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冥王様が通るのですよ!  作者: 木口なん
魔族篇 3章・天鳴戦争

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479話 神奥域の魔族②


 時折、闇の中で炎が煌めく。

 それが夜の地下迷宮の戦いだ。探索軍は半数以上を犠牲にしつつも一度撤退し、再集結して陣形を建て直していた。最前線は団長であるバラギスがほぼ一人で押さえており、不意に始まった激戦に秩序のようなものが生じたと言える。



「ハーケス! もう限界だ! これ以上は――」

「だがまだ六人しか」

「今回は諦めろ! タイミングが悪すぎたんだ! 少しでも半魔族を助けられただけマシだ!」

「く、そ」



 戦場の端でそんな会話を交わすのは二人の半魔族だった。

 そしてすぐ側には六人が倒れており、幾人かで怪我の治療などを行っている。倒れているのも同じく半魔族で、この乱戦の中で回収された。



「その杖は使うなよ。これ以上は俺たちの足にも差し障る」

「分かっている。瀑災渦アシュタロトは足止めにしか使わない」

「それでいい。泥沼で魔族と人間たちの動きが止まっている間に逃げよう。他の奴らもいいな!」



 ハーケスと呼ばれた魔族はギュッと杖を握りしめた。七つの蛇が絡み合うその杖は、戦場を一変させるだけの力を秘めている。濁流を生み出し、全てを押し流すだけの魔術が宿っている。しかしながら、そんなことをすれば『攻撃』したことになってしまう。



「ここで魔族と人間の両方を相手取る必要はない。それより半魔族を……同胞を助ける。分かっているさ。少しでも仲間を助けるんだ」



 心を抑えて、ハーケスは自らに言い聞かせる。

 迷宮の魔族にとって、半魔族は奴隷も同然である。奴隷であり、尖兵であり、盾である。使い潰したところで魔族は何の感慨も抱かないだろう。

 それが嫌だった。

 だからハーケスは魔族の支配から脱却した。



「けど、こんな風に命を選ぶはずじゃなかった」

「ハーケス……」

「皆を助けたかったんだ」

「気にするな。助けられない奴もいる。運が悪かったんだ。そしてこの六人は運が良かった。俺たちみたいにな」



 そう、冷たく言い切る。

 だが彼もまた、拳を握り締め、身を震わせていた。



「お前の理想だけが俺たちの希望なんだ。俺はこんなことを言う奴だが……期待している」

「アラージュ……」

「旧サンドラではジョリーンが動いている。計画外のことをすればそっちに影響があるかもしれない」

「すまない。心配をかけさせて」



 半魔族コミュニティ、『アルナ』。

 魔族と人との間に生まれた彼らは異形でありながら、魔族ほどの力もない。半端者に与えられた役目は、魔族の奴隷のような立場であった。

 自由のない半魔族が自由に生きるため、彼らの一部は魔族の支配から脱却して組織を生み出していた。








 ◆◆◆








 地下都市、旧サンドラは突如として戦禍に叩き込まれた。

 夜を照らす篝火は次々と倒され、飛び散る血は暗闇へと消えていく。



「くそ! 夜襲を仕掛けてきたか!」



 敵の正体はすぐに掴むことができた。

 そもそも旧サンドラを襲ってくるのは魔物か魔族かの二択である。だから街の炎が照らせばすぐに分かる話なのだ。



「おい『死神』の連れの小娘! 働いてもらうぞ!」

「殺せばよいのですか?」

「何でもいい! 奴らを――」

「了解しました。あれが敵なのですね」



 魔族が攻めてきた。

 それは『灰鼠』が語った通りである。このために『灰鼠』は黒猫という組織の伝手を頼り、戦力を集めてきた。彼女の隣にいるノスフェラトゥもその一人だった。

 命じられた通り、ノスフェラトゥはその力を解放する。『灰鼠』はその力を肌で感じ、自分の勘が正しかったことを理解する。



(やっぱりとんでもない気配だな。だがこれでも――)



 旧サンドラを襲撃した魔族は『灰鼠』の予想を上回る数であった。

 そう、全て魔族なのだ。

 彼らが尖兵として扱う半魔族は一人としておらず、全て魔族で構成された大部隊だったのだ。それが四方八方から一斉に現れたのである。どういうわけか見張り兵が鳴らすべき警告の鐘も遅かった。だから旧サンドラの街を守る探索軍も対応しきれず、街囲みの内側では虐殺が始まっている。



(だめだ。予想よりも不死の魔族が多すぎる。私が集めた戦力で足りるのか)



 そんな不安が過る中、ノスフェラトゥの両腕が裂ける。その傷から血が流れ出て、濃密な赤い霧となった。『灰鼠』が驚く間もなく赤い霧は結晶化して槍となり、正確に魔族を撃ち抜き始めた。堅い体表を持つ魔族すら貫かれ、次々と地面に縫い留められていく。

 赤い槍は体内で炸裂し、内部から魔族の肉体を引き裂いた。

 ノスフェラトゥの発する瘴血は強烈な毒素である。タンパク質を融解させ、魔力を阻害させる。魔族にとっては予想外の攻撃だったことだろう。そして『灰鼠』にとっても。



「え? は? 冗談だろ」



 魔族は強い。

 魔族は不死である。

 鉄の武器ですら弾いてしまう。

 だから魔族と戦うとき、火を使って追い払うのがサンドラの戦い方だった。流石の魔族も炎は熱くて近づけないらしく、無理に突撃しようとはしない。そもそも炎は肺を焼き、呼吸を不可能にさせるため魔族に致命的なダメージを負わせる。それで死ぬことはないがわざわざ苦しむ必要はない。どちらかと言えば野生で生きている魔族にとって、それは本能的に避けてしまうものだ。

 だがノスフェラトゥはそんな回りくどいことをする必要がない。

 魔装の攻撃で問題なく魔族を仕留めてしまう。



「六つ目、七つ目……八つ目仕留め損ねました。再度攻撃。仕留めました」



 『灰鼠』も一周回って引いていた。

 まるで雑種ウィード級魔物を薙ぎ払うかのように不死の魔族を滅ぼしている。血の槍によって内部から引き裂く攻撃が魔族の魔石を破壊しているためだ。本来ならば簡単に砕けないはずの魔石だが、ノスフェラトゥの強い魔力がそれを上回る。



「お前、本当に強かったんだな」

「十三、十四、十五を同時に討伐。十六体目」

「いや本気で引いた。私の危惧は何だったんだ……」



 彼女の話す言葉の意味は分からないものの、淡々と言葉が紡がれる度に魔族が弾けて消えていく。それはもはや恐怖にも類する光景であった。『灰鼠』が準備しておいた戦力の内、戦果らしいものを挙げているのはノスフェラトゥだけである。

 良い意味で期待を裏切られ、『灰鼠』はがっくしと肩を落とした。

 炎が灯る地下都市で赤い雨が降る。

 夜襲を仕掛けたはずの魔族は大混乱に陥り、撤退することもできずに消されていく。旧サンドラの住民は訳も分からない内に救われていった。








 ◆◆◆








「これは……今の時代にいていい奴じゃないだろ」



 シュウは眼下の光景を目の当たりにしてそんな言葉を紡ぐ。

 場所としては賊によって占領されてしまった名も知らぬ都市国家である。近年、大陸東部を荒らしまわっていたラヴァなる賊の実力を測るため、召喚石を利用して魔物をけしかけてみた。その結果が目の前に現れているのである。



中位ミドル級以下とはいえ、たった一人で一蹴か。『黒猫』の奴が注目するだけのことはある。他の賊とは別格だな」



 魔物の中位ミドル級とは、一般兵クラスの魔装使いが単独で討伐可能とされる強さだ。つまり戦闘の心得がある魔装士であれば問題なく戦える程度ではある。しかしながらこれは古代の基準であり、現代のレベルで語ることはできない。

 それこそ都市に中位ミドル級が、しかも群れを率いて現れたならば壊滅を覚悟しなければならない。

 つまりこれだけの魔物をたった一人で打ち払えるということは、現代では希少な実力者ということになる。



「うん、なるほど。覚醒しているか」



 シュウが注目したその実力者、ラヴァは覚醒魔装士であった。魂を見ればすぐに分かる。根源量子の次元からエネルギーを引き込み、魔力として取り込む能力。それは魂を見た時、渦のようだと表現できる。

 覚醒とは魂の進化。

 時代が変わったからといって、決して起こり得ない事象ではない。

 視線の先で大柄の男が吼えている。その頭部からは角が生えており、身体全体が白い鎧のようなもので覆われていた。いや、鎧というより外骨格と呼んだ方がいいだろう。それこそが男の覚醒魔装であった。



「おそらくは骨を操る魔装。分類としては拡張型か。あの防御力と攻撃性能は脅威的だな。少なくとも直接戦闘においてはほぼ無敵か」



 彼らの言語は分からないが、その思念を読み取ることはできる。その中で幾つか固有名詞らしきものを聞いている。

 あの覚醒魔装士の男がラヴァで間違いないらしい。



「『黒猫』が言っていた鬼人とか呼ばれている蛮族の酋長。各地を襲撃している、だったか。確かにこれだけの男なら覇を唱えることも難しくはない」



 大男ラヴァの身体の一部が裂けたかと思うと、そこから白い骨が飛び出て魔物たちを串刺しにしてしまった。また骨は魔物を貫くだけでなく、枝葉のごとく広がって内側から引き裂くのである。驚くべきことにノスフェラトゥと似ている能力だ。彼女が血で行っていた攻撃を骨で行っていると言えるだろう。



「蛮族のラヴァ。こいつが『暴竜』の候補。監視は任せる、煉獄の精霊」

(承知しました)



 組織という枠組みで活動できる人物とは思えないが、実力という面では希少だ。

 監視対象として覚えておくことにした。







 ◆◆◆






 旧サンドラに朝が来る。

 赤い夜が明け、震える人々は恐れつつも外に出始めた。戦いの音が消えて、安全なのかどうかを確認しているのである。旧サンドラの街を守っていた探索軍の兵士は半数以上が死んだ。それほど激しい戦いだったのだ。



「正直、お前がいなければこの街は終わっていたかもしれない。情報ではこれほどの大軍がくるはずじゃなかった。元から集めていた戦力では明らかに不足していた」

「……」

「ああ、いや……伝わらないよな。最大の功労者はお前だ。私の思った以上に働いてくれた。報酬は上乗せしておくから『黒猫』から受け取っておいてくれ」



 そんなことを口にする『灰鼠』をよそに、ノスフェラトゥは魔族の死体へと近づいていく。内側から心臓を破壊され、全身から血を流して倒れている。ピクリとも動かず、当然だが再生もしない。異形の姿ではあるが、肉の身体を持つ魔族は死んでも魔力に還ることがない。

 ノスフェラトゥはごく自然な動作で魔族の死体に向けて手を伸ばし、血の槍を放った。指先からそれぞれ放たれたそれは、魔族の死体へと突き立てられる。そして脈動し始めた。まるで血の槍を通して吸血しているようであると『灰鼠』は思った。



「……これは不要」



 そう呟いたノスフェラトゥは、反対側の手から血液を出して浮かべた。裂けた掌から勢いよく血が噴き出て、一つの球体となっている。

 吸血された魔族の死体は徐々に萎んでいき、その反対の手に浮かべる血の球体が膨れ上がっていく。

 彼女は血を精製していた。

 魔族の血液は不純な部分が多すぎる。だから必要な部分だけ抽出し、身体に取り込んでいた。ノスフェラトゥはどれが必要な成分なのか、本能で理解していた。



「お前、言葉が」

「魔族から記憶を吸収しました。言葉も覚えました」

「そ、そうか」



 ノスフェラトゥは始祖の吸血種である。

 その性質は赫魔に由来しており、同時に魔装にも由来している。血を介して魔力を吸収し、そこに宿る意識を感じ取ることで記憶を読んでいるのだ。それを応用し、大量の記憶を吸収することによってサンドラの言語も理解してみせた。

 始祖の力は他の吸血種ノスフェラトゥとは比較にならない。ノスフェラトゥは徐々に能力を拡大しつつある。魔装とは成長するものだが、その速度は凄まじいものだ。流石に魔力が多いだけあって、魔装の能力にも幅があるようだ。

 戦いごとに成長し、急激に強くなっている。



「眷属たち」



 魔族の死体に突き立てた血の槍を抜き取り、ノスフェラトゥはそう呟く。すると保持していた血の球体が形を変えて、三匹の獣となった。しなやかなシルエットはネコ科動物を思わせる。真っ赤なその獣は鋭い牙があり、また手足には鋭い爪もあった。

 血の眷属はすぐにその場から三方に分かれて行き、散らばった魔族の死体を貪っていく。



「あとは放っておけば血を回収してくれます」

「それがお前の能力なのか?」

「血にも分類はあります。魔族の中には人間の血と、獣の血が混じっています。人間の血は美味ですが、獣の血は美味しくありません。むしろ私にとって害があるように感じます」

「毒ということか?」

「その気になれば無害化できますが、美味しくないので」

「あの獣もお前の能力なのか?」

「獣の血からその性質を引き出しました」



 獣の血、と解釈する成分こそが『魔』の部分だ。

 魔族とは魔物と生物を組み合わせて生み出された種族であり、その血肉には魔物の成分が含まれる。人の形を保っているノスフェラトゥにとって、魔物成分は自らを変質させる部分だ。その気になれば自らの血に含まれる毒素で破壊できるものの、美味しくないと感じる成分でもある。わざわざ体内に取り込む理由もない。

 また魔族の血は赫魔細胞と結びつきやすい。

 自らの暴走を抑えるため、ノスフェラトゥは自然と血の精製分離を行っていた。



(なんて異能だ。引き入れたい。『アルナ』の仲間に欲しい。もう少し依頼を出して仲良くなるべきだな)



 魔装を保有する人間が極端に減った現代において、ノスフェラトゥの能力は異質ですらある。しかし異質ということは普通に生きられないということだ。

 『アルナ』はそんな普通に生きられない者たちの拠り所である。ノスフェラトゥのためにも、引き入れるべきだろう。『灰鼠』はそんなことを考えていた。







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― 新着の感想 ―
[良い点] のすふぇらとぅかわいい。 [気になる点] ナラクの状態ってどうなるんですかね? [一言] 異端は普通に生きられ無い。 引き入れるのは本人の為にもなるだろう。 ……なお当人がぶっ壊れ性能な…
[一言] 反発する暴竜候補を黒猫なり死神なりがわからせるイベントがありそうかもしれないかもしれない
[一言] はたして今代『暴竜』はラヴァになるのか ナラクの出番はまだ先かなー? ナラクがこのまま退場しないなら魔法へと至る可能性も有り得そう 魔法への覚醒条件が莫大な魔力量と質量、ただし人間ではどう…
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