515話 始原母の祝福
すみません。
予約投稿を1日飛ばしてました。
インフルにも罹って踏んだり蹴ったり
祝福。
それは新興国家ヴェリト王国における力の源である。土着宗教である始原母の祝福こそがその正体だ。他の民族の曖昧な儀式とは全く異なる。
「祝福を授かると右手の甲に紋章が浮き上がり、それが証となる。また未実証ではあるが右手の紋章を使うことで自分の能力を数値化して確認できるとのこと。それが原因か、ヴェリト人は数字の概念が発達している。興味深いね」
報告書を読む『黒猫』は幾つもの画像や動画データを表示しつつ、一人呟く。それはアイリスがまとめた報告書で、シュウから送られてきたものだった。
迷宮神器といい、祝福といい、これまでなかった異質な力が今は溢れている。この二つについてはその起源がどこにあるのかも確証がない。しかしながら予想はできる。
「まぁダンジョンコアの作った大規模魔術か、迷宮魔法の応用か。何の努力もなく一定の力が与えられるというのは魔装にも似たところがあるよね」
近年になって稀に発見されるようになった迷宮神器はハイリスク・ハイリターンな力だ。一族を率い、一国の王になれるような巨大な力である一方で、肉体への負荷が大きすぎる。
しかしながらヴェリト王国の祝福はもっと小規模だ。自分に見合った程度の力を簡易的に得ることができる。ヴェリト人は弱小であった頃から祝福によって勢力を拡大し、侵略民族として移動範囲を広げてきた。すなわち一定以上の力を持った兵士を多数揃えることによって勝利してきたのだ。
「現在のヴェリト王国は北部を滅びた都市国家ヴァルナヘルまで、南は悪魔の森まで領地が広がる。そういえば悪魔の森より南側は調べたことがなかったな……後でいいか。外交的には西のシュリット神聖王国と友好的で、東のシエスタとは敵対状態。近年では聖教会が混じったことにより魔石生成の儀式も取り込まれている……と」
報告書の参照部分をタップする。リンクが開かれ、データベース内に保管されていた参考データが表示された。それはある重要人物のプロフィールであった。
「オスカー・アルテミア。最近になって九聖の第一席に昇格した聖石寮の切り札。迷宮神器・劔撃を保有し、更にはヴェリト王国との同盟関係に伴って祝福を得たとされている。同人は東方開拓部隊として積極的にヴェリト王国と関係を結び、戦力強化に尽力していると……アルテミアといえばシュリット神聖王国の公家の一つだったかな。近年の王選で勝ったというし、彼の活躍も無関係ではないか」
このオスカーへ繋がる参照リンクの他、もう一つ参照が設定されていた。
『黒猫』はそのもう一つに対しても指を向ける。
「天空人イミテリア一派。空より飛来した舟から現れた者たち。天空人を名乗り技術協力を代価として権力を高めている。目的は黄金要塞の奪還と推測される。ノスフェラトゥと合流した天空人の王アラフ・セシリアス・ラ・ピテルによれば王家の一つとのこと。野心的に活動しており、傭兵を雇うなど私兵の強化に努めている。なるほどね」
あくまでも参照事項なのでまだ情報は少ないが、天空人の動きは注目して追っているところだ。『黒猫』が拠点としているサンドラにもスウィフト家を中心とした天空人の一団がいる。探索軍の後継として立ち上げた探索ギルドとも連絡を取り関係を結ぼうとしてくるため注目していた。
サンドラもパンテオン人に加えて天空人が知識を提供し、恐ろしい速度で発展しようとしている。ようやく鉄器を使い始めた程度の文明でしかないが、数十年後はどうなっているか分からないほどだ。
「祝福についてルシフェル様も心当たりがないと言っているし、ダンジョンコアに書き加えられた法則と見て間違いないよね。このまま大陸全体で法則が追加されるとして、おそらくは魔力を収集することが目的かな。神器にせよ、祝福にせよ、そして赫魔にしても似たような目的か。この大量に保険をかける感じ、奴っぽいよね。これに全て対処するのは面倒臭そうだ」
思考が本来の目的からずれていたことを認識し、『黒猫』はそれを追い出すように首を振る。そして元の文章を読み続けた。
ヴェリト王国報告書の続きには具体的な祝福の内容の他、それを用いた実戦の映像記録も添付されている。
「魔物の中でも知能が高い悪魔に率いられた群れがこの有様か。アポプリス式魔術を自動発動する能力、斬撃や打撃を強化する能力、回復能力、身体の強化、各種耐性、属性付与能力……まさしく祝福だね。これだけ軍隊としての性能が高いなら、迷宮神器より厄介かも。サンドラが飲み込まれないためにも急速に力を付けないとね。あとはシエスタを支援して時間を稼ぐか、ヴェリト王国内部で分裂させるか。ちょっと対策を考えないと」
そんな独り言を零しながら、意識を人形の魔装へと集中させる。
大陸各地へ派遣している人形をどう使うか、それを悩みながら動かし始めた。
◆◆◆
その日、ヴェリト王国から八隻の飛空艇が飛び立った。
地上では多くの人々が見守り、更にはヴェリト人の王ですらもその中にいた。盛大に送り出された船団は東へと向きを変え、勢いよく飛行を始める。見事な隊列飛行の中心には、重要人物が搭乗する飛空艇があった。
「ご協力、感謝、します。オスカー・アルテミア殿」
「いえ、我々聖石寮にとっても利のある交渉ですから。終焉戦争と呼ばれた文明の落日以前の技術を目の当たりにすることはあります。しかしながらこれほどのもの初めてです。そしてあなた方の言う黄金要塞とやらを取り戻すことができれば、大きな利益となるのです」
「闇、の、帝国」
「ええ、その通りです。ケシス陛下」
ケシス・イミテリア・ラ・ピテルは聖教会に協力を取り付けることに成功していた。それによって聖石寮の戦力を借りることとなり、更にはヴェリト王国の精鋭兵も貸してもらえることになった。
本来は多数の傭兵を雇うことで戦力を補う手筈だったが、シュリット神聖王国とヴェリト王国には精鋭を生み出す土壌が整っていたのだ。それがイミテリア家にとっての幸運であった。
まだ訛りの残る言葉遣いではあるが、ケシス自身が早急に言語を習得したことも今回の成功に拍車をかけたのだ。
「ヴェリト王は勿論、我が国の王も非常に興味を持っておられます。あなた方の故郷を取り戻したあかつきに、その力を貸していただけるのであれば、これは必要な投資です」
「期待して、います。現代の、英雄よ」
そう言いながらケシスの視線はオスカーの胸元、そして手元へと移る。大聖石と迷宮神器・劔撃だ。この二つの力があるからこそ、オスカー・アルテミアは聖石寮の中で最強の地位を欲しいままにしている。
聖石寮はイミテリア家との繋がりを得るために、この最高戦力を出した。それは暫定の王であるケシスが自ら交渉に乗り出し、大きな利益を見せつけたからこその結果だった。
シュリット神聖王国はプラハ帝国や魔族や赫魔、ヴェリト王国はシエスタに対して敵意を抱いている。天空人の協力が得られるのであれば、この程度の投資は安いものだと思わせることに成功していた。
(これも情報収集のお蔭ですね。二国が都合よく同盟関係で、尚且つそれぞれに明確な敵がいてくれて助かりましたよ)
今回、戦力として集めることができた戦闘員の人数はおよそ七十人。それ以外に支援要員もいるので、飛空艇八隻でぎりぎりとなる。人数としては心許ない限りだが、その質は限りなく最上のものであった。
勿論、今回の戦力は信用を元手にタダで借りたわけではない。二隻の飛空艇はそれぞれの国に担保として差し出している。これで黄金要塞を取り戻せなければどうしようもないのだ。
その不退転の決意もあって、ケシス自らが奪還へ向かおうとしていた。
またケシス自身が出るのにはもう一つの理由がある。
「ケシス陛下の祝福にも期待しております。どうか我々を導いてくださいますように。星盤祖と始原母の加護が必ず陛下を助けます」
「はい。私の祝福、は、助けになります。《予見》によれば、蛮族は、死にます」
「実に心強いですね」
魔装を抽出して得られる聖石と異なり、祝福は何の素質も必要ない。ただそれを受け入れるだけで手に入る。強いて言うならば代価として魔力が必要なのだが、それも人間ならば誰もが保有している程度でしかない。戦力増強のため、ケシスも、また護衛の天空人たちも祝福を受け入れていた。宗教観が潰えた天空人からすれば異質な文化であったが、力が手に入るならばと躊躇わなかった。
また祝福はその名の通り、与えられるものだ。決して自分で選び取るものではない。そのためどんな祝福が宿るかは完全に運となる。
だが何の因果か、ケシスは《予見》という祝福を手に入れた。王の証として欲してやまなかった予言能力を、こんな意図せぬ形で手に入れてしまったのである。これにはケシス自身も驚きであった。それと同時に確信を得ていた。
(やはり私こそが真なる王になるべきでした。姉上……王の責務すら放棄したあの女は決して認めない!)
自分がクーデターを画策していたことなど棚に上げて、そんなことを考えてしまう。だがそれだけケシスもラ・ピテルの王位に執着していたということだ。
(認めない。ただほんの少し先に生まれただけの、やる気のない姉が王? そんなものは認めない! 我らが故郷を奪った蛮族も決して許さない! この目に映る通り、必ず殺す)
魔力を使い《予見》を発動すれば、ほんの少し先の未来が見える。残念ながら数年先は見通せるという初代王の右目には及ばないが、それも今だけ。
(魔力を追加すれば祝福の位階を上げることもできるみたいですからね。右目も手に入れ、いずれは私こそが真の王として……)
イミテリア家の、いやケシスの野心は時間とともに膨れ上がる。
天空人の基準でも充分と言える戦力を確保できたし、二つの国家と同盟関係を結ぶことができた。またケシス・イミテリアこそが天空人の真なる王であると認めさせることができた。更には真の王として欠けていた予言の力も手に入れた。
何もかもを失ったかのように見えたが、より多くを取り戻した。
「ケシス陛下?」
「必ず、勝って、もらいます」
「当然です。それに私にとっても、東の地は気になるところですから。呼んでいる気がするのです。運命が、私を」
「詩人ですね」
「そのようなつもりはなかったのですが……」
オスカーは苦笑していた。
そして無意識のうちに、劔撃を握る手が強くなっていた。
◆◆◆
黄金要塞内部ではラ・ピテル王家の一つ、クライン家が必死に抵抗を続けていた。限られた資源を使い、地の利を生かし、どうにか続いていた抵抗だ。しかしながらラヴァ率いる蛮族は強く、簡単ではない。蛮族たちは骨を操り、自らの鎧や武器とする能力を持っているからだ。
場合によっては生身で銃弾すら弾き返す敵ということである。苦戦は必至だった。
「ハァ! ハァ!」
「ど、どうにか撒いたか……」
「そう、ですね。大きな犠牲でした」
一抱えほどもある容器を抱えた二人組が、通路の陰で息を整えていた。一人が持つのは完全に密閉された容器であり、その中身も見えない。しかしもう一人が持っている容器は蓋のない箱で、今や珍しい紙の資料が詰め込まれていた。
「皆、殺されちまったな」
「こんなはずでは……どうしてあそこに蛮族が」
「運が悪かったんだ。あんな場所で鉢合わせなんて。でも皆の遺志はここにある。あの蛮族を皆殺しにするための力だ。絶対にテドラ様に届けるぞ」
身体を奮い立たせ、息を整えてから二人は移動を再開する。
ほんの少しといえど休息を取っていたことから分かる通り、この辺りはまだ蛮族にも見つかっていない区画だ。暗証番号で閉ざされた隔壁の先にあるため、無理に破壊されない限りは敵もやってこない。二人はそれでも気を抜かず、抱えた荷物を大事そうにしながら帰還を急いだ。
黄金要塞内でまだ生きている倉庫の一つがクライン家の拠点である。
戻ってきた二人は歓迎され、すぐに招き入れられた。
「よく戻ってきました。ひとまず医務室に。他の皆は……?」
「すみません」
「戻ってこれたのは僕たちだけで」
「そうですか。残念です。お二人ともまずは休んでください。持ち帰ってくださった切り札はテドラ様にお届けいたします」
「よろしくお願いします」
荷物を引き継いだ人物は二つの箱を重ねて持ち上げ、奥へと持っていく。パーティションで区画を取り、可能な限りの資材を使って作った作戦室だ。箱はその中央に設置されている大きな机の上に置かれる。皆がその箱に注目していたが、大喜びと言った様子ではなかった。
代表してテドラが口を開いた。
「この切り札を手に入れるため犠牲となった者たちに哀悼を。そして感謝を」
「テドラ様、戻ってきた二人にもどうか後で労いを」
「分かっている。そして蛮族に殺された同胞たちの無念もこれで晴らされることだろう。この力を以て今も殺され続けている居住区の人々を救い出すのだ」
テドラ・クライン・ラ・ピテルの前に置かれた二つの箱の内、紙の資料が詰め込まれた方がひっくり返される。幾つかに製本されたそれは、表紙に大きく『極秘』と印字されている。大抵のものがデータ化されている中、こうして紙にまとめた資料は逆にセキュリティが高い。
また、この資料の存在はラ・ピテル王家やそれに従う一部の官僚しか知らないほどであった。
クライン家当主であるテドラですら存在は知っていても、実際に見るのは人生で二度目なのである。
「これが、例の……」
「その通りだ。禁忌であるが故に存在が封印された。魂の第九階梯《尸魂葬生》の資料だ」
「魂魔術といえば、黄金要塞の最重要防衛術式の一つでもありますよね」
「よく知っているな。その通りだ。魂の第十四階梯《絶魔禁域》は魔力の運動を阻害することで魔術、魔装、魔物を無害化する。しかしその概要のみで、魂魔術についての詳細は伝わらぬようにとされてきた」
「その、《尸魂葬生》でしたか? これはどういう魔術なのですか?」
「疑似的に死者を蘇生させ、使役する魔術だ」
皆が息を呑む中、テドラは資料を開いてその一節を見せる。複雑な魔術陣やイラストは専門家でもない彼らではよく分からない。しかも古い資料であるため、注釈も古語だ。それだけ長い間、禁忌とされてきたのだと推測できてしまう資料である。
王家の人間として充分な教養を持ったテドラであれば読み解くこともできる。
「私とて詳細を知るわけではない。しかし伝わっている情報もある。この術式の効果、そして必要とされる準備物もだ。この書類によると情報は正しかったらしい」
「ようやく我々にも明かしていただけるということでよろしいでしょうか?」
「その通りだ。この術式には禁忌とされるだけの理由がある。故に全てを伝えることはしなかったが、ここで残る情報を明かそう」
テドラは資料のとあるページを開き、古語で記された文章を指差す。テドラ以外でも古語を知る者たちはいち早く理解して顔を青ざめさせたが、すぐにテドラは全員に向けて説明した。
「《尸魂葬生》は生きた人間を核として死者の情報へと書き換える魔術なのだ。その発動には生贄となる人間と、蘇生対象の遺伝子情報が必要となる。そうして誕生した過去の亡霊は不死身の人形となり、術者の命令通りに動くようになる」
それを聞いてすぐに発言できる者はいなかった。
まず死者を蘇らせるという部分もだが、何より発動のため生贄の人間が必要という部分を聞いてしまったからである。
これらの反応は予測していたので、テドラも続けて言葉を発する。
「言いたいことは分かる。生命倫理に反する悍ましい行為ということも承知している。だがどのような禁忌であろうとも、これは必要なことなのだ。そしておそらく初代王もこの事態を予測していたのだろう。こうして素材となる遺伝子が残されていることがその証拠だ」
実際、手段に対して文句を言っている余裕はない。黎腫の影響で天空人は弱る一方だが、蛮族の戦力は増える一方である。彼らは同胞である天空人を肉として喰らい、残った骨を妖しい力によって骸骨兵に変えているのだ。
敵は死体すら弄ぶ。それがこの決断をさせた。
「術式は持ち帰ってくれたソーサラーデバイスに封印されている。生贄は捕虜としておいた蛮族を使う。このために貴重な食料を使ってまで生かしておいたのだからな」
テドラはソーサラーデバイスを指に嵌めた。
ヴェリト王国
始原母を信仰する単一民族国家。豊かな土地を求めて彷徨い、侵略を繰り広げていた。農耕や牧畜に適した土地を有するシエスタという国に対して執拗に攻め込み、何度も土地を略奪している。
民族全員が祝福と呼ばれる異能を授かる。
実は祝福にも大きな弱点が存在しているのだが、現時点では問題になっていない