表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冥王様が通るのですよ!  作者: 木口なん
魔族篇 1章・魔神
395/528

395話 夢回廊


 フェイを助け出したアリエットは導かれるように迷宮を進んだ。収容所から地面に穴を空けて迷宮内に潜り込んだので、どこに行けば出口があるか全く分からない。勘に従って進むしかない状況だ。幸いにも山水域は地下部分も自然に恵まれているので、大きなエリアでは採集できる食料もある。

 安全確保の為に歩き回った結果、とある巨大な空間を発見する。



「何、これ」

「えっと。その……凄いですね」



 二人の前に現れたのは天を衝くほどの巨大な塔である。大空洞の中心部にひときわ目立つ巨大建造物が建っており、周辺にもそれに準ずる高さの塔がある。またそれらの建物を囲む形で樹林が広がっていた。

 隠れてやり過ごすには丁度いいかもしれない。

 二人は樹林に足を踏み入れ、中央部の遺跡を目指していく。



「何というか、僕も初めて見ました。あんな大きな遺物」

「あたしの一族に伝わる話によると、昔は天にも届く建物がたくさんあったらしいわ。魔物だって脅威にならなかったって言われている。あたしたちには想像もできない技術を持っていたんでしょうね」

「えっと、オリハルコンとかですよね。あとはアリエットさんが見つけてきた召喚石とか」

「そのようね。あたしも詳しいことは知らないけど、そんな古代文明の力を以てしても抗えない強大な魔物が現れた。それが終焉戦争と呼ばれた文明の落日」

「終焉、戦争……」

「六王の伝説は知っているかしら?」

「えっと……神官様の教えに出てきたと思います。覚えていないですけど」

「冥王、魔王、魔王妃、天王、海王、地王と呼ばれた六体の魔物よ。たった六体で世界を滅ぼし、文明の全てを消し去り、凍える世界を生み出したとされている。一族に伝わる話だけどね」

「はい。曖昧ですけど、僕が知っているのもそんな話だったと思います。六王が世界を滅ぼして、神様が僕たちに安住の地を用意してくださったって。外の世界は作物も育たず、誰も生きていけない凍える世界だって聞きました。だから罪を犯せば楽園を追われ、苦しみの世界に追放される。だから神様に従っていきなさいって」

「外の世界にだって生きている人はいるわよ。あたしの一族も結界を張って生活圏を作っていたわ」



 終焉戦争以降、ロカ族は暴食タマハミの封印を利用することで安全圏を生み出した。封印の大樹が暴食タマハミからエネルギーを吸収し、それを周囲に還元することで楽園を作り上げていたのだ。最終的にはアリエットが暴食タマハミを取り込み、その力ごと手に入れている。



(今思えば、無意識に契約の鎖を使っていたのね。だから魂ごとタマハミ様を取り込んでしまった)



 アリエットの魔装は鎖を操る物理的な能力だけではない。

 その本質は物質だけでなく精神、果てには魂までも縛り付ける能力だ。本来はロカの秘術と相性の良い封印能力なのだろう。だが迷宮魔力と交じり合うことで暴食タマハミはアリエットの魂と融合状態にある。結果として暴食タマハミの能力だった闇の穴、そして魂を喰らってストックする能力をも手に入れた。また微量に宿す迷宮魔力のお蔭で外界の影響力を遮断してしまい、並大抵の攻撃は無条件で弾くようになってしまっている。

 加えて冥王アークライトの用意した魔剣まである。

 今のアリエットは潜在能力だけで考えても充分に国を滅ぼせることだろう。



「あの、アリエットさん。これからどうするんですか?」

「地下に向けて開けた穴には天狐エルクスを置いてきたわ。過剰だと思って残したのは二体だけにしたけど、充分に時間は稼げると思う。だから今の内に態勢を整えて、脱出口を探すわ」

「すみません。僕のせいで」

「あんたの友達の頼みよ」

「キュッ」



 フェイに抱えられたルーが鳴く。



「ありがとう、ございます」



 二人はそれから魔物と遭遇することもなく、中央の摩天楼へと到着したのだった。








 ◆◆◆








 咎人収容所の付近は接近禁止命令が出され、一般人は誰も近づかないようになった。元から収容所の近辺は魔神教関連施設が多く、いるとしても職員や神官、あるいは聖騎士ばかりであった。現在は聖騎士が警備を務めることで出現した天狐エルクスが移動しないよう監視を継続し、殲滅作戦の始動を待っている。

 作戦は騒動の次の日からもう始まっていた。

 トラヴァル家の令嬢、アンジェリーナの命令によって戦士の塒が動き、また邪魔が入らないよう子飼いの神官や聖騎士が権利を確保し、包囲網を完成させたのである。

 新兵器、大砲のお披露目を兼ねた討伐任務であった。



「こいつが新兵器かぁ。どんな威力なんですかね」

「俺はテストに参加したから知ってるぜ。すげぇもんさ。でっかい音がして、気付いたら目標がぶっ壊れてるんだよ。魔術や魔装なんかじゃ歯が立たない。こいつは革命さ」

「じゃあ先輩の見立てでも魔物は余裕ってことですか?」

「どんな魔物だってこいつを大量に撃ち込めば生きていられねぇさ」



 大砲を設置し、砲口を固定する探索者たちは気楽な調子で話し合う。周辺の安全確保は聖堂関係者に任せており、兵器の設置や使用は戦士の塒に所属する探索者が担う。そういう風に決まっていた。

 ギルド長ザスマンの命令なので今回の作戦は報酬もよく、またギルド長からの覚えが良くなりたい探索者たちはこぞって参加している。結果として百名以上の探索者が砲台設置に出向いていた。

 大砲は発射は勿論、砲弾の再装填などに知識が必要となる。今回は収容所を破壊し尽くすつもりで攻撃して良いことになっているので正確な狙いは必要ないが、ある程度の経験がないと扱えない装備だ。よって一部の探索者は事前のテストに参加し、講習を受けている。



「てか先輩。収容所ってまだ咎人が残ってるんでしょ? 勿体なくないですか?」

「咎人を助けるためにお前が死んでいいなら助けに行ってもいいぞ」

「自業自得の犯罪者なんて死んでも問題ないっすね」

「掌返しが早いな」



 へらへらと笑う後輩を見遣りつつ、大砲の射角を調整する男は息を吐く。

 咎人制度が施行されてから、戦士の塒は咎人を奴隷として扱っている。地下迷宮探索においても危険エリアの調査を行わせたり、崩れる可能性の高い遺跡で発掘させたり、危険な魔物が出現した際には囮として使ったり、ともかくまともな扱いをしていない。

 そうした扱いが染みついた結果、咎人に払う配慮などなくなってしまった。



「よし、完成だ。準備完了って報告に行ってくれ」

「了解っす」



 この数時間後、全ての準備が整った。









 ◆◆◆








 シュウにとってアバ・ローウェルの事件は試金石でしかない。

 ここに住む人々からすれば生活の危機にかかわる大事件だったが、シュウはこの事件によってアリエットを鍛えようという考えしかなかった。



「どうやら俺の思惑はダンジョンコアとある程度一致しているらしいな」

「みたいですねー」

「あれだけバラバラだった勢力がちゃんとまとまって動いている。夢回廊とやらのお蔭か」

「やっぱりシュウさんは夢回廊がダンジョンコアの能力だと考えているんですか?」

「迷宮魔法は独立空間を創造し、そこに他者を取り込むことができる。夢の中もその一種だ。精神レベルの話であっても空間の領分だからな」

「未発見の魔物という線は?」

「それもあるが、可能性として一番高いのはダンジョンコアだ」

「まぁ、そうですよねー」



 大通りから少し外れた暗い路地で、二人は言葉を交わす。シュウは石造りの建物に背を預け、軽く空を見上げながら静かに語った。



「アイリス、おそらくダンジョンコアは弱っている」

「前にもその話をしましたよね」

「ああ。終焉戦争で神機巨兵マギアノリスに憑依したダンジョンコアは確かに殺した。間違いなく冥界に叩き込んだはずだ。魔神術式から逃れられるわけがない。分身体の一種、だろうな」

「それにしては――」

「言いたいことは分かる。俺に気付かれないよう、魂の大部分を切り取って神機巨兵マギアノリスに乗せたんだろう。魔法を得ているとはいえ、弱体化した魂を自身の領域……つまり迷宮に隠した。力を得て復活しようとしているんじゃないか?」

「西グリニアはダンジョンコアの計画の一つということですか?」

「シュリット神聖王国もな」



 そう考えれば勢力図も分かりやすくなる。

 また西グリニアで起こっていることにも説明がつく。



「シュリット神聖王国はスレイ・マリアスがいる。そして西グリニアはこのままだとアリエットが手中に収めるだろう。二つの勢力を作り、敵対化させる。どこかで見たやり方だと思わないか?」

「昔シュウさんが……というか、『黒猫』さんがやっていた方法ですよね。神聖グリニアと大帝国を争わせた……」

「規模は小さめだが、全く同じやり方だ」

「偶然ということも考えられますけど」

「それならそれでいい。こんなデータもあるがな」



 シュウは手元のディスプレイを操作してアイリスに送った。小さく表示された仮想ディスプレイ上には西グリニアについてのデータの一つがある。

 主に戦士のねぐらが報告した迷宮探索の記録であった。

 元から聖堂に保管されていたものを盗み出し、妖精郷で編纂させて分かりやすくまとめている。アイリスもすぐにデータの意味することを理解した。



「ここ最近……それもタマハミ村の崩壊と近い時期から遺物の発掘が増えていますね」

「そうだ。発掘量はそんなに変わっていないが、新規発見の遺跡が目立つ。偶然で片付けられるデータじゃない」

「夢回廊でダンジョンコアが指示を出していると?」

「こんな手記も見つけた。遺物研究をしている聖堂所属の研究者の手記だ」



 追加で送信されてきたデータが新しいディスプレイ上に開かれる。アイリスは流し読みする中で重要な一説を発見した。ほぼ無意識にそれを読み上げる。



「『天啓を得た。行き詰っていたオリハルコンの加工について素晴らしいアイデアが浮かんだ。これが噂に聞く夢回廊だろうか。何となくで信仰を続けていたが、今日で悔い改めよう』ってこれは!」

「オリハルコンの加工技術は終焉戦争以前なら一般に流通していた。だがその辺の魔物が理解できる理論じゃない」

「夢回廊がダンジョンコアの仕業だってほぼ確信しているじゃないですかー」

「先入観のない状態で情報を聞かせたかっただけだ。どう思った?」

「今のままで問題ないと思います」



 アイリスは時間を操る魔装を有するので、未来に対しても敏感に反応する。それはほぼ勘にも等しい知覚だが、非常に精度が高い。アイリスが問題ないと判断するなら、それに従って大丈夫だ。

 残念ながらアイリスの未来視は具体的なことを知らせてくれない。

 そのためやってみるまで分からないという怖さはある。



「……予定通り、アリエットをこちらの手駒にする。夢回廊で間接的に西グリニアを操れるとしても、俺たちが頭を抑えれば関係ないはずだ」

「シュウさん、暗躍が好きですねー」

「大陸ごと消滅させてもいいならすぐにでもダンジョンコアを滅ぼすが?」

「頑張って暗躍するのですよ!」



 折角苦労して魔術文明を衰退させたのに、このまま夢回廊が続くようではかつての焼き直しになる。文明レベルのコントロールを逸脱するならば、本当にスラダ大陸を滅することも考慮しなければならない。

 どうなるかはアリエット次第になるだろう。



「始まったな」



 不意に激しい爆発音が響く。

 シュウとアイリスはほぼ同時に空を見上げ、耳を澄ませた。アンジェリーナ・トラヴァル・ローウェルが提案し、戦士の塒と協力して発動した殲滅作戦である。咎人収容所に留まる天狐エルクスに向けて砲弾を放っている音だった。

 オリハルコンの砲台を作製できるようになったことで火薬に対する耐久問題が克服され、ある程度の無理な運用も可能となった。今頃はあらんかぎりの砲弾を撃ち込んでいるはずである。災禍ディザスター級の魔物であろうと無事では済まないだろう。



「アイリス、お前はシュリット神聖王国に行け」

「何をするのです?」

「戦力を測れ。蟲魔域から魔物を引っ張ってきて押し付けろ」

「えー……良心が苛まれますよー」

「大事なことだ」

「分かりましたよ」



 時空が歪み、アイリスが溶けるように消えていく。

 彼女が消えた途端に街の喧騒が強く耳に飛び込んでくるようになった。シュウも壁から背を離し、ディスプレイを閉じて路地の奥へと消えていった。









 ◆◆◆









 古代遺物より復活させた兵器、大砲の威力はすぐに周知となった。収容所を囲んでの集中砲火は建物を木っ端微塵に破壊し、大地をも抉って天狐エルクスを叩きのめした。強大な魔物に対し、ほぼ何もさせることなく討伐まで至ったのだ。

 大砲に注ぎ込まれた資源や資金を思えば効率がいいとは言えない。

 だが都市すら壊滅しうる魔物が二体もいて、咎人以外に被害なく討伐完了できた。その意味は大きい。この件によってアンジェリーナの名声はアバ・ローウェルにおいてこの上ないものとなった。

 焦ったのは他のローウェル一族である。

 特に同じトラヴァル家の後継者候補、イゼベルとグリュンは強い危機感を覚えていた。



「今回のことで爺さんはアンジェリーナを評価していた。このままだとあの女に当主の座を奪われる。分かっているのかイゼベル!」



 焦りを隠さない態度でグリュンが声を荒らげる。

 元からアンジェリーナは優秀で、現当主からも目をかけられていた。今回のことでまた大きく引き離された形となる。だから恥を忍んで同じライバルのイゼベルの下までやってきた。

 一方でイゼベルは余裕そうに見せていてもグリュンと同じく焦りを覚えている。

 ただグリュンと違ってなりふり構わずといった様子ではなく、隙あらば彼を利用してアンジェリーナを出し抜こうと考えていた。



「戦士の塒を利用しましょうか。僕にも幾つか伝手があります。残念ながらギルド長はアンジェリーナと繋がっているようですが、それ以外の幹部ならば親しい方がいますので。グリュン君も伝手を頼ってくれませんか?」

「俺の方は戦士の塒より聖堂の方が太いからな……なら、聖騎士を動かして依頼として戦士の塒に戦力提供させる形でどうだ?」

「充分です」

「で、何をさせるつもりだよ。もう魔物はいないぜ。それに魔物を討伐した後に見つかった迷宮に続く穴もアンジェリーナの奴が独占している。俺たちが手を出す余地がない」

「重要なのは咎人の一人を脱走させようと試み、聖騎士を殺害し、更には魔物を召喚した大罪人が地下迷宮に逃亡したということです。迷宮には他にも入口があります。迷宮内部に詳しいギルドと提携し、虱潰しに標的を探すこと。効率的とは言えませんが、とにかく先に見つけることが重要です」



 アンジェリーナに様々な意味で先手を取られていることは確かだ。

 そして今、暗黙の了解で二人は手を組もうとしている。ならば二人で組む利点を生かし、資金力や人材を可能な限り投入して遅れを取り戻すことが先決である。グリュンも愚かではないので、イゼベルがやろうとしていることの意図には気付けた。



「ちっ……選択肢はないってことか」

「僕もこのような美しくないやり方は好みませんよ。ですが仕方ありません」

「ああ。まずはアンジェリーナを蹴落とす」

「そのために戦士の塒と持ちうる聖堂戦力を使って迷宮を探します。戦士の塒が持つ迷宮地図と地上の地図を照らし合わせれば、罪人が逃げたと思われる場所も絞り込めるでしょう」



 争いつつも、アリエットたちを追い詰めるための包囲が少しずつ出来上がっていた。彼らだけではない。他のローウェル一族や、そのローウェル一族に覚えをよくしてもらいたい者たちはこぞってアリエットとフェイを捕らえるべく動き始めていた。









評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] >かつての焼き直し きついブラックジョークだなぁ
[良い点] 更新感謝です
[良い点] この章で仕留められるかは分からないけど、ここが冥王の正念場か。 歴史の繰り返しを許すのか、否か。 [一言] 今、この章の何割くらい終わったんだろうね?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ