349話 虚構の黄金③
ディブロ大陸北西海岸にある黄金要塞建造ドックを制圧したシュウ、アイリス、『黒猫』は、警備管理室で時が来るのを待っていた。監視カメラやそのシステムを掌握したことで、もはやドック全体のことは手に取るように分かる。一方でネットワークは破壊したので、外部からドックの様子を探ることはできない。長期にわたってドックから連絡がなければ不審に思われるだろうが、調査に向かわせる頃には全てが終わっている。
「来たぞ『黒猫』」
「お。一番乗りはどこかな?」
「貧民共だな」
「意外だね。あの集団は三万人くらいいるし、一番遅いと思っていたよ」
神聖グリニアが建造している三機の黄金要塞について、シュウたちは三つの勢力に与えることにしていた。一つは財も職も失いディブロ大陸に逃れてきた貧民たち。一つは魔王を倒しシンクとセルアを救わんとする聖人教会。そして最後の一つが異端として追われているアロマ・フィデアを中心とした樹海聖騎士団であった。
「彼らの中にはボクの人形を忍ばせてあるからね。そろそろ意識を向けておくよ。神言派残党や聖戦派、それと大部分を占める貧民じゃ黄金要塞を動かせないし」
「ああ。こっちで隔壁を操作して誘導しておく」
「私はどうしたらいいですか?」
「海の方を見てろ。聖人教会か樹海聖騎士団が来たら教えてくれ」
「分かったのですよー」
陸地を守る殲滅兵も、海上を守る空中適応型殲滅兵も、全て『黒猫』が始末している。もはやここを守る勢力は存在せず、力のない貧民ですら素通りすることができるだろう。セキュリティチェックもシュウが操作して通過させることができる。
夜に輝く灯に集まる羽虫の如く、暗黒の中に見出した希望へと人々が集まる。
だが、分かりやすい光は目を曇らせる。
それが絶望へ続く道とも知らず、彼らは黄金要塞を目指して真っすぐ誘導されていた。
◆◆◆
「すげぇ……すげぇよこれ」
全てを失い、神聖グリニアから渡ってきた者たちは何事もなく黄金要塞の一機へと乗り込んだ。彼らを率いる『黒猫』の傀儡は、司令室に赴いて黄金要塞の起動を始める。貧民の中には失業した技術者も含まれており、彼らの手を借りて動かすことになった。一応は神言派や聖戦派の神官たちが中心となっているものの、彼らとて技術レベルは貧民とさほど変わらない。寧ろ貧民に混じった技術者の方がよく知っているくらいだった。
とはいえ技術者たちもこれほどの兵器を見るのは初めてだ。感動のためか、思わず手を止めている者も多い。
「君たち、手を動かしてくれないかな?」
「あ、すんません」
「あー、えー……マニュアルは……」
「コマンドプロンプトの使い方が分からないんだけど」
「リストがマニュアルに載っているぞ」
彼らは本職というわけではないので、起動方法は手探りだ。基本的には『黒猫』の傀儡が指揮を執り、ヒントを出しながら徐々にセットアップを完了させ、更には動力を稼働させる。重力による位置エネルギーを魔術抽出している関係上、浮遊することでエネルギーが溜まっていく仕組みだ。
黄金要塞が大きく揺れ、内部では浮遊感に襲われた。
浮力がドックの固定具を破壊し、崩れていく。
「う、浮いてる……」
中央の立体映像でも黄金要塞が浮遊しているのが見て取れた。観測魔術で取得した周囲の立体地図のお蔭で、窓のないこの場所でも外の様子がハッキリと分かる。都市そのものが浮くなど、まさに神話の乗り物だ。誰もが困惑と同時に興奮を抱いていた。
最大で十万人以上を収容可能な黄金要塞からすれば、三万人程度はまだまだ余裕だ。操縦は多くが人工知能任せなので問題なく、更には重力から抽出したエネルギーによって衣食も保証されている。貧しさに打ちのめされていた彼らにとってはまさに楽園であった。
そこで『黒猫』の傀儡は声を張り上げて宣言する。
「さぁ! 北を目指そうか。北ディブロ大陸はまだ神聖グリニアも調査が曖昧だから、逃れるならそこがいいよ」
予定通り、北の地に潜む竜の『王』を起こすため。
◆◆◆
一つ目の黄金要塞が空高く舞い上がり、北ディブロ大陸へと消えていった。それを見届けてからおおよそ半日後に、シュウたちは再び建造ドックへ現れた侵入者を検知した。
「海からか。こいつらは……樹海聖騎士団だな。流石に聖人教会よりは早かったか」
「それらは放置でいいよ。『鷹目』が聖騎士ホークアイとして一緒にいるからね」
一隻の大型船に乗って現れたことで、それが樹海聖騎士団だと断定する。もう一つの聖人教会は船団を組んで様々な港から発っている。そのため、一隻で現れたとなれば樹海聖騎士団に限定されるのだ。また建造ドックの港にある監視カメラで確認したところ、甲板には『樹海』の聖騎士がいた。
そして彼女たちを案内する『鷹目』の姿もあった。
「『鷹目』によると、樹海聖騎士団の他に密命を帯びた技術神官もいるらしいよ。彼らについては放っておいても大丈夫さ」
「楽ですねー」
「だな」
「案内役が優秀だからね」
数時間後、予定通り樹海聖騎士団は黄金要塞に乗って南へと発った。その目的である怠惰王ベルフェゴールを討つためである。
今度こそ、あの世界最大の竜を討ち果たすつもりなのだ。
しかしシュウもアイリスも『黒猫』も、アロマたち樹海聖騎士団の敗北を疑っていなかった。
◆◆◆
樹海聖騎士団が乗り込んだ二つ目の黄金要塞が飛び立って更に一日が経過した後だった。ようやく聖人教会の船団がドックの港にやってきた。
彼らは黄金要塞が目に見える場所にまで近づいていたのだが、そこで一機目の黄金要塞が飛び立つ瞬間を目撃してしまう。それによって警戒し、方針を変えて一度集合することにしたのだ。
しかし彼らは港に到着し、拍子抜けしてしまう。
「ほ、ほんとに誰もいない」
「みたいですね……」
「ああ。失敗したかと思ったが、どうにかなったな」
彼らの目的は黄金要塞を奪うことではない。魔王を討伐し、コントリアスを覆う魔力の嵐を取り去ることである。当然ながらコントリアスが濃密な魔力嵐に覆われている原因は七大魔王ではないため、彼らの考えは全くの無駄なのだが。
しかしこの行いが彼らの崇める聖人を助けることになると信じ、手段として黄金要塞を奪うことにしていた。偶然にも転がり込んできたこの情報はまさに幸運だったと思わざるを得ない。
「二機目の黄金要塞が飛んだ時はもう無理かと思ったよ」
「けど、こうして俺たちはここまで来れた。神様と聖人様の導きだよ」
「ここからはどうするのですか?」
「情報筋からここの地形データは貰っている。その通りに進めば辿り着くはずだ。ここの警備もすり抜けられる手筈になっている」
「……今更ながらとんでもない情報筋だな」
「大金を払って手配したんだ。そうじゃなきゃ困る」
聖人教会は魔神教の中でも小さな一派であり、魔王を倒せるほどの勢力ではない。目的を達成するためには黄金要塞を奪取するしかない。
その内の二機が発ったのを見た時は肝を冷やしたものだ。
しかしこうして手を尽くした甲斐もあり、間もなく届くところまできている。このまたとない機会を逃さぬため、早速道に沿って進み始めた。とある情報筋から手に入れていた地形図のお蔭で迷うことなく進み、最後の黄金要塞の下へと急ぐ。横並びする建造ドックは十数キロにも及んでおり、移動するのも苦労する距離だ。そこでドック内部には移動を簡易化するための地下鉄道が整備されていた。
聖人教会の面々は続々と地下鉄に乗って、目的地となる第三ドック四番駅を目指す。ここにいるのは五百人以上にも上るため、何度かに分けて移動が行われた。
「俺たちが倒すべき魔王……どんな姿をしているんだろうな」
「さぁな。けどこれだけの兵器があれば……」
「確か東ディブロ海を目指すんだよな? 何で南ディブロ大陸の怠惰王じゃないんだ?」
「コントリアスがああなった時、怠惰王は近くにいなかった。あんな山みたいな巨体が動けば流石に分かるさ。あの惨状を作り出している魔王は別にいるはずなんだよ」
「それと海にも魔王がいるって聞いたわ。少し前に東ディブロ海に送られた調査船団が壊滅したそうよ。二十六隻の大艦隊だったそうだけど、装甲の破片しか発見できなかったって」
「だから海、か」
「ああ。可能性は高い」
彼らが狙うのは未知の魔王だ。
二十年前のディブロ大陸戦争で暴食王と強欲王は討ち果たしたが、一方で怠惰王には敗北した。また残る傲慢王、色欲王、憤怒王、嫉妬王は存在すら確認されていない。聖人教会が狙うのはこの四つのうちのどれかということになる。
伝承では三体の竜に属する魔王が存在するということになっているので、東ディブロ海に潜むとすれば水龍系の『王』だと目されていた。
「ま、違ったら他の魔王も討伐する。それだけさ」
巨大なオリハルコンの兵器を前に、彼らは自信を肥大化させていた。国すら滅ぼす兵器ということは、それ一つで絶望級の魔物に匹敵する。世界すら終わらせるとされる終焉級は例外として、最高峰の危険度を表す階級だ。
客観的に見ても魔王を倒せる可能性は高い。
しかしながら彼らは理解していなかった。
人類が討伐した『王』の魔物は獄王、緋王、不死王、暴食王、強欲王の五体だ。それだけを見れば、人類にも魔王討伐は可能だと印象付けられる。しかし、その栄華の裏に冥王が存在しているという事実を知らないが故の勘違いだ。
これらの五体は冥王アークライトが手配し、討伐させたに過ぎない。
整えられた道を自ら切り開いたと錯覚する彼らは、自信満々の表情で事を為した。最後の黄金要塞がドックより飛び立った。
◆◆◆
計画通り、三機の黄金要塞が起動した。
神言派残党、聖戦派、貧民たちが乗り込んだものは北ディブロ大陸へ。
樹海聖騎士団が乗り込んだものは南ディブロ大陸へ。
そして聖人教会が乗り込んだものは東ディブロ海へ。
「これでボクたちの目的は達成だよ。憤怒王、嫉妬王、怠惰王が目覚める。滅びは近いよ」
「原初の魔王か」
「うん。赤き滅びの竜、塩の海龍、大地の支配竜だ。そのどれもが最古の『王』だ。ルシフェル様が直々に創造した存在でもある。あんな玩具如きで滅ぼされることはないよ。寧ろ怒らせるだろうね」
「伝説の竜か。少し楽しみだな」
シュウも怠惰王と戦闘したが、尋常ならざる存在だと実感させられた。それ一つで山脈にも匹敵する巨体でありながら、魔法すら操るのだ。黄金要塞如きで倒せる存在ではない。シュウはまだ憤怒王や嫉妬王を見たことはないものの、怠惰王に匹敵すると考えれば結果は予想できる。
「戦争も仕上げだ。タイムスケジュールも問題ない。さっき連絡が来た。コルディアン帝国解放軍は完全に滅ぼしたとな」
「そうかい。じゃあ水壺も」
「ああ。落としたそうだ。鹵獲した二隻は大帝国空軍に組み込んだ。残り一隻は妖精郷で分析している。黄金要塞は《大噴火》で吹き飛ばしたし、ここにあった三機も使えなくさせた。そして神聖グリニアはしばらく動けない。ようやく既存の技術に見切りをつけたようだが、少々遅かったな」
ディブロ大陸で細工をしている間にコルディアン帝国でも戦争が終わった。一足早くバロム共和国は降伏していたので、残る大国は神聖グリニア、ラムザ王国、ファロンの三つとなる。この中で神聖グリニアは復興まで時間がかかると思われるため、攻略するべきは実質二国だ。
「アイリス、ファロンはどうなっている?」
「例の術符って新型兵器で激しく抵抗しているみたいですね。大帝国軍もバロム側から猛攻を仕掛けているみたいです。召喚石を使った奇襲攻撃で防衛陣地突破を目指していると報告が来ていますよ」
「ということは、まだ国境の突破はしていないのか」
「はい。あと陸軍が砂漠に慣れていないようで、南からの迂回も上手くいっていません。砂漠の工業地帯を奪取しようと奮戦していますけど、苦戦していますね」
各地の戦場の状況はスバロキア大帝国軍の暗号通信によって本国へと報告される。しかしそのシステムを作ったのはハデスなので、当然ながらシュウたちも傍受できる。これによって常に各地の戦況を把握していた。
状況からすれば大帝国優位に変わりはない。
しかしファロンの抵抗が予想以上に激しいというのは面倒な知らせであった。術符という新型使い捨て魔術兵器の生産地となっているため、兵力については全く問題になっていない。スバロキア大帝国陸軍の圧倒的な厚みを前にしても籠城できている事実にも納得できる。
だが、シュウからすればあまり都合のよくない話であった。
「そうだな……潰すか」
「具体的にはどうします?」
「俺が直接向かう。首都を潰して撤退の偽命令を流せばそれで終わりだ。同時にラムザ王国も処理しておくか。確かコルディアン帝国を潰した直後くらいから圧力をかけていたな?」
「はい。ラムザ王国内部で意見が分かれているみたいですね。コルディアン帝国の鉱物資源が輸入できなくなったことで武器の製造が困難になっているとか。神聖グリニアもあの状況ですし、降伏すべきと進言する貴族が増えていますよ」
「『鷹目』が聞いたら歓喜しそうだ。ともかく、俺がファロンに手を出しておく。ラムザ王国はグレムリンにやらせよう」
「じゃあボクは大帝国に口出ししておくよ。大攻勢の準備を整えないとね」
神聖グリニア包囲網は着実に完成しようとしていた。




