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冥王様が通るのですよ!  作者: 木口なん
魔族篇 2章・精霊王女
450/528

450話 死の鎌


 死魔力は非常に強力だ。

 現象としてのではなく、存在のほろびを与える法則だからである。しかしその分、扱いも難しく消耗も激しい。今でこそ冥界があるので魔力には困らないが、それでも扱いにくさは変わらない。

 だからどうにか使いやすい形にしようと考案したのが《死の鎌デスサイズ》である。

 零魂術式ニブルヘルを円環として繋げて配置し、それを軌道として死魔力の刃を回転させる。軌道円環の拡大、角度変更、回転速度変化によって自在に攻撃を変えられる。また円環を多重展開すれば手数も補える。ただ死魔力を集めてぶつけるより扱いやすい形になった。



「なん、だと?」



 邪魅の化身(IgrHnAk)は一度目の斬撃で両断、二度目の斬撃で上半身を割られ、三度目の斬撃によって腕を落とされる。

 しかしこれは一周目の攻撃に過ぎない。

 二周目、三周目と高速回転するサイズ邪魅の化身(IgrHnAk)たちを切り裂く。三体残っていた白い巨体は細切れにされ、死の魔力に侵されて灰になっていく。



「喰らい尽くせ」



 シュウが命じるとケルベロスは三つの大口を開き、周囲の魔力を吸い込み始めた。《死の鎌デスサイズ》の良いところは円環軌道の大きさや角度、回転速度を調整することで敵にだけ攻撃を当てることができる点だ。当然だが、ケルベロスは避けて攻撃を放っていた。

 円環が多重化すればするほど調整が面倒になるものの、三つ程度であれば何も問題ない。破片となった邪魅の化身(IgrHnAk)はケルベロスに飲み干され、その腹へと収まっていく。

 しかし邪魅の化身(IgrHnAk)もただでは終わらず、増幅呪詛によって自身の肉体を復活させた。破片の一つ一つが呪詛の影響を受けて再生する。泡立つように白い肉が膨れ上がり、元の白い巨人が現れた。しかもその数は百以上もある。



「我を! 我の呪詛を侮るな! 絶望せよ、悲嘆に暮れよ! 我が汝の抱く希望を喰らい尽くし、深きところへ引きずり下ろしてくれる!」

「その魔法の価値も理解できないなら、俺に勝つのは不可能だ。こちらの世界は俺に分がある」



 邪魅の化身(IgrHnAk)はあくまで虚無の世界に生きる住人。物質の世界は異邦の地である。だからこちら側の法則を知らない。物質の世界の法則を理解していない。

 たとえば増幅呪詛を原子核に対して行使すれば、電気エネルギーの反発力を引き上げて爆散させ、質量エネルギーを取り出すこともできる。他にもヒッグス粒子を増幅して質量を極限に高め、無限に重力を増大させてブラックホールを発生させることもできる。

 精神的な存在でしかなかった邪魅の化身(IgrHnAk)では決して扱えない力だ。

 確かに恐怖や憎悪など、感情を増幅する呪詛は厄介である。

 魂のみで存在していた彼らにとって、それは肉体の制御を奪われることにも等しい。虚無たちの中でも厄介な部類だろう。だが、死魔法により魂の防壁を有するシュウには効果がない。そして物質に施す増幅呪詛も単純なものだけ。

 確かに邪魅の化身(IgrHnAk)は驚異的だが、理解してしまえば大したことのない相手だ。



「《死の鎌デスサイズ》、五重円環」



 星の軌道の如く円環が広がり、死の鎌が走る。

 大量に増殖した白い巨人は切り刻まれ、ほろびに沈められる。数が多いので数体は刈り入れから逃れたものの、シュウはそれを逃さない。



咬刃こうじん円環」



 魔神術式が邪魅の化身(IgrHnAk)たちの周りに展開される。通常はシュウの周りに円環を広げるのだが、円環の中心位置は特に制限を受けたりしない。その気になれば全く別の場所に円環を発生させることもできる。

 敵の周りに展開し、内側・・に鎌を走らせれば回避不能の攻撃になる。

 首無し巨人の周囲に円環が発生し、その内側を死の鎌が駆けた。三周もすれば邪魅の化身(IgrHnAk)たちはバラバラに分割される。

 壊れた肉体はほろびに侵され、消えていくのみだ。

 邪魅の化身(IgrHnAk)は自らに増幅呪詛をかけて復活を試みる。しかしそうすると分かっているシュウが見逃すはずもない。亜空間から一つのナイフを取り出す。その刃には大量の紋様が描かれ、魔力を通せば淡く光る。




「発動、《死神グリムリーパー》」



 キーワードに反応して術式が起動し、時間の流れが限りなく緩やかとなる。周囲の時間を強制的に遅くするという広域魔術であり、非常にコストパフォーマンスが悪い。しかしながら防ぎにくいという利点が存在する。シュウ自身も死魔法によって相殺することで動けるほどだ。

 この魔術は魔力の振動周期を遅くする。

 空間の歪みが激しいので瞬間的な発動ですら負荷が大きい。シュウの体感にして十秒。そして本来の時間では十万分の一秒だけ発動する。



凍獄術式ニブルヘイム



 切り裂かれ、破片となった邪魅の化身(IgrHnAk)は冥府第一層に落ちる。そこは物質的なエネルギーを喰らい尽くし、魂以外を消し去る。肉体を持つ身で冥界へ落ちたならば、ニブルヘイムによって朽ち果ててしまう。

 時間が止まった空間で巨人の破片は蒸発するように消えていく。

 またこうしている間にも《死の鎌デスサイズ》によってほろびに侵された部分は完全消滅している。もはや邪魅の化身(IgrHnAk)には呪詛を吐き出す猶予もない。



「これで終わりだ」



 勢いの途絶えた邪魅の化身(IgrHnAk)は《宮殿(yA pLAc)》を維持できない。シュウの魔神術式で侵食され、冥界化が進む。

 ここはもはや冥王の支配する世界。

 物質の世界でシュウがルシフェルに敵わないように、冥界においてシュウに敵う者は存在しない。

 ナイフに亀裂が走り、《死神グリムリーパー》の発動媒体が砕け散る。魔術によって圧し留められていた時が動き出す。



『我、我の、肉……』

「虚無は虚無に還れ」



 黒い術式が邪魅の化身(IgrHnAk)の魂を捕らえる。虚無たちは肉の身体を持っていないだけで、同じく魂を保有する存在だ。ならば冥界第二階層、ヘルヘイムで全てを奪える。

 虚無の世界より現れた『王』は確かに強かった。

 しかし肉という外殻を失い、冥界に放り込まれた時点で無力となる。邪魅の化身(IgrHnAk)の抱いた受肉の夢も、こちらの世界を悪意と憎悪で満たす願いも、等しく冥府へと沈められた。









―――悪意(Ig)増幅せよ(xNdRKErh)


――邪魅の化身(IgrHnAk)虚無で(AxZtH pv )待つ(GnRTEr)





「二度と呼ぶか。お前のような面倒な奴。それと他の虚無に伝えておけ。こちら側の世界に来るなら、ほろびを覚悟しろとな」



 シュウの身体に黒い術式が吸い込まれ、具現化した冥界が縮小していく。

 そして手元に死魔力を集め、小さく開いた虚数時空・・・・へと叩きつけた。


 







 ◆◆◆








 不死属たちの根源、不死滅イモルタリスは言葉など発しない。思考もない。何一つとして『個』を示すものが存在しない。

 一つにして集合体の魔物。

 複数の魂がネットワークのように繋がり、互いを補い合い、ただ不死滅イモルタリスであれと示す魔力だけが『彼ら』を形作っている。

 生み出される不死属を討伐しても意味がない。その魂は不死滅イモルタリスの許に戻り、新しい不死属を生み出す糧となるだけだ。

 封印しても意味がない。『彼ら』は数十万もの群である。一人の人間ができることなど高が知れている。不浄大地そのものを破壊し、滅ぼし尽くす絶対の力でもない限りは意味がない。



「あれはこの世にあってはならない」

「うん。存在する限り広がり続けるよ。ここで倒さないとどんな国も滅びると思う」

「この槍で……消し去る。最大出力だ」



 何度も発動したことで槍の能力はほぼ分かっている。元より最小限の魔力で起動するように作られているのだが、より大きな魔力を使うことでさらに巨大な黒炎を巻き起こすことができる。

 しかし、まだ最大出力は見ていない。

 味方やスリヤーを巻き込む可能性を鑑みて、また使用感を確かめる目的もあってのことである。しかし不死滅イモルタリスに対しては手加減など不要だろう。寧ろ調整などしている余裕はない。



「セフィラ、戻ってきてくれてありがとう」

「……どうしたの?」

「私はお前の加護を貰っている。だから他の人より長生きだ。しかし不老不死じゃない。生きている内に再会できてよかった。心からそう思っている」



 その言葉に、セフィラは何も返せない。

 妖精郷は不老の者たちばかりだ。シュウやアイリスのように実質不死の存在までいる。故に彼女は考えたこともなかった。いずれ別れが来るという事実から逃れることはできない。

 セフィラにとって小さな二十年は、ローランからすれば確実に近づくタイムリミットだった。他の人たちと比べれば随分とゆっくりだが、少しずつ老いを感じていた。今年で百四十六歳にもなる身だ。若い頃よりは体が重く感じる。



「私には夢があった」



 百三十年以上も前、プラハ王国は死にかけていた。業魔アールフォロの生み出した眷属が土地を痩せ衰えさせ、着実に滅びへと向かっていた。そんな時代にあって次期王として育てられたローランは、必ず国を建て直さなければならないと心に誓った。

 残念ながらローランの力ではどうにもならなかったが、代わりに良き友を得た。



「国は救われ、民たちは自分たちの強さを得た。与えられるものを享受する奴隷ではなく、自分の足で立って生きる強い者たちとなった。私が王を退いた後も、きっと彼ら自身の強さによって生きてくれる」

「ローラン、私は!」

「君は私がいなくなった後も、王国を見守ってくれるか?」

「必ず、約束は守るよ。ローランの願いと意志は私が伝えていく」

「安心したよ」



 掲げた槍に魔力が集まり、その光は天高くにまで届く。



「だったら、生きて帰らないとね」

「その通りだ」



 不死滅イモルタリスは黒い霧を放ち、不死属を次々と生み出している。ローランやセフィラでは知識のない、災禍ディザスター級以上の魔物ばかりだ。

 軍に対して個人で挑むなど無謀でしかない。しかも敵の一体ですら街や都市を滅ぼす個体だ。

 勝つどころか、生き残ることすら不可能だろう。

 だが、ローランに不安はない。セフィラに恐れはない。



「私は、あなたに力をあげて良かったと思うよ」



 ただ力があるだけで切り抜けられる場面ではない。

 ローランには何の力もなく、与えられたモノだけがここにある。しかし恐怖を打ち破る確かな心があってこそ、彼はここに立っている。

 恐怖を感じない、図太い性格というわけではない。

 そのようなものに王は務まらない。人の恐怖を知り、人の喜びを知る者こそ国を治める者に相応しい。



「王は決して振り返らず、しかし人の導きであるべきだ。私は志あれど、それを成す力がなかった。力をくれたのはセフィラだ。君が私と共にあったからこそ、民たちは私の背に従ってくれた。本当に力を持っている、女神たる君ではなく……この何の力もない私に」

「そんなことはない。本当に何もないなら、私はローランを選ばなかった」

「ああ。これ以上は言うまい。君を侮辱してしまう。だから君の言った、私の有する力とやらによって返そう」



 黄金の槍は一層の光を放ち、それと同じだけの影を落とす。穂先より現れた黒い炎は魔力の光を呑み込み、夜の闇より黒く染める。やがて渦巻き、放出された魔法は元の槍へと吸い込まれた。これまでの巨大な竜巻ではなく、纏うようにして穂先へと凝縮されていく。

 黒炎は形態を変えて稲妻のように光り始める。

 人知を超えた魔法の力だ。一つ間違えれば命を落とす。だがローランはその力を恐れつつも、それを踏み越えて操ってみせた。



「恐れがあるからこそ、私はそれを乗り越える。それが民たちを導く光となる。私は……誰よりも暗い場所を歩き、そこに道をつくる者。『王』である!」



 地を踏みしめ、腰を落とし、槍を突き出す。

 せき止められた川が決壊したかのように、凝縮された黒炎は解き放たれた。渦巻く地獄の炎が不死滅イモルタリスへと雪崩れ込む。その直線上の全てを消し去りながら、不死属の源泉たる黒い街を刺し貫いた。

 不死滅イモルタリスを中心として黒炎は爆発し、幾つもの竜巻となって焼き尽くす。それらの竜巻は少しずつ集まり、一つへと融合し始めた。

 叫び声も、嘆きも、苦しみも聞こえない。

 黒い炎は触れた存在を包み込み、固定し、この世ならざる世界へと連れていく。槍によって固定された亜空間へと封じ込められ、時空を操る能力でもない限りは出てくることも叶わない。かつてシュウも『浮城』の聖騎士によって封印されかけたように、終焉アポカリプスたる存在もこの世から追放されてはどうしようもない。

 まして明確な意識のない不死滅イモルタリスでは脱出しようとする考えすらないだろう。

 この魔物は自分のあるべき場所など持たず、どこであろうと満足する。



―――オオオオオオオオオ


――ギオオオ


――――アアァア



 しかし不死滅イモルタリスの内部にいる『個』は違う。それらの魔物は一つの意思を持ち、決して堕ちるまいと抵抗している。絶望ディスピア級に分類される巨大な不死属たちが雄たけびを上げ、黒い炎を突き破ろうとしていた。

 その中でもひと際大きな骨の怪物、骸狩死鎌スカルリーパーは黒炎を突き破ってローランたちへと吼えた。この魔物は通常、災禍ディザスターに分類される。しかしながらむくろを喰らうことで巨大化し、その脅威度は増していく。

 複数の骸狩死鎌スカルリーパーはその質量によって黒炎に覆い尽くされるより早く脱出しようとしていたのだ。



「ローラン、あいつら逃げようとしてる!」

「分かっている。だが……」



 現時点で出力は限界だ。

 ローランの魔力でこれ以上の黒炎を制御することはできない。ただでさえ巨大な不死滅イモルタリスを覆うために大量の黒炎を使っているのだ。余剰分などない。

 こうしている間にも不死属を喰らって骸狩死鎌スカルリーパーは巨大化を続けている。

 しかし次の瞬間、空を覆う暗雲が光を放った。それは瞬時に天地を結ぶ巨大な柱となり、骸狩死鎌スカルリーパーを打ち砕く。後は破片となった骸狩死鎌スカルリーパーが黒炎に覆われた不死滅イモルタリスと共に消えていくのみ。

 黒い炎は少しずつ小さくなっていき、やがて全ての不死属を呑み込んでこの世から消え去った。



「何だったんだ、今のは?」

「ママ、かな。ママの得意魔術だよ」

「あれが人の領域だというのか……」



 空が徐々に晴れていく。

 死を覚悟した戦いの結末としてはあっさりしたものだったが、それでも勝利に違いない。不浄大地の侵攻から始まったプラハ王国とアルザード王国の危機は収束することになった。






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やっぱり冥界といえば死神の鎌よね

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― 新着の感想 ―
[気になる点] もう終わりそうだけど、今までの感じだいたい1章50~60話あるからまだまだあるのかな?
[一言] 魔法を極めた王の戦いはいかに相手に自分のルールを押し付けるかって事になるのね
[一言] 魔石に頼った時点で人類に残されてるのは衰退の道しかねぇです。…賢者の石でも作るんすかね?
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