555話 状況整理と戦略
激戦であったヴァルナヘル奪還戦からおおよそ一か月が経過し、復興計画も本格始動していた。あれからサンドラ帝国軍が再び攻めてくる様子もなく、警戒態勢もかなり水準が下げられている。
そして改めて、ルークたちは聖石寮へと召集を受けていた。
またそこにはエウレハの街で待機していたルゥナたちもいた。
「よく集まってくださいました。封魔連合王国の皆様には感謝と謝罪を」
聖守ネオンがシュリット神聖王国を代表して挨拶する。
それが会議の始まりであった。
ルークやアスラン戦士団はヴァルナヘルに滞在して復興の手伝いを続けていたが、本来の目的は傭兵業ではなかった。封魔連合王国の使者としてシュリット神聖王国との協力を取り付けることである。今日、ようやくその目的が果たされようとしていた。
「私たちはどうにかヴァルナヘルを取り戻すことができました。しかしサンドラ帝国の悪行により殺害された民は数えきれないほどです。この所業は私たちも許すことができません。民衆の間にも報復を願う声が多数挙がっています。封魔連合王国の方々と協力し、サンドラ帝国を征伐することに異存はありません」
「ありがとうございます。サンドラ帝国は脅威です。既に情報を入手しておいでかもしれませんが、プラハ帝国は我らが連合を打ち破り、大打撃を受けています。サンドラ帝国に立ち向かうためには力を失い過ぎました」
「そのお話は聖都からの伝令で知りました。聖石寮から派遣した戦力も半数が失われたと。九聖の内、二人も派遣していたのですが力及ばず」
「話によれば、プラハ帝国は恐ろしい力だったとか。古代遺跡から発掘した力を使ってもこの結果です。誰が悪いか議論する意味はありません。ただ敵が強大だったのです」
ネオンとルゥナの会話はお互いの国力を試すためのものであった。どれほど多くの情報を集め、正確に分析しているかを探り合っていたのである。
ところがそんなことを想像もできない少年が訪ねてしまう。
「プラハ帝国ってどういうことだ? 確か封魔連合王国の西にあるんだよな?」
「ルーク殿、あなた……はぁ」
分かりやすく溜息を吐いたルゥナに対し、ルークはムッとした表情を向ける。すると以外なところから助け舟が飛んできた。
「ルーク。よく聞いてください。プラハ帝国は現存する国家において最も古い歴史を持つと言われています。特に我々シュリット神聖王国との因縁が深い国なのです」
ルークの素人質問にしっかりと答えてくれたのは、ネオンであった。まだ交渉中の相手であるが、ルークに対しては親しみや信頼を向けているように思える。これにはルゥナも驚かされた。
「プラハ帝国と我が国は二百年以上も争っています。とはいっても、そのほとんどは休戦期間ですけれど」
「悪い国なのか?」
「そうですね。黒魔術と呼ばれる特殊な魔術を扱い、不死属系魔物を使役します。また彼らの操る呪いの炎はどんな手段でも消えず、それが消えるときは命が途絶えたときです。死の神を崇めるなど、邪教とも深く関係しています。私たちが常闇の帝国とも呼んでいる相手です」
「……ってことは、サンドラ帝国と戦おうとすれば、背後にプラハ帝国がいて動けないってことか?」
「驚きました。ルークにもそのようは発想ができるのですね……」
「おい」
「失礼しました。ですがその心配はあまりないでしょう。プラハ帝国は専守防衛の国家。こちらからちょっかいを出さなければ大丈夫でしょう。プラハ帝国の領土は広大です。土地も豊かで鉱石資源にも困っていません。わざわざ犠牲を払ってまで他国を侵略する理由がないのです。より危険なのはサンドラ帝国の方ですね」
そうだったのか、と納得のルーク。実はすぐ隣にいたロニ将軍や付き添いのアスラン戦士団数人も同じような表情を浮かべていた。彼らとしてはサンドラ帝国だけを脅威と考えていたので、まさか他にも強大な敵が潜んでいるとは思いもしなかったのだ。
プラハ帝国の厄介さについてはあまり理解できなかったが、少なくともサンドラ帝国と同時に戦うのは無理があるということだけは分かった。
「ここまでくれば腹を割りましょう。特にルークは私たちの恩人です。国を越え、脅威に立ち向かわなければなりません。ルゥナ殿も良いですか?」
「……分かりました。私たちとしても望むところです」
「今回の戦いでルークの迷宮神器は鍵となるはずです。まずは私たちがどれほど追い詰められているか、よく理解するところから始めましょう。スルザーラ、地図を。最も簡単なもので構いません」
「分かりました。少々お待ちください」
命じられたスルザーラが持ってきた地図が机に広げられると、そこでルークは初めて自分たちが住む世界を俯瞰することができた。国境もないおおよその位置だけが記された簡単な地図だが、これがあるだけでイメージも変ってくる。
アスラン王国はどこだろうかと反射的に探してしまった。
「まず私たちの国、シュリット神聖王国について知ってください。私たちは大変危険な場所に住んでいます。場所としてはこのあたりですね」
「俺たちがいる場所は?」
「少し東に行ったこのあたりです」
「ッ! こんなところまでサンドラ帝国は来ていたのか……」
「私たちも東方については詳しくありません。地図の縮尺も正確ではありませんので、参考程度に考えてください。まず、私たちの国を取り囲む脅威について」
ネオンは地図上へと黒い石を置いていく。それは丁度、シュリット神聖王国を東西南北に囲うような位置であった。まずネオンは西側に置いた石を指差す。
「西側。深淵渓谷より這い出る赫魔という存在があります」
「カクマ?」
「赫魔です。魔族と近いですが、魔族と争う姿も確認されています。本質的には異なる存在なのでしょう。西方は山水域と呼ばれる迷宮も存在していまして、ここが魔族の本拠地ですね。西側には人外の大きな脅威があると覚えておいてください」
「対策しているのか?」
「我が国との間にクローディア自治領という属国があります。私たちは彼らを支援することで西側の脅威を押し留めている状況です」
続けてネオンは北と東の石を指差した。
「この二か所は魔物の脅威があります。北方には強い力を持った魔物が多く生息し、開拓も儘なりません。防衛線を敷いていますが被害は甚大です。厄介なことに、なぜこれほど強い力を持った魔物が多いのかも分からないままなのです。一方で東は蟲魔域という迷宮がありますので、魔物被害の原因だけは分かっています。無尽蔵に押し寄せる蟲系魔物の脅威を留めるべく、私たち聖石寮が奮戦しています。それでも、被害は止まりません」
そして最後に、と付け加えて南の石を指差した。
ルークも先ほど会話に挙がった件なので、どのような脅威か察する。
「プラハ帝国……」
「その通りです」
次期領主として地政学も学んだことがあるため、ルークはシュリット神聖王国の状況に愕然とした。これほど敵に囲まれた国が、よくぞ形を保ってこられたと驚くばかりである。
「私たちはかつて、この状況を打破するために東方に同盟国を作るという策を講じました。蟲魔域を南から迂回して東へと抜け、そこでヴェリト王国という同盟国を得たのです。それにより私たちは当時の懸念であった食糧問題を解決し、また戦力としても大きな力を得ました。それがおよそ二百年前になります。私たちの国が最も安定していた二百年でした」
「でした?」
「サンドラ帝国の侵略によりヴェリト王国が蹂躙されました。今は私たちの国土に亡命政府を作り、奪還の機会を探っています。今回のヴァルナヘル奪還作戦はヴェリト王国を取り戻すために最も重要な戦いだったのです」
今、シュリット神聖王国に味方となる国家がいない。
吸血種や魔族兵による侵略を続けるサンドラ帝国へと対抗するためには一国家では足りないのだ。ヴェリト王国という同盟国を失った今、封魔連合王国との協力は必要不可欠となっている。ネオンの意図を理解したのだろう。ルゥナはここぞとばかりに口を挟んだ。
「私たち封魔連合王国はシュリット神聖王国と協力し、サンドラ帝国を打ち倒すことを望んでいます。我が国もアスラン王国亡命政府やシエスタ亡命政府を抱えておりますので、同じです。私たちは仲間となり、同じ敵へと立ち向かえるはずです」
「はい。私たちは是非とも手を結びたいと考えています」
ネオンとルゥナは向かい合い、しっかりと握手する。
まず手を組むというところで意思統一は行えた。お互いに協力することが必要だと改めて認識できた。
そこでルゥナは一つ、情報を明らかにする。
「我が王、アポロヌス陛下はプラハ帝国に休戦を申し出るつもりです。連合に所属するルーイン、マーレ、ガリュアーンが敗れ、ガリュアーン公については戦死されました。これ以上、プラハ帝国との闘いで力を減らすわけにはいきません」
「それは簡単なことでしょうか? この度の戦争はルーイン氏族連邦がプラハ帝国より独立し、封魔連合王国に所属すると表明したから起こったことだと認識しています。プラハ帝国が今更……ルーインの独立を認めると?」
どこか責めるようなネオンの言い方は仕方のないものである。
ルーイン氏族連邦独立を発端とするプラハ帝国との戦争には、シュリット神聖王国も協力という形で参戦していた。戦いの中で聖石寮の術師たちにも犠牲が出ている。先日の戦いでも九聖の第八席が戦死し、第九席も大怪我を負って引退することとなった。
その犠牲の意味もなく、ただの話し合いで解決するとなると怒りも当然であった。
「聖守様の仰りたいことも理解できます。ですが一度戦争をしたからこそ成り立つ話し合いもある。アポロヌス陛下はそのように仰られました」
「……ですが」
「講和には貴国の王にも仲介者として参加していただく予定です」
そう言われれば如何に聖守とて口は出せない。
聖守とは聖石寮の長であり、人々にとって守護の象徴だ。武力と権威によって他国と交渉することはあれど、それは本職ではない。外交などはそれこそ王政府の役割である。
したがってプラハ帝国とのやり取りは王政府が、サンドラ帝国のことは聖石寮が対応する。そのように役割が決まったということであった。
「私たちはサンドラ帝国に集中します」
「分かりました。王政府を信じましょう。そしてあなた方の王を。グリム、こちらに」
ネオンはひとまず納得し、グリムを呼びつける。
彼は地図の前まで進み出て小さく一礼した。
「九聖第四席グリムです。私はサンドラ帝国に何度も訪れました。それで内情についても少しは詳しいつもりです。その情報を共有したいと思っております」
「サンドラ帝国に? よく入り込めましたね」
「我々はかねてよりサンドラ帝国を警戒していました。その内側を探るために昔から手を打っていたのです。私が聖守となる前からの方策ですので、私が誇れることではありませんが。ではグリム、お願いします」
「はい」
グリムは一枚の紙を取り出し、それを皆に見せた。
「これは秘密の契約書です。相手は帝国のスウィフト家」
真っ先に反応したのはカーミラである。
「……スウィフト。大物ですね」
「カーミラ殿はスウィフト家を御存じなのですか?」
「はい。少しばかり関わったことが。その出自は非常に高貴で、サンドラ帝国内でも人間でありながら大きな権力を保有していたはずです」
「その通りです。私は……いえ、私たちは何代にもわたってサンドラ帝国へと内密に入り込み、スウィフト家と交流を得ることができました。彼らは自分たちの血に誇りを持ち、吸血種による支配を嫌悪しています」
カーミラにとっては予想外の名前であった。
同時に懐かしさすら感じる。
すると横からルークが話しかけてきた。
「なぁ。そのスウィフト家ってのは?」
呆れのような視線を集めるが、ルークは動じていない。
この重要な会議の場で聞きたいことを好きなように聞く度胸は驚嘆に値するかもしれない。カーミラも空気を読まずに説明した。
「スウィフト家はある国の王族でした。その国が滅びたとき、サンドラ帝国に落ち延びたのです。当時のスウィフト家当主は炎帝……当時は火主と呼ばれたサンドラ統治者に滅びた自国の技術を提供し、地位を得たとされています。彼らは非常に高度な文明を持った人々でしたから」
「カーミラは物知りだな」
「実力があれば様々な情報が入ってくるものですよ」
カーミラはそうお茶を濁すが、ルークとネオンは理解している。確実に吸血種だからサンドラ帝国の内情に詳しいのだと。勿論、今は他にカーミラの事情を知らない人物が多いので余計なことは口にしないが。
話が逸れかけたのでグリムが咳払いし、主導権を取り戻す。
「そのスウィフト家ですが、我々に協力してくださる可能性は高いでしょう。元はサンドラ帝国に対する秘密の窓口として手を結んでいました。ですが近年になってサンドラ帝国上層部の動きがおかしくなり、スウィフト家も焦っているようです。魔神教団がサンドラ帝国と接触したためであると考えています」
また聞きなれない単語が出てきて、ルークが口を挟もうとする。
だが今回はグリムがそれよりも早く説明を続けてくれた。
「封魔連合王国の方々は馴染みがないでしょうから、魔神教団についても説明しましょう。彼らは魔族になることを目的としている集団です。魔族たちの主、魔神を崇め、その力を信奉しています。ここにいる人たちは魔族がどのように生まれるのか、真実を知っている方ばかりだと認識しています。それゆえはっきりと言いましょう。魔神教団は本気で魔族への転生を望む者たちの、狂った集団なのです」
「質問をしてもよろしいでしょうか?」
「何ですかルゥナ殿」
「魔神教団と接触したからこそ、サンドラ帝国は魔族兵を生み出せるようになったということでしょうか?」
「良い質問です。私たちはそのように考えています。特に危険なのは魔神教団の中でも三導師と呼ばれる大幹部たち。ヴァルナヘルで我々が戦ったミリアムもその一人です」
「ッ! あいつが……」
「ルーク殿にとっては因縁深い相手でしたね。我々も魔神教団との闘いはかなり長いですが、判明していることはそう多くありません。これについてはいずれまた説明しましょう。何にせよ、私たちが戦う相手は恐ろしく強大であるということを知っておいてください」
敵はサンドラ帝国という大国だが、その中には様々な脅威が潜んでいると分かった。ただでさえ単体能力で人間を上回る吸血種や魔族が軍隊となって攻め寄せるとすれば、こちら側に勝ち目などない。
「私たちは一人一人が精鋭とならなければなりません。そのために封魔連合の方々にはある力を得ていただきたいと考えています。まずある場所へと向かっていただこうと考えています」
ネオンがそう締めくくった。




