51話 困った時は死神頼り
東部の街イリースタ。ここは革命軍の本拠地となっており、住民たちは活気に満ち溢れている。この街を始めとして、革命軍の支配下となった街では、このような光景が多く見られた。
エルドラード王国の課した重税から解放され、良心的な税金によって自分たちが守られているからだ。そして、自分たちが働くことで、腐った王国が良くなると信じているのも原動力となっている。
今、革命軍は壊滅を乗り越えて最盛期を迎えていた。
「そろそろ王都へと攻め込み、革命を成功させるときだと思う」
革命軍本部でレインヴァルドは宣言した。今、本部では周辺地図を机に広げ、戦略会議が行われている。同じ机を囲って革命軍の幹部が集まっており、レインヴァルドの言葉に大きく頷いた。
レインヴァルドの側近をしているリーリャは、王都に赤い駒を置きつつ説明する。
「現在、第四王子メドラインが警備隊を編成し、迎撃の部隊を結成しています。王都からは動いておらず、向こうから攻める気はないようです。流石に奴らも不味いと感じたのか、多くの貴族が協力しています」
「貴族といっても烏合の衆だろう?」
「そのようですね。統率はあまり取れていないとか」
残る王族は国王を含め、第一王子ロータスと第四王子メドラインだけだ。死んだリンヴルド、ルシャーナ、ワイルスの背後にいた貴族も、今は乗り換えている。よってロータスやメドラインの勢力も大きなものになっていた。
しかし、元は派閥の異なる貴族たちだ。
あまり統率が取れているとは言い難い。
幹部たちも割と楽観視していた。しかし、リーリャは幹部たちに苦言する。
「あまり楽観はしないでください。王国貴族は大したことありませんが、大帝国が手を出してくると厄介ですよ」
その言葉を聞き、幹部たちも気を引き締める。
事実、今の革命軍ならば王国だけを倒すことに難しさはない。革命軍の活躍で王家への求心力も下がり、貴族はバラバラで、警備隊にも実力者は殆どいない。一気に王都を攻めれば、革命は成功するだろう。
しかし、ここで問題となるのがスバロキア大帝国の干渉である。
エルドラード王国はスバロキア大帝国の属国であり、革命が成功すれば属国からは脱却することだろう。しかし、脱却した途端、大帝国は軍団を送ってくるはずである。
レインヴァルドはリーリャに尋ねた。
「駐屯地にいる大帝国軍はどの軍団だ?」
「Sランク魔装士クルーゲ・ピエルが率いる絶影軍団です」
「影を操ると言われる魔装士か。私達、革命軍側にSランクを相手に出来る人員はいないな。いや、そもそも革命軍だけで大帝国の軍を打ち破るのは難しい」
「悔しいですが、レイ様の言う通りです」
正直、大帝国軍の力は絶大だ。
Sランク魔装士を幾人も抱えており、その一人一人が軍団長となって一つの軍団を形成している。絶影軍団は『絶影』のクルーゲ・ピエルもその一人だ。流石にSランク魔装士は有名なので、レインヴァルドたちも認知していた。
そして奴らには絶対に勝てないことも。
「帝国と事を構えるのは時期尚早だ。そして私達に手段を選ぶ余裕もない。だから、裏組織・黒猫を利用することに決めた」
レインヴァルドは周囲を見渡しつつ、言葉を続ける。
「文句は言わせん。『死神』に依頼し、第四王子メドラインとその派閥貴族を始末して貰う。私達は革命の準備をするんだ。そして本命である第一王子と国王の捕縛に全力を注ぐ。余計な兵力を使えない以上、せめて財力で王国の戦力を削ぎ落す」
リーダーの指示に、誰も反対することはなかった。
革命軍の中には正義に燃える者もいるが、幹部級の者たちは清濁併せ呑む度量を持ち合わせている。
未来のため、裏組織の力を借りることも受け入れた。
◆◆◆
『死神』であり冥王でもあるシュウ・アークライトは王都ドレインにいた。勿論、アイリスも共にいる。少しだけ高級な宿に泊まり、殆どの日々を東側の言語であるシビル文字習得に費やしていた。アイリスは同時にこちらの言葉を話せるように勉強しており、それ以外は日々を気ままに過ごしている。
偶に黒猫の酒場へと向かい、仕事の有無を確かめる。
基本的には革命軍から依頼が届くことが多いため、それをこなしてシュウは金を得ていた。
「そう言えばアイリス」
「どうしたのですシュウさん?」
「今晩あたりに仕事に行く。留守にするから大人しく待っていろ」
「はーいなのですよー」
最近はアイリスも慣れてきたのか、散歩に行く感覚で仕事に行くシュウを見送っている。シュウも暗殺稼業に慣れてきたもので、王族だろうが貴族だろうが、その全てをいとも簡単に殺害する。
元は始原魔霊という種族であり、霊系の魔物だ。どんなに厳重な外壁も透過ですり抜け、高度な魔術と死魔法で警備を突破する。
特に死魔法は一瞬で命を奪えるため、暗殺にはもってこいだ。
「次は誰なのです?」
「第四王子と貴族を殺せとさ。結構な報酬を前金で貰ったし、手早く済ませる予定だ」
「革命軍って金持ちなのです?」
「単純な勢力は今の王国より上かもしれないな」
エルドラード王家の財を奪って以来、革命軍は好景気が続いている。今も支配している街から徴税しており――といってもそれほど多くはない――かなりの財力を手にしているのだ。
革命軍のリーダーが第三王子レンヴァルドだと公表されたこともあって、民衆は正義の王子に身を捧げろと言わんばかりの勢いである。圧政を行う王国より、自分たちのために戦っている革命軍を応援するのは自然な流れだった。
「シュウさんも革命軍を応援するのです?」
「基本はそうする。その方が仕事も多くなりそうだからな。今ではすっかりお得意様だ。今後を見通して、多少金欠でも依頼を受け取って良いと思っている。まぁ、好景気な内はしっかり貰うもの貰うけど」
「暗殺って儲かりますもんねー」
「お蔭で高級な宿にも泊まれている。大帝国の首都に行ったら家を買うのもありかもな」
「シュウさんとの愛の巣ですね! 是非買うのですよ!」
「いや、それはない」
少し……いや、かなり残念そうにするアイリスをよそに、シュウは本を閉じる。理由は、宿の部屋に近づいている魔力反応を検知したからだ。
無系統魔術の魔力感知は魔力を持つ生物全般に使える。人間は大なり小なりと皆が魔力を宿しているので、人を感知するのには有用な手段だった。
感じ取れる魔力は小さく、宿の使用人だと分かる。
ノックがされたのでアイリスが立ち上がり、扉を開けた。
「失礼します。シュウ様とアイリス様のお部屋ですね?」
「なのです」
「お手紙を預かっております」
そう言って、盆に乗せられた封筒を差し出す。蝋で封印されており、よく見れば魔術的な封印も込められていた。かなり厳重に閉じられているが、差出人の名前はない。
しかし、アイリスは躊躇うことなく受け取った。
「ありがとうなのですよ」
「いえ、では失礼しました」
扉を閉じて使用人は下がっていく。
アイリスは手紙を持って部屋の奥へと向かい、シュウに渡した。
「シュウさん。黒猫から手紙が届いたのですよ!」
「みたいだな」
魔術的封印まで施している手紙であり、差出人が不明。となれば、それは黒猫からのものだ。シュウもアイリスもそれが分かっていた。
シュウは死魔法で魔術封印を解き、封筒の中から手紙を取り出す。
そしてしばらく文字を追った。
「……ちゃんと情報を集めてきたみたいだな」
「暗殺対象のアレなのです?」
「ああ、面倒だから黒猫に情報収集を依頼しておいた。まぁ、家の場所と家族構成ぐらいだから、大した料金じゃない」
それは、革命軍から依頼されていた第四王子メドラインと派閥貴族の暗殺に必要な情報書類だった。
「そろそろ来ると思っていたけど、タイミングが良かったな」
「ああ……それで今晩に仕事に行くと言ったのです?」
「まぁな」
黒猫という裏組織の力は強大だ。
幹部の力は勿論だが、組織としての力も凄まじい。情報収集を依頼すれば、期日までにしっかり情報を集めてくれる。当然、組織の一員であっても料金は必要だが。
シュウは黒猫で買った王都ドレインの地図を広げる。そして資料を基に、暗殺対象の屋敷にマーキングを付けていった。ちなみに、第四王子メドラインは王城にいるため、わざわざ印をつける必要などない。
「いーち、にー、さーん、よーん、ごー、ろーく、なーな、はーち……じゅう?」
「暗殺する貴族は十二人。メドラインを含めれば十三人だ」
「多いですねー」
「座標は分かったから魔術で一斉に潰してもいいんだが……魔力が勿体ない。死魔法で殺す」
魔物であるシュウは、魔力を使いすぎると存在を保てなくなる。生物を殺したり、食事をすることで魔力を回復できるのだが、最も効率的なのは死魔法で魔力を奪い取ることだ。
流石に、十三人を同時に殺害する広範囲魔術は魔力消費が大きい。
労力をかけても、魔力の消費を抑えるやり方を取った。
「面倒だから、第四王子以外は《冥府の凍息》で屋敷ごと凍らせる。王子は首をどっかに晒しとくかな?」
「屋敷ごと凍らせて……横着ですねー」
「家族や使用人は運が悪かったと思ってもらおう。ま、俺は魔物だし、その辺はあんまり気にしないし」
人間の姿をしているため忘れがちだが、シュウは魔物だ。そして人間のことはあまり信用しない。契約相手としてなら人と関わったりもする。しかし、アイリス以外の人間に対して親愛を向けることはない。精々、同情する程度だろう。
暗殺に無関係の人間を巻き込むとしても、心は痛まなかった。
「暗くなったら……貴族たちの屋敷を魔力でマーキング。で、《冥府の凍息》で一気に殺して……その後は王子か」
「貴族は全員屋敷にいるのです?」
「大丈夫だ。資料を見たら、今晩と四日後は丁度全員が自分の屋敷で寝るらしい。貴族の奴らは偶に王城とか、親戚の屋敷に宿泊したりもするからな。運が良かった」
「おー」
どうせなら一気に仕事を済ませる方が楽だ。それに、恐怖感も伝わる。
普通の暗殺者は順番に暗殺を成功させていくものだが、シュウに関しては一晩で一気に片付けるのだ。それが『死神』の恐怖を神話化させる要因にもなっている。
人々……主に後ろ暗いことのある一部の上流階級は、『死神』を恐怖するのだ。
「じゃ、夜が更けるまでは適当に過ごすか……」
シュウは小さな魔術陣を描き、黒猫が集めた資料を燃やした。