447話 浄化開始
霊体化して超音速飛行を行い、目的の戦場へと駆け付けたセフィラはすぐに時間がないことを悟った。不死属の群れによって包囲されたローランをすぐに発見し、魔導『接続』を発動する。
セフィラは大地に魔力を分け与えた。
それだけでこの地はセフィラの物となり、森が誕生した。
「セフィラ、私がこの時をどれだけ待ちわびたか」
「……私もだよ」
「力を貸してくれるか」
「約束する。もうあなたから離れない」
森が蠢き、セフィラが拒絶する全てを養分に変える。魔力量だけなら災禍級すらも上回るのだ。腐死魔竜ですら敵にもならない。
充分な時間を確保できたので、セフィラは両手に持つ槍を差し出す。二人にとって、この再会にこれ以上の言葉は必要なかった。
「お父様とママが作ったの」
「魔術の武器か?」
「うん。不死属を封印するための武器だよ」
彼女の差し出した槍は黄金色の、それこそ王家の家宝になり得るようなものであった。ローランは特に躊躇うこともなく受け取り、その重みを確かめる。
(思ったよりも軽い)
質感は金属だ。
だが想定より重くないので逆に違和感がある。普段の槍とは重心も異なるため、これを使って戦えば普段の力を出すことはできない。しかしながらあくまでも魔術の武器なので、武術を以て戦う必要などないのだ。
「どう使えばいい?」
「……」
「セフィラ?」
「……」
「……まさか」
セフィラは目を逸らす。
全てを察したローランは思わず溜息を吐いた。
◆◆◆
不死属蠢く戦場はますます魔力を強め、不浄大地の呪い密度も際限なく上昇している。無限に不死属が生成され、短時間で進化し、呪いは更に強くなる。
その中心にいるのは首のない真っ白な巨人、邪魅の化身であった。
シュウは娘とローランの再会には目もくれず、こちらの分析に注力していた。
「エネルギーが閉じた系で完結していない。これは……どうなっている? 明らかに保存の法則が適用されていない」
「シュウさん? 今はそれどころじゃないと思うのですよー」
「いや、こっちも問題だな。あれは魔法だ」
「えっと。イゴーロナク、でしたっけ?」
「観測魔術が正しければ、不浄大地の魔力が無尽蔵に増大していることになる。術式もなく、エネルギー経路不明で魔力が増大することなどない。あるとすれば魔法だ」
観測魔術は大別して二種類ある。
一つはワールドマップの取得にも利用している《天の眼》だ。光学観測によって広域を分析し、リアルタイムで地図として記録する。こちらは術式も軽い方なので、ソーサラーリングで常駐させることも可能なほどだ。
もう一つは《地の眼》という魔術である。こちらは非常に重たい術式であるため、通常のソーサラーリングでは発動できない。マザーデバイスのように賢者の石や黒魔晶を利用したハイエンドタイプでなければならない。その理由は量子演算を行っているからである。結界によって領域を区切り、その内部に存在する粒子に対して計算を実行する。量子はあくまでも確率依存なので唯一の解を導き出すことはできない。しかしながら幾つかの高確率で起こるであろう事象を導き出せる。
「量子計算を使ってもあり得ないってことですよね?」
「ああ。あり得る全てを網羅できるはずだからな。限りなくゼロに近い確率の、奇跡的な事象すら」
通常の演算機械は人間の思考とよく似ている。
特定の結果を導き出すために入力データをメモリに送り、計算方法を決定し、計算領域に放り込み、唯一の解が算出される。また計算領域といっても単純さと複雑さが入り混じっている。そもそもコンピュータに限らず通常の演算装置は二択の選択しかできない。『YES』と『NO』のたった二択だ。『足し算』『引き算』『掛け算』『割り算』のように複数選択があるように思えても、実際はその一つ一つに対して『YES』『NO』の判断を下し、『YES』と判断された手法を使っているに過ぎない。そのため、選択肢が多いほど時間がかかる。唯一の答えを導き出す手法なので、多数の可能性がある計算においては全てを導き出すのに更なる時間がかかる。
これらを解決する方法こそが量子計算機なのだ。
量子は常に『YES』と『NO』の二択を保有している。どちらかしか保有できないのではなく、どちらも維持できるのだ。これは特定の計算において計算速度を何十倍、何百倍、あるいはそれ以上にできる。
例えば二択を十回繰り返す計算は、解の可能性が一〇二四通りも存在する。つまり全ての解を導くためには同じ数の計算が必要となる。そこから最適解を選択することも含めれば計算にかかる時間はさらに増えることだろう。
一方で量子計算は二択を選択する必要がない。二択のまま、計算を進められる。故にたった十回の計算で一〇二四通りの全てを導き出せる。これだけでも百倍の速さだ。計算規模が増大すれば指数関数的に量子計算の速さが際立っていく。
そんな量子計算を使うことで物理現象を詳細かつごく短時間に、幾つもの確率の高い可能性として導き出せる。絶対的な未来予知ではないが、起こり得る予測を高精度で計算できる。
「イゴーロナクを中心に不死属が生成されているのは魔法の余波、ということか? どんな効果だ? 悪意の魔力に関する能力……というのはふわっとし過ぎているな」
「あれじゃないですか? エネルギーの増幅ですよ」
「納得だな。有力候補にしよう。あとは蓄積系か。元からどこかで蓄積していたのだとすれば説明もできるが……エネルギー経路が見えないし薄い可能性だな」
見れば首無しの巨人の付近に破滅級の不死属、死聖騎士がいる。不死属系の中でも無機物に関連する個体である。不死王ゼノン・ライフより始まった不死属系魔物だが、進化を重ねることによっていくつか系統が分かれた。
死聖騎士は鎧が本体であり、中身は空洞だ。正確には不死属の魔力が詰まっているので霊系に似た性質なのだが、ここではどうでもいいので置いておく。
「流石にこれ以上は放置も無理か。俺たちで強い個体を殲滅するぞ。一応、黄金王とやらも生きているようだ。巻き込むな」
「わかりました。安全そうなところに転送で移動させておきます……はいっと」
セフィラだけでこの場は制圧できるかもしれないが、彼女にはローランを守る必要がある。それに魔法を行使している可能性が高い邪魅の化身を相手にできるのはシュウだけだ。
また既に倒れたミダス・スリヤーも死んではいない。蝕欲との同化によって肉体は頑丈などというレベルに収まらないからだ。生命力は魔物級、硬さは下手な鎧を上回る。更には回復能力も高い。デメリットは化け物の見た目になるということくらいだろう。
その不思議な武器の価値も含め、生かしておく理由はある。
だから適当な場所に移動させておいた。
「死聖騎士とかの厄介そうな奴は任せる」
「はいはい。一掃しますね」
そう言いながら彼女は手元に魔術陣を浮かべる。術式を圧縮できる立体魔術陣によって極限まで小さくしているが、規模はそれどころではない。
「《聖滅光星》」
光の第十四階梯魔術が起動する。
局所的に時間を操り、反転位相魔力を生み出すのがこの魔術だ。同じ魔術で光の第十一階梯《聖滅光》もあるのだが、それを圧縮して威力を高めたのが第十四階梯である。
禁呪に相応しい広域を攻撃するのが《聖滅光》ならば、特定領域を反転魔力で削り取るのが《聖滅光星》である。当然ながら、制御できない反転魔力を制御するのだから難易度が高い。
邪魅の化身を中心として強力な不死属たちをまとめて消去するべく、太陽のように眩しい光が落ちた。全ての魔物にとって弱点となる反転魔力、つまり聖なる光と同種の性質が魔力体を焼く。魔力の対消滅によって不死属たちは蒸発し、最も強力な個体である死聖騎士すらも高密度の聖なる光には耐えきれない。
「完全消滅、とはいきませんか」
「だが充分過ぎる威力だ。流石は逆位相魔力だな」
実はこの時、アイリスは最適解を選択していた。
死聖騎士という魔物は『反射』という魔導を有する。その穢れた聖なる鎧に触れた瞬間、運動エネルギーが反転させられるのだ。故に魔力攻撃だろうと直接攻撃だろうと問答無用で無効化してしまう。反射にはエネルギー上限があるのでそれ以上の威力を出せばよいのだが、それこそ禁呪クラスの攻撃が必要となる。
例外となるのが聖なる光のような逆位相魔力だ。
これらは魔物にとって防御不可の攻撃である。魔導も魔力によって発動しているので、瞬時に相殺されて死聖騎士にまで攻撃が届く。それこそ効力を圧縮した《聖滅光星》ともなれば致命的だ。
「残りは俺がやっておく。アイリスはセフィラの方を任せた」
続けてシュウは手を伸ばし、グッと握る。
発動した死魔法が空間の熱エネルギーを奪い尽くし、絶対零度の世界を具現化した。《冥府の凍息》は万物を凍えさせ、瞬間的に時すら凍結している。《聖滅光星》の直撃をくらっても生き残っていた不死属たちも、これによって氷像となる。
「ではこっちは任せますね」
《聖滅光星》を受けても、《冥府の凍息》の凍結によっても明確なダメージが見えないイゴローナクが少しばかり気になる。だがアイリスはそれ以上に、シュウの力を信頼していた。
◆◆◆
突如として出現した森林の中で、ローランは黄金の槍を振るっていた。迫る魔物たちは全て不死属。その中には高位級も少なくない。
しかしそれらはたった一突きするだけで黒い炎に包まれ、どこかへ消えてしまう。
(この武器は素晴らしい。だが恐ろしいな)
使用方法はすぐに分かった。
魔術道具と同じ要領で魔力を流し、起動すれば良い。しかし問題となるのは必要魔力量だ。あまりにも少な過ぎるのである。それこそセフィラの加護によって常人より多くの魔力を持つローランほどになれば、全く気にならないほどの消費だった。
これだけ消耗が軽いならば体力の方を心配した方が良いくらいだった。
一方で消費魔力に対する効果が強すぎる。どんな魔物も一撃で葬っているのだから。
「ねえ。本当に手伝わなくていい?」
「話を聞く限り、この槍を託したのは君ではなく冥王なのだろう? ならばこれは試練だ。私はきっと試されている」
より強い魔力を与えると、槍の穂先で黒炎が渦巻く。薙ぎ払うことによって黒炎は放射され、不死属ごとあたりを炎上させた。しかしそれも僅かな間のことで、黒炎は徐々に消えていく。そして黒炎に燃やされていたモノも巻き込まれて消失していた。
「おお、凄い。土地に染みついている魔物の魔力が消えたよ」
「やはりそういうことか」
「何かわかったの?」
「冥王が私にこの槍を託した理由だ。不浄大地をこれで浄化できる……ッ!」
ローランは戦いながらも槍の性質を理解しつつあった。普段の槍とは勝手が違うので直接戦闘には心もとないが、秘めたる力はセフィラの次くらいに心強い。
「お前たちは固まって自分の身を守れ。できれば私の近くにいてくれ。まだ槍の力を使いこなしているとは言えない。誤射はしたくない」
「は、はい」
「皆、陛下の邪魔にならないよう気を付けるぞ」
宮廷魔術師の生き残りたちは情けない自分に落胆しつつ、力ある王に輝くばかりの希望を見出していた。散発的に襲ってくる不死属の群れが槍の一振りで消滅し、その頻度も徐々に低下しているのだ。死を覚悟した矢先にこの逆転劇を見せられたのだから、彼らにとってローランは英雄の中の英雄と思えるに違いない。
言われた通りに固まって背を合わせ、とにかく自分たちの身を守ることに専念する。
「セフィラ、少し視界が悪いから森を消してくれ」
「いいよ。凄いところを見せてね」
「凄いのは君とこの槍さ。私には何の力もない。ただ君たちが力を貸してくれているだけだ」
「私はローランの勇気と決意に惹かれたの。あなたは誰より凄い王になるよ」
「ならば期待に応えなければな!」
槍を掲げ、穂先に黒炎を集める。それらは半時計回りに回転し、黒い竜巻となった。何度か槍を振るい、黒炎を操り、そのコントロール方法を徐々に学んだ。
セフィラからの心地よい期待がローランに奮迅の働きをさせる。
狙うは自分たちを追い詰めた仇敵、腐死魔竜。ただし、変異進化した双頭の個体であった。双頭の腐死魔竜がローランたちを追い詰め、臣下たちを虐殺した訳ではない。しかしその仇を取るという意思が込められていた。
「誇るがいい。プラハ王国の勇士たち! 決死の願いは我らが女神に聞き届けられた! 冥府の神はお前たちの嘆願を聞いてくださった! 見よ、これが魂となり果てても紡いだ輝ける未来である!」
黒炎の竜巻はうねり、その穂先から放出されて大地を嘗め尽くす。そこに染みつく不死属の魔力を巻き込み、蠢く不死属を消滅させていく。まさに草の根一本すら残さない攻撃だ。ローランの意思によって制御される黒炎の竜巻は双頭の腐死魔竜を呑み込み、たったの数秒で消してしまう。
またこれだけでは終わらない。
撒き散らされた黒炎は次々と不死属を巻き込み、そこにある魔力を消していく。黒炎に触れたモノは物質であろうと魔物であろうと魔力であろうと消えていく。
「遠慮しないでローラン。私が力を貸してあげるよ」
「ああ。お蔭で体力も回復してきた。このまま不浄大地の全てを浄化してみせる」
もう二人の間に蟠りはない。
かつての仲を取り戻し、強く信頼を寄せあう。後にこの光景の語り部となる宮廷魔術師たちは、何よりも尊く眩しいものとして目に焼き付けていた。




