449話 増幅の呪詛
不死属の群れを封印し続けるローランも、突如としてはっきりした気配を感知していた。不死滅は出現と同時に周囲の不死属を強化した。出現した屍の城郭の内部に無数の不死属を抱えるとだけでなく、外側にいた魔物たちを強化したのである。
魔導『屍脈』は不死属系魔物の源泉だ。
封印せずに倒した魔物は不死滅の許に魂が帰っていき、新しい魔物として生み出される。また不死滅の領域内で死んだ者はその魂を取り込まれ、不死属の材料にされる。魔力を取り込んで広がり続け、やがて世界を不死属一色に染め上げるのがこの魔物の性質だ。まさに終焉級に相応しい性質である。
魔法ではないが、限りなくそれに近い魔導なのだ。一つの意思がないために魔法にまで昇華することなく、ただの性質としてそこにあり続けることが唯一の救いだろう。
「この気配は……」
「気を付けてローラン。この魔力、私よりも上だよ」
「ああ」
ローランは槍を起動して黒炎を解き放つ。黒炎の竜巻が不死属の群れを巻き込み、亜空間へと封印されていく。そうして不死属の魔力を浄化しながら進み、ある場所を目指していた。
目的はミダス・スリヤーの救出である。蝕欲との融合により金色の怪物に変貌した彼はまだ生きている。プラハ王国として救援に来たのだから、アルザードの王を救出しなければ意味がない。そう考えての行動であった。
生き残りの宮廷魔術師たちの安全を確保しながらなので進みは遅い。しかしながら着実に前へと進み、地に伏したスリヤーのすぐ側にまでやってきていた。
「あの魔物、知ってる。死導師だよ」
「スリヤー王を足蹴にしている骸骨の魔物か?」
「うん。生物とか植物を腐らせる能力を持っているから近づかない方がいい」
「となるとスリヤー王も危険かもしれないな」
「そっちは多分大丈夫だよ。オリハルコンの鱗には効かないと思う」
二人が発見した死導師という魔物は襤褸を纏った骸であった。骨に皮が張り付いたような痩せ細った見た目で、肌は黒に近い灰色だ。眼球はなく、窪んだ目元からは黒い液体が流れ出ている。動きは緩慢なので遠目には脅威と思えない。
しかし死導師の有する『劣化』の魔導は非常に危険だ。触れた生命体の代謝を強制的に促進し、細胞を殺すのだ。限定的ではあるがかつて存在した不死王の崩壊魔法と似ている。そう考えれば危険度も分かりやすいだろう。
「災害クラスの魔物ばかりか。だが近づくしかない。黒炎の放射はスリヤー王を巻き込んでしまう」
「大丈夫?」
「私も伊達に長生きしていないさ」
加護のお蔭で泉のように力が溢れている。ローランは自分が倒れる姿を想像できなかった。手元で黄金の槍を回転させ、踏み込むと同時に突き出す。
標的にされた死腐大鬼は容易く貫かれ、瞬時に黒炎に覆われる。そのまま一瞬のうちにこの世から追放されてしまった。
「こうして直接封印する」
連続して槍を振るい、次々と不死属を封印していく。黒炎の竜巻と比べれば地味だが、着実に周囲の不死属を消していった。この槍はとにかく当てることさえできれば敵を封印できる。武器を持った不死属がローランの攻撃を受け止めたとして、そのまま黒炎は不死属を包み込んで地獄へ連れていくのだ。
死骨竜。
吸血鬼。
崩屍腐鬼。
これら高位級に属する不死属たちが襲いかかる。死骨竜はその身から骨を射出するが、それらはセフィラが樹木を鞭のように操って撃ち落とした。その間に迫る吸血鬼を黒炎で封印し、崩屍腐鬼は近づけないよう黒炎の壁を作る。
「セフィラ!」
「数が多すぎる。私もここからは手を出すよ」
「しかし」
「そんなこと言ってる場合じゃないよ。お父様も本気を出し始めたから」
彼女が少しだけ視線をある場所に向ける。
それに伴ってローランも顔を動かすと、歪んだ空間が見えた。まるでこの世のものではないような、そんな感覚すら覚える。あの場所には近づきたくないと本能が叫んでいた。
「まさに神話の戦いだな」
「そういうこと」
魔導『接続』によって木々を操り、足止めされていた死骨竜と崩屍腐鬼から魔力を吸い取る。セフィラはその魔力を使ってさらに広域へと植物を生み出し、スリヤーに群がる不死属を捕らえて空中に留めた。
「今だよ!」
「ああ!」
ローランが槍を掲げると、その穂先より黒い竜巻が発生する。呼び出された黒炎が空中に留められている魔物たちを巻き込み、それらを捕らえる植物ごと亜空間へと葬り去る。『接続』の魔導で魔力を吸い尽くすよりも素早い処理が可能だ。
広域殲滅が可能なローランが攻撃。
そしてセフィラは巻き込み被害が出ないようにサポートする。そうして雑魚――といっても中位級以上の不死属だが――を蹴散らし、遂に死導師を射程に捉える。
「奴ヲ殺セ!」
倒れたスリヤーの上で死導師はそう叫ぶ。すると付き従う不死属たちは一斉にローランへと襲いかかった。しかしそれこそローランの思う壺。黄金の槍は敵が多いほどに効力を増す。視界いっぱいの不死属に対して槍を振るい、黒い炎を具現化する。壁のように展開された黒炎へと不死属は体当たりすることになりそのまま絡めとられてしまった。
さらにローランは槍を操り、踊るように振り回す。すると黒炎は指揮者に従う奏者のように蠢き、不死属たちを包み込んで消失する。そうして空いた領域をセフィラが掌握し、樹木を操って死導師を囲んだ。
「終わりよ。その人はローランにとって必要なの。返してもらうわ」
枝分かれした樹木は勢いよく死導師を捕まえる。しかしそこで『劣化』の魔導が発動した。生命の代謝を促進させ、細胞を崩壊させる。これは植物も例外ではない。すぐに枝葉が枯れて死導師は解放された……ように思えた。
もしもセフィラが相手でなければそうなっていたに間違いない。
彼女の魔導『接続』によって樹木は常に生命力を供給される。枯れた端から回復し、寧ろ勢いを増して死導師を包み込んだ。そのまま完全に捕え、地面へと叩きつけてしまう。干からびた死体を思わせる死導師は全身を砕かれ、再生のために動かなくなる。
「再生などさせないさ」
槍を逆手に持ったローランが死導師のすぐ側で告げる。その穂先には黒炎が宿り、振り下ろされると同時に死導師は黒炎に包まれて消失した。
「セフィラ、彼はどうだ?」
「やっぱり気絶しているだけみたい。かなり魔力が減っているし、生命力も小さくなっている。でも生きているよ」
「このような姿になってまで……必ず国を救うと約束する。一度は逃げようとした私だが、守りの女神が来てくれたのだ。もはや敗北はない」
「……ちょっと照れる」
もうずっと顔を合わせていなかったが、それでもローランからの信頼は厚い。実際にセフィラはずっとプラハ王国の女神として豊穣を与えてきた。人々は飢えることも渇くこともなくなり、国は見違えるほど発展した。貧しく苦しかった時代を知っているローランからすれば感謝しきれない。
そしてローランは初めの約束を忘れていない。
決して女神に祈るだけの存在にはならないという誓いはそのままだ。
「どうやらアレが元凶のようだ。準備はいいな?」
「うん」
二人は遂に不死滅に目を向ける。
死肉と骨によって築き上げられた大都市は暗い霧を放ちつつ、無限の不死属を生み出している。終焉級に分類されるこの魔物は決して討伐できない存在だ。しかし封印することはできる。それを可能とする手段もローランの手の内にある。
そしてセフィラの加護で尽きぬ体力を得ている。
彼は条件を揃えていた。人類史において初めて終焉に打ち克つ可能性を、彼は携えていた。
◆◆◆
シュウは《魔神化》を発動して周囲に冥界を具現化した。この状態であれば位相の異なる存在になり、魔法でなければまともにダメージを与えることすらできない。しかし今回ばかりはその効果も無力だ。なぜなら邪魅の化身もまた魔法に覚醒した『王』の一柱なのだから。
「ふむ。我の《宮殿》が不完全となるか」
「ちっ。俺の冥界が不完全だな」
同じタイミングで同じ意味合いの言葉を呟く。
双方の展開した領域が衝突し、交じり合い、競り合い、結果として空間が歪んでいる。魔法とは一つの法則だ。その法則が支配する世界を構築することこそ、『王』にとっての切り札なのである。
当然だが二つの『王』が二つの法則を行使すれば、それは世界のぶつかりあいとなる。
「だったら塗り潰すまでだ。零魂術式」
シュウはいきなり最終階層を解き放った。魂すら完全破壊する死の魔力が溢れだす。それは邪魅の化身に触れた途端、無に変換してしまった。白い巨人は一瞬のうちに下半身を失い、そのまま全てを呑み込まれそうになる。
だが邪魅の化身は増幅呪詛により細胞を分裂させ、更には身に纏わせることで死魔力の侵入を防いだ。そして両手をシュウに向ける。すると掌の口から真っ白な光線が放たれた。あまりにも速いその攻撃を回避するのは不可能で、シュウは死魔力の防壁によって迎え撃つ。
(出が早い。ただの魔力砲撃なのに威力も桁外れだな)
死魔法は問答無用でエネルギーを根源量子へと還元させてしまう。だが先程の攻撃は死魔力をかなり削ってしまうほど威力が高かった。
「魔力を増殖させて圧力を増大させ、光線として放つ。錬成魔法に似ているな。長期戦は不利か」
即座に凍獄術式を展開し、周囲のエネルギーを吸収していく。シュウもこうすることで無限に戦い続けられるが、それは受動的なものになる。
そうなるとシュウが取るべき手段は一つしかない。
「即死攻撃で魂を消す。《暴食黒晶》」
立体魔術陣を展開し、マザーデバイスによる補助を入れることで《暴食黒晶》を完成させる。そのまま加速魔術で黒い宝玉を邪魅の化身に打ち込んだ。あらゆる物質を蒸発させる凄まじい熱量が炸裂し、その内部エネルギーを死魔法で吸収する。
だが《暴食黒晶》による黒い結界が解けるより前に内部から白い魔力が炸裂した。その影響で内部に閉じ込められていた熱エネルギーが吹き荒れる。
「我を侮るでないぞ! 我は無限の憎悪! 我は悲運をもたらすモノ!」
「我こそ邪悪!」
「我こそ破滅!」
「我らはこの世を苦痛で満たそうぞ!」
黒い結界を破り、その内から現れたのは四体に増殖した邪魅の化身であった。増幅呪詛は無から何かを生み出す魔法ではない。しかしながら既に存在するものに対しては無類の効果を発揮する。どんな希少なものすらも増加させ、増やすことができる。
それは肉体も同じことだ。
虚無たちにとって重要なのは魂である。その目的は受肉であり、その肉体によってこちら側の世界に影響力を得たいと考えている。しかしながら本質は精神的な部分にあるのだ。肉体が死ねば終わりとなるこちら側の生命と異なり、虚無たちは魂のまま活動できる。
だから魔法により肉体を増殖させたとしても何一つ問題ない。
四体の邪魅の化身はそれぞれ両手から魔力を光線を打ち出した。八本の光線はシュウの回避先を潰し、死魔力による防御すら撃ち抜く出力を誇る。
「ぐっ」
しかもこの魔力光線は全て増幅呪詛の効果が乗っている。そのため掠るだけで呪われ、その部分は内部から破裂する。シュウは久しく体の一部が吹き飛んだ。
即座に再生させたのでダメージにはならないものの、奇妙な感覚があった。
(魔力制御ができない。内側から急激に増大した……増幅の呪詛ということか)
四体の邪魅の化身から放たれる白い魔力光線は今も継続している。そのためシュウは魔神術式を鎖のように放って空間を侵食し、扉を開いた。
「来い。冥域の怪物」
冥界門より眷属を呼び出す。
それは煉獄の精霊と同じく、死魔法によって生み出された冥界生物だ。正確には眷属型魔装を核として魔法で再構築した存在である。しかしながら死魔法の力を得ているのは間違いなく、仮に死魔力で満たされたとしても滅びることはない。
ケルベロスは大口を開いて首無し巨人の一体を呑み込んだ。死の牙は容易く呪詛に包まれた肉体を噛み砕き、瞬時に消滅させる。不意打ちではあるが邪魅の化身の分裂体を滅ぼした性能は驚嘆に値する。
ただし、これはシュウにとって時間稼ぎでしかなかった。ケルベロスは咀嚼している口の他に、二つの口を持っている。三つの重瞳がせわしなく蠢き、邪魅の化身を追い回す。
「少しだけ引き付けろ」
当然だが一体食われた邪魅の化身もケルベロスを放置するという選択肢はない。激しく暴れまわる黒い化け物を撃破するべく、白い巨人は増幅呪詛を放った。内部エネルギーを増大させられたケルベロスは膨れ上がり、そのまま破裂しそうになる。
しかしながら、その前にシュウの術式が完成した。
「《死の鎌》……」
シュウの周りに魔神術式の黒い紋様が鎖のように浮かぶ。それらは三重の円環となり、角度を変えつつゆっくり回転していた。それらの円環は零魂術式であり、滲み出る死魔力が術式を軌道として浮いている。
そして死魔力は形状変化し、湾曲した刃の形状となった。それこそ、鎌のように。
「三重円環」
円環は拡大し、その軌道上を死魔力の刃が高速回転し始める。
角度を変えた円環は三つの方向から防御不可の斬撃を放つことになり、首無しの巨人たちを切り裂いた。
物質の世界の『王』 →魔法
虚無の世界の『王』 →呪詛
言葉の違いだけで魔法=呪詛です




