558話 帝都への進路
祝福を得たルークはその慣らしを兼ねてヴァルナヘル周辺の魔物討伐などに精を出していた。そのお陰もあって《耐電》の祝福は第二位階に到達し、その力を理解しつつある。
そこで再び集まり、サンドラ帝国への対抗策を練ることになった。
「以前の方針策定から一歩進み、今日は具体的な話をしましょう」
ネオンのその言葉から始まり、ルゥナが資料を広げ始めた。
木と粘土を用いた机いっぱいの地図に大量の駒を配置していく。黒は敵、白が味方、そして青はどちらでもない勢力を示している。今のところサンドラ帝国を包囲するようにして『白』が配置されており、青となっているのはプラハ帝国の領土である。
「封魔連合王国の代表として、我々が提案する作戦をご説明いたします。ご質問などがあれば適宜お願いします。全てお答えするつもりです」
彼女はそう言って、まず黒の駒をいくつか並べ始めた。
それらは封魔連合王国の領土上であり、西側からベレス、ウル、アルゲリスである。これらはサンドラ帝国との戦争が始まってすぐに占領された封魔連合王国の領土であった。
「連合は既に三国を失い、サンドラ帝国を食い止めている状況です。しかし帝国も補給線が伸びすぎたのか、攻めが緩慢になりました。レギンレイヴ会戦を最後に、です。このことからサンドラ帝国の動きも予想できます。おそらくは基盤を固めているのです。次の大侵攻に備えて」
サンドラ帝国と封魔連合王国の間にあったヴェリト王国とシエスタは圧倒的戦力で踏み潰され、あらゆる都市が灰燼に帰した。逃げ遅れた人々は捕らえられ、人間牧場へと送られたので復興の労働力もない。補給線の構築は大幅な遅れが見込まれていた。
だからこそ今ある時間を最大限に活用しなければならない。
「現在、アポロヌス陛下は大侵攻に対する対策を組み立てておられます。その第一段階が現在の最前線における決戦の構えです。これに対して我々は惜しまず全ての戦力を投入します。我が国に亡命政府を作っているシエスタやアスラン王国にも要請を出します。ですがあくまで我々はサンドラ帝国の戦力を引き付ける囮でしかありません。我らは盾となり、矛となるのはシュリット神聖王国の皆様です」
「大役ですね……」
ぼそりとグリムが口を挟んだ。
彼がそう言葉にしたのは、あらかじめ彼の役割を知らされていたからである。
「九聖第四席グリム殿。私たちがあなたに期待することはサンドラ帝国への潜入です。あなたはサンドラ帝国の脅威を探るため、何度も潜入し、協力者も作っているとか。その伝手を使い私たちを潜入させてください。封魔連合王国とシュリット神聖王国の精鋭を送り込み、サンドラ帝国の炎帝を暗殺します」
「暗殺……上手くいくのか? 宮殿に侵入するんだろ?」
「ルーク殿、発言する際は手を挙げてください。それについては大きな問題ですが、グリム殿は大変頼りになる御方です、といっておきます」
「私というよりも、私の協力者なのですが……」
どこか気まずそうなグリムだが、コネクション作りもまた才覚だ。特に敵国へと潜入して伝手を作り上げた功績は大きい。勿論彼だけの成果ではなく、長い時間をかけた接触が結果を作り出した。
つまりスウィフト家との繋がりである。
「我々の協力者となってくださっているスウィフト家は宮廷においても権力を持っています。炎帝の御前会議に出席する権利を与えられるほどです。吸血種が優遇されるあの国において、これがどれほどのものであるか、皆さんには理解できるはず」
しかしながらグリムは首を横に振った。
サンドラ帝国潜入という困難に対し希望が見えたにもかかわらず、彼の顔は浮かない。
「正直に申し上げます。確かにサンドラ帝国の帝都にまで辿り着くことができれば、後はスウィフト家の協力を得て炎帝暗殺を実行に移すことが叶うでしょう。問題はそれまでの道程です。一人二人ならばともかく、数十もの外国人集団が今のサンドラ帝国を横断することは難しいでしょうね。地図を見てください」
グリムは幾つか黒の駒を取り、二か所へと配置した。
一つは黄金域と呼ばれる迷宮の西側、もう一つは今置いた駒とサンドラ帝都の中間ほどにある位置であった。
「ここに二つの重要な都市があります。黄金域にほど近い方がアリーナ市。そしてもう一つはパンテオン市です。どちらも交通の要所となっている都市でして、どのようなルートを使ってもこの都市を必ず経由しなければなりません」
「そういうことか……それは帝国もよく分かっているはず。だから検問も厳しい。俺たち外国人集団なんか通してくれるわけがない」
「そういうことですルーク殿」
「グリム、数人ずつ分かれて行けば解決しますか?」
「聖守様の案も平時であれば試す価値があります。しかし戦時で奴らの警戒が高まっていますから、何度も外国人を見かけるようなことがあれば適当な理由で逮捕されかねません。必要な荷も相当ですから必ず怪しまれます」
「そこまでなのですね……」
ヴァルナヘルから帝国まで最低でも十五日はかかる。それも順調に事が運べばの話だ。その間の食糧や水を用意する必要がある。荷車いっぱいの大荷物だ。外国人でそれはかなり目立つだろう。
アリーナ市、パンテオン市を経由するルートは厳しい。
するとアスラン戦士団のロニが一つのアイデアを口にした。
「では封魔連合王国を経由し、我がアスラン王国側から帝都を目指してはどうでしょうか。遠回りになってしまいますが、大部分の道程で味方の領域を通ります。アスラン王国であれば私も知識がありますので、帝国軍に見つからない道筋をご提示できるでしょう」
「そうか。南側ならば……」
「なるほど。その手もありますね。ルゥナ殿、その場合どれほどの日数が必要となりますか?」
封魔連合王国を経由するとなれば、西側へと回り込みながら南へ向かう必要がある。今のサンドラ帝国と封魔連合の戦線を考慮し、どこまで南下する必要があるかルゥナは考えた。
「三十日から四十日、といったところです」
「もう少し短くなりませんか?」
「これでも短く見積もっています。我が国を横断中はともかく、帝国に占領されたアスラン王国領へと入ってからばどうしても隠れつつ進む必要がありますから。少なくとも最短距離で進むことはできません。そうですねロニ殿?」
ロニは間違いない、と口にしながら頷いた。
ネオンは難しい表情を浮かべる。
「時間がかかりすぎればサンドラ帝国の再侵攻が始まってしまいます」
「そうですね。仮に炎帝を暗殺できても、サンドラ帝国軍を引き付ける我が国が滅びてしまっては意味がありません。せめて二十日で帝都まで辿り着きたいところですね」
今のところ提示されているルートは二つ。サンドラ帝国内を最短で駆け抜けるルートと、封魔連合王国を経由して南側から回り込むルートだ。
そして満たすべき条件も二つ。二十日以内に辿り着けるルートであることと、サンドラ帝国に察知されないことであった。
皆が黙って考え込む中、ルークはカーミラへと小声で尋ねた。
「なぁ、俺たちがレビュノス領から脱出するときに乗せてくれた……」
「ウェルスのことですか?」
「ああ。空を飛べばいいと思ったんだけど」
「ウェルスでは何十人と運べません。それにとても目立ちます」
「……だよな。馬鹿なことを聞いた」
「いえ、良いアイデアかもしれません」
カーミラは一歩前に進み出た。
そしてまるで見えているかのように、ある一点を指し示す。
「私たちはもっと広く世界を捉えるべきでした。地の上を歩くことだけが移動手段ではありません。地下迷宮を通り、サンドラの帝都まで進むことができます」
蟲魔域、黄金域、神奥域を繋ぐ地下ルート。
それこそカーミラが提案する最も安全で早い道であった。これには議論の場も二分される。
「確かにそういう道もあるか……」
「道? 馬鹿を言わないでください! 自殺行為です!」
「落ち着いてくださいグリム!」
「も、申し訳ございません」
「しかし確かにサンドラ帝国の不意を突けますね」
「迷宮はその名の通り複雑怪奇です。余計に時間がかかるのではありませんか? それも迷宮域から迷宮域まで行くなんて」
「ですが我が国には過去に事例があります。シュリットの建国者たちは山水域から蟲魔域まで迷宮を通って移動しています」
「そもそも蟲魔域の中心部まで行くことができるのですか? あれは非常に危険な迷宮域です」
議論が混乱し始めたので、慌ててネオンが手を叩いた。その音で皆が注目し、口を閉ざす。
白熱しつつあったところに水を差され、ようやく落ち着くことができた。
「まとめましょう。迷宮域を利用した地下ルート。第三の選択肢です。利点はサンドラ帝国に気づかれず、最短で帝都まで到達できる可能性があること。一方で迷宮内で迷えば余計に時間を浪費するうえ、危険な魔物と戦い続ける必要があることに注意しなければなりません。カーミラ、あなたはこの大きな不利益を解消する方法を提示できますか?」
「可能だと思っています」
「では一つずつ説明してください」
果たして実現性のあるアイデアなのか。
皆が注目する中、カーミラは胸元から木製の首飾りを出して見せる。
「これは精霊秘術と呼ばれる魔術体系の発動媒体です。この魔術はプラハ帝国で信仰される豊穣の女神セフィラへの信仰心により発動できます。セフィロト術式とクリフォト術式の二種に大別できますが、皆様がよく知るのはクリフォト魔術と呼ばれる方でしょう。別名で黒魔術ともいいます」
「黒魔術とはそういう仕組みだったのですか。サンドラの吸血種共も使いますから、意外な繋がりですね」
「よい指摘ですスルザーラさん。重要なのはもう一つの術式、セフィロト術式の方です。この術の中には《導護》という術が存在します。効果は豊穣の女神像への道しるべを示してくれるというものです」
「そうか! そういうことですか!」
「え? どういうことだ?」
スルザーラとルークが同時に声を挙げる。
しかしその理由は対照的なものであった。そこでスルザーラが自身の理解したことを説明する。
「サンドラ帝国にも、その精霊秘術? というものを行使する文化があります。つまり奴らはプラハ帝国で信仰される豊穣の祈りを知っているということです。従ってサンドラ帝都にも豊穣の祈りの象徴たる女神像が存在するということです」
「そうか! カーミラの魔術が女神像ってのに導いてくれるなら……」
「迷宮でも迷わずサンドラの帝都を目指せるということになる」
実際、カーミラ自身が広めたのでサンドラ帝国では豊穣の祈りの存在が認められている。そもそも精霊秘術は女神セフィラへの信仰心がなければ発動しないので、寧ろあって然るべきだ。ちゃんとセフィロトの木から削り出された女神像が存在している。
しかしながら一部では懐疑的な声も出てくる。その筆頭がグリムであった。
「精霊秘術でしたか。常闇の帝国やサンドラ帝国が扱う魔術を信用してよいのですか?」
「グリム。私はカーミラを信じています。彼女は信頼に足る人物です。魔術も刃も、扱う者次第であるはず。技術そのものに貴賤はありません」
「ですが異教の神を崇める魔術など……」
「私たちは既に星盤祖を信じつつ、始原母の加護を受けています」
「それはそう、ですが……」
「グリムの信仰心は正しいものです。しかし私たちが崇めるものは偉大な力そのものです。神という存在ではありません。聖教会の基本的な教えのはず。私たちは大いなる力の一端を預かり、それを正しく奮うために精進しなければならないのです。精霊秘術は異教の力ですが、私たちはそれを正しく扱いましょう。世界の平和のために」
「……わかりました」
ネオンの言葉は理解こそできたが、感情的な納得はまだ追い付いていない。しかしこの場においてグリムもこれ以上の追及をしようとはしなかった。
とはいえ、これですべての問題が解決したわけではなかった。
「もう一つの問題はどうするのですか? 蟲魔域は凶悪な魔物が多く生息し、非常に危険だとか。我が封魔連合王国においても地獄域を塔によって封じているほどです。蟲魔域の中心部まで辿り着き、地下迷宮へと入る方法を考えなくてはならないと思います」
「それも私が対応します。魔物はすべて私が消し去ります。その途中に遭遇する全ての魔物を」
ルゥナの疑問にもカーミラはそう返した。
つまり完全にカーミラ頼みとなってしまうが、可能ということになる。これを前提とすれば作戦は大きく変わってくるだろう。
ネオンは地図の中の、蟲魔域からほど近い場所へと青の駒を置いた。
「蟲魔域に最も近いのはエルムレアです。ここはかつて蟲系魔物の襲撃により滅び、今も廃墟となったまま。ですが蟲魔域への防衛拠点として使われていた都市ですから、中継地としてここを訪れるのがよいでしょう」
聖石寮の面子は沈黙し、どこか重い空気を放っている。
流石のルークも遠慮がちに問いかけた。
「その都市に何かあるのか?」
「……そう、ですね。私たちにとって因縁深い都市といえます。ルークにとっても」
「どういうことなんだ?」
「十五年前、エルムレアで先代聖守と当時の九聖全員が戦死されました。凶悪な蟲系魔物が出現し、その対応のために出動されたのです。そしてこの事件を引き起こしたとされるのが、魔神教団の三導師ミリアムでした」
思わず息を飲んだのはルークだけではなかった。
何かが一つに繋がったような気がした。




