413話 七仙業魔
アンジェリーナが消えてから西グリニアは崩壊の一途を辿った。権力者が一掃され、彼女一人へと集約されていた弊害である。三日目には国家として運営できなくなり、七日も経てば分裂を始めていた。この間、アリエットは西グリニアに対して何かを仕掛けることはなく、その代わりに魔物を集めていた。
襲撃により減らされた魔族を増やすためである。
崩壊したアバ・ローウェルは住むに困る場所となってしまった。また地下迷宮で西グリニア軍が魔物を刺激してしまったこともあり、強力な魔物もいくつか出現してしまっている。結果としてアバ・ローウェルは完全な廃墟になってしまったのだ。
西グリニアも滅びの一途を辿ったが、アリエット率いる魔族も勢力の縮小を強いられた。
しかしアリエットには七体のネームド魔族がいる。
複数の魔物を取り込み、あるいは魔力を吸収することで他の魔族とは一線を画す力を持つまでになった者たちである。
「あんたたちは替えの利かない戦力よ」
七体の魔族を目の前に揃え、改めてそう告げた。
アリエットがそう言ったのには理由がある。名前を付けた七体の魔族は複数の魔物と融合している。魔族を生み出す時は魔石を核としてそこに魂を封入する。しかし肉体と結びついていた元の魂が魔物の魂に押しつぶされた場合、肉体との結びつきも解けてしまう。魔物の精神と融合することで本来の心が磨り潰されるだけなら魔族の形を保っていられるが、大元の魂を失ってしまえば意味がない。
故に複数の魔物と融合した強力な魔族は希少で、代えがたいものだった。
数多の業を背負い、魔族の中の魔族となった者たち。
これをアリエットはこのように呼ぶ。
「業魔族。それが特別なあんたたちに与える種の名前よ」
契約の鎖を介して種に特別な名を与え、縛りと繋がりを強化する。またアリエットにとって原初の七体となるこの業魔族たちには識別名称としての名の他に、もう一つの名として地位を与えた。
「廻炎魔仙フェレクス」
灰より蘇る鳥系魔物の力を取り込んだ一番目の魔族が跪く。
最も理知的であり、それでいて奥底に復讐の炎を燻らせる青年だ。その魔物の力と同じく、どれだけ傷つけられようとも灰となって復活する不死性が特に強い業魔族だ。弱点である魔石を傷つけられたとしても死ぬことはない。
「八怪魔仙ボアロ」
人間ではなく野生の猪に八体の雑多な魔物を複数封じ込め、その野生を活かした怪力は他の追随を許さない。踏み鳴らせば地面が揺れ、両腕に捕まれば骨など砕け散ることだろう。堅い皮膚はあらゆる刃を通さず、どんな打撃も響くことはない。特殊な力を捨て、魔力の全てを肉体能力へと変換した強い業魔族である。
「睡蓮魔仙バステレト」
二面四腕の猫をモチーフにした業魔族だ。元は聖騎士であり、そこに二体の災禍級魔物が入り込んだ。聖騎士の魂は素質こそあれど、心は弱かった。あっという間に心を潰され、魔物の精神が強く現れてしまう。しかしながら精神感応能力は他の追随を許さず、感情や記憶を操るだけで一国すら滅ぼせるはずだ。
「疽狼魔仙ヴォルフガング」
死を待つばかりの病人たちが寄り集まり、業魔族となった。複数の人間の魂が合成され、その影響か病魔を操る呪詛を操る。この業魔族を構成するありとあらゆるものが呪いであり、その体毛、その血、その爪、その息すらも呪われている。
「邪妖魔仙アールフォロ」
最も濁っている業魔族だといえる。
それと同時にもっとも純粋な業魔族だ。死産を経験した女性たちが復讐を遂げ、我が子を産みたかったというその意思から生じている。そのため赤子のような見た目で、あまり強そうには見えない。しかしながら狂気を振りまく邪悪さは業魔族の中で随一だった。
「九尾魔仙アンヘル」
アンジェリーナに強力な魔物を合計十体も封じ込めることで誕生した。業魔族の単純な性能としては最も凶悪で、最も強く、そして最も厄介だと言えるだろう。素体の魔装だった餓楼もそのまま受け継がれており、それらを眷属として操ることができる。他にも天候を操る能力や呪言を放つ能力など、そのどれもが油断ならない性能だ。
「最後に――死兎魔仙ルフェイ」
融合した魔物は僅か一体。
しかし大量の魔石を取り込むことで業魔族になった。魔石とは魔装から生み出されるものであり、それすなわち魂の力である魔装の上澄みだ。だからこそ魔石が混ぜ合わされる魂の代わりとなり、ルフェイを強力な魔族に仕立て上げた。またフェイが持っていた魔装も魔石が組み合わさることで補完され、強化され、空間転移や空間切断を操るまでになったのだ。
「七仙業魔……それがあんたたちを示す名称であり、地位よ」
種族名、二つ名、そして地位という三つの名を利用して縛りを与え、これによって七体の業魔族とアリエット自身の繋がりを強固なものとして確立した。七体の業魔はアリエットの魂と強く結合し、彼女が宿す迷宮魔力により一つの独立空間を生み出してそこへと取り込まれた。
だが弊害もある。
「うっ……」
業魔族たちの感情や思念がアリエットにも流れ込んでくる。
従属関係があるとはいえ、魂レベルで結びついたのだから当然のことだ。これだけ深く結び付けば、全ての魂が滅びない限り互いに補完し合うことで完全消滅を避けられる。しかしその代償として互いに強く影響してしまうことだろう。
これはいわば魂の汚染だ。
だがアリエットは目的のため、復讐のために必要なことだと割り切る。
「ここからが……始まり。もう一度魔族を増やすところからね」
アリエットは西グリニアの残る地域を全滅させ、魔族化を施していくことにする。復讐の準備が整いつつある中でも、彼女に安らぎはなかった。
◆◆◆
西グリニアのとある街は炎の壁に包まれていた。
その原因はフェレクスである。彼は契約を交わし、魔族となった。その契約とは彼の素になった人間を咎人に追い込んだ者への復讐である。だからこの街は彼の出身地でもあったのだ。
「た、助けて……」
「愚かなことです。これほど情けないとは」
小太りの男が腰を抜かして見事なまでの命乞いを見せる。
この人物こそ街の有力者であり、フェレクスから恋人を奪って不法に咎人へと堕とした張本人だったのだ。その財力と権力で横暴に振舞っていた男がこの有様である。激しく燃えていたフェレクスの復讐心はすっかり萎えてしまい、故にこそ燻らせる。
「もういいでしょう。さっさと死ね。せめて苦しんで」
「ひぎゃああああ!」
炎を操り、命乞いする男の両手を燃やす。すると酷い痛みで苦しみ悶え、無様に地面を転がり始めた。更には足首にも炎が輪となって巻き付き、わざと苦しむようにした。虫のように惨めな男を冷たい目で見降ろし、フェレクスは荒ぶる心を慰撫する。
やがて苦痛の限界を超え、男はショック死してしまった。
それを見てもフェレクスの心が満たされることはない。炎のように燃え続ける怒りは、復讐の心は彼から消えることがなかった。
アリエットの魂と強く結びついたことで、その復讐の心の影響を受けてしまった。彼は生涯、この感情から逃れることができない。
「さて、他の人間はアリエット様のため……我らが魔神様のために捕獲しておかなければ」
魔族にとってアリエットは創造主であり、絶対の王だ。
そして元は西グリニアの国民だった彼らは奥底に眠る信仰心が変質し、アリエットのことを魔神と呼ぶ。皮肉なことに魔神教はそのままとして、全く別の何かへと変質していた。
◆◆◆
一時的に激減した魔族は再び増殖し、元の数を超える勢いとなっていた。魔族たちは魔神アリエットを崇め奉り、王と認めて従う。西グリニアという国家は消滅し、魔族の国として再誕していた。まだいくらか人間は残っていたが、隠れ潜むだけで碌に抵抗もしていない。
七仙業魔が揃ってから三年以上が経過した時点で、アリエットは山水域を完全に支配し、魔族の領域として統治することになった。
「そろそろ目的のために動きたいわ」
「やればいいんじゃないか?」
改まってそんなことを聞くアリエットに対し、シュウは素っ気なく返答する。だからアリエットはむっとした表情で再び問うた。
「今の私はスレイに通用するのかしら?」
「無理だろう。まだ力の差があり過ぎる」
「七仙業魔がいても?」
「勝てないな」
この時代においてアリエットは間違いなく最上位の強者だ。空間を操る迷宮魔力を僅かとはいえ宿しているお蔭で大抵の攻撃は遮断される。また魂を魔石に封じているので肉体を傷つけられても魔物のように魔力で補完できる。数多の魔族を従え、闇に浸る魔剣を操り、契約の鎖に闇の孔という二種の魔装を操ろうと、数多の覚醒魔装を操るスレイ・マリアスには届かないだろう。
「スレイ・マリアスは魔力に対して特効の能力を持つ。あー……これは前にも言ったっけか? その能力だけで充分厄介だし、魔力を吸収する植物なんかも操る。後は自己治癒もできるし、水や炎みたいなものも操れるし、磁力や重力みたいな見えない力も操る」
「あたしにはよく分からないけど、つまり万能ってことよね」
「よく分からないなら魔族を適当にぶつけてみるといい。シュリット神聖王国は西グリニアの攻撃を受けて北部が復興中だ。フラエッテとかいう都市だったか……そこなら攻撃を仕掛けても有効だろう」
アリエットは既に二度もスレイとの戦いで敗北している。それが彼女の自信を奪い、本当に成し遂げられるのかという不安にもなっていた。しかしだからといって復讐を諦めるわけではない。怒りが収まったわけでもない。
必ず家族や親友を奪った男に報いを受けさせるという誓いを取り消すつもりもない。
「ええ、そうよね。できることはやった。やってやるわよ」
そうはいってもやはり敗北のイメージが拭えない。
歯切れが悪い彼女に、シュウは一つの提案をすることになる。そしてアリエットはよく考えた上で、その提案を受け入れることになった。
切り札は多い方がいい。
死んでも殺すという気概を胸に、復讐の戦いを始めた。
◆◆◆
シュリット神聖王国は三年前に西グリニア軍による侵略を受け、大砲という古代兵器によって都市の一つが大被害を受けた。しかし魔神アリエットの誕生に伴い西グリニアは滅びへと至り、この国はしばらくの安寧を得る。
またスレイが設立した術師を養成する聖石寮、人々の中心となり魔力という力を崇める聖教会はこのままであることを良しとしなかった。彼らは防衛面でも生活面でも魔術という力を頼りにすることで状況を打開しようとしたのだ。
具体的には魔術研究、術師育成を一手に担う中心的都市を制定した。そこには聖石寮の本部を置き、その創設者にして術師たちの指導者たるスレイ・マリアスが居を構えた。既に二百人を超える新しい術師が育成されている最中であり、並行して行われている魔術研究においても一定の成果が出始めていた。
「これはこれは……ようこそスレイ様」
「邪魔をします司祭」
「どうぞこちらへ」
この新しい都市で建設された聖教会聖堂は最低限の機能しかない。しかしながら増築を前提としてかなり広い土地を確保しており、現時点では物寂しさがあった。
スレイがここにやってきた理由は一つ。
国家の危機である。
「いきなり本題といきましょう。魔族と呼ばれる者たちがやってきます。聖アズライール教会で預言がありました。星盤祖の警告です」
「魔族……」
「私たちの敵であった西グリニアで何かが起こりました。魔神が出現した。そして魔神の遣いたる魔族が現れた。最高神官様が受け取った星盤祖の言葉です」
「そうですか。魔神……魔神か」
聖教会は魔神教から派生した教えである。しかしエル・マギア神を否定し、魔力という力の塊に対する信仰を持っている。その大いなる力を星盤祖と呼称しているのだ。世界の流れ、あるいは運命とも呼ぶべき力の塊は魔力という形で人々に力を与える。
シュリット神聖王国は人々が魔術を駆使して開拓した極寒の国。祈るだけの拠り所ではなく、魔術という力の大元としての信仰対象が人々にとっても分かりやすかったのだ。ただ力の塊という曖昧なものを信じ続けるのは難しい。ゆえに星盤祖と呼ばれた。
元の魔神教をよく知るスレイからすれば複雑な気分である。
ただ今はそれよりも魔神教の変化が気になった。
「具体的な内容は分かりますか?」
「分かりません。しかし大きな危機が訪れるということです。それを伝え、聖石寮に対応を願うために聖守スレイ様をお呼びしました」
「確かに聖石寮の領分のようですね」
「三年前もフラエッテに奴らが侵略してきました。やはりそこを注意するべきかと思います。術師を派遣していただけますか?」
「わかりました。各都市から術師を集めましょう。穴埋めは聖石寮本部の術師見習いを研修名目で行ってもらいます」
「ありがたい。感謝します聖守様」
聖教会は星盤祖の言葉を管理し、人々が暮らすこの国を管理する。分かりやすく言えば司法を担当する。王政府が立法や行政を担当しているのだが、その王政府が堕落して民を虐げる政策をしないよう監視する役目もある。
そして聖石寮は国家の守護として軍事を司るのだ。一応は王政府に属する衛兵も存在するが、それらは王などを守るための存在であり、国民を守る役目はない。だから聖石寮が国と民を守る。今回のように国家的な危機が預言された場合、まず最初に聖石寮が対応して報告をまとめることになるのだ。
正しく人々を守るために。
スレイはその意思によって聖石寮を設立し、知り得る技術を教えた。
「それが我らの意義ですから。そしてこの街、ヴァナスレイの」
「ええ。お任せします」
西グリニアの侵略を受け、シュリット神聖王国は当時より建設中だった都市に独立性すら与えた。それは国家の思惑に縛られず、世界の脅威を退ける力を蓄えるためである。
それこそがヴァナスレイ。
聖守スレイの名を冠する術師を育成する都市である。
魔神アリエット
七仙業魔
業魔族
魔族
こんな感じの階級




