295話 A史接続点④
それは舞い降りた『死』であった。
久しく人間の前に姿を現した冥王アークライトは、死魔法によって覚醒魔装士を除く全ての命を刈り取ってしまう。
「悪いがお前たちはここで終わりだ。聖騎士ども」
シュウはまず、劫炎魔を直接殺害した『凶刃』の聖騎士ガストレアを狙う。転移で背後に移動し、死魔力による貫手を放ったのだ。ガストレアは盲目であるが、逆に他の感覚が優れている。それによってシュウの転移を察知し、背後に向けて至近距離の圧力攻撃を放つ。
しかし死魔力には無意味だ。
全てを滅ぼし、殺し尽くす。ガストレアは容易く心臓を貫かれた。
「ごふっ……」
「一人目」
シュウは続けて上空から落下してくる『光竜』の聖騎士クラリスに目を向けた。彼女の操る水晶竜は初めの死魔法で殺され、彼女は慌てて新しい水晶竜を具現化しようとしているのである。
それを狙ってシュウは死魔法を放とうと、上に手を向けた。
だがここで二つの弾丸が迫る。
『幻魔』の聖騎士シアの放った幻術弾だ。しかしそれらはシュウに触れた瞬間、消滅した。
「無駄だな」
魂に干渉する魔法、死魔法を有するシュウにとって幻術は最も効果の薄い術式だ。死魔法によって魂を保護しているシュウからすれば防ぐまでもない。
ただ、鬱陶しいことは確かなのでクラリスは一時措いてシアを狙うことにした。
弾丸の軌道からおおよその居場所を予測し、手を伸ばす。
そして《冥府の凍息》を発動した。これによって熱エネルギーが奪われ、辺り一帯が絶対零度にまで低下する。空気は液体化し、張り付く霜で真っ白になった。更には液体化したことで空気が圧縮され、暴風が吹きこむ。
『クローニン! 時間稼ぎできる何かを出しなさい!』
『何が起こっているんですかフロリアさん!?』
『冥王! 冥王アークライトが襲ってきたわ! 早く! 既にガストレアとシアが殺られた。私はすぐに蘇生を試みるわ』
『分かりました。やってみます』
『クラリスも上から攻撃して時間を稼いで』
『じょ、冗談じゃないわよ! 何よあれ! 反則じゃない!』
『これが冥王という存在よ。心してかかりなさい』
聖騎士たちは年長のフロリアを中心として通信しながら連携している。しかしその通信もソーサラーリングを利用したものであり、シュウはごく当たり前に盗聴していた。
(蘇生を優先か。なら、まずは『禁書』の聖騎士を仕留めるか)
フロリアが身を隠して光の第十二階梯《完全蘇生》を準備している間、『禁書』の聖騎士クローニンは魔装によって使い魔を召喚する。彼は魔装の本に書き込むことで、その内容を現実にすることができるのだ。細かく制限を付けるほど精密かつ強力な能力を行使できるため、予め使い魔を描いて用意するというのは理に適った使い方である。
かつて南ディブロ大陸戦争で使用した黒い鎧の悪魔を召喚する。
召喚された女性型の鎧使い魔、ブラハの悪魔はクローニンの命令に従ってシュウへと襲いかかる。だがそれらは一瞬にして死魔法で消滅させられた。
「そっちか」
クローニンは戦いを支援するための陣地を作成し、従騎士や神官魔術師たちを中心に戦いの拠点を維持しつつ指揮する役目を負っていた。
まだそちらには死魔法を向けていないので、幾つも魔力が感じられる。
「悪いが、目的の為に死んでもらうぞ」
理不尽が襲い来る。
◆◆◆
『天眼』の聖騎士フロリアは古い聖騎士であり、優秀な魔装使いであると同時に光魔術の達人だ。ソーサラーリングを使わずとも禁呪を発動させるだけの能力を秘めている。
だが、今は速度を優先してソーサラーリングによる蘇生魔術《完全蘇生》を試みた。
ひとまずの対象は心臓を吹き飛ばされて即死したガストレアである。
「まだ間に合うはずよ」
冥王がクローニンを追いかけている間に二人分の蘇生を完了させる必要がある。クローニンを危険な目に遭わせてしまうが、それはクラリスに援護を期待するしかない。
《完全蘇生》の仕組みは精神構造の再構築だ。ガストレアの魂の構造を魔力によって再構築するにはかなりの魔力を必要する。それを補うため、復活する際に総魔力量の減少というリスクもあるのだ。これは魂が鍛えてきた分の魔力を除いて復活させることで節約する意図がある。
つまり《完全蘇生》は本当の意味で完全な蘇生ではない。ガストレアは弱体化した状態で蘇生することになる。
「《完全蘇生》でも覚醒がなかったことにはならない。それは実証済み。ならばなんとか戦えるわよね?」
《完全蘇生》の副作用として傷ついた肉体が再生し、ガストレアの胸に空けられた穴が塞がっていく。
この魔術は肉体に傷を完全修復した後、魂を再構築して死者を蘇らせる。怪我の大きさにもよるが、三十秒もあれば復活できる。だが、どれだけ経ってもガストレアが目を開く様子がない。
「どういうこと? 《完全蘇生》が失敗したとは思えない」
蘇生魔術はもはや機能しない。
その理由は簡単だ。シュウが世界の構造を改変してしまったからである。死者の魂は消滅するのではなく、煉獄で保管され、精霊が冥界へと連れていく。この仕組みのせいで蘇生魔術がエラーを引き起こし、魂の再構築段階にまで移行しないのだ。
そうとは知らないフロリアは焦るばかりである。
「仕方ないわ。まずはシアの方に」
ひとまずガストレアのことは諦め、絶対零度に封じ込められたシアを助けるべく炎魔術で温めながら霜に覆われた領域へと駆けていった。
◆◆◆
クローニンが構える陣地だが、普通に考えれば非常に堅牢であった。即興だがオリハルコン化によって防御力が高められた仮設要塞に加え、大量の神官魔術師までも配備されているのだ。近づくだけでも困難となるはずである。
だが、冥王シュウ・アークライトによって蹂躙されていた。
「……あなたが冥王、ですか。初めて見ましたよ。随分と人間に溶け込める姿をしているのですね。よろしければ私たちを攻撃する理由を伺っても?」
「運が悪かった。それだけだ」
「話になりません……ねっ!」
魔装を解放したクローニンは本から触手のようなものを召喚する。それらは視界を塞ぐほどに大量で、また密度も濃い。簡単には突破できず、触手に埋もれてしまうことだろう。
だが、それに対してシュウはオリジナルの魔術で対抗する。魔物として生まれて初めて作った実用的な攻撃魔術、《斬空領域》である。非常に薄く分解魔術を発動し、対象を切断するというものだ。魔力による抵抗も死魔法を組み合わせることで無効化しており、魔術強化金属や生体に対しても有効だ。
触手は一瞬で切断され、その力を失う。
そこにシュウは《冥府の凍息》を放つ。勢いを失った触手は凍結し、クローニンだけでなく従騎士や神官魔術師までもが凍結させられる。全てが白い霧と霜に包まれ、絶対零度の世界に変貌した。
「まぁ、こんなものか」
ふと、シュウは上を見上げる。
すると水晶竜に乗った少女が北東へと逃げていく姿が目に映る。おそらくこのままマギアへと逃げ帰るつもりなのだろう。
クラリスという聖騎士は強気な発言と行動で有名だが、圧倒的強者に対しては弱腰になる。命令を無視してでも逃走を選ぶほどに。あまり聖騎士らしくない彼女だが、シュウは敢えて見逃した。
逃げても無駄だと知っているからである。
「さて、先に『天眼』を仕留めておくか」
シュウは踵を返し、余裕の態度で戻り始めた。
◆◆◆
空を飛んで逃走するクラリスだが、その眼下では酷い被害が広がっている。逃げ惑う民衆たちはメンデルスの外周部に向かっており、そこで綺麗に群がっていた。
「何しているのかしら?」
民衆は都市全体を円形で囲むかのように、非常に綺麗に並んでいる。どういうわけか、それ以上メンデルスの外に逃げ出そうとはしない。
空から見下ろすクラリスからすれば意味の分からない状況であった。
「ま、いいわ。あんな化け物と戦っていられないもの」
悪魔はまだいい。
覚醒魔装士で協力し、連携によって圧倒すれば災禍級の魔物であろうとも倒せる。破滅級ですら問題ないだろう。
だが『王』の魔物は別格であった。
クラリスは南ディブロ大陸で目の当たりにした怠惰王ベルフェゴールを忘れていない。あれは人知を超えた何かであり、今の人間が挑んではいけない存在だと確信していた。
「悪いけど、あんたに従ってちゃ命が幾らあっても足りないわ」
ソーサラーリングの通信システムを非通知状態に設定し、彼女はメンデルスから脱出しようとする。
そして次の瞬間、目の前には壊れたメンデルスが現れた。
「は……?」
地上には綺麗な切断面の建造物が大量に並んでいる。
また次々と光を放っては虐殺を繰り返す異形の悪魔が存在していた。刹刈魔の仕業である。この悪魔は首の代わりに目玉付きの触手が生えており、そこから全方位にレーザーを放っている。
メンデルスから脱出したはずのクラリスは、どういうわけかメンデルスに逆戻りしていた。
「どういう、こと?」
そんな風に茫然としている暇はない。
空を飛ぶ忌々しい存在に気付いた刹刈魔は、天に向かって無数のレーザーを放つ。建造物を直線上に難なく切断する威力だ。受け止めるという考えはない。
「何なのよ! もう!」
クラリスは空という圧倒的アドバンテージすら活かせず、一方的な攻撃を受けることになる。
◆◆◆
現在、メンデルスという都市は脱出不可能になっている。
その理由はアイリスの張る《縮退結界》であった。これは特定領域の時空を湾曲させて重ね合わせ、固有の閉じた系にするという魔術である。つまりこの結界で囲まれた領域は、その領域だけで完結してしまう。世界の端を目指せば一周して戻ってくるように、この領域内で端を目指すと反対側に戻ってきてしまう。
空間的に完結しているという状態を創り出すため、通常の転移では脱出不可能なのだ。
(うーん……空間連続性に干渉する魔術は消費が大きいですねー。維持しながら戦闘に参加するのは難しそうなのですよ)
アイリスは暴れる悪魔から隠れつつ、結界を維持する。
悪魔は味方ではなく勝手に暴れている存在に過ぎないので、のこのこと姿を現せば狙い撃ちにされてしまうだろう。《縮退結界》は人間だけでなく悪魔も閉じ込める。知能の高い悪魔がそれに気づけば、結界を張る術者を探し始めるはずだ。今は戦闘に参加するより、隠れるための準備を優先するべきであった。
「《縮退結界》の維持と、それを隠蔽するための魔力操作。結構大変なんですよー。シュウさんも早く終わらせてくださいよー」
久しぶりの激しい実戦の中、重要な役目を任せられたアイリスはメンデルス南部にそびえる電波塔の上で呟いた。
人工言語をめっちゃ解読されてて草。
まぁセリフ自体は物語にそこまで意味を与えるものではないので明確な答えは言いません。解読できた人だけの楽しみということにしています。




