押し寄せることとなりました。調査も途中で打ち切られ、放棄したままです。その後の監視もしておりません」
「それは……申し訳ありませんが少々杜撰では?」
「返す言葉もありません」
しかしながらシュリット神聖王国ではよくあることなのだ。蟲魔域に滅ぼされた都市は即座に放棄し、新しいものを作る。そうやって対蟲魔域前線を維持してきた。
「皆さん、私たちにとって最大の不利はサンドラ帝国にこちらの行動を察知されることです。魔物との戦闘は問題になりません。私がいれば対処できる問題です。そのつもりで迷宮ルートを選択したのではありませんか」
「……カーミラに頼り切りというのは情けないですが」
「これは世界のためなんだろ。だったら情けないなんて言ってられない。俺は何をしてでもミリアムを討つ。それと炎帝ってのもな」
ネオンは申し訳なさそうにしていたが、対照的にルークはやる気だ。
国を取り戻すという大きな目標を持つアスラン戦士団、また国を背負ってきたルゥナも同じく利用できるものは利用するといった意思を感じる。
「どうしたグリム。九聖なら胸を張って歩け。そわそわするな。不安は部下に伝わってしまうぞ」
「ッ! すみませんスルザーラさん。あのエルムレアですから、つい」
「気持ちは分かる。たしかお前はエルムレア出身だったな」
「はい。私はあの事件で孤児となり、聖石寮に保護された身です。まさか十五年越しに故郷で戻ることになるとは思わず」
「今回編成された術師の中にもエルムレア出身者は多いようだな」
「ええ。幼い頃のこととはいえ、皆興味を持っています。だから危険と理解しつつも立候補したのでしょう。ヴァナスレイからの援軍も見知った名が多いようです」
そして術師たちシュリット神聖王国の人間は、緊張や期待が入り混じった様子が見受けられた。彼らは知らず知らずの内に、少し浮かれていた。




